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   <title>トピックス特集｜スローフード・にいがた</title>
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   <title>スローフード瓦版　ＶＯＬ ２８</title>
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   <published>2010-07-31T01:57:04Z</published>
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   <summary>            １　スローフード巷談（８）              V...</summary>
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  <em>１　スローフード巷談（８）</em>  </div><!--div id="banner-texbox"-->
  

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<!--::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ここから更新内容::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::-->


<h3>１　スローフード巷談（８）</h3>

<h2>○生物多様性について考える（その２）</h2> 
  
<p>　前回に続いて生物多様性条約とその背景、および我らが成し得る取り組みについて考えてみよう。まずは生物多様性条約とその背景について、様々な資料やネットからコピペしておこう。 </p>  

<p><strong class="style13">（３）生物多様性条約とその背景</strong></p>


<p>　生物多様性条約は、個別の野生生物種や、特定地域の生態系に限らず、地球規模の広がりで生物多様性を考え、その保全を目指す国際条約である。 <br />
　１９９３年１２月２９日に発効したこの条約は、生物多様性の保全だけでなく、さまざまな自然資源の「持続可能な利用」を明記した条約である。 <br />
<strong>＜条約の概要＞</strong> </p>

<p><strong class="style13">○目的</strong></p>

<p>　生物多様性条約は、以下の３つの大きな目的を掲げた国際条約である。 <br />
&nbsp;&nbsp;  　１、生物の多様性の保全 <br />
&nbsp;&nbsp; 　２、生物の多様性の持続可能な利用 <br />
&nbsp;&nbsp; 　３、遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分 <br />
発効は１９９３年１２月２９日。 <br />
　生物多様性条約は、１９９２年６月ブラジルで開催された国連環境開発会議（地球サミット）で、条約に加盟するための署名が開始され、１９９３年１２月２９日に発効した。 <br />
　締約国数は１９３の国と地域からなる（２０１０年２月１日現在）。日本は１９９３年５月２３日に批准し、締約国になった。また、アメリカはこの条約を批准していない。 </p>

<p><strong class="style13">○条約の意義</strong></p>

<p>　条約の締約国は、その第６条で、締約各国に対し、生物多様性の保全と持続可能な利用を目的とする「国家戦略」、または国家計画の作成と実行を、義務づけている。 <br />
　また、生物多様性の持続可能な利用のための措置として、持続可能な利用の政策への組み込みや、先住民の伝統的な薬法のように、利用に関する伝統的・文化的慣行の保護・奨励についても規定している。 <br />
　地球の生態系の中に産する「遺伝資源」の利用に関しても、資源利用による利益を資源提供国と資源利用国が公正かつ公平に配分すること、また途上国への技術移転を公正で最も有利な条件で実施することを求めている。 <br />
　これらの条約の指針は、それぞれの国内における、環境行政の大きな方向性を示すものとなり、その実施を通じて、生物多様性の保全が行なわれる事になる。 </p>

<p><strong class="style13">○国際協力と知見の共有</strong></p>

<p>　さらに、特に重要な地域や、絶滅の危機にある種の特定、モニタリング調査などを行なうことの他、先進国の資金により開発途上国の取組を支援する資金援助の仕組みと、先進国の技術を開発途上国に提供する技術協力の仕組みがある。 <br />
　経済的・技術的な理由から、生物多様性の保全と持続可能な利用のための取り組みが、十分でない、と見なされた開発途上国に対し、支援が行なわれる。 <br />
また、生物多様性に関する情報交換や調査研究についても、各国が協力して行なうことになっている。 </p>

<p><strong class="style13">○条約の課題</strong></p>

<p>　条約は、「生物多様性の保全」を、その目的の筆頭に挙げている。しかし、この条約会議の内容は近年、「生物多様性（＝自然資源）」の利用のルールづくりや、それによって生じる利益の配分ルールづくりを行なう場、としての色彩が、むしろ強くなってきている。 <br />
　そして、このルールと利害をめぐり、実際には環境保全を進めようとする先進国と、これから開発を進めようとしている開発途上国との間で対立が起きている。 <br />
　豊富な生物資源を有する途上国と、それを利用開発する先進国との対立は、非常に複雑な問題である。「資源を持つ国」と「技術を持つ国」という新たな対立が生まれているからだ。「持てる者」と「持たざる者」という単純な構図では説明できなくなってきているのだ。 <br />
　このような利害をめぐる課題が大きく扱われることで、ヒト以外の生物への恩恵を含めた、より広い視野で、生物多様性の保全を目指すという、条約本来の課題に対する意識が、薄められてしまっている、という問題も起きている。 </p>

<p><strong class="style13">○WWFの評価</strong></p>

<p>　ＷＷＦとはスイスに本部をおく世界自然保護基金（World Wide Fund for Nature）の略で、世界最大の自然環境保護団体NGOである。日本にも支部がある。 <br />
　これまでの生物多様性条約の貢献と活動に関して、ＷＷＦはまず、世界各地で自然保護区の設定が進んだことを評価している。現在では、地球上の陸域のうち、およそ１３％を占める面積が保護区になった。<br />
　ただ、保護区となっていても、効果的な管理がなされていないところも多く、これだけで生物多様性の保全が実現できているわけではない。このような問題のある保護区では、資金を増やし、管理面での課題を改善していく必要があると考えている。<br />
　また、その際には、保護区がもたらす経済的な利益を評価し、「生態系サービスへの支払い制度」（PES:  Payment for Ecosystem Services）を適切なかたちで導入するなどの手法で、資金の確保を検討することも一つの重要な試みとなっている。 <br />
一方、海洋や沿岸については、まだ保護区が十分に設定されていない。現在、世界の海洋で保護区になっている面積は、海全体の1％未満である。<br />
　条約事務局が目指している、「２０１２年までに代表的な海洋保護区のネットワークを作る」という目標についても、実現に向けた取り組みの状況は、芳しくない。<br />
　このため、ＷＷＦでは、状況を改善する一つの手段として、海洋保護区のネットワークを選び出すためのガイドライン策定を求めている。 <br />
　こうした陸域・海域の保護区は、生物の多様性を保全するとともに、炭素の吸収・固定源ともなり、気候変動の緩和策としても有効であると考えている。<br />
そのためには、生物多様性条約と、気候変動枠組み条約との連携改善を図る必要が不可欠である。 </p>
<br>
<strong>＜生物多様性条約と日本＞</strong> </p>

<p><strong class="style13">○国際条約と国内法の関係（国際的な約束に基づいた国の政策）</strong></p>

<p>　生物多様性条約を批准した国は、この条約において約束したことを、自国で実行するために、国内法や関連施策を整備（＝条約の実施のための国内措置）することとなる。 <br />
　日本の場合、１９９３年５月に生物多様性条約を締結した時点で、鳥獣保護法、自然公園法、自然環境保全法、種の保存法などの法律をあわせて実施することで、条約の趣旨を満たすという見解を示している。 <br />
　そして、１９９３年の締結よりあとには、カルタヘナ法、外来生物法などが加わり、さらに２００８年６月に、こうした法律を覆うものとして、生物多様性基本法が施行された。また、条約の第６条を受けて、「生物多様性国家戦略」を策定し、改訂作業を重ねている。 </p>

<p><strong class="style13">○生物多様性国家戦略について（日本の環境行政の指針）</strong></p>

<p>　生物多様性条約の第６条（a）は、各締約国政府に対し、生物多様性に関する国家的な戦略、行動計画または実施計画を策定するよう求めている。 <br />
　日本の生物多様性国家戦略は、生物多様性条約に基づき、生物多様性の保全とその持続可能な利用という観点から、条約締約国としてどのように、この問題に取り組んでいくかという基本方針と施策展開の方向性を示したもので、１９９５年に初めて策定された。 <br />
　この戦略策定に当たっては、環境省（当時は環境庁）だけでなく、関係省庁（農林水産省、国土交通省、文部科学省、経済産業省、厚生労働省、外務省（いずれも現在の名称で表記））が分担執筆するという形を取った。しかし、縦割り行政的な取り組みのため、結果としては不十分なものになった。 </p>

<p><strong class="style13">○求められる履行の義務</strong></p>

<p>　本来、生物多様性という問題は、細かく割り振り出来るものではない。したがって、国の政策決定者、地元で活動するＮＧＯやＮＰＯ、自治体などのあらゆる立場の意見を採り入れ、調和の取れた多様性保全を目指していかなければならない。 <br />
　そのような生物多様性保全を目指し、２００２年及び２００７年に、生物多様性国家戦略の改訂が行なわれた。第３次生物多様性国家戦略である。<br />
　その際には、自治体、企業、NGO、学会など、関係者からのヒアリングが行なわれ、国民からの意見聴取（パブリックコメント）も実施された。改訂を重ねるにつれて、省庁間の連携も深められ、トータルプランとしての性格を帯びるようになりつつある。 <br />
　しかし、この戦略は法律ではなく、あくまでも理念や方針を定めたものであり、履行の義務は伴わない。つまり、実際に、戦略を活かした生物多様性の保全活動を後押しするには弱いものとなった。 </p>

<p><strong class="style13">○今も進む危機</strong></p>

<p>　２００７年の「第３次生物多様性国家戦略」から示されるようになった「３つの危機」は、依然として進行しているのが実情である。<br />
危機とは、次の３つ。 </p>
<span class="r50-green">１、人間活動や開発による危機 <br />
２、自然に対する人間の働きかけが減っていくことによる影響、つまり、里地里山などが管理されずに放置されることによる危機 <br />
３、外来種や化学物質など、人間により持ち込まれたものによる危機 </span><br />
<p>２００７年の「第３次生物多様性国家戦略」では、この３つの危機に加えて、 </p>
<span class="r50-green">４、地球温暖化 </span><br />
<p>
による危機が明記された。また、生物多様性国家戦略は、１００年後を見据えた国土のグランドデザインと位置づけられるようになっている。 <br />
　このようにして、生物多様性を取り巻く状況の変化に合わせ、国家戦略も改訂されている。しかしこうした危機に歯止めがかかる気配がなく、事態は改善していないのが現状である。 <br />
そうした中で誕生したのが、以下の２００８年の「生物多様性基本法」である。 </p>

<p><strong>＜日本の生物多様性基本法＞</strong> </p>

<p> 　２００８年６月に施行された「生物多様性基本法」は、それまで日本になかった、野生生物や生息環境、生態系全体のつながりを含めて保全する目的を持つ初めての法律である。生物多様性の保全に関する初の「理念法」ともいえる。 <br />
　生物多様性条約を批准している日本では、生物多様性の保全に関係する法律、たとえば、鳥獣保護法や、種の保存法、外来生物法など、の法律に基づいて、条約が求めるところの生物多様性保全への取り組み行なう、とする立場がとられてきた。 <br />
　しかし、鳥獣保護法はあくまで狩猟の対象となる鳥獣に対象が限られており、種の保存法や外来生物法も、それぞれ絶滅が懸念される希少生物の保護や、特に被害が大きいと認められた外来生物のみを対象としている法律であるため、法律の網の目からこぼれ落ちるものがあるのが実情だった。 <br />
２００８年に成立した「生物多様性基本法」は、これらの野生生物にかかわる法律の上位にあって、傘のように覆いをかける、生物多様性のための「理念法」である。 <br />
　つまり、生物多様性基本法は、鳥獣保護法や、種の保存法などの、個別の法律の施行状況を確認し、必要であればその改正や状況の改善を求めることができる、初めての法律なのである。 <br />
　この法律によって、諸外国では行なわれていながら、日本ではまだきちんと導入されてこなかった重要な施策が、実現される可能性が高まることになった。 <br />
　また、生物多様性の保全に配慮しながら、自然資源を持続可能な方法で利用することや、生物多様性を保全するための予防的な取り組み、事業が開始されたあとの順応的な取り組みなどを第３条の基本原則でうたっている。 <br />
　さらに、この法律で注目されるのは、第２１条で政策形成への民意の反映を促している点である。ここには、これまでよりも、国民や民間団体がしっかりと関与して、生物多様性の保全に関わる施策を作ることを明記している。 <br />
　ちなみに、この生物多様性基本法それ自体が、多くのNGOが提案していた「野生生物保護基本法（仮称）」をたたき台としている。 <br />
　つまり、市民提案が、与野党議員の賛同を得て、生物多様性基本法という形で陽の目を見たのである。その意味では、NGOもこの基本法を活かしていく役割を担っていると言える。 <br />
　さらに、同基本法では、都道府県や市町村でも、それぞれの地域の生物多様性保全戦略を作ることを規定している。 <br />
　千葉県や埼玉県、愛知県、兵庫県などは地域戦略をすでに策定しているが、地域に根ざした生物多様性保全の取り組みが今後、さらに広がってゆくことが期待される。 <br />
　生物多様性基本法は、理念を示した基本法ではあるが、これが理念にとどまるのか、実際の保全活動に役立てられるのか、それはこれからの日本の取り組みにかかっているといえる。 <br />
　この基本法は、第１０条で、生物多様性の保全および持続可能な利用のための施策に関して、毎年、国会に報告することを義務づけている。 <br />
　これまでの「生物多様性国家戦略」が必ずしも検証を必要としないのに対し、これからの国家戦略は、基本法にもとづく法定計画として、実施状況が毎年、確認されるようになった。 <br />
　このような地域主体による積極的な動きが、今後ますます、国内における生物多様性保全において、重要な役割を果たしていくことは、間違いないだろう。 <br />
さらに２０１０年、名古屋においてＣＯＰ１０が開催される。日本が議長国である。 </p>

<p><strong class="style13">○　ＣＯＰ１０の日本の役割</strong></p>

<p>　生物多様性条約締結国際会議（ＣＯＰ）が２０１０年１０月１８日～２９日、名古屋で開催される。ＣＯＰ１０である。２０１０年は国際生物多様性年であり,国連が地球上の生物多様性の損失速度を大幅に減らすと掲げた「２０１０年目標」の達成年である。 <br />
　ＣＯＰ１０直前の９月には、国連総会で首脳級レベルの「生物多様性サミット」も計画されている。この節目の年に、日本は議長国という大役を担うことになった。 <br />
　ＣＯＰ１０の至上命題は２点ある。 </p>

<span class="r50-green">１、バイオ燃料と生物多様性の両立の問題<br />
２、ＡＢＳ（遺伝子資源へのアクセスと利益配分）に関する国際ルールの締結</span>
<p>　名古屋議定書なる法的拘束力のある国際ルールが、採択される可能性もあり、議長国としての手腕が問われることになる。 <br />
　さらに日本の産業界の積極的な取り組みを、ＣＯＰ１０で世界に発信したいという狙いもある。「生物多様性企業活動ガイドライン」や「生物多様性宣言」などがその根拠となる指針だ。 <br />
　動き出した政府と企業、ＮＧＯの２０１０年へのみちのり。この３者の強力関係で、議長国の存在感を示せるかどうか。待ったなしの秒読みが始まっている。 </p>

<p><strong class="style13">（４）、我らがなしえる取り組みについて</strong></p>

<p>　地球の温暖化と生物多様性問題は、両輪の課題である。しかも地球レベル、大陸レベル、国家レベル、市町村レベルそして個人レベルへと、その連鎖と責任の範囲は無限に広がる。 <br />
その余りにも広大で深い森羅万象への対応には、人智を超えた困難さが伴う。むしろ個人には無力感すら漂う。 <br />
　しかし諦めてはいけない。生物多様性の頂点に居る人類が成すべきことは、山ほどある。生命体としての地球を、持続可能な水の惑星として保全できるのは、我らしかない。まさに人類の存亡をかけた取り組みが、今、始まろうとしている。 <br />
山ほどある取り組みの中から、重点的に求められるルールづくりや活動をピックアップすると、６項目ほどにまとめることができる。 </p>

<span class="r50-green-uline">１、絶滅の恐れのある種の保護<br />
２、侵略外来種対策<br />
３、経済活動の自然環境へのアセスメントの徹底<br />
４、環境保全型農業などの農林水産業の振興<br />
５、地域生態系の保全<br />
６、教育と啓蒙活動</span>
<p>どれを取っても難題ばかりである。 <br />
　この課題に対して産官学とＮＧＯがそれぞれの分野において、役割を果たしていくことになる。それは「Ｐｌａｎ－Ｄｏ－Ｓｅｅ－Ｃｈｅｃｋ」のアクションプランを回すことでもある。 <br />
　とくに企業の対応は、今後ますます現実的な活動で先鋭化していくだろう。企業が生き延びるためには、生物多様性との関係が極めて重要となり、そのガイドラインつくりも激しく展開されるだろう。 <br />
　それらをまとめたのが以下の図表である。 </p>

<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol28/img/image002.gif" width="578" height="436" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p> 　我ら個人レベルでは、まず足許から始めればいいだろう。地元学に参加して、身近な環境を理解する。環境に負荷をかけない「暮しのスタイル」を考え、実践する。 <br />
ＮＧＯボランティアへの寄付金による援助も我らができることである。 <br />
　以下の図表は、新潟におけるボランティア活動の一例である。様々な形で、活動を行っていることがわかる。 </p>


<!--☆-->
<div align="center"></div>
<!--☆-->

<p>　念のために外来生物指定対象種のリストを掲げておこう。９６種が厄介種として、指定されている。</p>


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol28/img/image003.gif" width="578" height="436" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>念のために外来生物指定対象種のリストを掲げておこう。９６種が厄介種として、指定されている。</p>

<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol28/img/image004.gif" width="578" height="436" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>ブラックバスなどは、すでに槍玉に上がっているのは、周知のことである。 <br />
　ついでに保護され、守られている希少野生動植物の８２種リストも掲載しておこう。 </p>

<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol28/img/image005.gif" width="578" height="441" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　このリストから思い当たる種を確認できるはずである。五泉市の「イバラトミオ」や佐渡の「朱鷺」などは、人力による保護活動が効果をあげている。 <br />
　このレッドリストには、今のところ人間という種は含まれていない。しかし地球上に数多存在する人間という個体が、絶滅の危機に陥ることも、将来においては、その可能性は否定できない。人類もまた、地球生物の一部であり、それを忘れた傲慢な振る舞には、レッドカードが突きつけられるのは当然である。 <br />
　生物多様性は、我らに生きるスタイルまでも影響を及ぼす。スローフードがめざす「おいしい」「きれい」「ただしい」の概念を持って、今一度、身の回りを見直したいと念願する。 </p>

<p>
<h2>２ 食あれば句あり</h2>
<br>
<p><strong>＜８－１＞とりあえず冷奴です</strong> </p>


<!--☆-->
　　　　　<span class="r50-green">　　　　　＊ <br />
○ポケットに黒のネクタイ冷奴　　　　西山誠 <br />
○冷奴水を自慢に出されたり　　　　　野村喜舟 <br />
○とりあえず崩しにかかる冷奴　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　＊</span>
<!--☆-->

<p>　夏が来れば思い出すもの。それは尾瀬と冷奴と決まっている。いや決まっていないか。とにかくそんな冷奴に箸を入れてみよう。冷奴に関しては結構うるさい人が多いから、一筆啓上しておかねばならない。 <br />
まずは基礎情報である。 <br />
　冷奴（ひややっこ）は、豆腐を使った料理の一つ。奴豆腐（やっこどうふ）とも。主に夏向きの料理。よく冷やした豆腐を大きめの直方体に切り、醤油をかけて食べる。ネギ、鰹節、ショウガ、ミョウガ、青じそなどの薬味と共に食べるのが一般的。 <br />
　なお、石川県ではショウガではなくカラシをのせるほか、山形県では郷土料理の「だし」をのせるなど、地方独自の食べ方もある。また、豆腐の上にかき揚げやてんぷらをのせた物を「ざぶとん」と呼ぶ。 <br />
　食材を大きく四角に切ることを「奴に切る」といい、これが冷奴の語源である。江戸時代の豆腐百珍においては、一般的に知られているので料理法は記すべきほどではないとされていることより、それ以前より広く知られていたと考えられる。 </p>


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol28/img/image006.jpg" width="139" height="105" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　以上が基礎知識編である。庶民の味、庶民の味方の民主党のような存在感がある食べものと言えようか。それだけに、この奴は味が濃いとか、豆の味がするとか、硬いとか、遺伝子操作とか、いろいろとうるさく薀蓄が語られる。 <br />
　薬味に関してもあれこれ、醤油にも一言注文をつけたがる。しかもいずれの薀蓄も、いわば禅問答となるのが特徴だ。 <br />
　じゃあ、「それほど言うんだったら、冷奴の本道を原稿用紙一枚にまとめてみろよ」と言うと、一言居士達はさっさとどこかに消えていなくなる。そこが不思議である。それほど冷奴道の本質は難しい。 <br />
　しかしいざ食べる場合は、そんな薀蓄など何処かに消えて、「奴さん、奴さん、今日のあなたは何処まで」などと言いながら箸を取る。「結構なお手前でした、この器は有田の柿右衛門でございますか」などと、挨拶を述べる必要など一切要らない。 <br />
それが冷奴の庶民的な、野点風食べ方なのである。 </p>

<!--☆-->
<div align="center"><span class="style17">冷奴食べる健啖揃ひけり  </span>  </div>
<!--☆-->

<p>　しかも不意の客には、とっさの馳走として、「とりあえずの冷奴」として重宝する。これを客をしばらく黙らす意味から、「黙らしメニュー」と呼んでいる。この機能はありがたい。 <br />
　さらに冷奴がいかに早く出てくるかで、客に対する好意度が推し量られると信じられている。なかなか出てこない場合は「ああ、ボクは歓迎されていないんだ！」と、己の未熟さ、世間の冷たさを感じとらねばならない。突き出しの冷奴に潜む世間の刹那さとも言えよう。 <br />
　また一般家庭では、風呂上りのお父さんにも、この冷奴はありがたい。キンキンに冷えたビールを「いざ、イザ！」と、言いながらグビグビやる場合は、まずこの冷奴か枝豆があれば事足りる。幸せって何だっけ、何だっけ・・・などと明石家さんまが歌うまでもない、幸せの光景となる。 </p>


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol28/img/image007.jpg" width="160" height="107" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　お父さんはビールを一口飲んでは、冷奴を箸で崩しにかかる。食べやすいように冷奴を四等分に箸で切り、その一角をおもむろに口に運ぶ。大方のお父さんは、その崩した一角にあごを突き出して、口で迎えに行く。「おっとっと」などと言いながら、冷奴を迎えに行くのである。 </p>


<!--☆-->
<div align="center"><span class="style17">おっとっと手を添へて食ふ冷奴 </span>  </div>
<!--☆-->

<p>　この一連の動作がスムースだと、そのお父さんの健康状態に対して、冷奴業界から「健康に異常なし」の太鼓判が押される。もちろんこれは自己申請制。このお父さんは「豆じゃのぅ」となるわけだ。 <br />
　さて豆腐の美味い所といえば、やはり京都辺りという声があがる。関西では淡口醤油を少し垂らして、茗荷やネギの薬味をのせる。「このお豆腐は京都の嵯峨野名物ですよ」等と言いながら、ビールのあてに出せばもう立派な「冷奴会席」の出来上がりである。セットで五千円は稼げるメニューとなる。 <br />
　さらに冷奴に欠かせないのが水だ。南禅寺や嵯峨野の割烹料理店などは、冷奴の水を自慢にしている処もあるくらいだ。名水百選の「××の水」に浸した冷奴だといわれると、とたんに価千金の冷奴ブランドとなるのだ。 <br />
　「六甲の水冷奴」や、「アルプスの天然水冷奴」なんていい感じになる。聖徳太子縁の「どっこん水」仕立ての冷奴ならば、「ウン、これだ、これが豆腐の味なんだよなぁ！」などと口走るに違いない。またその呟きが美味さを倍増する。 <br />
　さらに通の人たちは天然塩を少し舐めて奴を食べる。赤穂の甘塩、伯方の塩、さらに海洋深層水の塩などとこれも薀蓄を並べて威嚇する。これを「潮仕立て」と言う（言わないか）。 </p>

<!--☆-->
<div align="center"><span class="style17">冷奴それも赤穂の塩添へて </span>  </div>
<!--☆-->

<p>　豆腐には絹と木綿があるが、歯ごたえはやはり木綿に限る。しかもそのまま食べると、豆のほのかな甘さが口中に広がってくるからうれしい。その切ないほどの甘さと、青臭い匂いが日本人好みなのであろう。 <br />
　そして冷奴は、人心を沈め、しかも清めてくれる神饌の一品ともいえる。激しいビジネス競争に疲れたら、愚痴のこぼせる女将の店で、この冷奴で一杯やるのも男の嗜みと言うものだ。この一丁の冷奴には、何もかも削ぎ取った「素」としての、日本文化と元気が宿っている気がしてくるから不思議だ。 <br />
　おっとっと、さっそくこの奥の深いこの冷奴に、今夜もお世話になろう。そう言えば七色の冷奴を作っているお店がある。大はやりだそうだ。 </p>

<!--☆-->
<div align="center"><span class="style17">七色はしあはせの色冷奴</span>  </div>
<!--☆-->
<br>
<p><strong>＜８－２＞楽しき頃の「ソーダ水」</strong> </p>

<!--☆-->
　　　　　<span class="r50-green">　　　　　＊ <br />
○ソーダ水つつく彼の名出るたびに　　　黛まどか <br />
○一生の楽しきころのソーダ水　　　　　富安風生 <br />
○君と僕しのび逢ふ日のソーダ水　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　＊</span>
<!--☆-->

<p>　ソーダ水を飲むたびに、今でもじーんと心が濡れる思い出の歌がある。「ツンツン節」だ。手を腰に当てて、ツンツンと体を上下させて歌う。 </p>


<span class="r50-blu">ボクは真面目な高校生、ツンツン、胸に五つの金ぼたん、ツンツン<br />
君はかわいい女学生、ツンツン、背なに二本の白い線、ツンツン<br />
そもそも二人の成り染めは、ツンツン、小雨に煙る喫茶店、ツンツン<br />
ボクが大学出る頃は、ツンツン、君はがっちり嫁支度、ツンツン<br />
新婚旅行のその夜は、ツンツン、処女よさらばと涙ぐむ、ツンツン<br />
たった六畳一間だが、ツンツン、明るい陽射しの新所帯、ツンツン<br />
もしも男が生まれたら、ツンツン、きっと貴方に似てるでしょ、ツンツン<br />
もしも女が生まれたら、ツンツン、きっと君に似てるでしょ、ツンツン</span>
<p>　今でこそ、このような純情な青春風景は少なくなっていうが、ボクらの時代は、この歌にすべての夢と希望が託されていた。青春の全てであり初恋の歌だった。 <br />
　だから今でも口ずさむと、熱きものが胸にこみ上げてくる。団塊の世代が聞けば涙ぐむ「神田川」などとよく似ている。まるで寮歌を熱唱して歌う、３０年目の涙の同窓会のような気持ちになる。 <br />
　そんな時代の初めてのデートは、街角の小さな喫茶店の隅っこが定番だ。お互いに伏し目がちで、ハンカチを握る手は心なしか震えていた。 <br />
そんな時に活躍するのが、かのカラフルなソーダ水だ。メロンソーダが定番だった。コーヒーでも紅茶でもない。ストローでかき混ぜながら、ふわふわした気持ちを押えるのに役にたつた。 <br />
　一口すすっては、またストローでかき混ぜる。混ぜてはまた、ソーダ水の上澄みをすする。このぎこちない繰り返しで、切ない時間が静かに過ぎていく。まさに「楽しき頃のソーダ水」風景である。 </p>

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<div align="center"><span class="style17">見つめ合ふ明日の色のソーダ水  </span>  </div>
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<p>　しかし最近ではこのような光景は見られない。よく見られるのは、眼前の相手に、携帯電話をお互いにかけ合っている光景だ。まさに気味が悪い。これも時代の産物なのだろう。場所はファーストフードのお店が多い。喫茶店文化が日常から消えうせたからであろうか。 <br />
　マクドナルドやミスタードーナッツでの、見つめあい携帯電話の光景である。この場合の飲み物はコーラ―かコーヒーが相場だ。残念ながらソーダ水は出てこない。ソーダ水は青春の王座を失っている。いまや幻の泡となったのだ。 <br />
　ところでソーダ水とは一体何物なのだろうか。一般的には炭酸水のことを指す。風味付けした炭酸水も販売されている。甘味は添加せず、風味だけを加えている点がソーダとは異なる。レモン、ライム、サクランボ、オレンジ、ラズベリーといった果物の風味を加えたものがソーダ水と呼ばれている。 <br />
　ちなみに日本ではソーダ水といった場合、メロンソーダを指すことが一般である。例えばソーダフロート（上にアイスクリームがのったもの）は、メロンソーダが使われる。果物をのせたのがフルーツパフェである。子ども達の一番人気メニューのひとつだ。またなつかしいインスタントソーダの「春日井のシトロンソーダ」を思い出す人も多いはずだ。 <br />
　そしてメロンソーダは、戦後の若者の心をとらえた淡飲み物として君臨した。 </p>

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol28/img/image008.jpg" width="118" height="118" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p>　じゃあこの場合、サイダーやかき氷、はたまた、あん蜜やアイスクリームが登場してもいいじゃないかと、言い出す人が居るかもしれない。もちろん、「それは個人の勝手でしょ」と言えば、それで議論は終りになるのだが、やはり、この場合はソーダ水でなければなりません。 <br />
　あん蜜食べながら、爽やかな「明日の夢」を語れますか。この一線はどうしても譲れない。ソーダ水ほど、切なさ、はかなさ、希望や夢、哀しみを表わすメニューは他にはないからだ。 </p>

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<div align="center"><span class="style17">浮かびくる泡の弾けてソーダ水  </span>  </div>
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<p>　ソーダ水の泡を見ていると、人生のはかなさや青春の刹那さが浮かんでは消えていく。という事は「ソーダ水はソーダ水にして、ソーダ水にあらず」と言える。ソーダ水には心象としての、様々な人生が詰まっている。それくらいに大袈裟に考えると、ソーダ水の偉大さが見えてくる。 <br />
　「ソーダ水に於ける心理学的研究」が大学の卒論テーマでなされても、何ら不思議ではないメニューなのである。例えば </p>


<span class="r50-brown">○初恋のソーダ水（ピンク）<br />
○お別れのソーダ水（ブルー）<br />
○求愛のソーダ水（真紅）<br />
○不倫のソーダ水（オレンジ）<br />
○淋しき王様のソーダ水（白）<br />
○告白のソーダ水（紫）</span>
<p>　などの「色―泡」連携の心象的メニューが考えられる。色彩心理がメニューに込められた花言葉のようなカラーソーダ水となり、改めて若者の話題となる気がする。 <br />
　あれから４０年経った。そして最近、久しぶりにソーダ水を飲んでみた。もちろんメロンソーダである。ストローで氷を突くと、底から泡が立ち上りくる。それを楽しみながら、かの「ツンツン節」を口ずさんでみた。 </p>


<span class="r50-blu">ボクは真面目な高校生、ツンツン、胸に五つの金ぼたん、ツンツン</span>
<p>　ボクの心のポケットにはまだ、５つの金ぼたんとソーダ水が入っていた。人生の「楽しき頃」の思い出がぎゅっと詰まっていた。我がソーダ水は永遠なり。そんな口福な時間を楽しんだ。 </p>

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<div align="center"><span class="style17">眼鏡拭く楽しき頃のソーダ水</span>  </div>
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<br>
<p><strong>＜８－３＞ほっとする「心太」</strong> </p>


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　　　　　<span class="r50-green">　　　　　＊ <br />
○清滝の水汲みよせてところてん　　　　芭蕉<br />
○ところてん女らには暇多すぎる　　　　多田てい石 <br />
○心太この怪しきを楽しめり　　　　　　食いしん坊<br />
　　　　　＊</span>
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<p>　「心太」と書いて「ところてん」と呼ぶ。どうしてそう呼ぶんだと言われても、そう呼ぶんだから、そう呼ぶんだとしか言いようがない。奈良時代からそう呼ばれていると聞くから、かなり古い。そして、アハハと笑ってごまかせば、論が先に進むから不思議な題材となる。 <br />
　まず心太の基礎知識から整理しておこう。 <br />
　ところてん（心太または心天、瓊脂）は、テングサやオゴノリなどの海藻類をゆでて煮溶かし発生した寒天質を冷まして固めた食品。 <br />
　それを「天突き」とよばれる専用の器具を用いて、押し出しながら細い糸状（麺状）に切った形態が一般的である。 <br />
　全体の９８－９９％が水分で、残りの成分のほとんどは多糖類（ガラクタン）である。ゲル状の物体であるが、ゼリーなどとは異なり表面はやや堅く感じられ、独特の食感がある。腸内で消化されないため栄養価はほとんどないが、食物繊維として整腸効果がある。 <br />
　関東以北および中国地方以西では二杯酢あるいは三杯酢をかけた物に和辛子を添えて、関西では黒蜜をかけて単体又は果物などと共に、東海地方では箸一本で、主に三杯酢をかけた物にゴマを添えて食べるのが一般的とされる。また、醤油系のタレなどで食べる地方もある。 </p>

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol28/img/image009.jpg" width="132" height="100" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p>　以上がおおよその心太情報である。この心太の原料は、「天草」から作られる寒天だから、植物性繊維が多く、カロリーも少ない健康食品として、古来から好まれてきたようだ。 <br />
　「へエッ！心太はダイエット食品なのだ！知らなかったワァ～」と、世の乙女たちが本能的に好む理由が見えてくる。こんにゃく、若布、もずくなど栄養価はないが、それを食卓に乗せてきた日本人の知恵には、脱帽するほかないだろう。 <br />
　夏の和菓子といえば、心太、水羊羹、蜜豆、葛きりがある。なかでも煙りのように器の底に沈んでいるこの心太は、不思議な食べ物の代表格だ。魔界の食べ物という説もある。とくに女性の好物メニューのひとつには違いない。 </p>

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<div align="center"><span class="style17">心太食べる横顔見て飽きず </span>  </div>
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<p>　さて新潟人は、どのような食べ方を好んでいるのだろうか。実はそれを知る手がかりが、弥彦神社門前界隈にある。門前界隈ではところてんを食べさせる店がいっぱいからだ。 <br />
　弥彦では酢醤油でそれを食わせてくれる。しかも箸は一本が決まりとなっている。そして後１つ忘れちゃいけない物がある。 <br />
　それはお弥彦様の松の葉をタレ瓶の口にさしてかけるので、松の香りがし、そこにからしを添えていただくのである。弥彦山登山口のお店で食べさせてくれる。 <br />
　その心太は最高の涼味である。山の冷たい水に冷やされていて、それに森林浴を味わいながら、いただくから美味しいのは当たり前。神社参りの汗の体を冷やすために売られている。 <br />
　また弥彦以外の下越地方でも心太は酢醤油、と決まっている。どうやら新潟は酢醤油で統一されている。さらに、箸は一本（一膳ではない）で、心太をひっかけてズズズーっといくのが慣わしである。 <br />
　初めての人は、店の人に「あの～、お箸もう一本くれませんか」などと催促するかどうか迷うという。誰が始めた作法だか知らないが、なぜかやっぱりこれが一番いい。　心太は２本箸で食べるほどの存在ではない、と考えられたからだろうか。とにかく酢醤油、１本箸の組み合わせが心太のゆかしく風景なのである。 <br />
　この心太は熱い身体を少し冷し、汗の出るのを防ぐ効果がある。そして疲れた心が軽くなるという。心が太くなる、すなわち「心太（ところてん）」という由来になるのであろうか。 <br />
　だとしたら、激論の会議などにこの心太を出せば、案外スムースに論は進むかも知れない。「まあ、まあ、心太でも食べながら、ゆっくりやろうよ」と、会議のリーダーが言い出せばしめたものだ。これがかの有名な「心太評定」と言われる会議の形だ。 <br />
　また、京都祇園の鍵膳では、黒蜜入りの「葛きり」が有名である。手製金庫のような器に入れられて、厳かに出てくる。結構いい値段する。しかも旅の女性達が列をなして並んでいる。とにかく、雲を掴むようなメニューであることには違いない。  </p>

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<div align="center"><span class="style17">心太でも食べようかと熱の妻  </span>  </div>
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<br>
<p><strong>＜８－４＞江戸の郷土料理「どぜう鍋」</strong> </p>

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　　　　　<span class="r50-green">　　　　　＊ <br />
○酒好きに酒の佳句なしどぜう鍋　　　　秋元不死男<br />
○泥鰌鍋「昔はもてた」話ばかり　　　　塩田丸男 <br />
○下足札もらひ乗り込む泥鰌鍋　　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　＊</span>
<!--☆-->

<p>　ボクらの子供の頃には、近くの川や溝にいくらでも泥鰌や鮒っこがいた。しかし川の汚染やコンクリート化でめっきりその数が減ってしまった。いまやよほどの田舎に行かないと、目にすることはない。幻の種、泥鰌に成り果てたのである。 <br />
　ところが最近になり、泥鰌が多方面から注目されだしている。佐渡の朱鷺の餌は泥鰌が中心になり、泥鰌が棲める棚田作りが盛んに行われ出した。２００７年に始まる朱鷺の放し飼いに合わせて、棚田の整備が急ピッチに進んでいる。もちろん泥鰌が棲める棚田やビオトープ構想が中心となる。泥鰌の餌となる田のイトミミズやユスリカを発生させるためだ。 <br />
　さらに農薬で荒れた農業を見直す動きのシンボルが、泥鰌の生態系となり、いまやこの泥鰌君は自然環境の旗頭となりつつある。生物多様性などという大テーマを掲げなくとも、すでにイトミミズやユスリカを餌とする生物の繋がりが、豊かな大地を潤しているのだ。 <br />
　かたや屋久島産の泥鰌が、かの東京の浅草に進出し、「島起こし」ビジネスとして、にわかに騒がしくなってきた。どぜう鍋の本家は浅草あたりだから、屋久島の狙いは、すばりどぜう鍋にあるのだろう。泥鰌は餌としてばかりでなく、我が食卓の馳走としても貴重な存在なのである。 <br />
　泥鰌の食べ方には様々な工夫がなされてきた。それをみておこう。 </p>


<span class="r50"><strong>（その１）、</strong><br />
どぜう鍋
生きたドジョウに酒を振りかけてすぐ蓋をする。最初は大変に暴れるが、やがておとなしくなったところで小さな薄い鉄鍋に並べる。甘辛い割下を注ぎ、炭火で煮込む。ネギを大量に乗せ、山椒や七味唐辛子をかけて食べる。丸なべとも言う。
浅草界隈に多くの店がある。</span>


<span class="r50"><strong>（その２）、柳川鍋</strong><br />

小骨や頭が気になる人のために背開きにして骨と頭を取り除いた「抜き」あるいは「裂き」という料理法もある。これをゴボウと共に卵とじにしたもの。
天保初年、柳川さんの店から発売されたからその名がついた。</span>



<span class="r50"> <strong>（その３）、泥鰌の蒲焼き</strong>
<br />
金沢市では、土用の丑の日にウナギの蒲焼きの代わりにドジョウの蒲焼き(関東焼き(かんとやき))を食べる風習が今でも続いている。
しかし近年は、泥鰌の蒲焼きの価格が高騰したりドジョウの苦味を敬遠する人が増えたことから、他地域と同様ウナギの蒲焼きを食べる人も多い。</span>


<span class="r50"><strong>（その４）、地獄鍋</strong> 
<br />
生きたドジョウと豆腐をいっしょに鍋に入れて徐々に加熱してゆくと、熱さを逃れようとして豆腐の中にドジョウが逃げ込むが、結局は加熱されてドジョウ入りの豆腐ができあがる。
これに味を付けて食べるのが地獄鍋である。実際には、頭をつっこむ程度で逃げ込むまでには至らないことも多い。中国や韓国にも同様の料理があり、中国では「泥鰍鉆豆腐」などという。</span>


<span class="r50"><strong>（その５）、泥鰌のスープ</strong>
<br />
韓国で一般的なドジョウのすり身を入れたスープのこと。チュオタン（鰍魚湯）とよばれている。チュオ（鰍魚）は朝鮮語でドジョウを意味する。 </span>

<span class="r50"><strong>（その６）、泥鰌の素揚げ </strong>　<br />
生きた泥鰌の唐揚げ。塩を振って肴とする。</span>

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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol28/img/image010.jpg" width="159" height="120" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p>以上が泥鰌の料理例である。 <br />
　しかし実際の現場報告をしなければピーンとこない。さっそく朱鷺に代わって、その浅草の「どぜう家」さんを訪れることにした。２００年続く老舗である。 <br />
　古めかしい暖簾「どぜう」を潜って玄関を入ると、昔の風呂番のおじさんが、これまた下足札を渡してくれる。一見、泥鰌みたいに愛嬌のあるおじさんだ。 </p>


<!--☆-->
<div align="center"><span class="style17">どじょう鍋どぜうの暖簾くぐるより  </span>  </div>
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<p>　早速、店のお姉さんに畳の大広間に案内されて、卓袱台の前に座る。メニューは「どぜう鍋」関係だけである。さっそくお品書きをしげしげ眺めながめ、冷えたおしぼりで顔を拭く。待てよ、「どぜう鍋」と言ってもいろいろな種類があるに違いない。ビールをまず注文しておいて、さらにお品書きを分析する。 </p>


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol28/img/image011.jpg" width="164" height="128" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　結果として「まる」「ほねぬき」「柳川」の３種類があることを小発見。それが「丸ごと、骨やモツ抜き、そしてほねぬきに牛蒡と卵を加えた柳川」である三品であることは、すぐ理解できる。　　　 <br />
　「あのぉ～、このまるをくださいなぁ」と、お姉さんに注文する。「まるねぇ」と、お姉さんはボクの顔を見てニヤリと笑い、奥へ消えてゆく。こうなれば後は回りの客をウオッチングするだけである。真昼間から、どぜう鍋などをつつく人間模様が気になるからだ。 <br />
　社用族らしきグループ、はとバスの団体さん、食通らしきカメラマン、そして明らかに怪しい２人連れなど薄暗い部家には、庶民多様性が存在する。 <br />
しばらくして、直径２０センチで深さ１センチほどの鉄鍋に、１８匹ほどの丸ごとドジョウが身を横たえて出てきた。「どじょうが出てきてこんにちは！」という感激の初対面である。しかも討ち死にを覚悟した全員が整然と並んでいる。 <br />
　さっそく割り下を入れて、厚切りのネギをのせて、くつくつと煮え上がるのを待つ。「オオッ、そろそろイケソかなー」と、その中の１匹を皿に取り上げ、山椒を少々ふりかける。試し食いである。口の中のドジョウはホロホロと崩れ、ほのかな苦味が舌の上を走るのがわかる。 </p>


<!--☆-->
<div align="center"><span class="style17">ほろほろと崩れ泥鰌の食はれけり </span>  </div>
<!--☆-->


<p>　意外と田圃の泥臭さや匂いはない。葱との相性も抜群だ。泥鰌を一尾食べては、ビールをゴクゴクとやる。この寒暖の差がたまらない。しかも汗がじわりと体の芯から沸いてくる。 <br />
　江戸の庶民の郷土料理だと言われているが、さすがは町民文化の時代である。その栄華を偲ばせてくれる。鬼平も恐らく、うまそうに食べたであろうと思うと、余計に旨さが染みとおる。 </p>


<!--☆-->
<div align="center"><span class="style17">鬼平のうまさうに食ふどぜう鍋  </span>  </div>
<!--☆-->

<p>　食べ終えて、ふっと一息つくと、回りの客も一息付いている。小さな鉄鍋で、くつくつと煮込みながらたべる泥鰌鍋は、確かに身体を芯から元気にしてくれる気がする。 <br />
　しかも夏のスタミナ界の料理として重宝されて来たのだから、是非もない。まさに「昔はもてた男たち」の庶民のスタミナ料理なのである。 <br />
　また最近は、カップルの２人連れが増えてきたという。女性には人気がないメニューだと思い込んでいたが、どうやらそうでもないらしい。 <br />
　下足人のおじさん曰く。「どぜう鍋」をつつくカップルは、１００％デキテルとのことだ。するどい指摘だ。ほろ酔いで暖簾を抜けると、すでに浅草界隈は夏の日射しがまばゆいばかりだ。 <br />
　この泥鰌は一時、田圃から姿を消したが、最近やっと見かけるようになって来た。天然泥鰌鍋は、地球環境のバロメーターとなる食べ物となる。一事が万事とは、泥鰌の存在そのものを尊ぶ教えとも言えるだろう。 </p>

<br>
<p><strong>＜８－５＞鯉のあらい</strong> </p>


<!--☆-->
　　　　　<span class="r50-green">　　　　　＊ <br />
○父と来し父のふるさと洗鯉　　　　　　加藤覚範<br />
○ビードロに洗び鱸を並べけり　　　　　正岡子規 <br />
○もてなしは村を総出の洗鯉　　　　　　食いしん坊<br />
　　　　　＊</span>
<!--☆-->

<p>　鯉は川魚の王様である。用心深くて、なかなか釣れないが、魚へんに里と書いて鯉と呼ぶことからも、人間との関わりは深い魚だといえる。信州の佐久や飯田、山形の米沢、利根川の鯉も有名だ。新潟では五泉の養鯉場が長い歴史を持っている。 <br />
　さらに千葉の成田山新勝寺の門前町には、この鯉料理が名物になっている。参拝の店先には、血を流した鯉が並べられ売られている。殺生を禁じる仏の門前でのこの光景は、一度見たら忘れられない。もちろん鯉料理をたっぷり食わせてくれるから驚きだ。これが鯉のあらいを初めて食べた記憶の欠片である。 <br />
　夏はその鯉をあらいで食べるのが最高だ。特に蛋白源が不足している山間部の山間には、清流を利用した養殖が盛んである。 <br />
　また鯉は生命力が強い魚であり、滋養があるとされ、妊婦などの栄養補強にもよいとされる。しかも汚れた水系の川、池、湖、沼でも逞しく育つ。野鯉（在来種）と養殖鯉（外来種）の２個体が日本では存在する。養殖の鯉はほとんどが外来種である。 <br />
　捕獲した鯉はきれいな水を入れたバケツの中に、半日程入れて泥を抜かないと泥くさい。さばくときは濡れた布巾等で目を塞ぐとおとなしくなる。 <br />
　日本では鯉こく（味噌で煮込んだ汁）、うま煮（切り身をさとう醤油で甘辛く煮付けたもの）、甘露煮、さらには洗いにして酢味噌や山葵醤油を付けて食べる。中華ではから揚げにしてあんをかけて食べる。 </p>

<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol28/img/image012.jpg" width="146" height="124" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p>　内陸の山間部である山形県米沢市は、冬場は雪に閉ざされ、住民はタンパク質が不足がちな食生活をしていた。タンパク質を補う目的で、上杉鷹山は１８０２年に相馬から稚鯉を取り寄せ、鯉を飼うことを奨励した。各家庭の裏にある台所排水用の小さな溜めで、台所から出る米粒や野菜の切れ端を餌にして蓄養した。 <br />
　また、長野県佐久地域では水田で養殖している珍しい方法で食材として飼われている。なお食材としての鯉は、福島県からの出荷量が最多である。新潟では五泉市の三ノ宮養鯉場が食用鯉を販売し、食わせている。 <br />
　以上が鯉の基礎知識である。 <br />
ここで鯉にまつわる過疎村の物語を紹介しておこう。 <br />
　その過疎の村にある日、新しい婿さんがやってきた。村の人たちは相談して、「鯉のあらい」でもてなすことにした。老人しか住まない村にとっては、若い婿さんは大歓迎なのだ。 <br />
　さらに「婿さんよ！鯉でも摘まんでみんしゃるかい！」と気軽に声をかけ、池の鯉を捕まえに同行させる。新婿さんも初めての体験で張り切って出かけた。 <br />
　そうとは知らない鯉は、餌でも貰う感じで喜んで池の渕にバシャバシャと、水音を立てながら近づいてくる。ここからが勝負だ。網でも池に入れて、鯉を追い立てようものなら鯉は一目散に逃げ去り、ゲットは難しい。村人と鯉との知恵比べが始まる。 </p>
<p>　しかし新婿さんは平然として、１本の竹に１メートルほどの蛸糸をつけ、大き目の釣り針をつける。そして蚕の「さなぎ」の餌をつけて池の渕に投げ込み、竹は畦にしつかりと挿し込んで物陰に身を隠す。村の人たちは、婿さんのお手並み拝見といったところだ。 <br />
  　しばらくすると、水面に浮いている「さなぎ」に、鯉の先発隊が様子を見にくる。すぐに食い付かないのが、鯉が王様たる所以である。その内に、人影がないことを確かめて、大き目の鯉が婿さんの餌に食いつき罠にかかる。新婿さん連合の勝利の瞬間だ。バシャバシャと音を跳ねながら鯉を引き上げ、家へと凱旋する。 <br />
  　引き釣り上げられた鯉は、さっそく村の人の手で「あらい」に調理される。 
  </p>
  
  <!--☆-->
</p>
<div align="center"><span class="style17">じたばたもせず夏鯉の捌かれり  </span>  </div>
<!--☆-->

<p>　身はできるだけ薄くそいで井戸水で何度も洗われる。臭みを抜くため、お湯にさっと通してあとは大き目の皿に氷を敷きつめ、その上に薄切りを並べれば、鯉のあらいの出来上がりだ。</p>

<p>　この鯉のあらいは酢味噌か辛し味噌で食べると旨い。食感はシコシコとコリコリの間の、割合に腰のあるお刺身といったところだ。またこのあらいに付きものなのが、奥美濃名産の密造酒である。屑米を仕込んで作った濁酒だ。  </p>

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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol28/img/image013.jpg" width="167" height="124" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p> 　お上にばれたら御用ものだが、村の人たちは悠然として新婿さんに勧める。この儀式を受けないと、村人の仲間には入れないから、婿さんは真顔になる。村人は「婿さん！ようきんしゃった！」と、お茶碗に、なみなみとドブロクを注ぎ勧める。 <br />
　このドブロク（ヨーグルトの雑炊みたい）の酸っぱさと、あらいの生臭さがほど良く調和して、これが結構イケる。文句なしの絶品である。 <br />
　そしてドブロクの深酔いに、心身がさ迷い始めるころ、先ほどの鯉の首級が煮込まれて運ばれてくる。鯉こくと呼ばれる料理だ。新婿さんの陰謀に負けた無念顔の鯉の首級は、濃い目の味噌仕立てで煮込まれている。「南無八幡大菩薩」と合掌をして、鯉の命をいただく新婿さんである。 </p>

<!--☆-->
<div align="center"><span class="style17">竹箸を割っていただく洗鯉 </span>  </div>
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<p>夏場は鯉のあらいに限るとは、村の衆のお話である。 </p>

<br>
<h2>３　スローでウオッチング（２８）</h2>


<span class="r50-1em">１、金沢の近江町市場を訪ねた。加賀野菜を探索するためである。そして６点ほどの加賀野菜の看板を掲げたお店を覗きこんできた。<br />
太い胡瓜、蓮根、さつま芋などが色とりどりに並べられていた。お店の人もこの野菜を誇りに思っているようだった。<br />
新潟の伝統野菜も、市民の食卓に溶け込むようになればいい、と思いながら写真を撮った。</span>
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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol28/img/image014.jpg" width="149" height="112" hspace="15" vspace="10" />
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol28/img/image015.jpg" width="154" height="116" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<span class="r50-1em">２、ベランダの野菜が１夜で無残に食い荒らされた。犯人は夜盗虫である。昼間は隠れていて、夜と共に大群をなして現れ、野菜などを食い漁る。食べる音が聞えてくるというから、凄まじい光景が繰り広げられる。<br />
　食べ尽くすと、また他のところに移動する恐ろしい害虫だ。初めて体験した、夏の一夜の出来事である。</span>


<span class="r50-1em">３、そろそろ西瓜とメロンの収穫期を迎える。いずれも露地栽培だが日照不足のため甘味が心配だ。しかも適時に収穫しないと台無しになる。畑を覗きこんでは、熟れ具合を推察する毎日だ。<br />
　西瓜もメロンも開花後４５日から５０日後が一つの収穫の目処。心配だから隣の農に訪ねた。その答えは「西瓜のことは西瓜に聞け」であった。なるほど。農業には科学と五感が必要だと実感する毎日だ。</span>



<span class="r50-1em">４、日本には約２１万のため池がある。それぞれが長い歴史を持ち、農業用水や景観、さらに多様な生物の棲家を提供している。ため池で遊んだ子供の頃を思い出す人も多いはずだ。<br />
　その貴重な自然がやはり乱開発のダメージを受けて消滅している。幸いその消滅から逃れた紫雲寺町の清潟を訪ねた。<br />
　人影もない静かな公園の中にそのため池はあり、貴重な蜻蛉や水中生物がうごめいていた。蜻蛉サミットの開催地ともなっていた。しばらく池端に座り帰路に着いたが、心なしか日頃の疲れが消えていた。<br />
　そういえば鎮守の森もわが日本人の心の拠り所である。生物多様性が騒がれだしてから、無性に気になる鎮守の自然系である。この夏休みには、近くの「大地の命」にしばし触れてみるのも、人生の嗜みとなるだろう。</span>



<span class="r50-1em">５、７月初旬、尾瀬ヶ原を訪ねた。鳩待峠から徒歩で１時間ほど歩けば、その湿原に到達する。<br />
長々と整備された木道を行けば、郭公や鶯の声が聞えてくる。遅咲きの水芭蕉、山つつじ、日光キスゲの花が群を成して、固まりながら咲いている。<br />
　この湿原は全て循環型自然生態系である。草花の堆積する速度は、１年間に１ミリだという。仮に登山者が湿原に足を踏み入れて、１０センチ破壊すると、それを復元するには、１００年の年月がかかる。気が遠くなる時間だ。<br />
夏が来れば思い出すのは尾瀬だが、かけがえのない自然の宝を思い出すのも、やはり夏の尾瀬かも知れない。悠久の時間に抱かれた尾瀬ヶ原であった。</span>


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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol28/img/image016.jpg" width="137" height="103" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<!--::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ここまで更新内容::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::-->
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<entry>
   <title>スローフード瓦版　ＶＯＬ ２７</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://topics.slowfood-niigata.com/2010/05/post_55.php" />
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   <published>2010-05-31T00:21:52Z</published>
   <updated>2010-05-31T00:21:45Z</updated>
   
   <summary>            １　スローフード巷談（７）              V...</summary>
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         <category term="ｶﾃｺﾞﾘｰ１（スローフード瓦版）" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<div id="kawara">

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  <em>１　スローフード巷談（７）</em>  </div><!--div id="banner-texbox"-->
  

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<!--::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ここから更新内容::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::-->


<h3>１　スローフード巷談（７）</h3>

<h2>○生物多様性について考える（その１）</h2> 
  
<p>　スローフードが運動指針にかかげる食文化を通しての、生物多様性について考えてみよう。かなり気になるキーワードである。 <br />
　この言葉自体は地球規模の研究文献や学者によって、様々に定義され表現されて、かなりの年月が経つ。更に１９９２年、ブラジルのリオで生物に関する国際会議が開催され、生物多様性条約が締結されたことから、一躍注目されることになった。これらの概略は後述するとして、まず身近な生物多様性にかかわる事象からみてみよう。 <br />
　新潟といえばすぐに朱鷺の絶滅が思い浮かぶ。その朱鷺ガ絶滅して、すでに随分の年月が経つ。そして最近、やっと中国から譲り受けた個体の自然繁殖を、試みる段階にまでこぎつけた。ものすごい関係者の熱意と努力の賜物である。その費用も莫大なものだ。絶滅した生態系復活と保全にはどれほどの困難さが伴うか、我らは身をもって実感している。 <br />
　朱鷺だからこそ、これだけの国家プロジェクトの復活運動が起こった。だがそれ以外の動植物にはまだまだ目が届いていないのが現状だ。新潟の田に生息するゴイ鷺、白鷺、青鷺らのその他の鷺類は朱鷺騒動をどのような目で見ているだろうか、とよく冗談を言うのだが、まんざら的外れではない。「朱鷺ばかりチヤホヤされて・・・」と、その他の個体数が減少気味の鷺たちの悲しみの嘆きが聞えてくる気がする。 </p>  

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image002.jpg" width="125" height="101" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p>　かたや身近な例だが、稲田に生息するはずの蛙が最近はまったく見られなくなった。夜ともなると蛙の合唱が当たり前だった田園風景が、まったく姿を消している。恐ろしいくらいに田圃や湖沼は静まり返っている。全くの不自然だ。 <br />
　この蛙の個体減少は地球規模で起こっているようだと聞く。環境の変化をまともに受ける個体だから、この影響は我ら人類に直結すると学者は警告している。 <br />
　河川の小魚の種もあきらかに激減している。ハリウオ、センパラ、タナゴ、カジカ、めだかなどは、もう童謡で歌われる世界にしか生息しない。桑名の蛤はもう絶滅している。名前だけが歴史に残っているだけだ。 <br />
　外来生物種による周りの生態系の破壊も身近で起こっている。この外来生物種は「侵略的外来種」と呼ばれ、我が物顔で在来種をことごとく隅に追いやり、絶滅させたり、遺伝子の汚染を繰返す。 <br />
　ブラックバス、ブルーギル、アライグマ、アルゼンチンアリ、セイタカアワダチ草などは身近で見ることができる。 <br />
　最近はミツバチ問題が果樹農家を悩ましている。セイヨウオオマルハナバチという外来種が生態系に多大な被害を及ぼすことが分かり、使用規制がかけられた。知り合いの苺農家が苦い顔をしている。さらに在来種のミツバチが泥棒にあう被害すら多発していると聞く。 <br />
　こうなると生物多様性は他人ごとではなくなる。テーラ・マードレ（母なる大地）を哲学の根幹にすえるスローフード運動こそ、まともに向い合わなくてはならない課題である。我らスローフーダーやCVは何を成す事ができるのか。まずは生物多様性勉強から始めよう。そして微力ながら取り組んでいきたいと念願する。 <br />
　さてここで生物多様性についてその概念と様々な事象を整理しておこう。「生物多様性ってなに？」をスローフード流にまとめてみたい。 <br />
　生物多様性を一言で表現するのはかなり難しい。比較的分かりやすい説明としては、次の３つのキーワードを捉えるといいだろう。 <br />
　生物多様性には「個体」「種」「生態系」の、各レベルでの多様性があること。 <br />
　この３つの多様性が相互に繋がりあいながら、長い年月をかけて造り上げてきた総和が生物多様性なのである。様々な自然があり、そこに特有の生き物がいて、それぞれにつながりあっていること、と考えれば理解しやすいだろう。ある学者の表現であるが、図で表すとその概念がイメージできる。 </p>

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<div align="center"><img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image003.png" width="412" height="304" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<span class="r50-1em">○	種の多様性とは、地球上に存在する全生物の総数のこと。その数は５００万～１０００万種と言われているが、３０００万種いるという見解もある。いずれにせよ、想像を絶する多くの生物が生息している。</span>
<span class="r50-1em">○	個体の多様性とは、人間も含めて同じ種でも地域によって異なる遺伝形質をもっていること。その各個体に含まれる遺伝子の多様性をさす。
同じ蛍でも場所によって、発光周期が異なる。</span>
<span class="r50-1em">○	生態系の多様性とは、森林や草原、山や村、湿原、干潟、熱帯雨林、河川や湖沼、サンゴ礁などの、それぞれが動植物の固有の生息地になっている自然環境を指す。</span>
<p>　以上の図で俯瞰される森羅万象が生物多様性の世界である。いわば宇宙と言っても過言でない。 <br />
　この生物多様性に今何が起こりつつあるのか。それらに対して我ら人類は何に散り組まねばならないのか。「母なる大地」に何が起こっているのか。ここらで立ち止まって考えてみることが極めて重要となってくる。生物多様性に迫る危機は待ってはくれないからだ。　　　 <br />
　まずは以下の４点について整理しておこうと思う。 <br />
　　　１、生物多様性からの恩恵 <br />
　　　２、生物多様性に迫る危機 <br />
　　　３、生物多様性条約とその背景 <br />
　　　４、我らが成し得る対策は？ </p>

<br>
<span class="style18">（１）生物多様性からの恩恵</span>


<p>　私たち人類は、今日に至るまで、その生存、健康、幸福そして生きる喜びは生物多様性を資源として利用することによって支えられてきた。 <br />
すなわち生物多様性の恵みやサービスなくて、存在しえないのが人類そのものである。 <br />
　このバランスが壊れれば、我らの生活は難しくなる。当然の帰趨である。大きく分けて４つの基盤を生物多様性からいただいているのである。 </p>


<span class="r50-1em">①、すべての生命の存立基盤である。酸素の供給、気温湿度の調節、水や栄養塩の循環、豊かな土壌の恵み。</span>
<span class="r50-1em">②、暮らしの基盤である。食べもの、木材、医薬品、産業や生活素材などの恵み。</span>
<span class="r50-1em">③、豊かな文化の基盤である。地域性豊かな文化を育む。自然と共生してきた知恵と伝統の恵み。</span>
<span class="r50-1em">④、自然に守られる暮らしの基盤である。マングローブやサンゴ礁による津波の軽減。干潟による浄化作業や渡り鳥の生息地。山地災害、土壌流出の軽減への恩恵。</span>
<p>　しかしこの恩恵を人類は破壊し尽くそうとしている。傲慢としか言い得ない人類の無知が破壊活動を推し進めている。基盤には限界があることを早く理解し、対策を立てるべきである。 </p>

<br>
<span class="style18">（２）、生物多様性に迫る危機</span>

<p>　しかし現在、世界中で、生物の多様性が急速に危機に瀕している。大規模な開発は、生物の生息地を破壊し、自然環境の汚染も多くの生物の多様性を脅かしている。 <br />
　また野生生物の過剰利用や、外来種による在来種の駆逐、商業的に価値の高い種ばかりを栽培、繁殖することにいる種の画一化は、多様性を失わせる元凶となっている。  <br />

　ことに遺伝子組み換えによる種の操作は、地球規模の生物多様性を破壊すると、多くの団体が異を唱えている。爆発的に増える人口を養うためには、必要な技術だと偽善者は言うが、「母なる大地」を根幹とするスローフードは明確にそれらを否定する </p>


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image004.jpg" width="125" height="125" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->


<p> 　ではどれほどの生物多様性が失われる可能性があるのだろうか。それを示すデーターがIUCN（国際自然保護連合）から、「レッドリスト」として、まとめられ公表されている。 <br />
　それによると生き物の約４７,０００種の中の１７,０００種あまりの動植物が、絶滅のおそれの高い種として、登録され、観察されている。ざっくり言って３０％の種は、絶滅の恐れがある勘定となる。 <br />
　たかだか３０％などと思っていけない。地球の命の連鎖を不可能にする危険性があるからだ。コンピュータに於いて、システムファイルのあるものを削除した場合、まず例外なくコンピュータは作動しなくなる。それと同じことが自然界で起きても不思議ではない。 <br />
　日本でも０７年に国が公表したリストで絶滅の恐れのある野生生物は、３,１５５種となっている。ツシマヤマネコ、アオウミガメ、めだか、イシカワカエル、ヤンバルクイナなどが含まれている。 <br />
　その主な原因は </p>

<span class="r50-1em-blu">①、開発や動植物の乱獲 </span>
<span class="r50-1em-blu">②、里山など、手入れをして保たれていた生態系が壊れた（荒れる森林）</span>
<span class="r50-1em-blu">③、外来種が入り、在来種を駆逐している（アライグマ、ブラックバス）</span>
<span class="r50-1em-blu">④、地球温暖化で生息地が脅かされたこと（サンゴ礁の死滅）</span>
<span class="r50-1em-blu">⑤、栽培種の画一化による在来種の駆逐（伝統野菜）</span>




<p>などが揚げられている。 <br />
　また、現時点で調査が十分に行なわれていない、魚類や無脊椎動物などについても、今後研究が進めば、より多くの種の危機が明らかになる可能性がある。レッドリストが示す数字は、あくまで世界全体の野生生物の危機的な現状を、部分的に明らかにしたものでしかないということを、忘れるべきではない。 <br />
　しかもそれぞれの原因は、簡単には除去できないものばかりである。どこから手をつけていいのか分からない課題ばかりである。 <br />
　地球レベル、国レベル、行政レベル、企業レベル、個人レベルなどで様ざまな取り組みが模索され、実際に実践されているが、社会の価値観を変えることによって政治や社会を動かして、解決して行かざる得ないことだけは確かである。 <br />
　そして国際的なルールづくりや法規制を設けて、様々なコンフリクトを乗り越えて、この課題に対処しなければならない。もちろん簡単ではない。 <br />
　その場合に、我らは生物多様性の危機から何を守ろうとしているのか。それを明確にしておかねばならないだろう。 <br />
　それは我々が脈々と生を営んできた国や地域の文化や歴史を反映する、自然も含めた地域の固有性ではないだろうか。その固有性が損なわれてゆくジレンマに危機感を募らせているともいえる。固有性が破壊され、消え去ることは我ら自身のアイデンティティの消滅を意味するからだ。 <br />
　スローフードは食文化とその環境の固有性を守ろうとしている。２１世紀の次世代に対して、負の「母なる大地」を残さぬよう危機感をもって活動しているのである。次号では生物多様性条約とその背景と我らが成し得る対策について、論じる予定である。 </p>

<br><br>
<h3>２　食あれば句あり</h3>
<h2>＜７－１＞時価の鮎料理です！</h2>

<!--☆-->
　　　　　<span class="r50-green">　　　　　＊ <br />
○熟恋や次の逢瀬は鮎の宿　　　　　田中冶生子 <br />
○姿よく焼かれし鮎に膝ただす　　　古屋信子<br />
○化粧塩して焼かれたり囮鮎　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　＊</span>
<!--☆-->

<p> 　６月１日前後は、全国の河川の鮎漁を解禁される。岐阜の長良川は５月中旬で最も早く、一斉に太公望が友釣りに繰り出す。その鮎は川魚の王様として、古くは日本書紀や万葉集にも登場する。スイカや瓜のような香りがすることから、香魚とも言われている。 <br />
　しかも天然の鮎の姿には気品とか清新が漂い、これが多くの画家や写真家を刺激する。句材にも持ってこいの、羨望の夏の季語である。 <br />
　最近では養殖鮎の「天然仕上げ」と言う、ニューハーフ的なモノがスーパーなどで売られている。しかしやはり天然モノには風味や匂いではかなわない。 <br />
　そうなると総天然モノで、しかも鮎づくしのフルメニューが食べたくなる。ああ！食べたい、食べたいなぁ～と、鮎の夢を見る始末である。そのように思いを致すと、もう居ても立ってもいられなくなり、早速句帳片手に、岐阜の揖斐川の支流にある鮎宿を訪ねることにした。 <br />
　かの千年の薄墨桜で有名な、岐阜県・根尾村のこじんまわりした鮎宿である。それはお盆過ぎの人影もまばらになった暑い昼の午後だった。 <br />
「お世話になります！これぞ天然鮎料理だと言うのを探しに参りました」 <br />
「ようこそお客さん！今日は釣り人も帰り、やっと一段落したとこですよ！」 <br />
「まあ！ゆっくりしてきんしゃい！」と、窓を開けっ放した座敷に案内される。 <br />
　しかも何と三十畳ほどの座敷には、天然鮎探検隊を兼ねた、にわか俳人のボクだけがぽっねんと１人だけである。まさに、独占的系・独り占め類・贅沢三昧座敷の中の１人なのである。 </p>


<!--☆-->
<div align="center"><span class="style17">鮎宿の風吹き抜ける胡座かな </span>  </div>
<!--☆-->



<p>　時折、これも天然のマイナスイオン系の川風が、３０畳の座敷を吹き抜けていく。実に涼しい。 <br />
　壁に目をやると、釣り人が自慢の２５センチほどの鮎の魚拓が、何枚も貼られて川風に揺られている。「どうや！俺が釣り上げた今年、いや！生涯一番の天然鮎や！どうや！見てくれたか！」と言わんばかりの威風堂々のオンパレードである。まさに「鮎釣や兵どもが夢の跡」の感がする。 </p>


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image005.jpg" width="238" height="77" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p> 　ついでに魚拓と並んで、アサヒビールの宣伝ガール（水着姿）の壁ポスターも、にっこり笑って大いに刺激してくれる。参るなぁ～こんなプレゼンテーションは！と、ひとりニヤリと笑ってみる。「笑ってもひとり」という尾崎放哉並の一句が浮かんでくる。 <br />
　しばらくすると女将さんがお茶を持ってあらわれ、今年は川苔が豊富で、大きな鮎が釣れるのだと言う。最近は田植えの除草剤が川に流れ込んで、川苔を枯らす被害が続発していると聞くが、ここの川は大丈夫だとも解説してくれる。生物多様性問題がここにも及びつつあるのだ。 <br />
　さっそくまずビールを注文し、その間に鮎料理のコースメニューを血気盛んに探索する。コースは９０００円から１万５千円だ。しかもお品書きの最後には、手書きの「お１人さまだけ本日の時価」なんて言う、めちゃめちゃ気になるコースもある。 <br />
　お１人様だけ時価の鮎料理って、一体どんなコンセプトで構成されて、しかもどこのどなたが食べるのであろうか。探検隊としては、見過ごすことが出来ない一大事である。財布の中身をそっと隠れ確かめてから、清水の舞台から飛び降りる決死の覚悟を固めねばならない。 <br />
　「あのぅ～！この時価っていうコースを食べたいのですが！」と、さりげない声で勇気をだして注文する。しかも、決して動揺している気配を少しでも見せてはいけない。 </p>

<!--☆-->
<div align="center"><span class="style17">時価といふ鮎割烹を所望せり  </span>  </div>
<!--☆-->

<p>　注文するとにわかに、厨の動きが活発になり始める。なにかとんでもないメニューを注文してしまったのではと、一瞬反省したりするがもう遅いしもう止められない。２、３人の料理人がせわしく動き始めている。 <br />
　しばらくすると女将さんが、手書きの時価メニューを添えて現れた。「今日のメニューはこんなコースです」と、代わりのビールを卓上に置きながら事前提案してくれる。膝を正して、そのコースの内容を見ると以下の通りである。 </p>

<span class="r50-1em-blu">１、菜（鮎のなます、鮎の甘露煮、鮎のウルカ）の盛り合わせのお椀（味噌仕立て）</span>
<span class="r50-1em-blu">２、鮎の背越しと刺身</span>
<span class="r50-1em-blu">３、鮎の塩焼き、</span>
<span class="r50-1em-blu">４、鮎の包み焼き</span>
<span class="r50-1em-blu">５、鮎の酢のもの</span>
<span class="r50-1em-blu">６、鮎の天ぷら</span>
<span class="r50-1em-blu">７、鮎の炊き込みご飯</span>
<span class="r50-1em-blu">８、鮎の潮汁</span>
<span class="r50-1em-blu">９、富有柿のシャーベット</span>


<p>　鮎が姿を変え、衣装を変え、形を変えて次から次へと出て来る趣向だ。こうなれば「鮎や平目の舞い踊り」の竜宮城気分で行くしかない。 </p>


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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image006.jpg" width="118" height="118" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p>　そして４番目に、いよいよ鮎料理の真打が登場する。化粧塩で背びれと尾びれがきりりと整い、踊り串で整然と焼かれた塩焼きの鮎が３匹登場する。普通は２匹が業界のしきたりだが、１匹はおまけ？　まあ、いいか。志野焼の角皿に、悠然とした大河の流れのごとくお姿をした鮎さまである。 <br />
　魚形はまさに、一寸のスキも無駄もない総天然のデザインそのものである。近頃の簗場は、他所からの養殖ものを客に出すというが、ここは地場ものだ。実にすばらしい。 <br />
　「きゃぁ～！鮎さま！」とオヒネリのひとつでも投げたくなる名場面となる。 <br />
「うむ！これが文豪や歌人が愛して止まない、かの総天然色の鮎なのか！」と膝を正すばかりである。なるほど鮎料理は塩焼きにとどめを刺すと言うが納得する。さっそく頭から尾っぽまで、かぶりつくように全て平らげていただくことにした。しかも３匹だ。 </p>


<!--☆-->
<div align="center"><span class="style17">かぶりつく炭焼き鮎の熱さかな </span>  </div>
<!--☆-->

<p>　鮎の腸の苦味が、ビール酔いの身体を、晩夏の風と共に駆け抜けていく。かすかな草の匂いが鼻から抜けていく。香魚と言われる所以である。 <br />
　そしてフルコースのデザートをいただく頃には、午後も４時を回り、川風も一段と涼しくなり、いよいよ岐路に着く時間となる。遠くから来て良かった。一人で来て良かった。時価の刺激メニューを食べて良かった、などの「良かった、良かった」を心に連発しながら、席を立つ。 <br />
　「ごちそうになりました！樽見線の電車に間に合いそうですからこれで！」と告げて、「おのぉ～！お勘定を！」と最後の詰めに向かう。 <br />
「ありがとうございました！それでは、９５００円いただきます」と女将はにこやかに答えて、満足そうな客の顔をチラリと見遣る。 <br />
　「えっ！時価とは９５００円なの！」と、事前に覚悟した決死の緊張がガタガタと崩れる。まさか、そんなはずはない。「女将さん！それだけでいいんですか？」と念を押しながら１万円札を差し出す。「いいんですよ、お客さん！お釣の５００円があれば、大垣までの電車賃になりますよ！」と、これ叉しびれるようなご挨拶がくる。 <br />
　「普通は２匹がメニューの相場ですが、３匹も食べましたよ！」と何とか多額を払いたい、いや払わねば気が済まない探検隊なのである。 <br />
　「実はお客さんに差し上げた３匹目の焼き鮎は、もう出番のない天然の囮鮎なのです。それを感謝と鮎供養の気持ちで焼き上げたものです」とこれまた、刹那なご挨拶が帰ってくる。 <br />
　そうだったのか。おもわず探検隊は先ほどの鮎さまの勇姿に合掌したくなる。「お１人さまだけ本日の時価」とは、囮鮎の命の時価だったのである。なにか２度とめぐり合えない究極の鮎料理に、後ろ髪を引かれながら、電車場に向かうことにした。美味しさと切なさが心にしみた、鮎料理探検の一日が終ろうとしている。ぷわーと深呼吸するとビールの酔いが心地よく足取りに出る。 </p>

<!--☆-->
<div align="center"><span class="style17">切なさに鮎宿出でて眺むれば何処も同じ根尾の夕暮 </span>  </div>
<!--☆-->
<br><br>
<h2>＜７－２＞海鞘（ホヤ）を食す！</h2>

<!--☆-->
　　　　　<span class="r50-green">　　　　　＊ <br />
○酒に海鞘火の気なき炉に顔寄せあひ　　　石川桂郎 <br />
○海鞘紅しすすめ上手に箸を出す　　　　　町野けい子 <br />
○海鞘刺しをふふめば海の声すなり　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　＊</span>
<!--☆-->


<p>　この得体の知れない、奇妙な軟体動物の海鞘（ほや）に出会ったのが、運命の分かれ道である。すっかりその美味さの虜になってしまつた。 <br />
　この海鞘は植物のような根を持ち、岩などに生えながら、プランクトンなどを餌に育つ動植物である。原生動物のかたちを今に残している種である。旬は夏である。もちろん夏の季語として登録されている。 <br />
最初の出会いは仙台の炉辺焼きだ。 <br />
「お兄ちゃん！何かこの土地の名物はないかい！」 <br />
「お客さん、海鞘なんぞいかがですか！今が旬の夏だけの珍味ですよ」 <br />
「じゃぁ、それをくれ！酒は何があるのかい！」 <br />
「今日は田酒がありますよ。冷やで行けますよ！」 <br />
「じゃぁ！それをくれ！」 <br />
　そして出てきたのは、いぼいぼの皮を添えた海鞘の刺身と海鞘の塩辛である。とりあえず食通の顔をしながら、恐る恐る刺身を摘む。ウッ！この匂いは何と表現しようか！とんでもないモノを注文してしまったのでは、と小さな反省。覚悟を決めて、刺身の一切れをしこしこと噛み砕いた。 </p>


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image007.jpg" width="111" height="111" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->


<p>　すると口中にあの海の潮の味が満ちてくるではないか。これがホヤというものなのか。海のパインナップルと言われる代物なのか。口から鼻へ抜ける香りもまさに海の香りそのものだ。そして、しかと結論を出す前に、瞬く間に２個分のホヤ刺しは、胃袋の大海に飲み込まれて行く。実に不思議な味がする。悪食の極まりがしないでもない。 </p>


<!--☆-->
<div align="center"><span class="style17">居酒屋の灯火暗し海鞘酢食ぶ</span>  </div>
<!--☆-->

<p>　続いて次は、口中の潮味を田酒で洗いながら、塩辛を箸で口に運ぶ。ネトネトのモズクみたいな海鞘の塩辛は、舌の上で土用波のようにうねりながら、さらに海の香りを強く発散させてくれる。ウッ！これはイケル！この香りに銘酒の田酒を合わせると、もう地団駄を踏む美味しさとなる。 <br />
　そしてとどめの最後は、地元の漁師たちがよくやると言う、ホヤの丸かじり（丸飲みに近い）を勧められた。ホヤをイボイボの鎧から抜き取り、泥の部分を水洗いした軟体を丸ごと、ズルズルと一気飲みするのだ。白魚の踊り食いはよくあるが、ホヤの丸飲みは初めてだ。覚悟を決めて、鼻をつまむような気持ちで飲み込んでみた。 </p>


<!--☆-->
<div align="center"><span class="style17">丸のみの海鞘勧めらる遠くきて</span>  </div>
<!--☆-->


<p>　もちろん噛み砕いて食べるのもいいが、丸ごとを２、３個は軽くすんなりと胃袋に収まった。これがまたやみつきになる美味さである。このような食文化が陸奥にはあるのか。それもきわめて自然界と一体化した地貌の食卓に、ごく普通に存在している。もはやそれを知りえただけで、好奇心が満足させられる。 <br />
　最後のホヤメニューは、炊き込みの「ホヤご飯」である。薄目の塩味で炊き込んだ一品だ。まるで太平洋の香りを丸ごと炊き込んだ風情がある。実に美味しい。言葉では表現できない美味しさである。居酒屋の店主がニヤリとこちらに視線を投げかけている。どうや、と言わんばかりの顔つきである。 </p>


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image008.jpg" width="139" height="102" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p>　この海鞘の浮名は「保夜」とも言われ、浜松のウナギパイと並んで、夜の世界を支援する大物の仲間だ。本当に元気がつく。 <br />
　ここ新潟でも１個５０円くらいで売られている。三陸産が多い。新潟にも食べる習慣があるのだろう。 <br />
　それにしても、日本最北端も宗谷岬の浜辺で拾ったあの海鞘が忘れられない。遠くに見えるロシヤの島影を目で追いながら、その海鞘を食べた。例の丸飲みである。海水で洗い、ズルズルと飲み込んだ。究極の自然の恵みであった。 <br />
　そして、自動シャッターのカメラの音が聞こえた後の静けさは、実に寂しかった。１人旅の記憶である。 </p>

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<div align="center"><span class="style17">海鞘(ほや)ひとつ潮に剥いて洗ひけり </span>  </div>
<!--☆-->

<p>　また青森駅前の魚市場で食べた丸ごと海鞘も、美味しかった。店のおばちゃんと会話しながらの、臨場感が楽しかった。「ホヤを食す！」の旅は夏場が旬だ。あのような気持ち悪いものを、と言わずに是非、北国の香りを味わって欲しい。北国に美味いモノあり、その名は「海鞘」なりけり。 </p>

<br><br>
<h2>＜７－３＞麦めしの哀しみ</h2>

<!--☆-->
　　　　　<span class="r50-green">　　　　　＊ <br />
○麦めし麦片寄りて炊き上る　　　　　　杉原さかえ <br />
○麦飯もよし稗飯も辞退せず　　　　　　高浜虚子 <br />
○麦とろを食べ論敵の真正面　　　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　＊</span>
<!--☆-->


<p>　かっての池田首相が「貧乏人は麦飯を食え」と演説し、国民の顰蹙をかった。麦飯はそのような貧困食の代名詞だった。その麦飯は夏の季語として登録されている。何故夏なのか分からないが、脚気などの予防食として、夏季に常用したからという説が多い。その通りだろう。 <br />
　麦飯はまた異なる独特の香りと、やや固めで粘りけの少ない食感をもつ。決して美味いものではない。それだけに食文化としての位置づけが気にかかる。麦飯がどのように扱われ、人々が食卓に並べたのかである。 <br />
その麦飯について述べてみよう。まず麦飯の基礎知識である。 <br />
　日本の近代史においては、白米のみの飯を兵食の主食とした陸軍が、日露戦争で多数の脚気による戦病死者を出したのに対し、麦飯を採用したでは脚気の発生をほぼ完全に阻止したことが知られる。 <br />
　海軍カレーが曜日を知らせるメニューであったと同時に、脚気予防の意味合いもあったと推察できる。カレーならば麦飯の不味さも隠せるだからだ。 <br />
　また日本の刑務所でも麦飯が導入されており、米：麦＝７：３の比率のものが主食とされている。かつては、精麦が不十分だったため、炊きあがった麦飯は独特の臭いを持っていたことから、刑務所に収監されることを「臭い飯を食う」と言う表現ができた。 </p>


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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image009.jpg" width="122" height="122" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p>　調理に際しては米との比率を好みによって調製する。麦を多くするほど米に由来する飯の粘り気が少なくなり、固い食感となる。麦は炊き上げるのに米よりも多くの水が必要なため、麦の量が増えるにしたがって、米のみの場合よりも水を多めにする。 <br />
　日本では近現代になるまで、都市部以外では米だけの飯は、神饌的な位置づけであり、祝祭時のみ炊かれるものだった。いわゆるハレの食であった。 <br />
　日常食は「かてめし」といって米に他の穀物や野菜、海草などを加えて共に炊飯したもの、あるいは粟、稗など米以外の穀物のみを炊飯したものが普通だった。 <br />
　麦飯はそうした日常食のひとつだが、今日では健康食品、あるいは麦とろご飯、牛タン定食、水軍鍋など、特に麦飯と相性のよい食味を持つ献立に、添えて好んで食べられるように変化した。健康食品として食べられるのは、大麦は米と比べて食物繊維、タンパク質、ビタミンＢを多く含むためである。 <br />
　江戸時代に江戸や大坂では精白された白米が普及し、ビタミン不足から脚気が大流行したのは有名な話だが、白米の食味の良さを喜んだ民衆の偏食とともに、大都市の燃料問題も理由として挙げられる。 <br />
　薪が周辺の山野で簡単に手に入る農村や山村と異なり、都市では薪も金を出して買わなくてはならない。庶民が燃料費を節約するために煮えにくい玄米や丸麦を避け、主食を白米のみに依存した結果、脚気の流行を招いたともいえる。 <br />
　麦の種類は主に大麦である。俳句では「麦踏」という冬の季語がある。これは冬の麦を霜柱から守るための農事である。麦の生産のほとんどを海外に頼っている日本では、もう見られない冬の風物詩だ。以上が麦飯に関する基礎情報である。 <br />
さて、もう少し我らの内なる麦飯論を展開しておこうと思う。 <br />
　麦飯と言えば我らには、どうしても暗いイメージがつきまとう。増量材、貧乏家族、食料不足などの哀しい風景だけが思い浮かぶ。なかでも学校では麦飯弁当を開けるのが、恥ずかしかった記憶が鮮明に残っている。 </p>


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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image010.jpg" width="146" height="117" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p> 　青春の多感な時であったから、隣の花子さんに見られるのが嫌だった。麦の粒だけを弁当の淵に移動させ、分からないように弁当の蓋を立てて食べた。今から想うと馬鹿なことをしたものだと笑い飛ばせるが、麦飯弁当にはそのような記憶しか残っていない。 <br />
　今でこそ、この麦飯は、健康食品界のこだわりの一品として、賞賛され、人気の定食メニューとして持てはやされているが、当時はとにかく純粋な銀飯を食べたかった。ご飯は「銀しゃり」と言われるほど、真っ白い１００％の白米ご飯が憧れだった。 </p>



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<div align="center"><span class="style17">銀飯を食べて死にたや枯れの中 </span>  </div>
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<p>　また銀飯を食べたいと言いながら、戦地で亡くなった方が多いとも聞く。今から思えば信じられない現実があった。その銀飯崇拝の日本において、最近の日本人はご飯を食べなくなり、その量はおよそ半分に減っている。 <br />
　これを豊かさと言うか、何と言うか、米の供給過剰が農政を大きく揺さぶっているのは、周知のとおりだ。まして麦飯などは一部のマニアを除いて、全く食卓には上らない、幻のメニューとなっている。国民栄養運動の旗頭だった歴史的な麦飯は、かくして定番の座をパンや麺に譲った。 <br />
　麦飯に似たようなご飯に玄米ご飯がある。マクロビ食と呼ばれる食養料理にも出てくる。体の免疫力を高めるご飯として注目されている。最近では発芽玄米入りのご飯なども多くの著書に登場してくる。 <br />
　しかし麦飯と同様でやはり長続きしない。不味いからだ。いくら体に良いと分かっていても、箸が動かない。「身体に良いモノは不味い」という不文律を、身に染みて知らされる。この辺の健康食に対する人間の心理の葛藤を、この麦飯に見ることができる。 </p>



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<div align="center"><span class="style17">麦飯の弁当談義夜もすがら </span>  </div>
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<p>　まあいいか。そんなに麦飯にこだわらなくても。牛タンのとろろ麦飯定食は、夏のスタミナ食の定番であることさえ理解しておれば、美味さも再認識できるであろう。特に仙台の牛タンは美味い。列をなして客が並ぶ名物となっている。 <br />
　関東平野の麦秋を車窓から見るたびに、この麦飯の哀しみを連想する近頃である。 </p>


<br>
<br>
<h2>＜７－４＞嫉まれる穴子焼き</h2>

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　　　　　<span class="r50-green">　　　　　＊ <br />
○待ちし甲斐ありし茶店の穴子飯　　　　稲畑汀子<br />
○母の忌の俎板で押す穴子鮨　　　　　　染谷佳之子<br />
○穴子飯提げて乗り込む安芸の島　　　　食いしん坊<br />
　　　　　＊</span>
<!--☆-->


<p>　忘れられない馳走に穴子飯がある。この穴子飯（あなごめし）とは、広島県の瀬戸内地域の郷土料理である。今では都会でも食べることができるが、本来は、瀬戸内の漁師<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%99%E7%90%86" title="料理">料理</a>が発祥とされる。初めて出会ったのは京都の料亭である。 <br />
　「お客さん、今日は穴子の上等が入ってまっせ！明石海峡で捕れたマアナゴでさぁ～。天ぷらか蒲焼でイケますよ！」 <br />
　大阪や京都の割烹料理屋では、夏の旬を待ちかねたように、このような穴子談義に力が入る。京都では鱧もよく食べる風習があるが、長い系の魚が特に好きなようだ。 <br />
　この穴子は鰻ほどにメジャーではないが、穴子通に言わせると、鰻が男系だとすると、穴子は美容と健康に貢献する、いわば女王系にふさわしい食べ物だと言う。穴子は女性に人気があるのだ。そう言えば穴子鮨や茶碗蒸し、八幡巻、あなご天ぷら等を取り囲んでいる女性集団をよく見かけることがある。 <br />
　回転すしでも、裾を引きずるような大きな焼穴子を乗せた握り鮨に、大きな口を開けて、かぶりつくおばちゃんをよくみかける。しかも一様に恍惚の表情をしている。 <br />
　さらに女性に穴子の話をしてみると、目が輝いて来るのが分かる。「今日の昼飯は穴子丼を食べたぞ！」といえば、必ず「うわぁ～！うらやましい」と妬みに近い返事が返ってくる。 <br />
　でも男衆が、穴子に惚れたらイカンという法律はない。穴子を食べたら百叩きの刑になるとも聞いたこともない。ならばと、穴子専門店を訪れることにした。それも本場の広島である。 </p>


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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image011.jpg" width="147" height="118" hspace="15" vspace="10" />　</div>
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<p>　その店は安芸の宮島行きの、渡し舟乗り場桟橋近くにある。訪れたのは、７月の暑い日であった。出張の途中で立ち寄った。お店の名前を思い出せないが、穴子通ならば誰でもが知っている老舗である。穴子の蒲焼しかやらない、こじんまわりした老舗だ。 </p>

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<div align="center"><span class="style17">穴子焼く爺も柱もむかしかな</span>  </div>
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<p>　穴子の名店で穴子の蒲焼を注文すると、小一時間は待たされるのが常こと。とりあえず、穴子重と穴子の蒲焼（持ち帰り）、ビールを注文し、じっと待つことした。 <br />
　ビールをちびちびやりながら、煙で黒ずんだ部屋の壁や柱に目をやれば、自ずから店の歴史が見えてくる。むろんこのような老舗には、テレビなどは置いていない。ただひたすら、穴子道一途の頑固さの店全体を観察するしかない。 <br />
　隣席の先客の２人ずれが、なぜか宮島土産の大荷物に囲まれながら、穴子定食を食べている。ただ無口に、覆いかぶさるように食べている。厳島巡り帰りの２人なのであろう。 <br />
　やがて匂いとともに焼きたての穴子重が運ばれてきた。意外と早かった。「あな重だ、あな重だ、ワーイ、ワーイ」と、初対面のはやる心を抑えて、割り箸をブチッと割きながら、いよいよいただく瞬間がきた。 <br />
　「噛むとホロリと舌先でくずれるはずだ」と、勝手にイメージが先行し、目がすでに血走っている。焼きタレは、３代続いた家伝のレシピだと言う。家伝だといわれると余計に欲情するのが人の常である。 </p>


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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image012.jpg" width="132" height="100" hspace="15" vspace="10" />　</div>
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<p>　少し舐めてみるとやや甘味のある濃い味であり、意外とさっぱり仕立てになっている。また背開きに焼かれた穴子は思った通り、柔らかである。 <br />
　さらに「フム、フム！なるほど」と１人納得を繰り返しながら、箸は忙しく動く。そして口の中は、ご飯とタレと穴子の三重奏が醸し出す香りで一杯なる。実に美味しい。 <br />
　しかも鰻ほどの匂いはない。「こってりーさっぱり」系の熱々の重箱料理って感じがする。この上品な味が女性に好かれる秘密かも知れない。 <br />
　瀬戸内の穴子は、潮の流れで身が引き締まって、筋肉質だとは店主が言う。アナゴの旬は1月中旬と夏。特に1月中旬のものが最高とも言う。 しかも夜の漁で、一本釣りで夜行性の穴子を捕らえるのだそうだ。 <br />
　食べ終えて、残りのビールで口中を掃除すればもう満足である。そして「ぷわぁ～、美味かった！」と名残惜しそうにお店を出る。外は真夏の太陽が輝き、汗を拭きながら蒲焼のお土産をぶら下げて、厳島行きの舟に乗り込むことにした。 </p>


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<div align="center"><span class="style17">あなご焼ほろり崩れる熱さかな </span>  </div>
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<br><br>

<h2>＜７－５＞ああ、これぞ素麺料理です！</h2>

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　　　　　<span class="r50-green">　　　　　＊ <br />
○さうめんの淡き昼餉や街の音　　　　　草間時彦 <br />
○そうめん流し竹のコップに酒つぎて　　横山白虹 <br />
○冷素麺水を自慢に出されたり　　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　＊</span>
<!--☆-->


<p> 　気温が２５度を超えると素麺が欲しくなる。しかし街を歩くと、蕎麦屋やうどん屋はあるが、素麺屋は滅多にない。素麺はビジネスマンの昼食には、相応しいと思うのだがそうはいかない。季節に敏感だから商売にならないのだろう。上記の草間時彦氏の句にもあり、この際是非、素麺だけを食わせるお店の出現を期待したい。 <br />
　たとえば </p>

<span class="option-p-blu">　　・流し素麺定食、焼肉ソーメン、サラダソーメン、<br />
　　　
・焼き豚ソーメン、蒲焼ソーメン、カレーソーメン</span>
<p>などのオンパレード定食なら、「行列のできる素麺屋」として、一躍脚光をあびるはず。しかもＯＬさんも入り混じってのお店なら、話題騒然となるだろう。 <br />
　さてここで、素麺と冷麦、うどんの違いをまず整理しておこう。基本的には兄弟だが、機械麺の場合、素麺の麺の太さは直径１．３mm未満とされている。ちなみに直径１．３mm以上１．７mm未満は冷や麦、１．７mm以上はうどんと分類される。 <br />
　手延麺の場合、素麺もひやむぎも同基準であり、直径が１．７ｍｍ未満で丸棒状に成形したものが「手延べ素麺」もしくは「手延べひやむぎ」に分類される。ちなみに直径が１．７ｍm以上で丸棒状に成形したものは「手延べうどん」に分類される。太さ１、３ミリメートルを境に区別されている。これより細いと素麺、太いと冷麦となる。 <br />
　また素麺には手延べと機械作りがあり、やはり手延べの２回梅雨を越した「ひねもの」が、ダントツに美味しく人気がある。「揖保の糸」「美輪素麺」などが有名だ。夏のギフトの定番として、どこの家庭でも在庫している食材だ。 </p>

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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image013.jpg" width="173" height="107" hspace="15" vspace="10" />
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image014.jpg" width="138" height="103" hspace="15" vspace="10" />
　</div>
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<p>　この素麺は「今日は暑いから、素麺にでもすっか！」と、すぐ決まるメニューである。いわば涼風系の代表メニューだ。 </p>

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<div align="center"><span class="style17">素麺と言へばうなずく昼餉かな  </span>  </div>
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<p>　しかしただ演出もなく食べるのは面白くない。たまには「日本人の、日本人による、日本人のため」の素麺道に挑戦してみるのもいいだろう。身が引き締まるからだ。 <br />
　その「素麺道」のコンセプトは「涼を食す」とする。手順は以下の通りとする。 </p>

<span class="r50-1em">１、冷房を止め、窓をあけ、風と蝉の声を入れる</span>
<span class="r50-1em">２、できるなら開けっ放しの畳の夏座敷が良い</span>
<span class="r50-1em">３、麺つゆはだし４～６に、醤油（１）、みりん（１）の割合として、良く冷しておく</span>
<span class="r50-1em">４、薬味は生姜、茗荷、ネギ、擂り胡麻など好みを数種用意する</span>
<span class="r50-1em">５、素麺を束ねた巻紙をぷつんと切って、沸騰した湯の中に入れる</span>
<span class="r50-1em">６、硬めに茹でた素麺をすばやく冷水にさらし、手でよく捥ぎほぐす</span>
<span class="r50-1em">７、器は硝子系の大き目を用いる。志野系や清水系の焼き物でもよい</span>
<span class="r50-1em">８、できるならミネラルウオーターに氷を入れた中に、泳がせるようにゆったりと入れる</span>
<span class="r50-1em">９、サクランボやミカンなどを加えてはならない</span>
<span class="r50-1em">１０、氷を張った樽に冷した日本酒を用意するのも、座を華麗にする</span>
<span class="r50-1em">１１、冷たいし、のど越しはいいし、口当たりもいいし、さつぱりしているから、いくらでもお腹に入る。しかし突如として満腹感が襲ってくるから、程ほどを良しとする</span>
<span class="r50-1em">１２、シンプルに味わうをもって、尊しとなす</span>
<span class="r50-1em">１３、そして、おふくろが傍に居てくれさえすれば、もうそれだけで、この道は完璧。</span>


<p>　以上が由緒正しき「素麺道」のあり方だ。素麺は、自然と家族が一体化してこそ美味しいのである。 </p>


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<div align="center"><span class="style17">素麺に故郷を見て涙かな</span>  </div>
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<p>さらに素麺を極めるために、「素麺外道」というものがあってもおかしくない。たとえば・・・。 </p>


<span class="r50-1em-blu">○真冬の素麺流し、素麺の滝落し、素麺の曲水流し、</span>
<span class="r50-1em-blu">○素麺のしゃぶしゃぶ、素麺全席や素麺懐石、素麺のワイン浮かし</span>
<span class="r50-1em-blu">○素麺の踊り喰い、素麺の温泉流し、真っ黒な素麺</span>


<p>など、外道のほうも結構楽しくなる。素麺流しは娯楽性を加味した楽しい光景であり、子どもや大人たちも我先にと、箸を構える。 </p>


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image015.jpg" width="166" height="110" hspace="15" vspace="10" />　</div>
<!--☆-->

<p>　更にお勧めなのが、鯛の荒煮を載せた素麺だ。４０～５０センチの鯛を丸ごと、大鍋に入れて出汁つゆで煮込む。生姜を利かせるのがコツである。後は大き目のお皿に固めの素麺を敷き詰め、その上に、煮込んだ鯛を丸ごと載せて、薬味をぶりかければ出来上がる。 <br />
　食卓の真ん中に豪快にどかんと置いて、数人でつつきながら食べるのだが、これはイケる豪快料理だ。皆、無口になるだろう。酒のツマミにもなり、そのままの主食にもなる優れモノとなるからお奨めだ。四国宇和島の漁師たちが作る祝いの料理である。 </p>

<!--☆-->
<div align="center"><span class="style17">丸ごとの鯛を載せたり冷素麺  </span>  </div>
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<br><br>
<h3>３　スローでウオッチング（２７）</h3>

<span class="r50-1em">１、色には様々な効果がある。たとえばセーターひとつとっても、ピンクを着れば優しい気持ちとなる。特に高齢者には若返りの秘薬である。 <br />
専門家は虹の７色を基準に、ＴＰＯに合わせた着こなしをすれば人生が楽しくなり、対話もスムーズにいくという。 <br />
７色の印象や効果は、赤（心を温め活力がでる。やる気がアピールできる）、黄（明るい気持ちになり、陽気に見える）、緑（安らぎを覚える。新鮮さをアピールできる）、青（緊張できる。真面目さや清潔感をアピールできる）、紫（優雅な気分になる。神秘的な印象を与える）、ピンク（ストレスを開放する。優しい気持ちになる）。 <br />
黒やグレー、茶色を多用する場合は、虹の７色のどれかをワンポイントで組み合わせると、効果がでる。ネクタイ、スカーフ、ネックレスなど。</span>

<span class="r50-1em">２、虎屋の本店（発祥の地）は京都にある。御所を烏丸通りに隔てたところだ。本社は東京赤坂にあるが、今でも本店はしっかりと保存されている。店に入ると「おこしやす」と雅な声が返ってくる。 <br />
　社長がこの本店に来たら「お帰りやす」と迎え、送り出すときは「お戻りやす」と挨拶すると聞く。店に訪ねたら「ハイ」と返事があった。さすが虎屋さんだ。人はこの店を虎屋の聖地として巡礼するようだ。</span>

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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image016.gif" width="154" height="107" hspace="15" vspace="10" />　</div>
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<span class="r50-1em">３、桜に一番人気のあるのは、何故だろうか。その理由を探ってみた。

<span class="r50-1em-pink">①	咲く前から開花を待ち構える雰囲気がある。いろいろＰＲされるので開花日が待ち遠しくなる。</span>
<span class="r50-1em-pink">②	節目の季節に咲く。卒業、入学、入社など、いろいろな節目の重なる時期にいっぱい咲くので印象に残りやすい。</span>
<span class="r50-1em-pink">③	いろんなところで一斉に開花するから驚く。</span>
<span class="r50-1em-pink">④	花は木全体に咲くからボリューム感がある。</span>
<span class="r50-1em-pink">⑤	花は葉っぱが出る前に咲くから花が目立つ。</span>
<span class="r50-1em-pink">⑥	すぐ散ってしまうから日本人好み。</span>
<span class="r50-1em-pink">⑦	散るときにハラハラと風に乗る花びらが美しい。 絵になる。</span>
　これだけの条件がそろってる花は、他にはない。新潟の今年の遅咲きの桜は、余計にそんな気がする。納得である。</span>

<span class="r50-1em">４、新潟駅構内で新潟の清酒丸ごと販売を見つけた。新潟の地酒９６ブランド（９６本、４２０ＭＬ）を１５万円でまとめ売りしていた。しかも売れ切れ間近だった。
<br />
飲食店を狙った企画だと思ったが、個人が予約していくようだ。拍手を送りたい。</span>

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image017.jpg" width="160" height="117" hspace="15" vspace="10" />　</div>
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<span class="r50-1em">５、新発田のアスパラガス畑を訪ねた。ＪＡ北越後が指導して、新発田のブランド化を図っている栽培地である。<br />　
なぜ新発田が栽培に適しているのかは不明だが、年間３億円規模にまで拡大しているとのこと。堆肥を梳き込んだ畑が道賀地区を中心に、広々と広がっていた。これと言った特産物のない新発田市が力を入れている。頑張って欲しいものだ。</span>



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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image018.jpg" width="170" height="128" hspace="15" vspace="10" />
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol27/img/image019.jpg" width="174" height="131" hspace="15" vspace="10" />
　</div>
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<br><br>


<!--::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ここまで更新内容::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::-->
</div>
<!--div id="kawara"-->]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>スローフード瓦版　ＶＯＬ ２６</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://topics.slowfood-niigata.com/2010/03/post_54.php" />
   <id>tag:topics.slowfood-niigata.com,2010://1.67</id>
   
   <published>2010-03-31T00:25:44Z</published>
   <updated>2010-03-31T00:30:33Z</updated>
   
   <summary>            １　スローフード巷談（６）              V...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="ｶﾃｺﾞﾘｰ１（スローフード瓦版）" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<div id="kawara">

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  <em>１　スローフード巷談（６）</em>  </div><!--div id="banner-texbox"-->
  

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<!--::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ここから更新内容::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::-->


<h3>１　スローフード巷談（６）</h3>

<h2>○スローシティがもたらす「なつかしき未来社会」</h2> 
  
<p>　今、日本の地域社会は疲弊に悩んでいる。地域社会再生という課題に対して、どこの村や町も必死にもがいている。人口の減少、住民の高齢化、農村の過疎化などがさらに追い撃ちをかけている。 <br />
　我が新潟も然りである。新潟市の中心街の古町も、旗艦店大和デパートが不振を理由に、撤退を決め、商店街や行政も危機感を募らせて、再生プロジェクトを立ち上げた。 <br />
　ファストモードな従来の古町界隈が、このところ、かっての賑わいや自信を喪失しかけているのだ。これを時代の流れだと簡単に匙を投げ出すわけにはいかない。 <br />
その緊急古町再生会議を拝聴した。 <br />
　古町という中心街を、これからどのようなアイデンティティのあるコミュニティに再生して行けばいいのか。数回に及ぶその公開の再生会議は、熱気にあふれた。市長さんも頻繁に顔をだして、議論に加わる。 <br />
　しかしこれと言った骨太の妙案はなかなか聞かれない。町再生の難しさだけが露見することになった。これを契機にスローフード運動に携わる我らとしても、知恵と提言をしていかねばならない時期が来たように思われる。 </p>  

<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol26/img/image002.jpg" width="138" height="106" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　われらはスローフード運動に携わって既に７年目になる。行き過ぎたファストモードの社会を見直し、よりよき新潟の魅力を作り上げて行きたいと願ってきた。しかし微力ゆえ、新潟の地域にインパクトを与えられるほどの貢献はしていない。全く存在感がないと言ってもいい。 <br />
　だが地域の食文化を中心とする文化活動をやっていると、自ずから、その地域らしさを表現した町や村づくりの必要性をひしひしと感じる。 <br />
　スローフード運動は村や町の再生や活性化に結びついてこそ、その活動意義があるのだ。またその為の地域学であるはずだ。そんな反省を胸に抱きながら、再生会議を拝聴した。 <br />
　そしてこの熱き思いに応えてくれる町おこしのキーワードが、実はイタリアや西欧にあることに気が付いた。再生会議を拝聴していて、ふと思い出した。 <br />
　イタリアから始まった「チッタスロー（ｃｉｔｔａｓｌｏｗ）」という地域起しの概念と手法である。日本語に訳せば「スローシティ」となり、ゆっくりとした町という意味である。 <br />
　イタリア・スローフード協会会長のカルロ・ペトリ―ニ氏が音頭を取り、スローフードから派生した運動である。１９９９年のことである。チッタスロー協会の本部はイタリアのオルビエート市にある。現在はイタリアの５３市と西欧や韓国など１４カ国の都市、約１５７ヶ所が認定を受けて町づくりを行っている。しかも認可申請は後を絶たないという。 <br />
　このチッタスローについて、その概要をインターネットからコピペしておこう。 </p> <br>


<span class="style18">＜チッタスローとは＞</span>
<p>　チッタスローは、１９９９年にオルビエート市ら４市の市長が、地方中小都市の未来について話し合い、スローフード運動の哲学を市政に導入、生活、文化、歴史を再評価し、スローな生活と環境を尊重して、住みやすいまちづくりを行っていこうと、同協会を創設したことに始まる。 <br />
　チッタスローは、「適度な大きさの町」におけるまちづくりを目指すため、人口５万人以下の小規模なまちであることが条件である。 <br />
　また、チッタスローに登録後は、オレンジのカタツムリの行動規範が求められる。以下の項目である。 </p> 

<span class="r50">「持続可能な環境への配慮（対策）」 <br />
「固有の文化的景観保存と地域の価値を高めるインフラ整備」 <br />
「自然なものづくり」 <br />
「地域の伝統的な生産物や産業の保護・教育」 <br />
「ホスピタリティ」 <br />
「訪問客に対するオープンな態度」 <br />
「姉妹都市との積極的な交流」 <br />
「飲食店のレベルの高さ」</span>
<p>などを規定した、〝チッタスロー憲章〟に沿ったまちづくりが求められる。現在イタリアの５３都市を含む１４カ国１５７都市にまで広がっている。 <br />
　オルビエート市内も随所に、チッタスローによるまちづくりが見られる。 </p> 

<span class="r50">・看板や自動販売機が規制され、景観が保たれた商店街。<br />
・自動車の乗り入れが禁止されており、人々がゆっくり歩き、会話を楽しみ、交流している。<br />
・出展者と触れ合いながら、安全な農産物や伝統工芸品が買える直販市も開催されている。<br />
・駐車場は、歴史的な背景から洞窟の多い台地の地形を利用し、地下に整備されている。</span>
<p>　これらはチッタスローによるまちづくりの一部にしかすぎないが、このほかにも味覚教育や伝統的な地域産業など、地域産業を発展させる各種のプログラムなどを通じて、地域住民がその地域における価値に気付き、地域経済も発展し、市民生活の質が向上しているという。 <br />
　こうした結果、自分の町に対するアイデンティティが確立され、住んでいる人が幸福感、満足が得られるようになる。 <br />
そうした魅力あるまちには、観光客も集まり、結果的に地域も活性化するというのがチッタスローのコンセプトだ。単なるスローライフでは、決してない。 <br />
　実際、市民の誰もが郷土愛と誇りに満ちあふれている。今後、チッタスローのまちづくりはさらに各国の都市に広がっていく。 </p> 


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol26/img/image003.jpg" width="153" height="117" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　「チッタスロー（スローシティ）」とは、一言でいえば、「地域の環境や歴史・伝統文化・地場産品・工芸を大切に護り、人間中心のゆったりとしたライフスタイルを尊重する都市」を総括して表す概念のこと。すでにイタリア国内５３都市が「チッタスロー宣言」をしている。ＥＵ，オーストラリア、韓国などにも認定都市が生まれている。<br />
　またチッタスローは現実とかけ離れた理想を追おうとしているのでもなければ、マーケティング戦略を売ろうとしているのでもない。 <br />
食と農の文化を再評価しながら、よりよく生きることができると言う「ボンビ―ベレ（よりよく生きやすい町）」という概念を実現する運動である。言わばグローバル化による均一化の時代に、その土地ごとの個性を保とうとするムーブメントなのだ。 <br />
　したがって「チッタスローはできあがったものではない。目標として向っていくものであり、未来に持続深化していく概念である」と、協会はコメントしている。 <br />
まさに日本の地域社会にとつて模範となる概念といえるだろう。また我らが模索している「なつかしき未来社会」の構想を実現する処方箋ともなりうる。 </p> 


<!--☆-->
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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol26/img/image004.jpg" width="140" height="105" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　このスロータウンをお手本にすれば、古町再生のヒントとなる可能性がないだろうか。そんなアイデアがふと「スローフード・にいがた」の活動の中に、浮かんでは消えてゆく。「スロータウン・ふるまち」という、古町再生１００年構想である。そんな視点で今後の古町再生のプロセスを眺めていきたい。 </p> <br>

<span class="style18">＜「日本で最も美しい村」連合について＞</span>

<p>　次はすでにチッタスローの概念を取り入れ、果敢に新しい村起こしに挑戦している日本の事例を紹介しよう。それはＮＰＯ法人「日本で最も美しい村」連合である。フランスやイタリアのチッタスローを範としての２００５年１０月に設立された。 <br />
　まず「日本で最も美しい村」連合のホームページから、連合の概要をコピペして、その活動内容をみてみよう。 </p> 

<span class="style18">○ステートメント</span>


<p>　近年、日本では市町村合併が進み、小さくても素晴らしい地域資源を持つ村の存続や美しい景観の保護などが難しくなっています。私たちは、フランスの素朴な美しい村を厳選し紹介する「フランスで最も美しい村」活動に範をとり、失ったら二度と取り戻せない日本の農山村の景観・文化を守る活動をはじめました。 <br />
　名前を「日本で最も美しい村」連合と言います。<br />
私たちは、小さくても輝くオンリーワンを持つ農山村が、自らの町や村に誇りを持って自立し、将来にわたって美しい地域であり続けるのをお手伝いします。<br />
　具体的には、「日本で最も美しい村」のシンボルマークを、日本のみならず世界的にも観光地や文化地域としての目印にするのが目標です。フランスでは既にガイドブックや地図に載るほど有名な活動に成長しています。<br />
　自然と人間の営みが長い年月をかけてつくりあげた小さな、本当に美しい日本は、いまならまだ各地に残されています。それらを慈しみ、楽しみ、そして、しっかりと未来に残すために。<br />
　自らの地域を愛する皆さんにご協力いただきながら、２００５年１０月に７つの村からスタートしました。 </p> 

<span class="style18">○「日本で最も美しい村」連合の目的</span>


<p>この連合は、素晴らしい地域資源を持ちながら、過疎にある美しい町や村が、「日本で最も美しい村」を宣言することで自らの地域に誇りを持ち、 <br />
将来にわたって美しい地域づくりを行うこと、 <br />
住民によるまちづくり活動を展開することで地域の活性化を図り、 <br />
地域の自立を推進すること、 <br />
また、生活の営みにより作られてきた景観や環境を守り、 <br />
これらを活用することで観光的付加価値を高め、 <br /> 

地域の資源の保護と地域経済の発展に寄与することを目的としています。</p>


<span class="style18">○「日本で最も美しい村」連合の活動</span>


<span class="r50">１、「日本で最も美しい村」の名称の使用権の管理に関すること<br />
２、この連合に加入した自治体の自立・発展のために、相互の経験や研究を共有しあう場所を提供すること<br />
３、「日本で最も美しい村」の計画的な保全を行い、経済的価値を高め、社会的発展を促すこと<br />
４、地域の魅力を発信し、交流人口の増加による地域経済の発展を推進するこ<br />
５、町や村の現状について多くの国民に理解を求め、<br />
６、また、その地域ならではの景観や財産を後世に引き継ぐ必要性についての世論を高めるための広報活動を行うこと</span>


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol26/img/image005.jpg" width="139" height="98" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->


<span class="style18">○「日本で最も美しい村」連合に加盟するための条件</span>

１.人口が、概ね１万人以下であること<br />
<span class="r50">２.地域資源が２つ以上あること<br />
　　(1)景観－生活の営みにより作られた景観をいう<br />
　　(2)環境－豊かな自然や自然を活かした町や村の環境をいう<br />
　　(3)文化－昔ながらの祭りや郷土文化、建築物などをいう<br />
３.連合が評価する地域資源を活かす活動があること<br />
　　(1)美しい景観に配慮したまちづくりを行っている<br />
　　(2)住民による工夫した地域活動を行っている<br />
　　(3)地域特有の工芸品や生活様式を頑なに守っている<br />
　　など</span>

<span class="style18">○正式名称：NPO法人「日本で最も美しい村」連合</span>

組織種類：特定非営利活動法人<br />
<span class="r50">設立年月日：２００５年１０月４日<br />
NPO認証日：２００６年２月２４日<br />
NPO法人登記日：２００６年３月１３日<br />
参加町村数：３１町村２地域（２００９年１０月６日現在）<br />
代表者：会長　浜田哲　　美瑛町長<br />
事務局所在地：北海道上川郡美瑛町本町４丁目６番１号<br />
　　　　　　　美瑛町政策調整室内<br />
　　　　　　　　TEL.（０１６６）９２－４３３０<br />
　　　　　　　　FAX.（０１６６）９２－４４１４</span>


<span class="style18">○会員（３３団体）</span>



<table border="1" align="center" cellpadding="5" cellspacing="0">
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">道府県名 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">加入団体 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">北海道 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">鶴居村 <br />
      赤井川村<br />
      京極町 <br />
      標津町 <br />
      美瑛町 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">山形県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">大蔵村 <br />
      飯豊町 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">秋田県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">小坂町 <br />
      東成瀬村 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">長野県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">大鹿村 <br />
      木曽町開田高原 <br />
      中川村 <br />
      南木曽町 <br />
      小川村 <br />
      池田町 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">岐阜県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">下呂市馬瀬 <br />
      白川村 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">群馬県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">中之条町伊参 <br />
      昭和村 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">山梨県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">早川町 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">奈良県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">曽爾村 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">京都府 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">伊根町 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">島根県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">海士町 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">岡山県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">新庄村 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">徳島県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">上勝町 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">高知県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">馬路村 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">愛媛県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">上島町 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">福岡県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">星野村 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">熊本県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">南小国町 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">宮崎県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">高原町 <br />
      綾町 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">長崎県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">小頃賀町 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top" class="style19">鹿児島県 </td>
    <td width="154" valign="top" class="style19">喜界町 </td>
  </tr>
</table>
<p>&nbsp;</p> 

<span class="style18">○サポーター企業</span>

<span class="r50">（株）アークス、（株）アド、石田紙器（株）、イトウ製菓（株）、伊那食品工業（株）、（株）エイチ・アイ・エス、（株）エイチ・アイ・エフ、（株）沖縄出版、（株）オストジャパングループ、（株）革新企業研究所、カルビー（株）、カルビーポテト（株）、（株）グリーンカンパニー、コスモエレベーター（株）、国土総合研究機構観光まちづくり研究会、信濃毎日新聞社、（有）昌和商会、（株）新進、タイコー（株）、宝製菓（株）、（有）多田、（株）地域科学研究所、中日本氷糖（株）、（株）日本航空インターナショナル、（株）ハートリンク、（株）パーフェクトアイズ、（株）博報堂、不二製油（株）、（株）プランナーワールド、（株）北高商運、（株）マルハチ村松、三井不動産リゾート（株）、（株）菱食　　（五十音順）<br />
２００９年１０月６日現在</span>


<span class="style18">○会費</span>

<span class="r50">自治体会員―人口1人当たり　25円<br />
　　　個人会員―５，０００円<br />
　　　サポーター会員―正会員（1口　１００，０００円から）<br />
　　　　　　　　　　　　　　準会員（1口　５，０００円から）</span>


<span class="style18">○世界的な組織との提携</span>
<p>　フランスには、歴史に名を残した村や歴史的財産、日常生活様式などをかたくなに守ってきた村、田園風景が広がる美しい農村が各地方に点在しています。 <br />
　しかし、フランスでも現在の日本の状況と似たように、美しい村であっても過疎化や高齢化が急速に進みました。<br />
　１９８２年に６４の村で始まった「フランスで最も美しい村」連合は、歴史的財産などの地域の特色を観光資源として付加価値を高め、小規模な農村を保護する運動を広めるためにネットワーク化を図り、研究の場、情報交換の場、協同してプロモーション、コミュニケーションを行う場として、「フランスで最も美しい村」連合の組織が設立されました。本部はコロン・ラ・ルージュ（Ｃｏｒｅｚｅ）の村役場にあります。<br />
　現在は１４９の村が加盟し、将来的に２５０村程度まで組織の拡大を目指しています。村の加盟にも審査委員会が審査を行い、基準を満たさない村は除名されるなど、「フランスで最も美しい村」連合に加盟していることがステータスとなっています <br />
　このフランスの運動は、イタリア、ベルギーにも波及し２００３年には「世界で最も美しい村」連合が設立され、国際的な組織へと発展しています。今後、カナダ、オーストリア、ドイツも加盟を予定しております。 </p> 
<p>
<p>　以上が連合のホームページから抜粋した連合の概要である。会の運営・管理・企画を自治体の「美瑛町」がやっていることは注目に値する。まったく恐れいる限りだ。 <br />
  　地域の活性化と過疎化に悩む小さなコミュニティが、切磋琢磨して、それぞれの地域資源を守り、育て、それを住民の誇りにまで昇華させようとしている。具体的な村の活動は、個々に視察すれば多くのヒントが得られることになる。 <br />
  　地方の逆襲がこれから日本をリセットしてゆく。そんなチッタスローな動きを、大きな期待を持って支援してゆきたいと念願する。 </p>
  
  
<h3>２ 食あれば句あり</h3>

<h2>＜６－１＞蛍烏賊の身投げ</h2>


　　　　　<span class="r50-green">　　　　　＊ <br />
○蛍烏賊掬へばかたちただよはす　　　　堀喬人 <br />
○身を投げに来しとは哀れ蛍烏賊　　　　長沼紫紅 <br />
○女将持つ手桶に煌と蛍烏賊　　　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　＊</span>





<p align="left">　桜が散る頃になると、富山湾がにわかに賑わしくなる。光る海の宝石といわれる「蛍烏賊」が産卵のために、沿岸に押し寄せるからだ。 <br />
  　体長はおよそ５～６センチくらいである。　特に富山湾では、常願寺川左岸から魚津市にかけて、毎月の１日と１５日の満潮時に満潮線から７００ｍ以内の海面がホタルイカ群遊海面に指定され、ここのものが特別天然記念物となっている。このような例は、世界にも無い。他には新潟県糸魚川付近、佐渡島近海、島根・鳥取県付近に生息する。 <br />
  　以前は、松の肥料に使われていたので『マツイカ』と呼ばれていたが、明治３８年、蛍の生態研究で有名な渡瀬庄三郎博士により、『ホタルイカ』と命名されたと言われている。 <br />
  　それ以来　“竜宮の使者”　ホタルイカとして一躍脚光をあびるようになった。海表近くに浮かび上がり、怪しい光を海面に漂わせる様が神秘的であり、竜宮の使者に見立てられたのだろう。</p>


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol26/img/image006.jpg" width="177" height="115" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

　　　　　
<p align="left">　海岸近くに産卵の為群来するホタルイカは、すべてといっていいほどメスの集団で、オスは極端に少ないという。オスはすでに深海で交尾を終えており、ご用済というわけかも知れない。したがって、オスは産卵の光景を見届けられない。 <br />
  　産卵の為に海中でメスが発する光は「竜宮の提灯見せよ螢烏賊」とうたわれているそうだ。 <br />
  その幻想的な光る波打ち際は、筆舌につくしがたく、その命の競演をみるための観光船が人気となっている。 <br />
  海辺の蛍狩りとも言われ、地元の人々はこれを「蛍烏賊の身投げ」と呼んでいる。 </p>
  <div align="center"><span class="style17">身投げする浜の哀しみ蛍烏賊  </span>  </div>
  <p>  　なぜ富山湾だけに蛍烏賊が群遊し、そして身投げするのか。そしてなぜ全身が発光するかは未だ謎だと言う。 <br />
  　そういえば秋田近海のハタハタや、駿河湾しか生息しない桜海老なども、自然界の「縄張りの掟」は、様々な形で残っている。これも謎のひとつだ。 <br />
  その蛍烏賊の謎解きを、地元の小料理屋で挑戦することにした。 <br />
  　　時は平成１４年桜散る夕刻、 <br />
  　　　　越中は富山の海鮮料理屋、 <br />
  　　　　　　罷り出でしは仕事を終えし食いしん坊の４名志士 <br />
  　　　　　　　　いざ蛍烏賊の謎に迫らん（にわかに講談調）。 <br />
  　この小料理屋は、地もとの捕れたての海産物を「生」で食わせてくれる。いかにも店構え全体が「活きた魚がぎょうさんありまっせ！」と言った佇まいのお店である。とりあえず水槽の魚を横目で見ながら、畳の奥座敷に収まった。 <br />
  　もちろん狙いは「活きた蛍烏賊の踊り喰い」のただ一点である。 <br />
  ボクたち「あのぉ～！女将さん！そろそろ！あの蛍烏賊、ありますよねぇ！」 <br />
  お茶を入れ終えた女将はニヤリと笑ながら応える。 <br />
  女将「お客さんたちは運が良かとですよ！今朝捕れたばかりの蛍さんが、下の水槽で泳いでいますがねぇ！」 <br />
  ボクたち「うんん！じゃあそれを六人分くらいお願いします」 <br />
  と思わず膝を叩いて、やったぁ～という４人組である。 </p>
  
<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol26/img/image007.jpg" width="138" height="98" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->


<p>　やがて女将が、大きな手桶に蛍烏賊を泳がせて、テーブルに差し置いてくれる。そして部屋の電気が消され、やや怪しき奥座敷に変身する。 <br />
　女将いわく、「これがあの身投げ寸前の蛍烏賊ですよ！」。４人の食いしん坊たちはただただ、ヨダレを垂らしながら、手桶の中の切なく漂う「光のオブジェ」に見とれるばかり。 <br />
　しばらくして、はっと電気が灯され、暗闇ショーは終る。さっそく手桶の中を泳ぐと言うよりも、漂う感じの発光する蛍烏賊を箸で追いかけて捕える。 </p>

<div align="center"><span class="style17">手桶もて隠るるつもり蛍烏賊 </span>  </div>

<p>われ先にと、当初の４人組の団結心や協調心は乱れかける。 <br />
　箸で捕まえると蛍烏賊は、かすかに光を強く放ちながらぴくぴくと跳ねる。しかしやがて生姜醤油に浸されると、諦めておとなしくなり、食いしん坊の口中に光りながら飲み込まれていく。噛めばほのと甘い蛍烏賊の踊り喰いは、わずかな期間しか許されない贅沢だから、誰もが無口で手桶を攻め立てる。 <br />
　また熱のない発光だが、やはり喉を通る時は心持だが「熱い！」と感じる。 <br />
胃の中に収まってもしばらくは電気を灯し続けるだろうから、暗闇にお腹をさらすと、ほのかな明かりが透けて見える気がする。このように謎解き探偵団の食いしん坊は、いろいろな疑問や人間の残酷さについて思いをめぐらす。 <br />
　それにしても蛍烏賊は、何故身投げなどしなければならないのか！深海から浮き上がってきて、恋の合図の光を放ちながら、相手が見つからない哀しさと絶望の淵に立ち、敢えて身投げの道を選ぶのであろうか！ <br />
　まあ、こんなことを女将に聞いて確かめても、蛍烏賊の身投げを助けることなどできはしないかと、自己解釈するボクら探偵団である。 <br />
　それにしても、その刹那な恋の旅人を踊り喰いする、ボクら食いしん坊の「残忍性」「破廉恥」「獰猛性」を手桶の揺らぎに見ようとは。 <br />
身を焦がしながら食べられる、蛍烏賊の哀しみを思うひと時であった。 </p> 

<div align="center"><span class="style17">蛍烏賊灯り点して食われけり </span>  </div>

<p>　ただしこの蛍の踊り食いは、最近は絶滅に近い状態だときく。生の蛍烏賊は、寄生虫を宿しており、その筋のきついお達しで、規制されているからだ。それでも浜の漁師は踊り食いを番屋で楽しんでいると聞く。 <br />
　不安なら採れたてをサッと熱湯でゆがき、二杯酢、三杯酢で食べるのもうまい。富山湾の短い自然界の営みの切なさを感じながら、お店を後にした。 </p> 

<p>
<h2>＜６－２＞雨後の筍を掘る</h2>


<span class="r50-green">　　　　　　＊<br />
○筍を茹でをり明日が混沌と　　　　鍵和田ゆう子<br />
○時かけて初筍のひとり酒　　　　　石田波郷<br />
○生首のごと竹の子を提げてくる　　食いしん坊<br />
　　　　　　＊</span>
<p>　朝堀りの筍（竹の子）ほど、その一日を豊かにするものは他にはない。しかも自分の手で掘り出した筍ならば、なお更その気持ちが強い。 <br />
　この筍の楽しみは、温めのお酒でいただく、生の薄切り「刺身」や炙り焼きに限る。掘り立てを料理するのがコツである。文句なしの絶品となる。 <br />
　その他、筍ご飯、若布との煮合わせ、味噌汁の具、和え物、天ぷらなど日本人と筍料理の関係はかなり深い。 <br />
　ここで必ず覚えておきたいのは、筍は鮮度が落ちるのが早く「朝掘ったものはその日に食べよ」ということ。時間と共に急速にえぐ味が出てくるからだ。 <br />
　その旬は３月から５月始めにかけての短期間で、しかも小糠雨の後に多く顔を出す。これを「雨後の筍」という。さらに日本の食用筍のほとんどが、孟宗竹で占められている。通称「孟さん」と言われる竹の種類である。 <br />
その他の種類としては <br />
　　１、ハチク ： 皮は淡紅色で、時期は４  －　５月 <br />
　　２、マダケ ：皮は薄い黒班におおわれ、時期は５  － ６月 <br />
　　３、ネマガリタケ ：タケノコが弓状に曲がって生え、時期は５～６月 <br />
　　４、カンチク ：黄色または黒紫色、時期は１０月 <br />
などがある。 <br />
本目の猛さんのはしりは２月頃になる。春筍と呼ばれている。 </p> 



<div align="center"><span class="style17">朝市に春筍がもう出たか </span>  </div>


<p>筍を語る場合はやはり、筍堀りを体験をすべきだろう。 <br />
　さっそく奥美濃の竹薮に出かけることにした。さすが筍の採れるその竹薮は、手入れが行き届いている。竹の落ち葉がこんもりと降り積もって、竹藪全体が柔らかい状態に管理されている。その落葉をかき分けて孟宗竹の赤ちゃんが、地中から顔を出しかけたのを探し、選んで掘り起こすのだ。 </p> 


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol26/img/image008.jpg" width="141" height="106" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　しかし素人では、なかなかその赤ちゃんを見つけるのは難しい。代わりにリーダーの村人が、棒先で落葉をかき分けながら探してくれる。そして見つけたら、「おお！よう顔を出したな！」などと声をかけながら、ボクに指で指図してくれる。「ここんとこにあるべぇ～」と声をかけてくれる。 <br />
　さっそくボクは、筍のとんがり頭の周りの枯葉や土を手で払いのける。そして大よその大きさや深さを推し量る。いよいよ筍堀りの一太刀を、振り下ろす瞬間がきたのだ。 </p> 

<div align="center"><span class="style17">鍬下ろす筍堀りの気合いかな </span>  </div>

<p>　念仏を唱える気持ちで「いざ！参らせる！」と言いながら、シャベルのような鍬を、筍の隠れた根元に一気に打ち下ろす。浅くても深くてもダメだ。この一太刀は、打ち首をするような切なさが、当然手ごたえの中に残る。もちろん名人ともなれば、一太刀で掘り起こす。 <br />
　しかし初心者はそうはいかない。初心者に斜めに打ち首された筍ほど、無惨なものはない。手元を狂わして失敗すると、筍の赤ちゃんに可哀想なコトをしてしまったという、虚しさに細悩まされたりする。ここらが筍堀の難しさと切なさである。 <br />
　また欲を張って、竹薮の赤ちゃん全てを掘り起こしてはいけない。これとあれはと言うように、ちゃんと竹の種として残さねばならない。その選別は、リーダーの村人や地主さんが指図するのが通例だ。 </p> 

<div align="center"><span class="style17">筍をくばり一日を終えにけり </span>  </div>

<p>　この掘り出した筍を、まるで合戦の生首を提げるような誇り顔で持ち帰り、家の土間に並べ置く。ゴロリゴロリと転がる風景は、収穫の実感をしみじみと伝えてくれる。 </p>


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol26/img/image009.jpg" width="195" height="93" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　しかしここからが忙しくなる。自慢している時間などはないのだ。掘り立ては１５分もすると筍の糖分が消化されてアクに変わる為、いかに早く茹でてしまうかが勝負となるからだ。「湯を沸かしてから掘りに行け」と言われるのはこのためである。 <br />
　皮むきは家族総出でやる。青臭い匂いが家中に漂い、「おお！これが家族団らんの匂いか！」等と、感傷に浸る時間はない。とにかく急がねばならない。そして米糠と鷹の爪を入れた鍋で一時間ほど煮立て、ゆっくりと冷やす。 <br />
　こうして煮立てた筍は保存されて、様々な料理に使われる。 </p> 

<div align="center"><span class="style17">竹の子を煮る大鍋の噴きこぼれ </span>  </div>

<p>　この一家総出の家族形態を「筍家族」と言う。もちろん最近は、このような家族は見当たらなくなった。 <br />
　またこの筍の皮は子供たちには、格好のおやつの道具に使われる。漬け込んだ紫蘇の葉を、筍の皮に挟み込んで折りたたみ、その皮の表面を口でチュウチュウ啜りながらしゃぶつのである。 <br />
　しばらくすると、紫蘇の甘酸っぱさが皮を通過して染み出してくる。そして次第に筍の皮も真っ赤に染まり、子供たちはチュウチュウと啜りながら、しばしの恍惚感に浸る。この楽しみは、ボクら子どもの頃の、甘酸っぱい恍惚の思い出のひとつとして、忘れなれない遊びのひとつである。 <br />
　さて最後はどうしても「筍ご飯」に触れねばならない。その筍ご飯は、松茸ご飯やその他の五目御飯とは、一線を画しているのがえらいというのが、専門家の一致した見解である。歯ざわりといい、出汁味にあまり妥協しない孤独感といい、一本筋が通った頑固さを守り通しているのがえらいのだ。 <br />
　「粗食のイメージにして貧ならず」、「一押しのおふくろの味なり」などに加えて、繊維質豊富なケンコー貢献系であるのが、「筍ご飯・国民推奨協会」の密かな自慢の口上とも聞く。 <br />
　そういえば女性がよく好んで、食べている風景に出会う。ケンコー系だから人気ガあるのだろうか。まあそんな憶測は野暮だからやめておこう。 <br />
　また、町のほかほか弁当屋にも、時折「タケノコご飯あります」という看板が出ることがある。そんな看板が出ると、「買おうかな！買うのを止そうかな！」と悩んで、店の前を行き戻りする人が増える。故郷を思い出しているのだろうか。 <br />
　その筍ご飯が抜群に上手い、風が光る晩春が訪れようとしている。 </p> 
<p>
<h2>＜６－３＞串カツの法則</h2>


<span class="r50-green"> 　　　　　　＊ <br />
○串カツ屋ばっさばっさとキャベツ切る <br />
○花冷や肩を入れ込む串カツ屋　 <br />
○串カツの飯蛸に添へ抹茶塩　 <br />
　　　　 　＊</span>
<p>　今一度行きたい庶民の店がある。立ち食いの串カツ屋だ。特に大阪梅田の地下街の、あの店が忘れられない（急に涙声になったりして）。確か松葉とか言ったお店だった。「なんだ、たかが串カツかよ、そんなものにどんな未練があるのだい！」と、世間の人は冷たくせせら笑うだろう。 <br />
　もちろんただの串カツに違いない。しかし僕にとってはただの串カツではない。馬鹿にしてはいけない。串カツには串カツのドラマや人情ってもんがある。そのへんのところを精密に描いて、串カツ文化を後世に残さねばならないと思う。まず串カツについての基礎知識をみておこう。 <br />
　串カツ（くしカツ）は「串揚げ（くしあげ）」とも呼び、小ぶりに切った肉や野菜などを串に刺して、小麦粉、溶いた鶏卵、パン粉をまぶして油で揚げた料理。ただし「串カツ」と呼ばれる料理が指すものは地域によって異なる。関東風、名古屋風、博多風などその土地の風習や文化によってつくり方や食べ方が異なる。 <br />
大阪市浪速区の新世界が発祥の地とされ、それをステンレスなどの深めの容器に入った薄いウスターソースに、ドブ浸けして食べるスタイルを興りとしている。 <br />
大阪を中心とする近畿地方の繁華街には立ち食いか、椅子があってもカウンター形式の店があり、ソースの入った器を隣同士の客が共用する。 <br />
また、衛生上などの観点から現在では少なくなったが、古いスタイルの店舗では、手を拭くためのタオルが上から吊り下げられているところもある。 </p> 


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol26/img/image010.jpg" width="131" height="105" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>主な串カツは以下の通りである。旬の食材が並ぶのもうれしい。 </p> 

<span class="r50-brown">○牛、豚、鶏、 鮭、ソーセージ <br />
○アジ、 シシャモ、 ワカサギ、 海老  <br />
○ホタテガイ、 牡蠣、 イカ、 キス、 チーズ  <br />
○ししとう、 シイタケ、 タマネギ、 プチトマト、 長ねぎ、 ナス、 <br />
○ジャガイモ、 サツマイモ、 ヤマイモ、 ピーマン、 レンコン、 <br />
○ゴボウ、 カボチャ、 ブロッコリー、 グリーンアスパラ、 <br />
○ピーマン肉詰、 アスパラのベーコン巻き、 餃子、 焼売、 <br />
○ちくわ、 はんぺん、 つくね、 ウズラ卵</span>
<p>　串カツの値段は牛串、ウインナー、玉ねぎ、うずら、れんこん、イカ、エビなど１本１００円から１５０円。旬のものは時価と書かれているが、せいぜい２００円くらいだから、尻込みすることはない。 <br />
　注文すると揚げたものがバットに出てくるので、好きなものを自分で皿に取って食べる。串の本数と長さでお勘定を計算するシンプルさは、さすが大阪の知恵である。 <br />
　ボールに入ったバラきりのキャベツは食べ放題である。ソースをつけながら串カツの合間に食べる。これが実にうまい。胸焼けもせずにムシャクシャと食べるのがいい。 <br />
　またこの業界の掟としてソースの２度漬けは禁止だ。やると店主から「お客さん、２度漬けはダメだよ」と、イエローカードが飛んでくる。以上がごく普通の串カツ屋の風景である。 <br />
　もう少し現場からの報告をしておこうと思う。場所は大阪梅田の地下街である。駅にいながら大阪を感じられる店というか、決して敷居は高くないが、ちょっと入るのに勇気が要るところがまたいい。 <br />
　夕方にもなると、鉢巻をした競輪帰りのおっちゃんやサラリーマン、たまには北街に出勤のおねぇさまが、カウンターに身を斜めにして立ち並ぶ。 <br />
これを業界では「斜（シャ）に構える」と呼んでいる。しかも串カツ愛好会の暗黙の基本姿勢とも言われている。普通は右肩をカウンター越しに斜めに入れ、右手で串カツを持ち、さらに右手で生ビールを交互に持つスタイルが、客の連帯感を高める上で、極めて重要となる。 </p> 

<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol26/img/image011.jpg" width="138" height="103" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　しかし時折、左利きの人がいて、左肩挿し入れの斜のポーズになると、当然右隣の人と顔が真向かいになる。これはまずいということで、店主の一存で、「右肩前方斜め型」にルール固定していると聞く。 <br />
作法としてはまず居場所を確保し、カウンター越しに店の中をみわたす。 </p> 

<div align="center"><span class="style17">見渡せば小袖も混じる串カツ屋 </span>  </div>

<p>　なぜかスニーカーをはいた串カツ屋のお兄ちゃんが、４人で忙しそうに揚げたり、ビールをグラスに注いだり、キャベツを刻んだりしている。 <br />
　その動きはまさに軽快そのものだ。その軽快な動きが、揚げたての串カツを更に美味しく見せている。カウンター越しのボクたちも、思わず手足が軽快になるのを感じる。今日も食べるぞ、という臨戦態勢モードに突入することになる。 <br />
　今日のネタは・・・ <br />
　「海老、アスパラ、れんこん、キス、いわし、竹の子、うずら玉子、竹輪、牛、豚、かしわ、穴子、玉ねぎ、イカ、飯蛸」など、旬の山海物が並ぶ。 <br />
　とりあえず「ニイチャン！生ビールと玉ねぎ、牛にキスをくれへんか！」と低めの地声で発注する。 </p>

<div align="center"><span class="style17">とりあえずキスの串カツ二三本 </span>  </div>

<p>　すると５秒もするとまず生ビールが、正確な位置に出てくる。これが実にうれしい。ボクだけの定位置といううれしさがこみ上げてくるからだ。当然、不動の「斜の構え」でカウンターに立ち向かっている。 </p> 


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol26/img/image012.jpg" width="145" height="119" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　カウンターの上には、大き目のアルミボールの器に、乱切りのキャベツ（無料）が大盛りに置かれ、秘伝のソースも同じような器に入れられている。予想通りのレイアウトだ。そのソースには、キャベツの切れ端や串カツの油が浮いているのが見える。もちろん気にはならない。連帯の証でもあるからだ。 <br />
　まずビールをグビグビと３グビぐらいやり、改めて店の壁に目をやる。 <br />
　そして発見する。「ソースの二度浸けはお断りします」のポスターである。正統派串カツ愛好家が守るべき憲法と言ってもいいマナーである。 <br />
　一人の客が串カツを途中までかじり、残りを改めてカウンターの共通のソースに侵入してはいけないのである。キャベツ浸けも同じルールだ。この店はこのルールを厳格に死守している頑固さがある。 </p> 

<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol26/img/image013.jpg" width="143" height="112" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p> 　そうなると最初のひと浸けに、気を使わなくてはならない。丸ごと一気に突っ込むのは少々品がない。かと言って、浸け足らないのでは後で後悔する。「斜に構え族」は不動の姿勢で、ポスターの威圧に問答を繰り返すことになる。 <br />
　そうしている内に、揚げたての注文の３本が出てくる。とりあえず海老の半分ぐらいの部分を、ソースのプールに突入さて、様子を見ることにする。（悩むこともないか！）。 <br />
　右手で串カツを食べ終え、次に右手で生ビールを持ち、口中の油分を流し去る。この交互の連鎖運動と、見知らぬ人が隙間なく密着して立ち並ぶ、この雑踏感や連帯感が、立ち食いの醍醐味なのだ。 <br />
　そして機を見てオニイチャンが「レンコンが揚がりました！」と、網皿に乗せて、こちら側に声と目を流してくれる。これを「串カツ屋の流し目」と業界では呼んでいる。 </p> 


<div align="center"><span class="style17">串カツ屋の流し目に合う朧かな </span>  </div>

<p>　すると「おお！それ貰おうか！」と、あちらこちらから声がかかる。こんなエンターテイメント性が串カツ屋のうれしさだ。 <br />
　１人の滞留平均時間はおよそ２０分で、予算は１２００円前後である。カウンターの収容人数は、３０人の斜め不動立ちで満員になるから、商売としては、儲かるシステムと言えるだろう。　客筋はアベックさんやＯＬさん、ネクタイ族など。思ったほど柄が悪くないのがこの業態の特徴だ。 <br />
　またまた立ち食いだから女性が嫌うと思うのは、大きな誤解である。初めてのデートにこの串カツ屋を選ぶ勇気のある男は、必ず成功するはずだ。「この人は、このワタシを、いきなりこんな実直な現場に連れてきて！」と、その将来性を見抜くはずだ。 <br />
　女性の常連さんも結構多く、女性独特の価値観にも適うのが、串カツの隠れた魅力なのである。ただし接待には使えないのが残念である。 <br />
　２０分で終わる串カツのドラマでは、「どうか良しなに！」等と、懇願するには時間が短すぎる。その至福の２０分が過ぎ、５串と生ビールをいただき、少々の酔い加減のなかで、人情の機微にふれながら、ビジネスマンは今日も充実した一日を終える。 <br />
　それにしても串カツ屋のキャベツの旨いこと。家で同じキャベツを食べても、あれほどの美味しさは感じない。やはり目黒の秋刀魚と同じで、キャベツは串カツ屋に限るか。納得である。 </p> 

<p>
<h2>＜６－４＞駅弁の秘密です</h2>


<span class="r50-green">　　　　　＊ <br />
○関東の水田明かりや駅弁喰う　　　　　近野真砂子 <br />
○おもむろに開く駅弁雪の駅　　　　　　食いしん坊 <br />
○しぐるるや米沢駅の牛弁当　　　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　＊</span>
<p>　スローな旅にはその駅々の駅弁がふさわしい。駅に到着するたびに、窓越しから駅弁の声を追うのが楽しい。駅弁なくて何の己の旅路かな、などと詠むにふさわしい存在感がある。 <br />
その駅弁を新潟駅と新津駅でメモを片手にウオッチングしてみた。 <br />
　その結果が以下の表である。普段あまり気にかけたことのない地元の駅弁だが、かなりの種類と彩りがある。雪国らしい、こしひかり王国らしい、海産物の国らしい組み立ての駅弁が美味そうに並ぶ。地産地消を促がすような献立である。 <br />
　値段はコンビ二弁当より相当高い。およそ倍である。しかし旅のついでとならば、あまり気にならない。地酒とセットで２,０００円もあれば、十分にその土地の三風（風土、風味、風景）を味わうことができるからだ。いわば貴重な旅の情報源が駅弁にはある。ウオッチングの結果は以下の表である。 </p> 

<table width="400" border="1" align="center" cellpadding="3" cellspacing="0">
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p align="center"><strong>名前 </strong></p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center"><strong>販売駅 </strong></p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="center"><strong>値段 </strong></p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>ＳＬべんとう物語 </p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新潟駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">９３０円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>えび千両ちらし</a> </p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新潟駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">１２００円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>越乃釜めし</a> </p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新潟駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">８２０円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>鮭はらこ弁当 </p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新潟駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">９２０円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>鯖威張る寿司</p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新潟駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">１０５０円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>磐越ＳＬ弁当</p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新潟駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">１２００円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>万代押寿し </p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新潟駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">９２０円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>ふる里紀行 </p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新潟駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">８５０円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>まさかいくらなんでも寿司 </p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新潟駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">１０５０円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>松茸にぎわい弁当 </p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新潟駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">９７０円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>焼たらこトロ鮭弁当 </p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新潟駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">９５０円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>柳都御膳</p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新潟駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">１２００円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>いくらぶっかけめし </p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新津駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">９５０円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>海の彩 </p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新津駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">１０００円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>越後五目ずし </p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新津駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">９００円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>数の子ずし </p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新津駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">１０５０円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>鮭の焼漬弁当 </p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新津駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">９９０円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>ささばけ寿司 </p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新津駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">１０５０円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>雪だるま弁当</p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新津駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">１０５０円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>雪ん子ずし</p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新津駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">９２０円 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="217" valign="top"><p>雪ん子姉妹ずし</p></td>
    <td width="119" valign="top"><p align="center">新津駅 </p></td>
    <td width="112" valign="top"><p align="right">１０００円 </p></td>
  </tr>
</table>
<p>&nbsp;</p> 

<p>さて今回は駅弁が織りなすスローな汽車の旅について語ろうと思う。わが内なる汽車の旅路である。 <br />
　休日、駅弁特集の本を眺めながら、畳に寝っころがるのはいいものだ。横川の峠の釜飯（フムフム！）、富山の鱒ずし（アァ！）、森駅のいか飯（オォ！）等とページを追うごとに、すでにボクの魂は旅の列車と共に現地に飛ぶ。 <br />
　すると列車はおのずから、鈍行のローカル線でなければ、様にならない事に気付く。さらに車窓から見る風景は、菜の花やレンゲ草が一面に広がり、時おり田圃の子どもが手を振ってくれたら、最高だと勝手に思ったりする。 <br />
そうだそうだ！ <br />
　雪が舞う日本海側ならば、誰も無口でただひたすら北に向かう、哀愁列車こそが駅弁には似会う。人はなぜか北に向かう。演歌も北に向う抒情を歌う。南に向う人々を歌った演歌などは聞いたことがない。 <br />
　日本人がなぜ北を目指すのかは、やはり民族性の遺伝子が作用しているのかも知れない。北には心の故郷があるのだろうか。駅弁の旅はそんなことまで思いを馳せてくれる。 <br />
　また思うに駅弁は揺れながら、しかも車窓の景色が後ろに飛んでいく臨場感があるから美味しい。まるで自然の総天然色の映画を見ながら、好きなペースで、好きな部分を攻めながら食べるから美味しいに違いない。自分だけの充実した時間の中だから、心から美味しいと思える。会社の昼飯にオフィスで食べても、ちっとも美味しくないのはそのためだ。 </p>

<div align="center"><span class="style17">駅弁や花野も雲もすっ飛べり </span>  </div>

<p>　ボクたちの駅弁動作は、列車がゴトリと動き出すと、まず相席の様子を伺いながら、もぞもぞと遠慮がちに袋から取り出すことから始まる。 <br />
　しかしすぐには十文字に掛けられた紐を解かない。しばらくは我慢しなければいけない。まだまだ機が熟していないからだ。これが駅弁道の基本である。 <br />
　そして、ここぞと思う風景にさしかかり、しかも周りの空気に異存がないと判断した時が、駅弁開放の歓びに浸る時期到来となる。トンネルを出たときなどは、その決断がなされるチャンスだ。 <br />
　しかし問題は、４人掛けの相席の関係が１対３の場合である。３が見知らぬ女性ばかりなら、１の方は縮こまって駅弁を食べねばならない。このシュチュエーションはかなり苦しい。 <br />
　それまで話しが盛んだった３人の会話が急に途切れて、我が駅弁を見て見ぬ振りをする。「よくもまぁ、１人だけで美味しそうに！」等と、羨望と嫉妬の視線が箸元に集まるのを感じながら、黙々と食べる羽目に陥ることになる。 <br />
　生きた心地がしないとＪＲに苦情が言うこともできない。このような場合には、視線は極力車窓の景色を固持し、３人の視線をいなすのが駅弁の達人たちが取る基本的姿勢である。 </p> 


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol26/img/image014.jpg" width="138" height="103" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　しかしこの相席が土地のおばちゃんだったら、問題は一挙に解決する。土地のおばちゃんはよく笑い、そしてよくしゃべるのが旅人には何よりも有難く、勉強になる。 <br />
　「何処からきんしゃった？」、「あっはっは！」と笑いながら、沢庵と梅干、らっきょの漬物を出して膝に載せて、気さくに話し掛けてくれる。漬物の匂いなんぞは全く気にしないのが、このあばちゃんのエライところだ。 <br />
　そして「この沢庵、地のもんだけど、つまんでけれ！」と、駅弁のボクらを攻撃してくれたりする。この攻撃は実にうれしいものだ。これも又、超エライ彼女の仕草なのだ。 <br />
「ほんじゃ、少しだけいただくべぇ～！」と急に土地の訛りを入れて、膝を乗り出す。 </p> 


<div align="center"><span class="style17">乗り込みし婆が勧めるらっきょ漬 </span>  </div>

<p>　こうなるとやっと駅弁愛好家にも、開放感がみなぎり、美味しい会話が湧き出てくる。駅弁がほっとして数倍に美味しくなる瞬間だ。 <br />
　この見知らぬおばちゃんは、次の次の駅で大きな荷物を背負い直しながら、手を振りつつ降りていく。嫁いだ娘に会いに行くのだと言う。 <br />
　出会いからわずか４０分ほどの刹那な旅の出会いである。どこの誰で、齢はいくつで、何を生業にして生活しているのかは、全く分からないのに、なぜか又逢いたいと思うおばちゃんである。ふと故郷の母を思い出す淋しさが胸を過ぎる。アデオス！おばちゃん！ <br />
　さて、「駅弁の車内に於ける相対的存在感」のレポートはこれくらいにして、やはり駅弁に対する魅力を論じねばならない。最近の駅弁は、百貨店やスーパーの「駅弁大会」で買うものとなってきた。のんびり旅の駅弁なんぞは、古き良き時代のセンチメンタルジャーニと言われる平成となった。 <br />
　しかし「駅弁大会」で、我先にと争って買い漁った名物駅弁には、どうもしっくりした愛情が湧かない。まるで愛情の無い、冷えた夫婦みたいな感じで、なんと言おうか、あの、どきどきとしたライブな、リアルな、きめ細かな喜怒哀楽がない。 <br />
　峠の駅で買う「峠の釜飯」だから、「峠の釜飯」としての価値観がある訳で、峠の臨場感がないと、ただの釜飯でしかない。 <br />
　ということは駅弁の価値とは、その土地の匂いとか色や訛り言葉などが、隠し味として染み込んでいることに尽きる。 </p> 


<div align="center"><span class="style17">新米の駅弁といふ急ぎ買ふ </span>  </div>


<p>　これを三風（風土、風味、風景）が染み込んでいると表現する。駅弁とは、この三風の刹那情報を装備するブランドなのである。その辺が、街角で売られている「ほか弁」と徹底的に違う点だ。 </p> 



<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol26/img/image015.jpg" width="145" height="109" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　駅弁には地貌の食文化や人情がぎっしり詰まっている。このような目で駅弁を見ると、ファストモードに置き忘れてきた大切なものの存在に気付かされる。それは時代を超えて受け継がれてきた民族のスピリットみたいな温みのような気がしてくる。 <br />
　また駅弁の栄枯盛衰はすなわち、日本の栄枯盛衰にも繋がっている。駅弁は日本経済や地方文化の縮図だからだ。食品や飲料の新製品開発に成功したければ、駅弁を研究すればヒントが得られるだろう。コンビ二弁当も地貌文化を採りいれた献立にすれば、少しは文化の匂いがするスローな弁当を提供することができるはずである。 <br />
　しかし間違っても、新幹線内での駅弁だけは避けたい。あれってただ、「餌を喰っている」感じしかしないからだ。 <br />
　人にはそれぞれの人生のスローな旅がある。そしてそこで出会ったその人だけの駅弁がある。それがどのような駅弁であったかは、その人にしか分からない。 <br />
　僕の内なる駅弁は、米原駅で売られている「湖北のおはなし」である。１０００円である。緑の唐草模様の風呂敷の中には竹すだれの容器に、琵琶湖周辺の味覚として、鴨ロースト、川海老、煮豆、出汁巻き卵などが入っている。 <br />
　ご飯は春は山菜、夏はそら豆、秋は栗、冬は黒豆、正月三が日は赤飯となる季節のおこわが彩りを添える。京風だけど少し甘めの味付けは、田舎のおばあちゃんの味を意識したのだという。 <br />
　極め付きはサイコロキャラメルが１個入っている。食後のおやつなのだろうか。薮入りで帰省していた子どもがまた京都や大阪に奉公に帰る時、このおやつ入りの弁当を持たせたという、人情ドラマが含まれている。だから美味いはずである。 <br />
　あれ～、どこからか「青森！青森！終点です！」の声がする。その声に目覚めたボクの畳の上での白昼夢は、この駅弁の旅でした。 </p> 

<div align="center"><span class="style17">昼寝覚駅弁の旅終はりけり </span>  </div>

<p>
<h2>＜６－５＞初鰹の丸かじり</h2>


<span class="r50-green">　　　　　　＊ <br />
○目には若葉山ほととぎす初鰹　　　　　山口素堂 <br />
○初鰹ありて高知の地酒よし　　　　　　神谷編集子 <br />
○酒臭き銚子の人や初かつを　　　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　　＊</span>
<p>　日本人と鰹の身近な関りはかなり古い。海洋民族の日本人にとつては切っても切れない関係がある。その鰹についてのスロー談義をしてみよう。まず鰹に関する基礎知識をインターネットからコピペして整理しておこう。 <br />
　日本の太平洋沿岸に生息する鰹は、夏に黒潮と親潮とがぶつかる三陸海岸沖辺りまで北上し、秋に親潮の勢力が強くなると南下する。 <br />
　南下する鰹は「もどり鰹」と呼ばれ、低い海水温の影響で脂がのっており、北上時とは異なる食味となる。もどり鰹の時期も港によってずれがあるが、一般的には秋の味として受け入れられている。 <br />
　北上から南下に転じる宮城県・金華山沖では、「初鰹」といっても脂がのっているため、西日本ほどの季節による食味の違いがない。また、南下は海水温に依存しており、陸上の気温との違いがあるため、秋になった頃には既に鰹はいない。 <br />
　南洋での遠洋漁業は１年中行われ、日本では静岡県および鹿児島県が漁獲高の大半を占める。この多くは巻き網と呼ばれる漁法で漁獲されたもので、冷凍されて水揚げされ、鰹節や生利節の原料になる。 <br />
　近海物は、鰹の北上に伴って各地で行われる。一本釣りやケンケン引きと呼ばれる漁法で釣られ、冷凍されずに締められ、太平洋岸の漁港に水揚げされる。土佐の一本釣りの風景は日頃のニュースとしてお馴染みである。 </p> 


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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol26/img/image016.jpg" width="154" height="103" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p>　これら近海ものは新鮮なまま港に入荷されるので、刺身やたたきなどで食べられる。鹿児島県から遠州灘にかけては春、伊豆以北では初夏に漁期が来る。また、これらの地域ではもどり鰹も漁獲できるので、秋にも漁期が訪れる。 <br />
　それぞれの港では、夏の到来を告げるその年初めての鰹の水揚げを、「初鰹」（はつがつお）と呼び、珍重する。初鰹は港によって時期がずれるが、食品業界では漁獲高の大きい高知県の初鰹の時期を「初鰹」としており、消費者にも浸透している。 <br />
　食文化の面から整理すると、様々な関わりがあるのも鰹の特徴だ。日本では古くから食用にされており、大和朝廷は鰹の干物（堅魚）など加工品の献納を課していた記録がある。鰹の語源はこの堅魚（かたうお）から来ているというのが一般的な説である。 <br />
　鰹節（干鰹）は神饌の一つであり、また、社殿の屋根にある鰹木の名称は、鰹節に似ていることによると一般に云われている。 <br />
　戦国時代には武士の縁起かつぎとして、鰹節を「勝男武士」と漢字をあてることがあった。織田信長などは、産地より遠く離れた清洲城や岐阜城に生の鰹を取り寄せて、家臣に振る舞ったという記録がある。 <br />
　江戸時代には人々は初鰹を特に珍重し、「目には青葉  山時鳥（ほととぎす）初松魚（かつお）」という山口素堂の俳句は有名である。 <br />
　殊に江戸においては「粋」の観念によって初鰹志向が過熱し、非常に高値となった時期があった。「女房子供を質に出してでも食え」と言われたぐらいである。１８１２年に歌舞伎役者・中村歌右衛門が一本三両で購入した記録がある。 </p>

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<p>　庶民には初鰹は高嶺の花だったようで、「目には青葉…」の返歌となる川柳に「目と耳はただだが口は銭がいり」といったものがある。 <br />
　このように初鰹を題材とした俳句や川柳が数多く作られている。但し、水揚げが多くなる夏と秋が旬（つまり安価かつ美味）であり、産地ではその時期のものが好まれていた。 <br />
　初鰹と戻り鰹をもって旬とするが、現在最も好まれる物は、秋の戻り鰹である。時々マグロのトロより美味しいとまで評される。なお脂の乗ったものをもてはやすようになったのは近年のことであり、江戸期にはさっぱりした味の走りの物の方が好まれたようである。 <br />
以上が鰹の基礎知識である。 <br />
　この基礎知識を胸に、さっそく５月中旬、房総半島先端の銚子の魚市場を訪れた。犬吠崎で有名な町である。 <br />
　まずはぶらりと、魚港から魚市場あたりを散策する。すると店のあちらこちらで、獲れたての鰹が、氷水を張った木桶に、頭から何匹も突き刺して置かれているのが眼に入る。これを業界では「カツオの逆さ浸け」と言う（言わないか）。とにかくぶっきら棒に置かれている。 <br />
　「あのぉ！このデカイの一本分けてくださいな！」と恐る恐る指さすと、「お客さん！鰹は傷みが早いから、冷凍のまま運ばなければダメだよ！」と、まず素人の浅はかな考えにイエローカードがでる。 <br />
　さっそく冷凍のまま宅急便にして貰うことにした。値段は１本１５００円の目が黒々とした大物だ。市価の半額だというからうれしい。 </p> 

<div align="center"><span class="style17">指さして買ふ犬吠の初鰹 </span>  </div>

<p>　仕込みの後は本場の鰹料理を捜すことにした。活きのよい鰹料理を食わせてくれるお店が必ずあるはずである。美味しい食べ方は、刺身かタタキに限るとは漁師の言だが、特にニンニクとネギの薬味を、ふんだんに添えた厚めのタタキが最高だという。 <br />
　こうなると頭の中は、タタキのことで一杯になる。タタキが食いたい、タタキを食わなければ死ねない、などと心が逸る。そんな逸る気持ちで街を歩くと、気のせいか、銚子の街全体がニンニクの匂いがしないでもない。 <br />
　そして地元の漁師が勧めてくれた小料理屋にたどり着き、さっそく胸に秘めてきた情報を確認することにした。 </p> 


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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol26/img/image018.jpg" width="139" height="104" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p>　このお店のお奨めは「鰹尽くし」のフルコースである。銚子に来たら、これだけは見逃さないで欲しいという店主のお奨めだ。ならばと、お勧めの幸せを味わうことにした。 <br />
メニューは </p> 

<span class="r50-green">○カツオのタタキ、カツオの刺身、<br />
○カツオの潮汁、カツオの釜焼き、<br />
○カツオのサラダ、カツオの煮物、<br />
○カツオの小皿ちらし寿し、カツオの茶漬け</span>
<p>などが次々と卓上に運ばれてくる。量も品数も多く、これでもか、と言うくらいの勢いである。 <br />
　こうなると鰹の悪夢を見るほどの苦行難行の食べ尽くし作業となる。初鰹の丸かじりとはこの事を言うのだろう。ビールを片手に鰹三昧は進んでゆく。 <br />
　さらにこんな美味い魚が食べられる土地の人々は、本当に幸せだと、地産地消の神髄に触れた気がしてくる。「僕かぁ、初鰹を食べる時が、一番幸せなんだぁ」と、言えそうな至福の一時が過ぎてゆく。まさにスローな一時である。 <br />
　そして食いしん坊の真骨頂は、厚めの刺身を二切れ残しておいて、お茶漬けにすることだ。熱々の御飯の上に刺身とネギ、生姜を載せ、醤油を少々たらし、後は熱いお茶をかけて出来上がる。初鰹の脂と生姜が微妙にバランスして、この茶漬けは別腹に収まる。「プワァ～！もう何時死んでもいい！」と、食いしん坊の顔は恍惚感にゆるむ。 </p>



<div align="center"><span class="style17">初鰹のせて寡黙の茶漬けかな</span>  </div>

<p>　鰹を丸ごと１本平らげた身体は、心なしかパワーが充満してきた感じがする。鰹の生気を丸ごといただいたのだから、当然のことだ。実に旨かった。 <br />
　しかしこれで鰹の探索は終わりではない。三陸の「戻り鰹」を堪能するまでは、死ぬわけにはいかない。特に気仙沼の「戻り鰹」の「トロ」をいただくまでは、食い意地を張り続けねばならない。 <br />
　さらに土佐の豪快なタタキに出会わないといけない。夢にまで見る鰹料理であるからだ。旬の鰹を求めて我らもまた北上と南下を繰返す日々が続く。 </p> 

<p>
<h3>３　スローでウオッチング（２６）</h3>

<span class="r50-1em">１、新潟発の美少女図鑑が全国に波及している。地方に美少女をふやそうという狙いで発刊。瞬く間に火がつき、今では東京を除く４６道府県で刊行されている。
<br />
　街角で着飾った少女を撮影し、その美少女が着ているコスプレを売っている販売店を、紹介するビジネスモデルが成功している。図鑑を見た多くの少女が販売店を訪れる。<br />
　いわばモデルに同質化したい少女を動かし、街の活性化に役立てようとする作戦だ。この作戦は過疎に悩む農村にも波及している。<br />
　秋田県羽後町では「かがり美少女コンテスト」なるイベントの村起しを開催し、それを起爆剤として、ありのままの村の姿を観光に生かした動きをやっている。<br />
　ある日突然、コスプレに身を飾った都会の美少女が村に現れ、ミスマッチな話題を提供している。過疎の自然と美少女のコスプレが生み出すファンタジックなイメージが大人気だという。農村がシンデレラの村になる発想は、多くの過疎に悩む村の参考になる。<br />
　さしずめ閑古鳥が鳴く新潟の温泉街をこの手で、活性化したいものだ。</span>


<span class="r50-1em">２、新潟市の古町十字路にある老舗書店「北光社」（同市中央区古町通６）が２０１０年１月３１日、１９０年の歴史に幕を閉じた。<br />
古町の看板書店として親しまれ、待ち合わせの名所にもなっていた同店。最終営業日となったこの日、思い出の場所の最後を見届けようと多くの市民が詰めかけ、閉店を惜しんだ。<br />
　壁には寄せられたメモが所狭しと貼られ、消え行く店への様々な想いが描かれていた。改めて本屋という文化拠点の多様性と、機能の存在価値を思い知らされた。<br />　
本屋はただの本を売る場所ではない。地域の人間の喜怒哀楽も併せて提供する人生の舞台でもある。<br />
涙声で斉藤社長に声をかける婦人に出会い、今生の別れに想いを辿る人の悲しさをひしひしと垣間見る夕方であった。</span>


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<span class="r50-1em">３、最近少しずつ目や耳にする機会が増えているものの1つが、「年明けうどん」だ。言うまでもなく、「年越しそば」に対抗して、考えられたメニューである。<br />
　これを仕掛けているのは、香川県の「さぬきうどん振興協議会」だ。うどんは、太くて長いことから、古来より長寿を祈る縁起物として食べられてきたと宣伝している、元旦から1月１５日までに食べると縁起がよいという。<br />
　この手の縁起物商売は広く普及している。バレンタイン、恵方巻き、さらに業界の語呂合わせ記念日の販促など様々だ。<br />
　では次の一手はどうか。それは旧暦１月１日を祝う旧正月を楽しむことであろう。２月の中旬に行われる中国、台湾、韓国、ベトナム、モンゴルなどのアジアの国の祝日である。<br />
　アジア共同体構想を打ち出している鳩山政権ならば、旧正月を一緒に祝うという連帯ならば、スケールの大きな民族の営みとなる。いかにもスローな文化経済活動ではないだろう。もちろんその経済効果は群を抜くはずである。</span>



<span class="r50-1em">４、大阪を代表する挨拶に、「儲かってまっか？」「ぼちぼちでんな」というのがある。このぼちぼちという生き方を目指す人が増えているという。<br />
　勝つ格好よさはないが、負ける悲壮感もないお得な生き方だと思うからだろう。スローモードが求める「負けない競争」という概念がぼちぼちという言葉に代表される。ほな、ぼちぼちと逝きましょか！エッ！</span>


<span class="r50-1em">５、リヤカーを使った販売が好調だ。豆腐、野菜、パンなどを曳き歩いて売る。売上は３万円／日、中には１０万円にもなる。しかも買物に行けない老人などが路地裏で待つ。だから毎日、休むことは出来ないと言う。よりお客様に近づく商売がいい。<br />
　歩いて来てくれるコンビ二は、今後ますます繁盛する。今、我らは新潟の伝統野菜の復活と普及活動をしているが、この手が使えるかも知れない。本気に考えている。
</span>





<p>
<p>




<!--::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ここまで更新内容::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::-->
</div>
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   </content>
</entry>
<entry>
   <title>スローフード瓦版　ＶＯＬ ２５</title>
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   <id>tag:topics.slowfood-niigata.com,2010://1.66</id>
   
   <published>2010-01-31T05:34:40Z</published>
   <updated>2010-01-31T08:51:44Z</updated>
   
   <summary>            １　スローフード巷談（５）              V...</summary>
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         <category term="ｶﾃｺﾞﾘｰ１（スローフード瓦版）" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<div id="kawara">

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  <em>１　スローフード巷談（５）</em>  </div><!--div id="banner-texbox"-->
  

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<h3>１　スローフード巷談（５）</h3>

<h2>●農家との連帯による地域起こしに挑戦する異色企業	</h2> 
  
<p>　新潟の長岡に、海草や蒟蒻を加工販売する異色の企業がある。株式会社猪貝（社長　猪貝克浩氏）である。関越道の長岡ＩＣから５分ほどの工業団地に位置する小さな企業だ。年商４億円ほどで、主に「もずく」「えご」そして「蒟蒻」の製造販売を行っている。 <br />
　この企業を「スローフード・にいがた」のメンバー２０人が訪れた。蒟蒻芋掘りと蒟蒻づくりを体験するためである。 <br />
　とくに当社が地元の農家と共同で、新潟産の蒟蒻芋の栽培を始めたことへの関心が、強かったこともあるからだ。 <br />
　極めて地味な食材である蒟蒻の栽培から加工、販売までを地元の関与者とリンクし、いずれは新潟ブランドとしての地域起こしの一助と考える挑戦に魅かれた。 <br />
　企業と農家との連携プレーはなにも珍しきことではないが、小さな企業が独自の色をだすために、地元の資源を新たに作り出そうとする意図は、一体なんだったのだろうか。そしてこれからどのような未来図を描いているのか。その構想を理解するために猪貝氏を改めて訪問することにした。１１月も下旬のことである。 </p>  

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image003.jpg" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p>　当社が長岡の丘陵地帯に蒟蒻栽培を委託したのは、長年の夢であった。原料の芋はすべて群馬県のグループから購入しており、年間約３０トンになる。芋の相場は６０００円／３０ｋｇを基準に取引される。芋のサイズは４００ｇから１ｋｇであり、出荷までに３年の栽培期間がかかる。いわば手のかかる野菜なのである。 <br />
　ちなみに日本における蒟蒻芋の生産量は、約７万トンである。芋の生産金額は約１５０億円。群馬県が８５％のシェアーを誇っている。芋の品種は赤城大玉と言われる品質改良された優れものである。本来日本の各地には在来種も存在するが、作り手が減り、今は細々と自家用に栽培されている程度だ。 <br />
　輸入は中国を中心に約３万トンと言われている。しかし不明のルートがあり正確な数字は分からないようだ。 <br />
　また蒟蒻製品の小売ベースでの市場規模は、約７００億円くらいと協会は見ている。全国の蒟蒻製造業者は約１０００社で、新潟には２７社が存在する。蒟蒻を食べる民族は日本人くらいだと言われている。これには苦笑せざるえない。 <br />
　以上が基礎知識である。さて当社が芋の栽培を始めた、そのいきさつから紹介しよう。 <br />
　ことの発端は小千谷の知り合いから、蒟蒻芋を買ってくれないかという話しから始まった。零細農家が細々と自給のために栽培していた芋である。 <br />
　しかし本格的な連帯には至らず、やがて津南の生産者と出会うことになる。（有）大地の風巻さんである。原料を目の届くところで調達したいという、当社の経営方針と風巻さんらは方向が一致し、本格的な栽培に着手することにした。 <br />
　そのためには群馬の生産者から栽培方法や畝のつくり方、種芋の保存のやり方などを学ぶために、群馬県下仁田町を訪れ学んだ。群馬の人は親切に教えてくれたと言う。 <br />
　そして暗中模索の中で長岡丘陵の地（約５アール）に、群馬から譲りうけた赤城大玉の種芋を植えた。２名の農家が全量買取という条件で、契約栽培に着手したのだ。今年は２反ほどの栽培がなされ、約１トン収穫する見込みだ。 <br />
　スローフードの２０名が訪れた畑には、ゴロゴロとした美味そうな芋が成っていた。農家の人に説明を聞きながら鍬を入れて掘り出してみた。親芋には子芋が連なっている。この小芋を一冬越させて、来年の６月頃畑に下ろすのである。当社と連携しながら栽培を模索する農人は、心なしか輝いて見えた。地域の活性化の役に立つかもしれないという自負心と、期待があるからだろう。 </p> 

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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image004.jpg" width="176" height="132" hspace="15" vspace="10" />
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image005.jpg" width="175" height="131" hspace="15" vspace="10" />  </div>
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<p>　収穫された芋は皮をむかれ、手づくり蒟蒻と材料として全量加工され、スーパー、生協などのクライアントに出荷される。値段はやや高いが、その美味しさと新潟産という安心感で売れ行きは好調である。 <br />
猪貝社長に今後の夢を問うてみた。 <br />
　新潟県の農林振興課でも県内の休耕田活用を目指して、蒟蒻栽培の普及を指導している。産官学が動き出している。このことを視野に置いて、次のような構想を描いている。 </p>

<span class="r50-1em-green">１、このような風向きの中、まずは新潟産の芋の自給生産１００％を目指す。そのためには栽培農家を増やすことと、農家が再生産できる経済モデルを至急に作り上げること。</span>
<span class="r50-1em-green">２、蒟蒻畑のオーナー制をやりたい。消費者にマイファームを持ってもらい、栽培から加工、調理までを一貫して楽しんでもらえるような仕組みをつくりたい。
３、五泉の里芋のようなブランド蒟蒻を構築し、いずれは全国に販路を広げる。</span>
<span class="r50-1em-green">４、新潟特有の在来種を作り出し、守っていきたい。</span>
<span class="r50-1em-green">５、年に一度は収穫祭をやり、生産者と加工業者、消費者が楽しめる場や機会をつくっていきたい。</span>
<span class="r50-1em-green">６、子どもの食育（農育）活動の役に立っていきたい。</span>
<span class="r50-1em-green">７、最後の蒟蒻の惣菜など、３次加工品が供給できる会社に成長したい。いわば蒟蒻屋の６次産業化である。</span>
<p>　以上が猪貝社長の描く未来である。氏の口から、５年後の売上を×××億円にしたいという数字は聞けなかったが、熱気あふれる社風がすばらしい。 <br />
　値段ばかりに目がいく基礎食材の蒟蒻だが、地元産にこだわり、愚直なまでに手づくりの味を追い求める当社の姿勢には、「たかが蒟蒻、されど蒟蒻」という深い眼差しが輝いている気がする。 <br />
　地域起こしには様々な形や処方箋がある。しかし蒟蒻という地味なテーマで起業を目指すモデルは、全国の過疎対策の良きお手本となる可能性がある。一隅に光りをともす、という教えがあるが、当社がこれからどのような軌跡をたどっていくか、スローフードの仲間として注視していきたいと思う。 </p>

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image007.jpg" width="181" height="136" hspace="15" vspace="10" />
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<p>
<h2>●モクズ蟹の川漁師をたずねて</h2>

<p>　新潟の阿賀野川で、モクズ蟹の漁をしている皆川栄一さん（６５歳）を訪れた。晩秋の雨降る日である。皆川さんは大工の本業の傍ら川漁師を趣味でやっている。 <br />
　モクズ蟹は汽水域（海水と真水が混ざる河口付近）で卵を産み、稚ガニが川の上流にのぼり大きく成長する。北海道から沖縄までの日本全土に分布する。 <br />
　そして大きくなった成体は、９月頃から晩秋にかけて産卵のために川を下る。この頃が旬となり、美味しくなる。それを皆川さんは、阿賀野川地域で漁を続ける仲間の２人と、篭漁というやり方で舟を出す。蟹漁の漁師はもう３人しか残っていないという。俺達の世代でもう終わりだな、と心配そうな憂いを漂わす。 <br />
　蟹漁はひと篭で５～７杯かかればいいと、夕方に篭を仕掛けて朝方に引き揚げる。７篭を仕掛けるのがやっとである。捕獲量は皆川さん１人で、年間３０００杯ほどだ。仲間と合わせて５０００杯を捕獲し、主に家庭消費に回す。蟹を売りにだすことは今までない。まったく商売気がないと笑う。 </p>

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image008.jpg" width="138" height="104" hspace="15" vspace="10" />
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image009.jpg" width="138" height="104" hspace="15" vspace="10" />  </div>
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<p>　食べ方は塩を効かせた水で茹でて、蟹味噌や卵を食べるのが最高である。さっそく３０杯ほどを分けていただき、近くの咲花の温泉宿で試食会を開いた。実にうまい。他の料理には見向きもしないで、全員がかぶりつく。 <br />
　モクズ蟹は海のタラバ蟹などと異なり、繊細な味わいが特徴で、食べる人は皆無口になってしまう。上海ガニと同じ種類だから、文句なしの絶品だ。ちなみに上海ガ二は中華街で食べると、１杯５０００円くらいの値がつく。それくらいに付加価値が高い。 <br />
　最後に蟹の養殖の可能性について皆川さんと意見交換した。「孵化→稚ガニ→カニ牧場での中間飼育→放流と捕獲」の一貫とした循環システムで、資源の確保と保護が出来ないかどうか。乱獲の心配があるからだ。阿賀漁協では鮭やサクラマスの放流をやっており、モクズ蟹もその可能性があるはずだ。 <br />
　すでに岩手県の川崎村ではこの取り組みに成功して、「川と共に生きる村」とした新しい村づくりを進めているから、いずれ訪問して教えを乞いたいと思う。そんな未来への取り組みを語りあうことになった。もちろんまだ絵に描いた餅の段階である。 </p>


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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image010.jpg" width="146" height="109" hspace="15" vspace="10" />
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image011.jpg" width="146" height="110" hspace="15" vspace="10" />  </div>
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<p>　その第一歩として、まずは「スローフード・にいがた」がモクズ蟹を楽しむことから、地域起こしを模索することにする。世間の目をカニに向かせるためである。 <br />
　２０１０年１０月に、３０名ほどの会員がこのカニを食べるために咲花温泉に集い、皆川さんの話を聞こうと思う。 <br />
　その予約をして、皆川さんの家を後にした。１年先の予約とは、まこと気の早いスローフード運動である。地域には地元民の気付かないお宝が眠っている。そんな訪問記となった。 </p>
<p>
<h3>２ 食あれば句あり</h3>

<h2>＜５－１＞蛸しゃぶに雪がふる</h2>

　　　　　　　　<span class="r50-green">　　　　　　　　＊ <br />
○あおぞらへあおうみの蛸干しかかげ　　渡辺白泉 <br />
○蛸をもむ力は夫に見せまじき　　　　　八木三日女 <br />
○トロ箱をなほも大蛸遁走す　　　　　　木偶の坊 <br />
　　　　　　　　＊</span>
<p>　新潟は隠れた蛸の産地である。山北や村上、内野、日和海岸、糸魚川などの浜には冬の到来とともにかなりの蛸が水揚げされる。飯蛸と水蛸が多い。 <br />
　内野の新川漁港では１２月から３月くらいまで、水蛸漁が盛んである。獲れた蛸は大釜で茹でられ、凧のように竹で広げて風に当てて干す。こうすることにより旨みが増すという。蛸が凧になって風に晒されるわけである。　　　 <br />
　国道沿いの軒先にたくさんの蛸がつるされる光景は、まさに内野地区の風物詩となる。ちなみに蛸は夏の季語に分類されている。一番美味い時期が夏だからだ。だから夏の蛸しゃぶが一番美味いということなる。しかし蛸しゃぶの需要の多い冬の水揚げが最高になるという。 <br />
　さて蛸の美味しい食べかたについて語ろう。それには浜の漁師に教えを乞うにかぎる。漁師の教えは以下の通りである。 </p>


<span class="r50-1em-blu">○釣った蛸をすぐその場で食べるなら、まず海水で洗い蛸のぬめりを取り、ぶつ切りにしポン酢に出来れば、大根おろしかもみじおろしで食べる。</span>
<span class="r50-1em-blu">○辛味が好きなら、トウガラシか柚子こしょうを少しいれるとうまい。</span>
<span class="r50-1em-blu">○海草、わかめが現地にあれば、それもぶつ切りで入れると、なおおいしくなる。</span>
<span class="r50-1em-blu">○帰ってから早めに食べるなら、ぽんしゃぶをおすすめする。
蛸を塩でかるくもみ洗いし薄くスライスする。</span>
<span class="r50-1em-blu">○鍋にお湯を沸かし、塩を少し（水２Ｌ位で小さじ２杯入れ）、ポン酢に大根おろし、もみじおろしを入れる。この味付けして沸かしたお湯でしゃぶしゃぶする。蛸の表面が少し白くなるくらいがおいしい。さっと鍋をくぐらせて、柔らかいのを食べるのがコツ。</span>
<span class="r50-1em-blu">○またタレ（ポン酢のもみじおろし入り）は別に用意して、しゃぶしゃぶした蛸に付けてたべるやり方もある。</span>
<span class="r50-1em-blu">○蛸は薄切りが難しいから、一旦凍らして、そのまま包丁を入れればかなり薄く切れる。</span>


<p>　漁師のおすすめはやはり蛸しゃぶである。新鮮な内に食べろという。そういえば初めて食べた蛸しゃぶを思い出す。北海道の北の果て、稚内のお店である。 <br />
　注文するとお皿一杯に広げた紙のように薄い蛸が出てきた。昆布でダシを採った鍋の湯を潜らせて、蛸しゃぶを食わせてくれた。タレはポン酢で薬味はモミジおろしと葱だった。 <br />
　お湯に薄切りの蛸を浸すとみるみる内に、身は縮まってしまったことを思い出す。あわてて口に入れると、何とも言えない淡白な食感が口中に広がる。おお、これがかの有名な宗谷の蛸しゃぶか・・・と感激もひとしおであつた。 </p>

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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image012.jpg" width="174" height="124" hspace="15" vspace="10" />  </div>
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<p>　あれからもう数年が過ぎた。そして今、新潟の蛸しゃぶを勉強しようとしている。<br />
  まず蛸に関する基礎知識を整理しておこう。<br />
  　日本のタコ漁は蛸の習性を利用したやり方が多い。特に知られているのは、狭い岩の隙間に潜り込む習性を利用した蛸壺、蛸箱漁業である。タコ漁業独特のものである。空の蛸壺が浜辺に積まれている光景は、一部の地域では漁村景観の一つともなっている。<br />
  　また餌をつけない針金で引っ掛ける「から釣り漁法」もそのひとつである。イイダコは白色を好む傾向が強く、ラッキョウ等の白色の物体に釣り針をつけ、それに抱きつくイイダコを釣る変形のルアー釣りも有名である。<br />
  蛸の水揚げ量は２００２年度においては以下の順になっている。<br />
  　　　第１位 - 松川浦漁港（福島県相馬市） <br />
  　　　第２位 - 宗谷漁港（北海道稚内市宗谷岬） <br />
  　　　第３位 - 落石漁港（北海道根室市落石） <br />
  　　　第４位 - 八戸漁港（青森県八戸市） <br />
  　　　第５位 - 庶野漁港（北海道幌泉郡えりも町庶野） <br />
  　我が新潟のデーターは手許にないので不明だが、そこそこあると見ている。瀬戸内の明石の蛸も全国的に名を馳せている。関西では蛸といえば明石である。たこ焼きの発祥の地だけあって、蛸によせる思いは熱い。<br />
  　また卵の管理が難しい等の理由で、日本での商業用の養殖はいまだ成功していない（２００９年１月１９日時点）。いずれの日か、海洋牧場で蛸が餌を取る日もくるだろう。</p>

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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image013.jpg" width="158" height="119" hspace="15" vspace="10" />  </div>
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<p>蛸の食べ方についてまとめておこう。蛸料理は実にシンプルである。 </p>

<span class="r50-blu">
１、蛸の刺身<br />
２、蛸のてんぷら<br />
３、蛸の唐揚げ<br />
４、蛸の煮付け<br />
５、蛸のサラダ<br />
６、蛸ごはん<br />
７、蛸のスパゲッティ<br />
８、蛸せんべい<br />
９、おでん<br />
１０、たこ焼き</span>

<p>などがポピュラーな食べ方である。韓国では踊り食いなるものがあるようだが、定かでない。 <br />
　また蛸の消費量は日本が６０％ほどを占めて、ダントツの１位である。弥生時代から食べられてきたというから、さもあらん。ただし西欧諸国などは悪魔の魚として忌避しているようだ。 <br />
　さて古くから日本人に親しまれてきた蛸を、この冬、スローフードの仲間と浜茶屋に訪ねようと思う。荒海を見ながら、漁師の蛸談義をきく。そしてぷりぷりの蛸のしゃぶしゃぶをいただく。楽しみである。 </p>

<div align="center" class="style17">蛸しゃぶを食えば眼に雪がふる</div>
<p>
<h2>＜５－２＞湯豆腐しませんか！</h2>

<span class="r50-green">　　　　　　　　＊<br />
○湯豆腐のまだ煮えてこぬはなしかな　　久保田万太郎<br />
○湯豆腐が煮ゆ角々が揺れ動き　　　　　山口誓子<br />
○湯豆腐に向かひあひたる無口かな　　　食いしん坊<br />
　　　　　　　　＊</span>
<p>　湯豆腐ときけばすぐ思い出す句がある。久保田万太郎の「湯豆腐や命のはてのうすあかり」である。愛妻を亡くしたその後の人生の淋しさを詠んだ句である。 <br />
　その他湯豆腐に関わる名句は数多いが、やはり万太郎がダントツだ。今回はその湯豆腐について考えてみよう。 <br />
　何も思い浮かばない時は、「湯豆腐にでもする！」と言えば、大方の男どもは嬉しい顔をつくる。湯豆腐には男達を惹きつける何かが宿っている。 <br />
　この湯豆腐の発祥の地は諸説あるが、一般的には京都と言われている。では何故京都に湯豆腐が発達したのだろうか。その答えは３択のクイズになりそうだ。<strong> </strong><br />
　　　〈その１〉京都で発展したのは、丹波の豆に恵まれたから。 <br />
　　　〈その２〉京の深々とくる、かの「底冷え」の「底」に</p>
<p>　　　　　　　　　鍋を置いて身体を温めたのが湯豆腐の始まりである。 <br />
  　　　〈その３〉僧侶が寒さ凌ぎに思いついた、精進料理の流れを汲む。 <br />
  しかしいろいろな説があり、正解は不明だ。 <br />
  　となれば「そんなことどうでもいいじゃないかぁ！湯豆腐さえ食えればそれで良い！」と半ば焼け気味に、湯豆腐屋に正座することにする。しかも湯豆腐とならば南禅寺界隈か嵐山嵯峨野あたりがその本場となる。すぐに「きょ～と～、南禅寺～、嵯峨のとうふ～う～」と血が騒ぐ。いや失礼、湯気が騒ぐ。まさに湯豆腐は冬の京都の風物詩ともいえる。 <br />
  　今回は南禅寺の「順正」さんを訪れることにした。石畳の玄関を入り庭の見える座敷に席を構える。庭の池には紅葉が盛りを迎えて真っ赤に映えている。 </p>
  
<div align="center" class="style17">中庭の紅葉も見せて湯豆腐屋</div>

<p>　暫くすると「おこしやす！」と着物姿のおねーさんが、風呂桶状の器に豆腐を泳がせた湯豆腐の一式セットを運んでくれる。手馴れた対応である。酒は伏見の温燗である。 </p>

<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image014.jpg" width="158" height="119" hspace="15" vspace="10" />  </div>
<!--☆-->

<p>　これがかの有名な、写真でしか見たことのない「南禅寺の湯豆腐か」と、生のタレントに出会ったような感激の瞬間である。しげしげと眺めながら美味しい食べ方の簡単な説明を聞く。説明を終えたおねえさんは「おおきに」と言いながら奥に引っ込む。 <br />
　その食べ方には次のような掟があるという。 </p>


<span class="r50-1em-green">１、弱火でとろりとろり、決して煮立ててはならない</span>
<span class="r50-1em-green">２、豆腐がぷるりぷるりと身体を揺すると、さあ食べ頃です</span>
<span class="r50-1em-green">３、味付けはシンプルで良しとする</span>
<span class="r50-1em-green">４、鰹節や葱などを薬味にして生醤油でいただく</span>
<span class="r50-1em-green">５、寒いからといって、慌てて、豆腐の固まりを口に放り込まない</span>
<span class="r50-1em-green">６、あの熱さはとても耐えられない。火傷するから注意。</span>
<span class="r50-1em-green">７、時折、湯気に向こうの相方に目をやる余裕が大切です</span>
<span class="r50-1em-green">８、酒は温めの純米酒がいい</span>


<p>　うむ、なるほど。湯豆腐といえど侮れる。老舗だからそのおねえさんの説明には気品すら感じられる。 <br />
　そういえばＮＨＫ番組の「ためしてガッテン」が湯豆腐の美味しさを科学的に分析していたことを思い出す。ガッテン流の美味しい食べ方は次の通りだと記憶している。 </p>

<span class="r50-1em">１、塩を一つまみ、もしくは刻んだ大根を入れると豆腐にスが入らず、やわらかく仕上がる。</span>
<span class="r50-1em">２、京都のある湯どうふ専門店では、沸騰させずに豆腐が「クラッ」とした瞬間ができあがり。別の専門店では、沸騰させ、入れた豆腐が上に上がってきた瞬間ができあがりだった。作り方はまったく違うのに、できあがった豆腐の温度をサーモグラフィーで測定してみると、そっくり。</span>
<span class="r50-1em">３、豆腐の柔らかさには「プルプル感（弾力）」と「フワッと感（歯ごたえ）」がある。２本の曲線をグラフにしたとき、両方が一番よい状態になるのが豆腐が７０℃のとき。また、人の味覚は豆腐の温度が体温近くのときに一番甘みを感じるという特徴がある。</span>
<span class="r50-1em">４、湯どうふの達人たちは、外側はプルプルフワッと（７０℃前後）、中が大豆の甘みたっぷり（５０℃前後）という極上の湯どうふを作っていたというわけ。</span>
<span class="r50-1em">５、ガッテン流湯どうふの作り方（豆腐２丁分）<br />
　　１、土鍋で１．５リットルの湯をしっかり沸騰させる。<br />
　　２、まず火を消す。<br />
　　３、６等分に切った豆腐２丁分を入れる。<br />
　　４、フタをして５分で完成！<br />
　　５、丁分の場合は、小さめの土鍋に<br />　
　　　1リットルのお湯で同じく５分。</span>
<p>　先のおねえさんの口上とほぼ同じである。豆腐の素材そのものを生かす外側７０度、内側５０度が湯豆腐を最高に楽しむコツなのである。たかが湯豆腐と言えどなかなか奥が深い。 <br />
　また湯豆腐にはそれを楽しむ環境設定も大切だ。何時、何処で、誰と、など「場の美味しさ」を演出する気遣いが必要だ。立ち食いで食べるわけにもいかない。いわゆる大人的湯豆腐の楽しみ方が大切だ。 <br />
　そんな目を持って周りを眺めると、様々な人間模様が見えてくる。やや怪しい関係の２人ずれ、接待ぽいビジネスマンの４人組、句会を終えた数人組、杖を横に置いた老の２人連れ、会話のない夫婦連れ、別れ話の２人連れなど、なぜか日陰の食べ物にたむろしている感じがする。しかも湯豆腐には人間関係を大人にする魔力が宿っている。 <br />
　ステーキを食べるようなギラギラ感はなく、むしろ「そっとしておいてくれ」という大人の静寂が漂っているのが、湯豆腐屋の特徴である。しかも一人客はほとんどいない。２人以上４人くらいが変な目つきで見られない安心の数といえるだろうか。 </p>

<div align="center" class="style17">湯豆腐や別れ話にとまる箸</div>

<p>　それにしても南禅寺の湯豆腐は値が高い。たかが湯豆腐で数千円は取られる。場所代、老舗代、いわばブランド代として捉えれば文句も言えないが、やはり湯豆腐は、大切な人やご家庭で楽しむに限る。千円もあれば、豆腐腹になるくらい満腹な幸せ感に浸れる。 <br />
　しかも最近の豆腐はカラフルになってきた。白、黒、緑、黄、鼠色など豆の色を生かした豆腐が作られるようになった。 <br />
　ならばシアワセの７色湯豆腐も楽しむことができるだろう。暗がりの日陰のご馳走から日向のご馳走へとイメージチェンジできる。ママ、今日は７色にしてね、と子どもが所望するようになれば、スローな家族団らんもクツクツと煮えてくるはずである。 <br />
　湯豆腐には聖俗合わせた人生模様が詰まっている。単純で奥が深い、湯豆腐の禅の世界を楽しもう。 </p><p>

<h2>＜５－３＞シアワセのお好み焼き</h2>

<span class="r50-green">　　　　　　　＊<br />
○父作るお好み焼の具の多し　　　　　　　　西口和代<br />
○お好み焼鉄板真中にまずひろげ　　　　　　吉野みゆき<br />
○裏返すお好み焼のうらおもて　　　　　　　食いしん坊<br />
　　　　　　　＊</span>
<p>「お好み焼」は、実は由緒正しき春の季語である。たこ焼き、焼き鳥、鯛焼きなども季語として登録されている。「なんだぁ～お好み焼か！」と、軽くあしらえるほど軽い食べものではない。今回はこの粉食文化の中心とも言うべきお好み焼きについて語ろう。 <br />
　まずお好み焼きの基礎知識である。 </p>

<p><strong>○日本の３大お好み圏 </strong></p>

<table width="560" border="1" align="center" cellpadding="3" cellspacing="3">
  <tr>
    <td width="118" align="center" valign="top">名称</td>
    <td width="291" align="center" valign="top">特徴</td>
    <td width="113" align="center" valign="top">主なソース</td>
  </tr>
  <tr>
    <td align="left" valign="middle" class="style19">広島風お好み焼き</td>
    <td align="left" valign="middle" class="style16">現在の広島風お好み焼きと同じく「のせ焼き」だった。当初は、肉が入っていない野菜の重ね焼きで、二つ折りにして新聞紙にくるんで提供されていた。 <br />
  キャベツや揚げ玉などが入れられていたが、そばは入れられていなかった。このクレープのような生地に二つ折りにして挟むというスタイルは現在でも残っており、円盤状のものに比べて場所をとらないため、焼きそばと卵焼きを挟んだものが売られている。モダン焼きとよばれご飯のおかずとして重宝される。 <br />
  具材はキャベツ（大量に）、もやし、カツオの粉（魚粉）、豚肉（バラ肉等の脂が多目の部位のスライス、）、やきそば（ほとんどが中華そば）、うどん、鶏卵（目玉焼きより薄めに伸ばして載せる） <br />
      野菜が多いのが特徴である。 <br />
      広島風はヘラで食べる。 </td>
    <td align="left" valign="middle">オタフクソース</td>
  </tr>
  <tr>
    <td align="left" valign="middle" class="style19">関西風お好み焼き</td>
    <td align="left" valign="middle">小麦粉の生地に刻んだキャベツと具材を混ぜて、温めた鉄板上で焼くものである。また、生地の中に山芋を混ぜ込み食感を軽くする工夫が行われることも多い。<br />
      具材はキャベツ、ジャガイモ、とろろ芋、大根、ピクルス、豚肉、牛肉、イカ、ホタテ、カキ、海老、ネギ、天かす（揚げ玉）、紅しょうがなど。<br />
      マヨネーズをかけて食べることも多い。<br />
      関西風は、小型のコテ（ヘラ）で直接食べるのが大多数であるが、箸で食べるという人もいる。<br /></td>
    <td align="left" valign="middle">イカリソース（大阪）<br />オリバーソース（神戸）</td>
  </tr>
  <tr>
    <td align="left" valign="middle" class="style19">名古屋風お好み焼き</td>
    <td align="left" valign="middle">名古屋市のお好み焼きと関西風お好み焼きの違いは、肉などの具を一緒に生地に混ぜてから焼く点にあり、後から載せる関西式とは違っている。<br />
      名古屋市の調味料メーカー、カゴメのお好み焼きソースが使われる比率が高い。<br />
      同じく名古屋市の調味料メーカー、コーミからは家庭用のお好み焼きソースとして赤だしみそ入りの『コクうまお好みソース』が発売されている。</td>
    <td align="left" valign="middle">カゴメソース<br/>コーミソース</td>
  </tr>
</table>

<p>　東京圏にはもんじゃ焼きなどがあるが、お好み焼き屋の多くは、広島や関西風の流れを組むものである。 <br />
また現在では、外来のピザやクレープ等あるいは創作料理の流行の影響を受け、チーズやイチゴ、チョコレート他の具材をトッピングとして載せるなど、若年層の好みに応じて一風変わったお好み焼きを出す店も増えている。 <br />
さてここで我が内なる開催風お好み焼きの風景を回顧しておこう。かつて（昭和３０年代ころまで）関西では、町内に一軒位の割合でお好み焼き屋があった。それだけ庶民に親しまれる日常の食べ物であったといえる。夫婦で自家営業する形態が一般的だが、夫に先立たれたり、水商売を引退した女性などがひとりで経営する店も多く見られた。 <br />
１ｍ ｘ　２ｍ程度の鉄板台のスペースを、焼き手である経営者の側に向かい、４〜５人の客が椅子で囲むという形式で、最低２坪もあれば簡便な営業が行えたからである。ちなみに、物価水準が現在（２１世紀初頭）の１／１０位であった昭和３０年頃には、キャベツを主な具材とする野菜焼きが１５〜２０円、それに若干の肉を加えたもの（肉てん）が２０〜３０円という価格帯であった。 <br />
店では基本的な肉・野菜焼きをベースにソバ焼きあるいはモダン焼き、そして季節の魚介類をも加え、文字通り客の「お好み」に応じて鉄板の上で焼き、ビールや酒類のつまみとしても供した。 </p>

<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image015.jpg" width="153" height="102" hspace="15" vspace="10" />  </div>
<!--☆-->

<p>　ときには家庭で余った米飯を持ち込み、適宜な具材を指定して焼き飯として持ち帰る、などという注文にも応じる「お好み焼き屋」は、鉄板一枚を中心とした近隣のコミュニケーションの場でもあった。子どもが小遣いの硬貨を握りしめ、ソースの焼けた香りのする店に行くのもちょっとした楽しみであった。実に美味かった。 <br />
　その後、食生活が多様化するに従い、このような内職的な店は廃れ、繁華街を中心にして専業化した店が他の食種とも味を競うようになった。また、高級化してステーキや魚介類を中心とした鉄板焼き店に業態を変えた店も多い。京都の木屋町や先斗町にも多くのお好み焼き屋が出来たのもこの頃である。 <br />
　関西風お好み焼き屋の業態として、オーダーごとに生の具材と生地を客に提供し、客が自分で調理し焼き上げる半セルフサービスの店が多い。店側としては食材を用意するだけで良く省力化ともなるので、チェーン店などでこの方法をとる店も多く、関東一円でもこの形式の店は顕著に見られる。 <br />
　ホットプレートなどの普及で、お好み焼きが家庭でも広く一般化し、高度な調理技術を要求されないこともあり、店側の焼き方にとらわれず自由に焼き具合や調味加減ができる面白さも手伝って、カップルや学生、団体客などの需要に受けている。 <br />
　お好み焼きを副食として米飯と一緒に食べる習慣が関西にある。実際、関西のお好み焼き屋には米飯を用意する店も多く、「お好み焼き定食」などとしてごはんまたはおにぎりをセットで出す店もあり一般的である。 <br />
　関西出身の芸能人の「お好み焼きはおかず」との発言などで全国に知られるようになった。しかし、「おかず」として扱う習慣のない他の地方からは奇異に見えるという。 <br />
　近年、関東でも関西風お好み焼き店が増えており、その客も関西出身に限らず関東や日本各地の出身者も多い。 <br />
　しかしその食べ方は、関西とそれ以外の出身の人たちでは大きく異なる。関西ではお好み焼きはコテでさいの目状に切って箸を使わずに食べるが、関東をはじめとする日本各地の出身の人たちは、ピザと同じようにお好み焼きの中心から放射状に切って食べることが多い。以上が基礎知識である。 <br />
　さて今回は京都の先斗町界隈で、人気のお好み焼屋を探検することにする。先斗町（ポントチョウ）といえば、やはり時雨がさっと来て、二人連れが肩を寄り添って雨宿りする風景が似会う。淡雪でも良いのだが、やはり時雨の時期が似会う。その時雨で冷えた身体を温めるために、格子戸のお好み焼屋に駆け込むのが、先斗町の風情なのだ。 </p>

<div align="center" class="style17">お好み焼格子戸あける二人かな</div>

<p>　暖簾をくぐるとまずほのかな障子明かりの部屋に、和服姿のおねえさんが案内してくれる。「今日は冷えますねェ～」と、お二人さんを見やりる。メニューには、京風お好み焼「肉入り」「豚肉入り」「イカ入り」「五目入り」などがあり、どれも９５０円／１人前と手頃な値段だ。京風というところがうれしい。何が京風なのだか分らないが、まあままいいか。 <br />
　とりあえずビールを頼み、おねえさんがビールを持ってくる間に、「君は何にする？ボクは肉の大盛りにするよ！」などと呼吸を合わせる。すでに鉄板を挟んでのドラマに、２人ともテンションが上がっている。 <br />
　注文すると、柄の付いたアルミ食器に、てんこ盛の具材を入れた材料がくる。それをまずテーブルに置き、おもむろにスプーンで混ぜ合わせ始める。これが結構むつかしい儀式なのである。 <br />
　テーブルに「上手な焼き方」の説明が、イラスト入りで書かれているが、「ええい、これくらいは自分流でやらないでどうする！」などと、あくまでも自分流にこだわることにする。 <br />
　鉄板の向こうの彼女も、必死にこねこねしている。大方はまず彼が先行して、油を伸ばした鉄板の左半分に、こねこねした材料を載せ広げる。そして彼女の分も、馴れない手つきで右半分上に載せてあげる。これで初々しい共同作業がスタートしたわけだ。そして顔を見合わせて二ッコリしたりする。 </p>

<div align="center" class="style17">お好み焼囲む二人の頬赤き</div>

<p>　表裏が焼き上がるまでおよそ７～８分かかる。途中の大鏝で裏返す大技の晴れ舞台は、もちろん彼の出番だ。「ヨイしょッ！」等と、声なき声を発して裏焼き返しに挑戦するわけである。 </p>

<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image016.jpg" width="153" height="115" hspace="15" vspace="10" />  </div>
<!--☆-->

<p>　その彼の諸行を彼女はしっかり見届けている。彼の将来の「頼もし度」を推し計っているのである。ですから失敗してグチャグチャになっても、決してめげてはいけない。それは次に生かされる貴重な経験だからだ。ボクには明日があると思うべきなのだ。 <br />
　焼き上がれば、好みのソースを刷毛でペタペタと塗り、花かつをや青海苔、紅生姜などを好みに振りかけて、小さな鏝で切り分けて食べる。熱々ですから、息でフウフウしていただくのが、お好み焼に対する礼儀だ。相手の顔をちらちら見ながら食べると、余計に美味しく。 <br />
　しかしこんなお好み焼屋での会話に「実は・・・・」等と言う、暗い内容は似合わない。あくまでもポジティブな将来の夢を語るのが似合うのが基本だ。 <br />
　「お好み焼の一枚ぐらいでプロポーズを受けてもいいの」という、女流歌人の短歌があったような気がするが（ないか）。ビールを入れて３０００円ほどで、心も身体もポカポカに温まり、また時雨の小道に飛び出す二人づれである。 </p>

<div align="center" class="style17">お好み焼明日の色に焼きあがる</div>

<p>　最近はシニアの二人連れが多いという。若かりし頃の忘れ物をさがしに来ているのだろうか。分かる気がしますよね！お好み焼には初々しい明日があった。お好み焼には、ボクらの将来の団欒が見る気がした。 <br />
　その先斗町の店を最近訪ねたが、もう居酒屋に変身していた。何か大切なものを無くした気がしている。 </p><p>

<h2>＜５－４＞ささなみの諸子揚げ</h2>

<span class="r50-green">　　　　　　　　＊<br />
○火にのせて草のにひす初諸子　　　　　森澄雄<br />
○湖荒れて諸子小さき船の宿　　　　　　高島千鶴子<br />
○もてなさばせめて堅田の焼諸子　　　　食いしん坊<br />
　　　　　　　　＊</span>
<p>　諸子（モロコ）という魚をご存知だろうか。コイ目コイ科の体の細長い小魚の総称だが、地方によって本諸子・田諸子・出目諸子など異なった魚を諸子という。 <br />
　元来は小魚全般をさした。有名なのは関西、特に琵琶湖に多く産する体長１４㎝ほどの本諸子である。柳の葉に似ているので柳諸子ともいう。生息する琵琶湖では「ジモロコ」とも呼ばれている。 <br />
　なかでも本諸子は、琵琶湖に生息する固有の魚だったが、その味のおいしさから各地で養殖されるようになった。 コイ科の中でも最もおいしいとされている。新潟でも村おこしの事業として、この養殖が行われている。 <br />
　本諸子とよく似ているのが田諸子である。比較すると、本諸子のほうがやや細長く、口元が上向きにとがっているから見分けがつく。 動物性プランクトンや水中の昆虫などを主に捕食しており、３月から7月に繁殖し草の根や水草に産卵するため岸近くに寄ってくる。 <br />
赤虫を餌にすればモロコ釣りが楽しめる。 </p>

<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image017.jpg" width="200" height="84" hspace="15" vspace="10" />  </div>
<!--☆-->

<p>　この諸子は琵琶湖に比良颪が吹く頃になると、脂も乗り実に美味しくなる。コイ科の淡水魚で、生意気にも口鬚を生やしている。春の産卵期になると、堅田や湖東の穴村の浅瀬、田圃の細い溝までのぼってくる。これを初諸子と言う。 <br />
　それを狙っての一本釣りが、琵琶湖の春の風物詩となる。釣り餌は赤虫だ。指先を真っ赤に染めて釣り針に刺し、細い釣竿をたくみに操り、芽を出しつつある葦の間や茂みで諸子を狙う。 <br />
　諸子のウキの当たりは真っ直ぐに垂直に引く。それに比して小鮒の当たりは横に引っ張り流れる。この微妙な当たりを目安にするのが、諸子釣りの醍醐味である。また舟の諸子釣りも人気がある。予約しておくと3人ぐらいを乗せてポイントに案内してくれる。 <br />
　しかし、ひねもす釣り糸を垂れても、そんなに多くは釣れない。１０匹も釣れれば満足すべき釣果だ。ポケット瓶の酒を舐めながら、琵琶湖を渡りくる風に春の息吹を感じつつ、小さな当たりの初諸子釣りを、のんびり楽しむのが通の嗜みとされている。 </p>

<div align="center" class="style17">対岸は比良青々と初諸子</div>

<p>　の釣りは一度やると、必ず毎年行きたくなるから不思議だ。琵琶湖の大器に抱かれながら、初諸子との遊びに戯れるのだから、この上もなく贅沢な時間となる。 <br />
　釣れた初諸子は、早速、天ぷらや唐揚げにして酒のつまみにする。卵をぎっしり抱えた実に旨い初諸子だから、滋賀の人たちは網焼きにして食べるのが旨いと言う。網目からこぼれ落ちないようにして、炭火で焼くのを楽しむのだ。 <br />
　また琵琶湖周辺では本諸子の佃煮が有名である。若鮎の佃煮よりも美味で、特に本諸子のお茶漬けは病みつきになる。その本諸子は、葦の芽が緑に変わる頃、また琵琶湖の深瀬に帰っていく。 <br />
「我は湖の子、さすらいの、旅にしあれば・・・・」の琵琶湖周航の歌を思い出しながら、ワンカップと諸子の唐揚げや酢漬けをいただければ、もう至福の至りである。 <br />
　その諸子が最近は、ブラックバスに食われて激減していると聞く。ここにも生態系の哀しい破壊現象が起こっているのだ。さざなみの諸子揚げはもう幻のメニューなのかも知れない。 </p>

<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image018.jpg" width="181" height="123" hspace="15" vspace="10" />  </div>
<!--☆-->

<p>　また旅人には滋賀の浜大津の料亭を尋ねるといいだろう。諸子料理を食わせてくれるお店もかなり存在する。メニューは天ぷら、唐揚げ、寿司、佃煮など琵琶湖を眺めながらのフルコースが堪能できる。女将さんとの会話も楽しめるだろう。 </p>

<span class="r50-blu">女将「今朝捕れた堅田の諸子です。比良颪が吹く頃が一番美味しいどすえ」 <br />
旅人「ヘェ～、これがあの、その、かの諸子ですか！」 <br />
女将「そうどす！荒塩を振ってお食べやす！」</span>
<p>　女将の京言葉も気にならず、まず一匹丸ごとを口に放り込む。これが実に旨いのだ。さらに２、３匹と夢中になって食べる。その日から旅人は、諸子の大ファンになる。 </p>

<div align="center" class="style17">諸子揚げどす荒塩でお食べやす</div>

<p>ああ、死ぬまでにもう一度、諸子を食べたい。それも滋賀のさざなみの諸子揚げならば言うことなしだ。 </p><p>

<h2>＜５－５＞寒鰤の全身公開です</h2>


<span class="r50-green">　　　　　　　　＊ <br />
○寒鰤の刺身醤油を弾きけり　　　　　蓮見栄 <br />
○二三言云ひて寒鰤置いてゆく　　　　能村登四郎 <br />
○寒鰤や男盛りを競ひ合ひ　　　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　　　　＊</span>
<p>　新潟に住み始めて日本海沿岸の魚文化の違いを学んだ。富山や金沢の鰤文化と新潟の鮭文化である。それぞれの地域の鰤と鮭にかける思いは、並大抵のものではない。今回はこの越中越前の寒鰤について考えることにしたい。 <br />
　まず鰤王国といわれている富山の鰤文化についてである。富山湾で獲れる鰤は、古来「越中鰤」と呼ばれ、今も最高級ブリの代名詞となっている。その中でも特に氷見の寒鰤といえば、東京の築地市場でも高値で取引されるブランド品である。<br />
　かつて、富山湾で獲れた鰤は塩鰤に加工され、山道を越え、糸魚川や飛騨高山を経由し、遠く信州の山里にまで運ばれた。この、いわゆる「鰤街道」が示すように、鰤は沿岸から山間にいたるまで、各地の文化に深く溶け込んでいる。 <br />
　晩秋から初冬にかけて、富山湾では、雷鳴とともにシケに見舞われる。これが鰤の豊漁を告げる「鰤起こ（冬の季語）し」と言われる冬の雷である。この時期に富山湾沖で獲れる鰤は、最も脂が乗って美味しく、特に「寒鰤」と呼ばれて珍重される。１０キロを超える鰤の精悍な魚体は、「富山湾の王者」そのものである。うっとりと見惚れるほどだと言う。 <br />
　また鰤は縁起の良い魚として、地域の人々の生活に馴染んでいる。成長によって呼び名が変わる出世魚として、珍重されている。富山では、成長によって呼び名がかわる。 </p>

<span class="r50-green">「ツバイソ（コズクラ）」 <br />
「フクラギ」「ハマチ」 <br />
「ガンド」 <br />
「ブリ」</span>
<p>　などと、「ブリ」になるまでに３段階がある。 <br />
　また一般的には、大きさによって次のような名前で呼ばれている。 </p>

<span class="r50-green">２キロまでをハマチ、 <br />
５キロまでをワラサ、 <br />
５キロ以上のものをブリ</span>
<p>　新潟は後者の呼び方が多い。 <br />
　さらに富山県の一部地域には、娘が嫁入りした年の暮れに実家から嫁ぎ先に鰤を贈る風習がある。これは嫁いだ娘への思いやりであるばかりでなく、鰤にあやかった、娘婿の出世を願う親の気持ちの表れでもあるようだ。 </p>

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image019.jpg" width="181" height="109" hspace="15" vspace="10" />  </div>
<!--☆-->

<p>　富山の鰤はすべてが天然ものである。富山湾では、冬の厳しい海況条件や適地が少ないことから、鰤の養殖は行われていない。したがって、富山で水揚げされる鰤は全て天然魚である。これが「氷見鰤」のブランドたる第一の所以だ。<br />
　冬の氷見沖にやってくる鰤は産卵前で、最も脂がのった状態で定置網にかかる。漁船では大量の氷水でブリを仮死状態にしてすぐに氷見漁港へ運ぶ、いわゆる「沖じめ」という方法が用いられている。その鮮度は抜群である。これが品質を売りにする氷見鰤の隠れた技なのである。 <br />
　この寒鰤の脂がのった刺身のキリッと締まった身の食感と、まろやかな深い味わいは、一度口にしたら忘れられない。ほかにも、照り焼きやカマの塩焼き、鰤の身やアラと大根を煮込んだブリ大根、内臓を使った煮なますなど、いずれも絶品ばかりが食卓を彩る。金沢の大見町市場では年末になるとこの寒鰤が店先に並び、鰤文化の異様な活気あふれる光景を眼にすることができる。 </p>

<div align="center" class="style17">寒鰤の脂にすべる刃物かな</div>

<p>以上が富山（氷見）の鰤事情である。 <br />
　次は新潟の鰤事情をみてみよう。新潟は村上を中心とした鮭文化圏である。鮭の消費量は日本一で、鮭にかける思いは古来よりかなり強い土地柄だ。しかも佐渡では氷見よりいち早く南下してきた鰤が水揚げされる。 <br />
　しかし「同じ」鰤にもかかわらず、佐渡の鰤は、氷見ブリの６～７割の値段で売られてきた。東京卸売市場では、富山の鰤が１キロ当たり約２８００円の値がつくのに、佐渡沖の鰤は約２１００円（０８年１１月～０９年２月）。新潟県水産課の担当者は「なぜ同じ脂の乗った鰤なのに、氷見で水揚げされると、高く売れるのか」と不満げだ。 <br />
　その氷見鰤に追いつこうと佐渡では、寒鰤の脂肪量を瞬時に測定する技術の実用化に全国で初めて乗り出した。佐渡沖でとれた寒鰤の脂肪量を測り、脂の多い寒鰤を選別、トップブランドとして東京の料亭などに売り込む狙いだ。 <br />
　鰤は、１１月ごろに北海道から佐渡島沖を通って南下。産卵や越冬のために夏から秋にかけてエサを大量に食べ、脂質分が多く、おいしくなるといわれる。 <br />
　そこで県水産海洋研究所は、計測器で、脂が乗った高級鰤を選別し、佐渡鰤をブランド化する事業に乗り出した。果実の糖度を測る機械を活用し、しりびれ付近の脂肪を調べた。データを２年間集め、分析方法を確立。物質を透過しやすい性質がある「近赤外線」を利用し、わずか１．５秒で数値が表示できるようになった。 <br />
　佐渡市の市場に昨年、１台を配備。県内の料亭や東京の百貨店などからの注文があり次第、測定する。平均的な鰤の脂質分は５％（６～７月）程度だが、１５％以上の大鰤（７キロ以上）を選び、「佐渡一番寒鰤」として出荷している。もちろん数値だけをアピールしてもブランドとして認知されるほど甘くはないが、まず品質確認から先を見通そうとする。 <br />
　「一番」は「氷見よりも先に水揚げされる」（研究所）という意味だ。初鰹ならず「初寒鰤」という作戦だ。このブランド化作戦ならうまくいくことだろう。何分にも日本人は「初××」が大好きだからだ。 <br />
　初導入の昨年は、６３匹が売れたが、１キロ当たり最高３０８０円の値がつくなど効果は抜群だった。県水産課は「富山ほど鰤は食べないが、負けてはいられない。ブランド化して佐渡の漁師の所得確保にも努めたい」と、意気盛んである。 </p>

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image020.jpg" width="159" height="119" hspace="15" vspace="10" />  </div>
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<p align="left">以上が寒鰤の基礎知識である。 <br />
  　さっそく筆者もこの寒鰤に実際に触れることにした。近くの朝市で獲れたての、７０センチメートルくらいのずっしりと重い寒鰤を手に入れ、早速三枚に下ろしにかかる。もちろん俎板からはみ出す大物だ。値段は一尾６０００円である。財布が空になった。 </p>

<div align="center" class="style17">朝市で買う寒鰤の二尺もの</div>

<p>　まず釜の下の部分を両面から恐る恐る、出刃の切れ目を入れる。さらに続いて腹に切れ目を入れて、割いていく。鰤の脂が出刃の切れ味を疎害してくるのがよく分る。 <br />
　次に釜を手で持ち、身から剥がしにかかると、腸がすっぽりと釜につながって身から剥がれてくる。後は背から出刃を入れて、骨に沿って三枚に身を分け下ろせば大方は終りだ。寒鰤の全身公開の瞬間である。これだけ大きな寒鰤を下ろすと、額から冷や汗ならず本物の男の汗が流れて出る。 <br />
　小骨を切り取り、片身は刺身に切りそろえ、大皿に盛り合わせる。こっそりと一切れ摘まんで、醤油をつけて口に放り込めば、口の中ではこってりと脂がのった肉片が、滑りながら歯茎を刺激する。ウッ！たまらない、この感覚。何かいけない事をしているような罪悪感が頭を過ぎる。薄切りした刺身は葱を挟んで食べるしゃぶしゃぶが思い浮かんでくる。これもたまらない！ <br />
　もう一方の片身は照り焼きや塩焼き用に仕立て、オーブンでじゅうじゅうと音を立てながらこんがりと焼くことにした。釜は血筋を除き、これまた塩をたっぷり振り、焼きこむのだ。これで鰤のスペアリブの出来上がりだ。 <br />
　残った腸や切れ端、骨は大根と煮込んで「ぶり大根」に仕上げる。これがまた絶妙の美味しさだ。 <br />
　寒鰤は、丸ごと捨てるところはない。雪国のお正月は「寒鰤が手に入ったぞ！」との会話から始まるといわれるがその気持ちがわかる。 <br />
一本の寒鰤が、あらゆるメニューに使い切られる生活の知恵と美味しさには脱帽する。 </p>

<div align="center" class="style17">捨てるところなし寒鰤の腸を抜く</div>

<p>この鰤を捌いた日を、僕の「老い支度・独立の日」とすべく、早速家族と乾杯の食卓を張ることにした。企業戦士の鎧を割烹着に衣替えた瞬間である。男子厨房に立つべし。そんな気概を得た鰤捌きとなった。 </p><p>

<h3>３ スローでウオッチング（２５）</h3>
<br>
<span class="r50-1em">１、２００９年１２月１１日、夕方のテレビ番組に、新潟の伝統野菜と子ども達の活動が１０分間ほど取り上げられた。「寄居かぶ」を総合学習として学ぶ寄居小と栽培農家の取り組みである。
<br />　
古町で子ども達が立ち並び、伝統野菜の復活を行き交う人々に訴える姿には、感動した。しかも子どもたちは生き生きとしている。農家の草野さんも駆けつけ、伝統野菜を作り続けることの大切さを痛感する。
<br />　
手前味噌になるが、「スローフードにいがた」の伝統野菜プロジェクトは、徐々に光りを放ち始めている。２年目が楽しみだ。</span>

<span class="r50-1em">２、	誕生日に必ず自分の遺影を撮る人がいる。還暦を迎えた頃から実施しているという。<br />
　明日の命もわからない自分の姿を残すためだ。「年々歳々、日々歳々、花同じからず」である。さて人生が完結する時には、自分がどのような顔をしているだろうか。さっそく真似してみることにした。</span>


<span class="r50-1em">３、魚市場では、流通にのらない雑魚や珍魚がタダみたいな値段で売られている。数も少なく名前も知られていないから、飲食店では使いづらいのが原因。<br />　
これに目をつけた業者が、数限定の日替わり料理として出したところ、これが大人気。地魚とは本来このような楽しみを持っている食文化だ。<br />
　ならば新潟の各漁港の、規格外の地魚を使ったブイヤベースシリーズの開発はどうか。村上のブイヤベース、糸魚川のブイヤベース、両津のブイヤベースなど、それぞれが魚で競った料理ブランドで町起こししてもよかろう。<br />
　その浜のしかも季節限定、数限定、先着順のブイヤベースならば究極の馳走となるのは確実であろう。ちなみにブイヤベースは南フランスの漁師料理だ。さっそく３月６日、ママ達１５名を招いた料理教室を開くことにした。</span>


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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol25/img/image021.jpg" width="142" height="111" hspace="15" vspace="10" />  </div>
<!--☆-->

<span class="r50-1em">４、スロー農園で収穫した葱を丸ごと焼いて、皮を剥いて、味噌をつけて食べた。これが実にうまい。うまいというよりも甘いと言ったほうが適切な表現だ。熱々と言いながら３本をペロリと平らげた。<br />
　それから葱を見る目が変わってきた。新潟特産のやわ肌葱などは、見るだけで涎がでる（笑い）。シンプル　イズ　ベストとは身近にある。納得！</span>


<span class="r50-1em">５、古町６番町に新潟古町演芸場がある。大衆演劇を毎日、午後と夕方の２回見せてくれる。観劇券は１５００円で３時間たっぷり楽しむことができる。<br />
　今月の舞台は座長・南條駒三朗で、舞台に登場すると「ざちょう！」「こまさん！」と、客席から掛け声が飛ぶ。<br />
　贔屓する役者が登場すると、数人の高齢者がいそいそと舞台に近づき、役者の着物のたもとにお金を挟む。祝儀袋の人もいる。この阿吽のやり取りが実に世俗的で微笑ましい。<br />
　ただし演芸場の経営は苦しいと聞く。大入りは月に数えるほどだ。今日も２０名ほどの観客で空席がめだつ。それでも生き残りをかけて必死の興行が続く。<br />
　舞台が終わり外に出ると、カラフルな衣装をまとった役者が客等を見送る「送り出し」が始まる。すると暗い感じの古町アーケード街が「パッ」と華やぐ。公演は１：００の部と６：３０の部がある。予約なしでもOKだから、ぶらりと立ち寄ってみたい。忘れかけたスローな時間を思い出すだろう。</span>



<p>
<p>




<!--::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ここまで更新内容::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::-->
</div>
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   </content>
</entry>
<entry>
   <title>スローフード瓦版　ＶＯＬ ２４</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://topics.slowfood-niigata.com/2009/11/post_52.php" />
   <id>tag:topics.slowfood-niigata.com,2009://1.65</id>
   
   <published>2009-11-30T00:24:29Z</published>
   <updated>2009-11-30T00:26:14Z</updated>
   
   <summary>            １　スローフード巷談（４）              V...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="ｶﾃｺﾞﾘｰ１（スローフード瓦版）" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<div id="kawara">

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  <em>１　スローフード巷談（４）</em>  </div><!--div id="banner-texbox"-->
  

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<h3>１　スローフード巷談（４）</h3>

<h2>●伝統野菜の料理を楽しむ	</h2> 
  
<p>　仲間と栽培した新潟の伝統野菜（在来種）を調理し、楽しむ会を開催した。寄居蕪は教室とは別に中華料理店に持ち込んで、７点のメニューに展開してもらい２０人で楽しんだ。 <br />
さらに今回は料理教室で使用した、以下の食材の５点の調理をご紹介しよう。 </p>  


<ol>
  <li>関屋かぼちゃ </li>
  <li>金糸瓜（糸瓜） </li>
  <li>茄子３種（えんぴつ茄子、本十全、白茄子） </li>
</ol>
<p>　昔ながらの料理復活と同時に、新しい感覚の献立を佐藤淳子講師に依頼し、１５名のママさんが参加した。 <br />
  以下の写真がその会場風景だ。 </p>
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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/image002.gif" hspace="15" vspace="10" />
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/image003.gif" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p>その代表例をご紹介しよう。 </p> 

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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/h-01.gif" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p>　今回調理した伝統野菜はいずれも最近栽培されなくなった品種ばかりである。その理由としては２点考えられる。 </p> 

<ol>
  <li>栽培がむつかしい（自然的な理由） </li>
  <li>口に合わない（人為的な理由） </li>
</ol>
<p>栽培しづらい、現代人の口にあわないというのが主な理由であろう。要は儲からない農業構造になったからだ。 <br />
  　しかしファストフードの濃い味に慣らされた我らの舌にも、伝統野菜を知覚できるかすかな記憶はある。それを辿る人々が復活を求めて、見直し運動や栽培を始めても不思議ではない。特に高齢者にとっての、伝統野菜に対する思入れは大きくて深い。関屋かぼちゃなどを見せると、目を輝かせるお年寄りが多いのに驚かされる。 <br />
  　そういえば最近は京野菜、加賀野菜、難波野菜、江戸野菜、品川野菜などの保存種ブランド野菜が注目を集め、そのマーケットも拡大している。最近はおいしい野菜が少なくなったという料理人や識者の懸念が、伝統野菜の見直しと復活に向わせている。 <br />
  　いわゆる元祖地産地消的なシンボルとして、各地で栽培が始まっていると理解していい。 <br />
  そして我ら新潟もその意図を尊重し、新潟野菜（越後野菜）の復活と普及に取り組んでいるところである。 <br />
  　その運動の中心が「新潟の伝統野菜の会」なる任意団体である。農家、販売店、種苗メーカー、料理士、飲食店などのメンバーを有するチームで編成している。 <br />
  まだまだ組織のパワーは微小で、新潟県民の日常的にアプローチできるまでにはなっていない。が、ゆっくりと歩を進めながら、持続性のあるコミュニティーをまとめ上げていく予定である。もちろん普及のための情報公開は惜しまない。 <br />
  　さて今回の料理教室の献立レシピを９点公開しよう。家庭ですぐできるメニューばかりである。活用して欲しい。メニューは以下の９点である。 </p>
<span class="r50-green">１、夏野菜の揚げ浸し <br />
２、関屋かぼちゃの含め煮 <br />
３、関屋かぼちゃのスープ <br />
４、なすの田楽 <br />
５、焼茄子 <br />
６、白なすの胡麻和え <br />
７、糸瓜の和えもの <br />
８、糸瓜の酢もの <br />
９、新潟野菜のオリーブ炒め</span>


<p>

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/dff-02.gif" vspace="20" /></div>
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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/dff-06.gif" vspace="20" /></div>
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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/dff-09.gif" vspace="20" /></div>
<!--☆-->

<p>
<h2>●食あれば句あり	</h2> 

<p><strong>＜４－１＞「おでん」ください </strong></p> 


<span class="r50-green">
　　　　　　＊<br />
○とつときの話もち出すおでんかな　　　龍岡　晋 <br />
○おでん屋に同じ淋しさおなじ唄　　　　岡本　眸 <br />
○鍋底の大根探すおでんかな　　　　　　食いしん坊<br />
　　　　　　＊　 </span>
<p>　おでんと聞くだけで大方の男たちはピクッと反応する。そして聞き耳を立てながら、その後のおでん話の筋を追いかけようとする。蒟蒻のように居眠りしていた輩も、むっくと上体を立て直し、おでん談話に加わろうとする。 <br />
　このように超庶民的な食べ物として、誰からも関心を持たれ、好かれているのがおでんだ。しかも「おでんの上手な女性と所帯を持ちたいなぁ～」と、叶わぬ夢を追う哀しき独身も多い。そのためかコンビ二では年中おでんが売られている。 <br />
　真夏でも売れている利益商材だという。このおでんに関する話をしてみたい。まずはおでんの具について、その種類と地域性をネットの資料から抜粋しておこう。以下である。 <br />
<strong>〈全国おでん事情〉</strong> </p> 

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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/h-02.gif" vspace="20" /></div>
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<p>　以上が全国版のおでん事情である。大方の男達はこの具を聞けば涎をだすことだろう。もちろん男だけではなく、女性にもおでんのファンは多い。 <br />
　このおでんとは煮込みの田楽の略称である。もともとは、焼き豆腐に味噌をつけたもので、いまのおでんは幕末期の江戸に生まれ、関西ではこれを薄味にして「関東だき」と呼ぶようになった。 </p> 

<!--★-->
<div align="center" class="style17">とりあえず今宵おでんとすることに</div>
<!--★-->

<p>　形としては串おでんと煮込みおでんがあり、種としては蒟蒻・大根・昆布、豆腐・はんぺん・竹輪・ゆで卵・つみれなどそれぞれの地場の幸が用いられる。最近ではジャガイモやソーセージ、鶏肉、シュウマイなど洋風仕立てのメニューも人気がある。カレーおでん等も異端児として密かに食卓を狙っている。 </p> 

<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/image025.jpg" vspace="20" /></div>
<!--☆-->

<p>さておでん談義に入ろう。 <br />
　雪がちらつく日に、いつものおでん屋の女将に聞いてみた。 </p> 

<span class="r50-blu">・男「どないしたらおでんがうまく作れるの！」 <br />
・女将「どないもこないもありゃしまへん！」 <br />
・女将「おでんの美味しさは、濁りのない軽やかな出汁が、それぞれの種の中まで、ほど良く染みていることですよ！」 <br />
・男「出汁が命ですかいなぁ！」 <br />
・女将「味付けは薄口醤油とほんの少しの味醂だけ。昆布を底に敷いて、下処理のできた種を出汁に入れ、やわらかい火で炊き込むのがコツ」 <br />
・女将「まるでぬるま湯の長風呂にでも浸かる感じですかいな！」 <br />
・男「じゃあ、呉越同舟って感じですか！」 <br />
・女将「おでんを“和して同せず”の関係に持っていければ、一人前ですかいなあ！」</span> 
<p>　話しをしながら、女将はしきりに客の指す具を箸で移動しては皿に盛る。それをじっと待ち受けるお客さん。その関係は実に慈愛と信頼に満ちている。 <br />
　なるほど、おでんとは、色んなモノ全員がほどよく揃い、足して一になるような状態にして炊くのがコツなのか。分かったような、分からないようなおでん問答である。 </p>

<!--★-->
<div align="center" class="style17">まず指でさす大根のおでんかな</div>
<!--★--> 

<p>　またおでんが、老若男女の誰にでも好まれるのは、単に美味しいからだけではなく、その場の雰囲気や会話が味付けをつかさどるからだろう。これをおでん風景という。ならばおでんの似合う濃い風景とはなんだろう。 <br />
　そのおでん屋の心象風景を、ウオッチングしてみた。 </p> 

<span class="r50-blu">１、まずカウンター越しに、おでんの具合加減が見えること <br />
２、鍋の中で、静かな音を立てながら、くつくつと煮えていること <br />
３、窓の外は木枯らしか小雪が舞っていること <br />
４、カウンターの向こうには、楽しそうな２人連れや、寂しそうなおじさんがいること <br />
５、たまには不倫関係系の２人連れがおり、場が怪しげであること <br />
６、酒はぬる目の地酒がいい <br />
７、言葉数が少ない、やや暗めの雰囲気がいい </span>
<p>　まとめると「孤独、静か、暗く、マイペース、人恋しい、反省、信頼、故郷」などがぎゅっと詰まった風景が、おでんの味を醸し出していく。これを「おでんに於ける心理学的考察の研究」と言う。そう言われればそんな気がする。 <br />
　ちなみに煌々としたお座敷で、厨から運ばれてくるおでんを、ワイワイと食べる場合を想定しよう。その場合のおでんは、果たして美味しいだろうか。おそらく疑心暗鬼なおでんとなり、２度と食べたくない代物となり、「おでん道」に反することに気付くはずだ。格好つけた「お座敷おでん」なんて、愚の骨頂の何者でもない。 <br />
　またおでんには小さな幸せが似合う気がする。熱さに舌を焼いたり、効かし過ぎた辛子にむせたり、大根おでんの半分をおもむろに、彼女に「旨いぞ」と分けたりしたりする、そんな幸せに向いているのだ。 <br />
　神田川という歌が流行った頃、我ら貧乏学生が夢見た恋人との将来の期待にも、やはり、このおでんの２人の風景が出てくる。それが今も心の中に、おでんのように濃縮されて染み込んでいる気がする。あの時のおでんは実に美味かった。 <br />
　また時折、毛皮を着たお姐さんと刺青のおじさんが、店の片隅でおでん酒していた。しかも怖いと言うよりも何故か同胞っていう感じがした。 </p> 

<!--★-->
<div align="center" class="style17">極道の姐さんと喰うおでんかな</div>
<!--★-->

<p>おでん鍋には人それぞれの、人生への想いが詰まっているのだろうか。 </p> 

<span class="r50-blu">・男「女将、鍋底大根は残ってない！」 <br />
・女将「さきほどでもうおしまいや、筋の煮込みなら柔らかくなってるよ！」 <br />
・男「じゃあ、それを二、三本くださいな！」 <br />
・女将「あいよ！」 </span>
<p>　このやり取りと、筋の煮込みがまた絶品のお店なのである。おでん屋の良し悪しは、この筋の煮込みの出来具合で決まる。おでんの達人の一言である。ウッ！この筋の煮込みは旨い。 </p> 

<!--★-->
<div align="center" class="style17">熱燗や筋の煮込みの二三本</div>
<!--★-->
<p>
<p><strong>＜４－２＞熱燗が見る夢 </strong></p> 

　　　　　　<span class="r50-green">　　　　　　＊ <br />
○熱燗やいつも無口な独り客　　　　　　鈴木真砂女 <br />
○ひれ酒にすこしみだれし女かな　　　　小糸源太郎 <br />
○熱燗の炉端に移り論つづく　　　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　　＊ </span>
<p>　日本海側を北に向かう列車には、熱燗のワンカップが似会う。新潟からだと秋田行きの特急稲穂号の旅がいいだろう。そんな旅と熱燗の心象につて、含蓄のある先人が次の言を残している。 <br />
　若い頃、金もなく仕方なく飲んだワンカップは、さほど美味しく感じられなく、ただ酔うだけだった。しかしお金もある程度貯まり、名誉も得られた今に於いて飲むこのワンカップは、実に美味しい。とくに雪の日本海を見ながら飲む熱燗のワンカップは、骨の髄まで染み渡るほど美味い・・・と心の内を吐露する。 <br />
　まるで演歌の世界を地で行く感じである。この言は、ビジネスで大成功したある先人の言葉である。４０台も半ば過ぎた頃に筆者が出合った言葉だ。その時はあまりこの言葉の実感は湧かなかった。そんなものかなぐらいの受け取り方だった。 <br />
　しかし最近、この先人の言葉が妙に心に引っ掛かる。気になる。稲穂号に乗るたびに思い出す。どうやら筆者もその先人の心象に近い感傷を、持つ年齢になったようだ。 <br />
　窓際に、駅弁とともに買った熱燗のワンカップ酒を置き、日本海を眺めながら、ちびちびとやる。つまみは柿の種で十分だ。急ぐ旅でもないので、実にスローな時間が過ぎてゆく。このような時間を過ごす時は、吟醸酒やビールでは合わない。やはりワンカップ酒に尽きる。 </p> 

<!--★-->
<div align="center" class="style17">熱燗を抱えて汽車に沈みけり</div>
<!--★-->

<p>　熱燗のワンカップには、人生の喜怒哀楽が溶け込んでいる。納得である。「そうなんだ、熱燗は、栄枯盛衰を見守ってきたサポーターなんだ！」と思い知らされる。これを演歌のおじさん達のノスタルジーなどと軽く片付けてはならない。それなりに凝縮された人生が、ワンカップには宿っているからだ。 <br />
　ここで熱燗（燗酒）に関する日本人のデリケートな思いを、基礎知識としてみておこう。日本が世界に誇る熱燗は、偉大な文化的風習の一面を持ち、様々な酒文化を生み出している。 <br />
　まず日本酒の燗における温度表現を整理しよう。日本酒には、細かな温度表現がなされている。 <br />
　以下、一般的な温度表現として日本酒の記事より転載する。なお、飲用温度はあくまでも目安であり、人によって名称から連想する温度は異なる。また、温度表現の仕方が統一されているわけでもない。 <br />
<strong>＜燗酒の表現＞</strong> </p>

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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/h-03.gif" vspace="20" /></div>
<!--☆--> 

<p>　花冷え、雪冷えなどと聞けば思わず喉が鳴り出す。人肌ときけば人恋しさに胸がうるうるしてくる。みごとな表現である。 <br />
　これら以外の名称として、飛び切り燗を更に越えた温度に対して、煮酒と呼ぶなど様々な表現が存在する。 <br />
　燗酒に関する微妙な事象表現を紹介しよう。聞いたことのある表現ばかりだ。 </p>



 <span class="r50"><span class="style16">「燗映え（かんばえ）する」</span>：燗をつけることで味が格段に良くなる、日本酒のこと。 <br />
 <span class="style16">「燗上がり（かんあがり）する」</span>：日本酒に燗をつけたことで、味が引き出された状態のこと。 <br />
 <span class="style16">「味が開く」</span>：日本酒に燗をつけたことで、冷たかった時には十分に感じられなかった味が、表に出た状態のこと。 <br />
 <span class="style16">「香りが開く」</span>：日本酒に燗をつけたことで、冷たかった時には十分に感じられなかった香りが、表に出た状態のこと。 <br />
 <span class="style16">「燗冷まし（かんざまし）になる」</span>： 一旦燗をつけた日本酒が、冷えてしまった状態のこと。 <br />
 <span class="style16">「燗崩れ（かんくずれ）」</span>：燗冷ましになった時、日本酒の風味のバランスが崩れてしまった状態のこと。 <br />
 <span class="style16">「冷よし、燗よし、燗冷めよし」</span>：日本酒は、冷もよいし、燗もよい、燗が冷えたものもよい。呑兵衛はどの状態でも日本酒が好きとの意。</span>

<p>


　熱燗というのは、日本酒を５０度前後に温めたものを指すことになる。なかには７０～８０度にも熱くして飲む超熱燗もある。舌を焼くほどの熱さだ。 <br />
　しかし一般には人肌がもっとも美味しい燗具合だ。しかも最近では熱燗好きの女性がどんどん増えている。「燗番娘」などと言う、ブランドもある。 <br />
　土曜日の行きつけの割烹屋には、仕事を終えたスチュワーデスさんが大挙して来て、熱燗をぐいぐい飲っている。緊張から解き放たれた開放感を、熱燗で実に楽しく過ごしているのだろう。周りの男らがたじろぐ程の勢いがある。男たち顔負けのにぎやかな風景となるのだ。だから熱燗は男の定番などと考えるのは、大間違いである。 </p> 


<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/image026.jpg" vspace="20" /></div>
<!--☆-->

<p>　また熱燗にはやはり、他のお酒と違った心象風景がある。とくに盃をお互いに交換して飲み合う酒は、熱燗が似合う。「お流れを頂戴いたします！」なんて古い流儀は、もう若い人達には見向きもされないが、その風習が彼と彼女の間で復活していると聞く。 <br />
　さらにワンカップ酒を、二人で飲みあっているカップルなどもよく見かける。将来を語り合っているのだろうか。実に微笑ましい。この場合もやはり熱燗が似合う気がする。がんばれよと、応援したくなるから不思議だ。 </p> 

<!--★-->
<div align="center" class="style17">熱燗や君に聞かせる母のこと</div>
<!--★-->

<p>　さらに「鰭酒」も高級な熱燗として、多くのファンを持っている。鰭酒は河豚の生身の鰭を炭火であぶり焦がし、その上に熱めの熱燗を入れて出来上がる。一口飲むと、香りとこくのある旨みが口中に広がり、五臓六腑を駆け巡っていく。 <br />
　またなぜか大方の人は、「おっとっと」と言いながら、口が鰭酒を迎えに行く感じで飲む。これが実に様になっている。酒好きの見分け方は、この所業で見分けがつく。 <br />
　しかし鰭酒は高価ゆえ、また飲みすぎると「河童に足を盗られるゾ！」という巷の流布が盃数を抑える。美味いから、飲みすぎを戒めた先人の教えなのだ。 </p>

<!--★-->
<div align="center" class="style17">いや結構です鰭酒の燗加減</div>
<!--★--> 

<p>　最後に熱燗の肴について述べておこう。炙った烏賊があればそれでいいと演歌は歌うが、やはり酒の相方は大切だ。美味いものを見ると酒が欲しくなるのは、日本人には必然の成り行きである。 <br />
人気の肴ベスト１０は以下の肴である。 <br />
　　　<span class="style16">　１位、刺身の盛り合わせ <br />
　　　　２位、牛すじの煮込み <br />
　　　　３位、ぶり大根 <br />
　　　　４位、烏賊の塩辛 <br />
　　　　５位、ほっけ <br />
　　　　６位、タコわさび <br />
　　　　７位、牛もつの煮込み <br />
　　　　８位、白子のポン酢 <br />
　　　　９位、冷奴 <br />
　　　　１０位、肉じゃが</span> <br />
　どれもどこの居酒屋にあるものばかりである。塩辛系の珍味が肴には合うようだ。生味噌があれば１升はいけるという兵もいるが、やはり様々な肴と酒を口中で混ぜ合わしながら、楽しむのがいいだろう。良質なタンパク質を肴にするのが、二日酔い防止になるからだ。 <br />
　できるなら俺の肴はこれだと、決めておくのも楽しみを倍増するものだ。ちなみに筆者の内なる肴はかの悪名高い鮒ずしである。なかなか手に入らない代物だ。 <br />
　そして究極の熱燗は、やはり雪の降る露天風呂でいただくワンカップであろう。頭に積もる雪が解けて雫となり、涙のように頬を流れ落ちる。それを拭いもせずに、温くまったワンカップをゆっくりといただく幸せはもう言外の世界だ。老後の楽しみは、このワンカップ温泉に限る。 </p> 

<!--★-->
<div align="center" class="style17">熱燗に温められゆく魂のあり</div>
<!--★--> 

<p>　以上が呑兵衛からの独り事のレポートである。 </p> 

<p>
<p><strong>＜４－３＞秘伝の沢庵です </strong></p> 

<span class="r50-green">　　　　　　　　＊ <br />
○沢庵や家の掟の塩加減　　　　　　　高浜虚子 <br />
○沢庵を噛むや雪降る信濃にて　　　　森　澄雄 <br />
○大根漬家伝の石を載せて終ゆ　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　　　　＊</span>
<p>　帰省すると必ず所望するものがある。糠漬けの沢庵である。それも母が仕込んだ一品だ。９２歳の母はもう仕込む事ができないが、話でだけでも食べたいな、と所望するのである。すると母はうれしそうな顔をしてくれる。いわば母の秘伝の沢庵である。 <br />
　ぽりぽりとかじる沢庵（大根漬）は、まさに故郷の味そのものである。最後の晩餐に何を所望すると聞かれたら、迷わずにこの沢庵をあげる。我が内なる心の糧である。とくにご飯との相性が抜群に良い。また白いご飯と沢庵の食べ方自体にも、様々な流儀がある。筆者は２通りの楽しみを使い分けている。 <br />
　まず沢庵を口に放り込み、かじる。沢庵の塩梅を見るためだ。次に沢庵を噛みながら熱々のご飯を口に運び、噛み砕かれた沢庵に合流させる。この合流によって美味しさが３倍くらいに膨れ上がる。 <br />
　次の楽しみ方は、沢庵とご飯を交互に食べるやり方だ。沢庵をぽりぽりと噛んで食べ切る。続いて沢庵のかすかな味が残る口に、白いご飯を放り込む。これで哀しいほどにかすかな沢庵の味と匂いとご飯が、見事に渾然一体となる。この食べ方を「舌上時間差」という。 </p> 

<!--★-->
<div align="center" class="style17">炊き立てのご飯がうれし大根漬</div>
<!--★--> 

<p>　しかし他人はそんな食べ方が本当に美味しいのかと言う。もちろん試してみれば真実が理解できる。そう答えて４０年が過ぎた。ではその沢庵は、どのようにして作られるのだろうか。 <br />
　母秘伝の沢庵づくりの手順を述べておこう。 </p> 


 <span class="r50-red">１、大根は尾張大根や練馬大根を用意する。仕込みは１１月に入ればすぐ始まる。 <br />
２、大根は竿に掛けて、手で簡単に曲げられるほどまでに陰干しする。<br />
３、大きな樽に大根を放射状に、１本づつ丁寧に寝かせ並べて、塩と米糠をたっぷり振りかける。赤子を寝かせるように並べるのがコツだ。 <br />
４、さらにその上に大根を寝かせて、幾重にも積み重ねていく。<br />
５、風味付けの昆布、唐辛子、柿の皮などを挟み込んで入れる。もちろん着色材は使わない。 <br />
６、最後は蓋をかぶせて、重石の石（漬物石）を載せれば仕込み作業は終る。 <br />
７、そして４、５日すると、水が浮き上がってきて、大根の嵩が小さくなり桶の蓋が沈んでいく。塩の浸透圧で大根に脱水が起こり、乳酸菌の活動が活発になるのだ。そして半月もたてば、いよいよ試し食いの時期を迎える。 </span>
 <p>　この場合、塩加減や重ね加減が、家伝と言われるおふくろの技なのである。手伝いながらその加減を学びとるしかない技だ。 </p> 
 
<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/image027.jpg" hspace="15" vspace="10" />
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/image028.jpg" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　漬けて１５日も経てばいよいよ試食を迎える。手が切れるような冷たい沢庵桶に手を入れ、沢庵を取り出して水洗いする。 <br />
　そして母を囲んでの緊張の瞬間が訪れる。「オオゥ！ことしの沢庵はまだ若い（漬けが浅い）のう！もう少し塩で攻めてみるか！」と母のひと声で微調整が始まる。こうして我が家の沢庵が完成されていく。漬けて５０日も経てば芯まで漬かった沢庵に熟成する。 </p> 

<!--★-->
<div align="center" class="style17">よかろうと母が抜き取る大根漬</div>
<!--★--> 

<p>　この沢庵は朝餉、昼餉、夕餉、酒のつまみ、お茶のアテなどに皿で大盛りが出てくる。７人家族が手を出せばあっという間に大盛は平らげられる。 <br />
　もちろん身体に良い食物繊維などという健康意識などは全くない。ただただ美味しかっただけだ。沢庵はお腹を掃除する、と祖父が言っていたことを思い出すが、今から思えばそのような先人の貴重な知恵があったのだろう。 <br />
　また時間をおくと漬かり過ぎて酸っぱくなるから、２００本ほどの沢庵は翌年の２月までには食べ切るのが我が家の習慣である。 <br />
　食べ方は薄切り、短冊切りにしてご飯のおかずにするのが主体である。中には地獄煮という沢庵と唐辛子の醤油煮もある。お酒の肴や熱々ご飯のトッピングとしては最高の一品である。一度食べるとまた欲しくなる病み付きのメニューだ。 </p> 


<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/image029.jpg" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p> 　しかしこのような伝統的な沢庵は一部の地方を除いて絶滅した。現在流通しているのは、日干し大根の代わりに、塩や糖液に漬けて水分を抜いた塩押し大根や、糖絞り大根を使用したものが多い。 <br />
　添加剤（甘味料、うまみ調味料、人工着色料など）を加えて、短期間で加工されたものが沢庵として店頭に並び、それを沢庵だと信じて買う人々。似て非なるものが沢庵として一定の需要を得ている。ファストフードの沢庵である。 <br />
　こうなると母の秘伝の沢庵を食べる時、薄ら寒い思いをしながら、それらの似非沢庵を眺めるしかない。さびしいよな、沢庵くん、やっぱり沢庵はスローだよね。 <br />
母が漬けた沢庵が最高に美味くなる頃には、西方の伊吹山に早い雪がやってくる。 </p> <p>

<p><strong>＜４－４＞鮟鱇鍋に討ち入りする </strong></p> 

<span class="r50-green">　　　　　　　　＊ <br />
○鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる　　　　加藤楸邨 <br />
○鮟鱇鍋箸もぐらぐら煮ゆるなり　　　　高浜虚子 <br />
○鮟鱇鍋七つ道具のどれがどれ　　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　　　　＊ </span>
<p>　新潟は鮟鱇の美味い国である。糸魚川、柏崎、佐渡、巻浜など豊富な鮟鱇の魚場があり、近くの民宿や料亭で食べさせてくれる。鮟鱇鍋は福島県南部や、茨城県ひたちなか平磯海岸、大洗が有名だが、どうしてどうして、新潟も隠れた鮟鱇鍋のまほろばの一つである。 <br />
　とにかく鮟鱇は安価で美味い。魚センターで買えば、その場で捌いてくれる。寒い日にはすぐ売り切れるほどのポピュラーな食材なのである。 <br />
　その鮟鱇鍋に初めて出合ったのは東京の下町である。名前もずばり「あんこう屋」だった。打ち水の石畳の奥に、昼間でも薄暗い処にその店はある。先輩の「今日は、いっちょう張り込んで、鮟鱇鍋でいくぞぉ～」の声で、鼻息荒く出陣したのである。 </p> 


<!--★-->
<div align="center" class="style17">鮟鱇でも喰ひに行くかと出陣す</div>
<!--★--> 

<p>　店に入ると着物姿のおねえさん（やや熟年風）が、「今日は寒いから、鍋も美味しいですよ！」と、鼻息の荒い連中を更にけしかけてくれる。「そうか、あんこ椿は恋の花」などと、訳のわからない事を言いながら和室の卓袱台に就く。 <br />
　まずは先輩の「鮟鱇の基礎講座」が始まる。それを大きな口をあけたままで拝聴する。鮟鱇鍋解禁の前の厳粛なレクチャーだから聞く振りをして聞かねばならない。なかには、そんなことどうでもいから、早く食わせろという、邪悪な視線が無いわけではない。 <br />
　鮟鱇の基礎講座は以下の内容だ。 </p> 

<span class="r50-blu">１、琵琶の形をした深海魚で、大きいのは１,５メートルにもなる。 <br />
２、大きい物は２ｋｇ以上にもなり、茨城県沖の物は「水戸あんこう」として特に有名。 <br />
３、鮟鱇（アンコウ）は、口がとても大きく広がる茶色いグロテスクな魚。あの口先には、小魚よせの提灯がありそれを点し餌を捕る。 <br />
４、俎板での料理が難しいので、鉤を口に懸けて、いわゆる「鮟鱇の吊るし切り」が行われる。 <br />
５、「吊るし切り」は、大きな出刃包丁を振りかざして、まず腹から切り裂き、内臓をどどっと取り出す。 <br />
６、つぎに白身を切り落とし、最後は顎の部分だけ取り残されて終わる。 <br />
７、この鮟鱇は身よりも内臓が美味く、「とも・ぬの・肝・えら・柳肉・皮・ヒレ」は「鮟鱇の七つ道具」といわれ珍味として有名である。 <br />
８、食べ頃は、大体１２月～３月頃だ。 </span>
<p>以上が話の内容である。 <br />
　それをなるほど、なるほどと、「あんこう屋」討ち入りの志士たちはうなずき合う。もちろんハヤル気持ち抑えてのうなずきだから、上の空って感じだ。ほどよく鮟鱇の知識が整理できたころ、やっと例のおねえさんが大きな土鍋と材料を運んでくれる。 </p> 

<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/image030.jpg" hspace="15" vspace="10" />
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/image031.gif" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　そして鼻息の荒い志士たちの熱い視線に囲まれながら、おねえさんは慣れた手つきで鍋火をつけ、特性のダシ汁を入れる。あたりの殺気を感じながらの仕草にもみえる。 <br />
　鮟鱇鍋は身も内臓もすべて入れ、焼き豆腐、独活、葱を加えて、割り下で煮込む。「あんこうは湯に潜らせてありますから、余りに煮すぎないようにね！」「肝もすでに蒸してありますから、さっと温めて召し上がってくださいな！」と言い残して、おねえさんは引き下がる。 <br />
　こうなると討ち入りの志士たちは、まずビールを飲みながら、鍋戦場の様子を伺いながら臨戦態勢に入る。 <br />
　そして先輩の一声が、討ち入り開始の合図となる。「もうそろそろ、いいんじゃないの！」の一声で、志士の刀、いや箸が肝や内臓や脂身に突入し、突き刺ささる。 </p> 

<!--★-->
<div align="center" class="style17">かりけり鮟鱇鍋前後上下もな</div>
<!--★--> 

<p>　ダシは肝が利いてやや甘味があり、あんこうの身は意外にあっさりしている。「あっちー、うめー、こたえるー」などと、志士たちの訳の解らない歓声が上がる。 <br />
　ひとしきりの討ち入り作業が終わると、やっと鼻息も落ち着いて安堵の空気が部屋に流れる。そして討ち入りの成果を、先輩に報告する。 </p> 

<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/image032.jpg" hspace="15" vspace="10" />
</div>
<!--☆-->

<p><span class="style16">「先輩、この肝がたまらないですね！」 <br />
「いやぁ～、皮の下の脂身が最高ですッ～」 <br />
「河豚よりも美味いですよ、先輩！」 </span><br />
<br />
と、まあ、討ち入りの志士談義はこの後も続く。 <br />
さらに顔をだした女将さんとの間で「鮟鱇談義」が盛り上がる。 <br />
<br />
<span class="style16">「以前、鮟鱇の吊し切りを見たんですが、この店でもそうしているんですか？」 <br />
「いえ、当店ではまな板の上で切っているんです。」 <br />
「えっ、そうなんですか。」 <br />
「鮟鱇って、他の魚のように身と皮がしっかりくっついていないので、調理がしにくいんですよ。だから普通の家庭ではアゴに釘を引っかけ、皮に包丁を入れ、一気に剥ぐんです。でもうちの板前はまな板の上で切れるので、わざわざつるさなくても調理が出来るんです。」 <br />
「吊し切りはというのは、たぶんそれはパフォーマンスとしているのだと思います」 <br />
「味付けの秘訣はありますか？」 <br />
「当店ではいわき風の味付けをしています。先代がそこの出身でしたから。特徴は鮟鱇の肝を潰して、それをダシと醤油に混ぜて味付けしています。味噌仕立てでもいいですよ。そうするとコクが出て美味しくなります」 <br />
「やはり鮟鱇鍋は、オレンジ色の油がギラギラと、浮くぐらいたっぷりと肝を溶かさないと美味くありません」 <br />
「こんな風に書くと、世の美容を気にしている方には敬遠されそうだが、ご安心ください。鮟鱇には驚くほどのコラーゲンが含まれています」 <br />
「機会があれば、茹でた鮟鱇を手でほぐしてみて。ちょっとやそっとの手洗いでは落ちないぐらいのコラーゲンが、あなたの手にくっつくはず」 <br />
「えっ、コラーゲン、今話題のあれですか・・・、うちの嫁にも食わさなければ・・」 </span><br />
<br />
薄暗い鮟鱇座敷は、このような熱気に包まれ、時間も過ぎて行きます。 <br />
　この鮟鱇鍋は冬になると俄然美味くなる。鮟鱇独特の「吊るし切り」もスーパーの客寄せイベントなどで時折見かける。これは見ものだ。 <br />
　暗がりの部屋でつつく鮟鱇鍋は、まるで深海の料亭に居て食べる感じがする。密議をしているような感もする。 </p> 

<!--★-->
<div align="center" class="style17">密議めく座敷明かりや鮟鱇鍋</div>
<!--★--> 

<p>　もし「鮟鱇鍋あります」の看板があれば一度覗くといいだろう。千円札が４、５枚あれば事足りる。結構元気が付くはずだ。 </p> 
<p>
<h3>３　スローでウオッチング（２４）</h3>
<ol>
  <li>新潟の老舗の大阪屋さんが、この秋発売した茶豆饅頭ガ好調だ。黒崎の茶豆を主に仕込んだ上品な甘味が人気のひみつ。材料の確保が大変だと竹中部長はうれしい悲鳴をあげる。 
    <br />
    たかが饅頭だが、茶豆というブランドを冠すればたかが等と言ってはおられない。一度味わって欲しい一品である。 </li>
	
<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol24/img/image033.jpg" hspace="15" vspace="10" />
</div>
<!--☆-->	
	
	
  <li> 他府県の人間からみた新潟の、ユニークな食は何かと問われた。そういえばそんな食もありそうだ。意識して見渡すといろいろでてくる。<br />
  
  
    <span class="style19">　　　・豚肉のすき焼き（普通は牛肉を使う）<br />
　　　・鯨汁<br />
　　　・もぐら寿司（茸のにぎり）<br />
　　　・のっぺ汁<br />
　　　・イタリアン（焼きソバの変形）</span><br />

  
  
  
    中でもやはり豚肉のすき焼きには驚かされる。変だよね、このすき焼きは・・・と意識すればそう見えてくる。新潟県人にとっては当たり前のことだが。<br />
    ちなみにカレーライスを一番よく食べるのは新潟県人だ。米が美味いからだろう。</li>
  <li> 下関にあるヤマカ醤油が「ふぐ醤油」「うに醤油」「くじら醤油」なる新醤油を開発した。１００mlの価格は９５０円から１０００円ほどで、従来品の３０倍の高値だが好調に売れている。
    受託生産だけでは、生きてゆけない地場産業の新たな挑戦として注目される。 </li>
  <li> 新潟の各温泉街がライスボール作戦に打って出た。
    天カツ丼、天地人丼、越後もち豚スタミナ丼、トロいか丼、日本海秋さば丼、鮭の親子丼、納豆丼、ビビンバ丼、タレカツ丼など思い思いの力作が並ぶ。 <br />
    値段も頃合で、うまさがぎっしり詰め込まれたこの作戦。お米王国の新潟ならではの作戦である。丼食べに温泉にゆこう。</li>
  <li> 鍋料理の季節がきた。手間も簡単でしかも美味しい。その鍋料理の人気ベスト１０が発表された。以下の通りだ。<br />
  
  
    <span class="style19">　　　　１位、カレー鍋<br />
　　　　２位、寄せ鍋<br />
　　　　３位、豆乳なべ<br />
　　　　４位、豚バラ肉ち豆腐のチゲ<br />
　　　　５位、鶏の水炊き<br />
　　　　６位、おでん<br />
　　　　７位、すき焼き<br />
　　　　８位、もつ煮込み鍋<br />
　　　　９位、しゃぶしゃぶ<br />
　　　　１０位、鶏ちゃんこ</span><br />

  
  
  
  
    最近は韓国風の「カムジャタン」、ポルトガル風の「えびとあさりのカタプラーナ」、タイ風なべなど異国風の鍋が人気を博している。
    資料をみながら３日に１度は、新鍋料理に挑戦してみるのも、けっこうワクワクする。それだけで主婦を家事から解放できるから一挙両得となる。男子厨房に入るべし。 </li>
</ol>






<!--::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ここまで更新内容::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::-->
</div>
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]]>
      
   </content>
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<entry>
   <title>スローフード瓦版　ＶＯＬ ２３</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://topics.slowfood-niigata.com/2009/09/post_51.php" />
   <id>tag:topics.slowfood-niigata.com,2009://1.64</id>
   
   <published>2009-09-29T23:46:07Z</published>
   <updated>2009-09-29T23:47:07Z</updated>
   
   <summary>            １　スローフード巷談（３）              V...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="ｶﾃｺﾞﾘｰ１（スローフード瓦版）" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://topics.slowfood-niigata.com/">
      <![CDATA[<div id="kawara">

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  <em>１　スローフード巷談（３）</em>  </div><!--div id="banner-texbox"-->
  

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<!--::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ここから更新内容::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::-->


<h3>１　スローフード巷談（３）</h3>

<h2>●	新人百姓の伝統野菜づくり奮闘記</h2> 
  
  
<p>　スローフード運動にとって農業の現場を知ることは大切である。実際に耕し、種を撒き、草をとり、虫除けや病害と戦い、収穫し、保存する。そして採れた農産物を家族で料理してその味覚と収穫の喜びを味わう。この毎年繰り返されるサイクルの農事暦こそ、人類がその誕生から繰り返してきた、生きるための営みに他ならない。 <br />
　そんな机上では得られない自然との対話や現場の五感経験を通して、全身が研ぎ澄まされてこそ、農業の本質に触れることができる。これが我らが長年胸に願い続けた想いである。その想いを、２００９年１月にスローフード農園という形で仲間と立ち上げることにした。 <br />
　幸いなことに新潟市の内野地区の休耕地（１反）を借りることになり、スローフードの仲間に声をかけ、６名がエントリーした。農業体験はほぼゼロの６人衆である。 <br />
　しかしこの耕作地の確保には多くの時間と苦労が伴った。田畑があればどこでもいいと言う訳にはいかないからだ。少なくとも以下の４点をクリアーすることが必要だ。 <br />
＜耕作地選定の条件＞ <br />
　　　１、井戸水や地下水などの水の便があること <br />
　　　２、トイレまたはそれに近い環境があること <br />
　　　３、教えてくれる農業指導者や農家が近くに居る事 <br />
　　　４、土壌が良質であること <br />
などが必修条件となる。 <br />
　これだけの条件をクリアーできる耕作地は、なかなか見つからない。高齢化により耕作を止めた農家から、提供される耕作地を探すのがコツである。農家としても休耕田のまま一度放置すれば、田畑が荒れて復旧できなくなる可能性があるから、大切に使ってくれる人に貸し出すのはメリットがある。安い賃貸料でも農家にはありがたい存在となる。但し農地法の縛りがあるから、事前に地権者との意思の疎通が欠かせない。 <br />
　最近では農地法が規制緩和されて、グループや企業の農業参入が可能になってきたが、まだまだ地権者とのスムーズな経済交流は軌道に乗っていないと聞く。日本の農業は約８０％の零細兼業農家と２０％の専業農家によって構成されているが、休耕地を借りるだけでも、その辺の事情が透けて見えてくる。 <br />
　さて日本の農政や農業の現場事情は後述することにして、我が新人百姓の８ヶ月間の奮闘記をレポートしよう。目から鱗のドキドキとする農事体験ばかりであった。 <br />
掲げた課題と目標は３点ある。 <br />
その１、新潟の伝統野菜を栽培して、その野菜の特性の実情を知る <br />
　　　　　→絶滅しそうな野菜のその理由をさぐる <br />
　　　　　→関屋南瓜、金糸瓜、寄居かぶ、白茄子、本十全茄子、えんぴつ茄子を栽培する <br />
　　　　　→実際に調理して楽しみ、そのレシピを公開する。次世代に伝える。 <br />
その２、野菜栽培に関わる生の基礎知識や方法を学ぶ <br />
　　　　　　→何を、何時　どれくらい、どこに、どのようにして <br />
　　　　　土つくり、苗つくり、種の撒き方と時期、マルチやトンネル、間引き、追肥のやりかた、堆肥と肥料の違い、剪定の訳とやりかた、病害虫対策、収穫時期、保存方法、転作障害 <br />
その３、野菜栽培の実際の喜怒哀楽を、汗を掻きながら身を以って学ぶ <br />
　　　　　→バーチャルな知識ではなく、農業の重労働の実際を体験する <br />
　　　　　→収穫の喜びや自然との付き合いの厳しさを体験する <br />
　以上の３点を胸にいよいよ農事に挑戦することにした。その８ヶ月間の素人奮闘記を、以下、思いつくままにレポートしたい。 </p>


<p>　＜伝統野菜作り奮闘記＞</p>


<span class="r50-1em">○まずは農業の新人となる覚悟みたいな心境が脳裏をかすめる。子供の頃の畑仕事の経験は少しあるが、そう甘くはないだろう。今回の一念発起の率直な初心の気持ちである。そして母に連れられて畑を耕したことがまざまざと蘇えってくる。不安と期待が複雑に交差するが、とにかく始めることにした。２００９年の１月である。</span> <br />
<span class="r50-1em">○確かにこれからの老後の時間を活かすには、この家庭菜園も選択肢の一つであろう。大学時代の仲間も定年後は農業に勤しんでいる。 <br />
　人間は死ぬまで、何かを創り続ける動物のような気がする。ホモ・ルーデンスとは「遊ぶ動物」という意味合いを持つ。なるほどだ。いくばくの不安はあるが、とにかく楽しむことにした。</span> <br />
<span class="r50-1em">○畑は約１反（１００坪）の砂地の畑で、新潟駅からバスで６０分のところにある。バス終点の内野バスセンターから徒歩で１０分のところが陣地だ。</span> 

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image002.gif" vspace="10" /></div>
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<span class="r50-1em">○バスを降りると、周りには野菜専業農家の集落が散在している。途中で農作業のお年寄りに声をかけて、いろいろな情報を得るのも楽しい。 <br />
　農作業をしているのは高齢者ばかりだ。しゃがみ込んで黙々と作業をしている姿が眼に飛び込んでくる。 </span><br />
<span class="r50-1em">○１月２３日、ホームセンター・ムサシへ農具を買いに行く。３本鍬、平鍬、如雨露、ふるい、バケツ２個、長靴、スコップ、鎌など９,５００円の出費となった。意外と安い価格だ。 </span><br />
<span class="r50-1em">○栽培の方法や農薬についての基礎知識はネットや本で調べた。大方の知識はこれで得られる。土作り、栽培のカレンダー、肥料や農薬の使い方、栽培する野菜の選定など膨大な勉強が必要である。晩学としては刺激的な分野である。</span> <br />
<span class="r50-1em">○しかしやはり頼りになる身近な指導者が必要だ。今回は山本秀樹さん（６０歳）にお願いした。畑を見下ろせる所に住居する野菜作りのプロである。栽培知識と堆肥を提供して貰うことにした。</span> <br />
<span class="r50-1em">○２００９年２月２１日、種苗会社の北越農事（株）の渡辺義貴氏を囲んでの、伝統野菜の栽培会議を山本さん宅で開催した。種は北越農事（株）をスローフードの仲間として迎え入れ、管理販売してもらうことにした。</span> <br />
<span class="r50-1em">○渡辺氏は昨年の「伝統野菜プロジェクト」の発起セミナーで、新潟の伝統野菜の基調講演を任された知識人である。彼から今後の生産履歴や予定ファイルが用意された。 </span><br />
<span class="r50-1em">○当日は簡単な今後の段取りと種の購入した。 <br />
　さらに畑に行き、４名の区画を決め、名札を立てた。一人２０坪くらいが陣地となる。 <br />
種はとりあえず新潟の伝統野菜を中心に選んだ。 <br />
　　　　　　　・３月捲きーえんぴつ茄子、十全茄子、寄居かぶ <br />
　　　　　　　・５月撒きー関屋南瓜、茶豆 <br />
　　　　　　　・９月撒きー青山ねぎ、大根、白菜 </span><br />
<span class="r50-1em">○農薬は使わず、黒酢農法でやる予定だ。自家消費だから少々、虫に食われても問題ないいからだ。黒酢農法の説明を石山味噌の養田武郎氏から受ける。</span> <br />
<span class="r50-1em">○３月１８日、晴れ <br />
伝統野菜以外にもジャガイモ（男爵とメークイン１ｋｇづつ,４００円/ｋｇ）を種屋で購入した。芽の部分を残しながら小分けにカットし、１日太陽に晒すと切り口が黒ずんでくる。これを畑に植えるのだ。 </span><br />
<span class="r50-1em">○３月１９日、晴れ <br />
ジャガイモの植え方はまず畑に畝を切って、堆肥を敷き、その上に泥をかぶせておく。そして切り口を下にしてジャガイモを３０ｃｍ間隔に置き、泥でかぶせる。さらにその上に枯草を置き、泥でおさえ終わりだ。 <br />
　横の畝には寄居蕪（種は微粒）の種を撒いた。少しずつ種をばら撒き、薄く泥をかぶせればよい。泥を被せすぎた感があり、発芽が心配だ。最後は如雨露で水をやって、６０分ほどで作業は完了。</span>


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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image004.jpg" hspace="15" vspace="10" />
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image005.jpg" width="150" height="113" vspace="10" /></div>
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<span class="r50-1em">○山本さんから化成肥料を１袋（２,０００円）買い、倉庫においた。堆肥とは別に化成肥料を使うことを勧められた。 </span><br />
<span class="r50-1em">○４月９日、晴れ <br />
もう初夏のあたたかさである。寄居蕪が乱立しながら芽をだした。早速間引きし、畝の淵に追肥を置いた。 <br />
　畑周辺には雉が数羽住み着いている。時折り、けたたましい鳴き声を上げながら、畑を足早によぎる。こんな所にもまだ野生が残っているのだ。</span>


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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image006.jpg" width="169" height="128" hspace="15" vspace="10" />
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image007.jpg" width="172" height="129" vspace="10" /></div>
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<span class="r50-1em">○４月１５日　晴れ <br />
我が家のベランダで関屋かぼちゃと金糸瓜のポット植えをやった。５月には苗にしてから畑に下ろす予定。はたして芽がでるか。用土はタキイの栽培用土。毎日、ベランダで睨めっこ。寒さ避けの対策として、夜間は部屋の中に入れる。</span> <br />
<span class="r50-1em">○４月１６日　少雨 <br />
ムサシで買った「黒十全」（１０本）とブロッコリー（３本）を植えた。ついでに空いた場所に人参と小松菜の種を撒いた。どうしてもあれやこれやと試し撒きしたくなる。好奇心が芽を出してくる。</span> <br />
<span class="r50-1em">○５月２日　晴れ <br />
苗に起した金糸瓜を畑に植えたが、寒さ対策をしなかっ為か５本とも全滅した。仕方なくコメリで苗を手に入れ、あいにくの強風と戦いながらマルチとトンネルの畝に植え直した。 <br />
　初めてのマルチとトンネルつくりである。トンネルに使う透明ポリ（１８０ｃｍ幅）とマルチに使う黒ポリ（１８０ｃｍ幅）はムサシで購入した。結構値段も高い。さらに随分大きくなってきた寄居蕪の間引きをおこなう。この日にズッキーニ（１本）を植える。</span>

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image008.jpg" width="107" height="143" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<span class="r50-1em">○５月７日 <br />
４月に撒いた枝豆が鳩に食われて全滅した。コメリで苗を３０本購入して植えなおす。釣糸を畝の上に張っておくと鳥害は防げると、村の老人から聞く。 <br />
　空いている場所に紅あずま（さつま芋）の苗を２０本植える。黒マルチした畝に穴を開け、苗を倒して蔓を埋め、葉だけを出しておく。 <br />
　ベランダで苗に起した関屋南瓜を８本だけ、黒マルチの畝に下ろしトンネルで囲った。蔓がどれだけ広がるか未知なので、１８０ｃｍ幅の畝の真ん中に植えた。畝には予め堆肥（牛糞）を漉き込んでおいた。トンネルは直ぐ湿気で曇り、かなりの保温効果がありそうだ。<br/>
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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image009.jpg" width="183" height="139" vspace="10" />
<br />
関屋かぼちゃ</div>
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　元気のない十全茄子の一部を植え替え、あらたに５本追加植えした。珍しい長い茄子の「藤美人」を２本植えた。ズッキーニは順調に育っている。 <br />
  　Ｆ１の典型とされるトマトの新種「シシリアン・ルージュ」の苗を１本２５０円で買い植える。苗はポリ肥料袋で囲って防風と保温した。イタリアン料理店が欲しがっている料理用のトマトだ。</span> 
  
  
  
<span class="r50-1em">○５月１５日　曇り <br />
寄居蕪の間引きを行う。密集して蕪同士が喧嘩しており、３割くらい間引きし、一部は持ち帰る。とにかく寄居蕪の成長は早い。葉がどんどんと高く伸びる。何故絶滅の危機に置かれた品種なのか分からない。 <br />
　ジャガイモの茎も大きな芋をつくるために２本立てにした。なると金時（さつま芋）をマルチの畝に１０本植える。 <br />
　話題の金糸瓜の蔓がトンネルの中で勢いよく伸びてきた。トンネルの横側に穴を開け、水をやることにした。</span> <br />
<span class="r50-1em">○５月２３日　晴れ <br />
小松菜に青虫（黒虫）が発生した。あわてて手で除去しようとしたが、気が付いた時点ではもうお手上げの状態だ。農薬は使わないので、ため息を付くばかり。害虫対策の難しさを初めて体験した。腹が立つよりも、青虫の力に拍手を送るしかない。 <br />
　虫は若くて柔らかい野菜を狙って食べると言われているが、そうでもないらしい。濃い青色の葉の野菜（窒素分が豊富）を虫が狙うのが本当だという。すなわち肥料で育てる野菜が被害に遭う。窒素分は虫の生命の源だからだ。硝酸性窒素を虫が好むのだ。 <br />
　そういえば肥料も与えられない野性の草木には、ほとんど虫がつかない。これで一つの謎が解けた。 <br />
しかたなく寄居蕪も小松菜も明日、収穫して虫の攻撃を最小限に食いとめることにした。 <br />
　生姜の種芋を一旦まとめて仮植えした。芽が出てから切り分けて植え替えるのである。また仲間から枝豆（湯上り美人、茶豆）の苗をもらう。明日植える予定だ。 <br />
　関屋南瓜がトンネルの中でようやく根付いた。金糸瓜は蔓が延び盛りで、そろそろトンネルを外さねばならない。</span> <br />
<span class="r50-1em">○５月２４日　晴れ <br />
３月１８日に蒔いた寄居蕪と小松菜をすべて収穫した。虫は手で除去して、すぐ食卓に乗せた。虫はよく観察していなとダメだ。反省する。 <br />
　トマトを囲んでいたポリの覆いを外し、枝の脇目をとった。トマトは脇芽を欠かないと上手く栽培できない。水は少なめで、日除けをすると甘いトマトがなる。 <br />
　十全茄子、えんぴつ茄子の脇目も取った。下から３節までのわき芽は掻きとること。水と肥料はじゃぶじゃぶやるのがコツだという。</span> <br />
<span class="r50-1em">○６月１日　曇り <br />
金糸瓜のトンネルを外し、四方に伸びた蔓の交通を整理した。１ｍほどに伸びた親蔓の先を摘み取り、子蔓と孫蔓の成長を促がすことにした。子蔓を４本くらいに整理すると良い実がなる。畦に堆肥をばら撒き、追肥とした。 <br />
　ブロッコリーを２個収穫した。実は次々と成り、うっかりするとバットくらいのサイズになるから要注意だ。１本の栽培で十分な収穫が見込める。 <br />
　ジャガイモを手探り収穫をした。手を入れて大きめのものだけを収穫する。一挙に掘り起こすよりも徐々に収穫したほうが、玉の大きさが揃う。 <br />
　水分の不足のためか玉の中心部分に巣があり余りよい出来ではない。残りの収穫は周りのジャガイモ畑の状況を見てきめることにした。収穫作業の見本は周りの畑にある。真似をすればいいのだ。 <br />
　収穫した芋を水洗いした。しかしこれは保存を妨げて、すぐ腐る原因となった。泥は乾燥すれば落ちるから、水洗いしてはいけない。後は涼しいところに保存すればいい。もちろん人参、かぼちゃ、瓜、西瓜、蕪や葉菜も水洗いしてはいけない。 </span><br />
<span class="r50-1em">○６月４日　小雨後曇り <br />
金糸瓜の蔓が延びすぎるから、防御用のネットを張り、隣の畑にはみ出さないように陣地を制限した。関屋かぼちゃの畑も蔓が隣に侵入しないように、ネット柵を張ることにする。 <br />
　金糸瓜と茄子に堆肥を畝にまいた。根が伸びているから根元ではなく、離れたところがいいと山本さんのアドバイスを受ける。 <br />
　茄子は肥料と水を好むから、たっぷりとやること。トマトは余り水を好まない。日差しに当てると皮が硬くなるから、日除けをするとよい。あるいは親蔓を摘み取り、葉を増やして日除け代わりにするのもよい。こうした露地トマトは、水に沈む。最近のハウスものは水に浮くのが多いようだ。細胞が緻密でないのが原因と言われている。 <br />
　ここでまた問題が発生した。植えつけたキャベツと、収穫したあとのブロッコリーに青虫が大量発生したのだ。もう手に負えない状況だ。小松菜の失敗教訓が生かせなかった後悔が残る。 <br />
　ブロッコリーは収穫して、後は破棄した。キャベツの青虫は手では除去しきれないから、勉強のために殺虫剤を使うことした。ホームセンターであれやこれやと手に取りながら農薬を探した。その中から今回は有機栽培にも使えるパイベニカスプレー（９７０円）を選んだ。しかし青虫に散布しても効かない。残念。もっと強力な農薬が必要のようだった。 <br />
　農薬の話しをしておこう。農薬は本当に忌避すべきかどうか。専門家によると農薬は散布すると２,３日で分解して無害になる。だからあえて忌避することはないとのアドバイスを受ける。農薬＝危険というのは間違いであるとも指摘を受ける。 <br />
　そういえば有機農法が安全のシンボルになっているが、実際は牛糞堆肥に含まれるホルモン剤や抗生物質が問題になると、専門家は警笛を鳴らす。有機栽培＝安全という短絡的な発想は慎むべきだとも言う。 <br />
　植物性堆肥の油粕、ボカシ（油粕を醗酵させたもの）、米ぬかなどは、動物性堆肥に比べて安全性が高い。しかしたくさんの窒素成分が含まれていることには、変わりない。この窒素成分を目指して虫が襲来する。 <br />
　農作物を自然農法に任せずに、人間の都合で栽培を操作すれば、いかなる農法も必ず無理や弊害がでるのは当然と言える。<br />



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 　机上で農薬栽培や慣行栽培を云々していたことを、恥ずかしく思う。スローアグリーとは、自然の恵みの一部分を人間がいただくという謙虚な気持ちからうまれる。 <br />
  あるいは人類も自然（ガイア）の一部であるという謙虚な営みから生まれる農業だと言えなくもない。これが青虫との戦いから学んだ、自然の摂理である。大袈裟だがそんな気がする。</span> 
  <span class="r50-1em">○６月９日　曇り <br />
花が枯れたジャガイモを全て掘り出すことにした。小芋もすべて持ち帰る。 <br />
　関屋南瓜の蔓が四方に延びだした。５本すべての親蔓の先を止めた。こうすることで子蔓が平均して伸びるはずだ。 <br />
　植えた甘露瓜も大きくなってきた。米山白瓜の勢いは弱いが何とか４本活着した。さつま芋の追肥には菜種の油粕がいいようだ。甘味がつくという。 <br />
五寸人参の２回目の間引きをやり、追肥を施した。間引き菜は天ぷらにすると抜群に美味い。１８０度で揚げると、固い繊維が軟らかくなるようだ。煮るだけでは葉っぱは固い。 <br />
　本日は隣の畑の親子栽培教室で農薬の散布を学んだ。トマトや胡瓜の農薬は殺菌用のダコニールと殺虫用のサークルという２種類の薬剤を混合して使うといい。講師の田辺さんのすすめ。薬剤には少々の抵抗感あるが、これも学びの一環として体験した。  </span><br />
<span class="r50-1em">○６月１５日　快晴 
    
  <br />
  金糸瓜の蔓がネットにぶつかりながら勢い強く伸びてきた。すごい勢いだ。蔓の先のほうに雌花が咲き、実を結ぶようだ。 <br />
    　相変わらずズッキーニの実は小さい。大きくならないうちにすぐ腐ってしまう。 <br />
    トンネル栽培の米山白瓜は３本根付いた。甘露瓜のトンネルはそろそろ外す時期がきた。 <br />
  地元葱を植えたが、根つきが悪い。石灰をまかないといけないようだ。 </span><br />
    <span class="r50-1em">○６月２５日　曇り <br />
    久しぶりに畑を覗くと、草が生い茂り、キャベツや茄子には虫が群がっている。みると何処から湧いたのか、雨蛙も多く住みついている。虫を食べるためのようだ。 <br />
    　いわば除虫の可愛い小動物の生態系が畑に展開されている。驚きの自然界の凄さである。 <br />
    　金糸瓜は急に大きくなり、ネットに引っ掛かって成っている。その内の２個を収穫して持ち帰る。まだ１５ｃｍほどで色も白い。全部で２０個ほど実を成している。今後は黄色になってから採ることにする。 <br />
    　甘露瓜のトンネルを外した。まだひ弱な蔓だが、太陽を当てることにした。 <br />
    ズッキーニの実は、ビックリするほど大きくなり、太さもすごい。やはり時期がこないと大きくならないのだ。 <br />
    　十全茄子とえんぴつ茄子を初めて収穫した。神楽南蛮（唐辛子）と合わせて炒め煮ると、抜群に旨くて酒と食が進む。新潟は茄子文化のメッカだと言われているが、ほとんどはＦ１タイプの改良茄子の栽培が多い。 <br />
    　そんな中での十全茄子、えんぴつ茄子、白茄子の地野菜としての存在理由を今一度考えてみたいと思う。 <br />
    　関屋かぼちゃも勢いがすごい。どんどんと地を這って四方八方に伸びだしている。もうすぐ花を咲かせて、実を結ぶはずである。茶豆は順調に成長している。虫が心配だ。</span> 
	
	
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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image015.gif" width="169" height="350" vspace="10" /></div>
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  <span class="r50-1em">○７月４日　曇り <br />
長岡野菜の神楽南蛮（ピーマン型の唐辛子）、十全茄子、ズッキーニを収穫した。９個の西瓜も大きくなってきた。そろそろ収穫の時期だ。ピンポン球から３５日目くらいが収穫時期になる。 <br />
　収穫の日付札をつけておけば一番旨い時期の収穫が可能になると、畑の老人に教わる。気温が２６度を超えた日が続くことも必要だ。 <br />
　西瓜の葉に茶色の斑点がでた。肥料のミネラル不足だという。病気ではない。さらに金糸瓜の葉にはうどん粉病がでた。黒酢１００倍を散布した。しかし３日後、葉が枯れてしまった。３００倍でないと効果がないようだ。窒素分のやりすぎが原因のようだ。 <br />
　関屋南瓜が蔓の先のほうに実をつけだした。花のお尻を下にすると、形のよい南瓜になるようだ。しかし首がすぐ折れるから注意してやらねばならない。甘露瓜も小さな実を持ち出し、トンネルをはずした。<br />
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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image016.jpg" width="147" height="110" hspace="15" vspace="10" /></div>
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　トマトはまだ収穫できない。脇芽が肥大化して樹全体のバランスが悪い。思い切って剪定しなければいけない。トマト栽培は結構難しい。 <br />
　茶豆の花が咲き出し、そろそろ実をつけそうだ。枝は風に弱くすぐ親芯から折れてしまうから、土寄せをして防ぐことが大切になる。この頃になると畝の周辺から茶豆特有の香が漂う。ああ、茶豆の匂いだ、と実感できる瞬間でもある。</span>
  <span class="r50-1em">○７月６日　晴れ <br />
新潟日報の記者、森本真理氏の取材を受けた。伝統野菜に取り組むスローフーダーというテーマである。 <br />
　ファストビジネスの前線にいた小生が何故、スローフードに定年後を生きようとしているのかが記者の眼に止まったようだ。畑に氏を案内しながら来し方の取材に応じた。 <br />
　この取材は７月２５日の朝刊に「新潟の人間力」という表題でデカデかと掲載された。反響は凄い。早朝の５時には友人から電話の一報が入った。スローフードの仲間からも記事に対する反響があり、定年後の生き方を模索する人々の心をも動かしたようだ。 <br />
　　６５歳の小生の人生を、一区切りつけたような出来事である。</span> <br />
<span class="r50-1em">○７月１４日　晴れ <br />
金糸瓜１０個と西瓜６個を収穫した。金糸瓜は２０ｃｍほどとなり、ずっしりと重い。 <br />
　西瓜を割ってみたがやや早い。日照時間が極端に短かった６月の影響もあり甘味も弱い。俗に西瓜は、果実のついている節の髭や葉が枯れたとき、お尻を押して、弾力性が出てきた時が収穫の時期だと言う。叩いて鈍い音がでるとＯＫともいうが、やはり難しい。 <br />
　スーパーでは客が西瓜を必ず手で叩く風景がみられる。西瓜にしてみれば叩かれるような悪いことを、やったやけじゃないから迷惑千万だろうと思う。これも運命なのだろう。 <br />
　関屋南瓜を２個収穫した。まだ早く若いから暫く放置して、水分を抜けば美味しくなるようだ。さっそく煮て食べた。さっぱりとした味が特徴だが、西洋かぼちゃのクリクリ感はない。新潟の人々がなつかしいと箸を進める一品だ。 <br />
　ズッキーニがほぼ栽培を終えた。バットのような実が１０本ほど採れた。キャベツを３株収穫した。虫にやられたが、なんとか葉を巻いた。 <br />
　隣の小山さんの白茄子が実を付けてきた。３個頂いて焼茄子で食べてみた。もちもちとした食感が特徴だ。最近のＮＨＫの特集で「幻の茄子」という報道があり、にわかに脚光を浴び出したようだ。伝統の復活と普及には吉報といえる。色が白いのはナスミンという茄子の色素がないからだ。 <br />
　ただし白茄子は栽培が難しい。棘が大きく、実を傷つけてしまうから流通販売には向かない。絶滅の理由がこの辺にありそうだ。 <br />
　絶滅種の淘汰される理由には２通りある。自然淘汰（栽培が難しい）と人為的な淘汰（味覚が時代に合わない）である。新潟の伝統野菜も、これらの宿命を負って栽培されなくなったようだ。</span>



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<span class="r50-1em">○７月２１日　猛暑 <br />
トマトも赤みを増し食べ頃になる。残しておいた西瓜の２個が鴉に突かれていた。熟した西瓜のみを鴉は知っている。どのようにして感知するのだろうか。腹が立つより鴉の眼力に苦笑いするしかない。 <br />
　蔓と葉の枯れ始めた金糸瓜をすべて収穫した。３０個ほどになる。金糸瓜は保存が効くから今後、ゆっくり食べることにする。もちろん水洗いはしないままで、ベランダの涼しい所に保管する。 <br />
　素麺かぼちゃとして、三倍酢で食べるのが最高である。この金糸瓜も最近テレビ報道で紹介されるようになってきた。こんな天然の芸術野菜を見たことない。子ども達に実演すると、どよめきが起こる食材である。 <br />
　茶豆が莢を下げだした。まだ若い。７月下旬が収穫時期となりそう。 <br />
茄子と神楽南蛮が次々と成りだした。３日も収穫をしないと、樹に垂れ下がるほどになる。 <br />
　神楽南蛮は長岡の地野菜として、長岡中央青果の鈴木さんのグループが復活に成功させた品種だ。巾着茄子と共に長岡ブランドとしての市場を作り出している。 </span>

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image022.gif" width="169" height="128" hspace="15" vspace="10" /><img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image023.gif" width="172" height="129" vspace="10" /></div>
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<span class="r50-1em">○７月２４日　曇り <br />
今年は梅雨明けが遅い。日照時間も短く西瓜や枝豆の甘味にも弊害が出ている。 <br />
　枝豆（湯上り娘、茶豆）を試し採りしてみた。やはりまだ莢は若く、実も未熟である。７月末に収穫することにした。試し採りの茶豆は早速塩茹でした。鮮度の劣化が早いから直ぐ茹でるか冷凍することがコツである。 <br />
　枝豆は湯を沸かしてから、採りに行けと言われる所以である。塩茹で５分くらいで真っ青な食べ頃となる。匂いもほのかにあり甘味も良い。これが新潟の家庭の夕餉には並ぶのだ。やはり贅沢な食卓という他ないだろう。 <br />
　また枝豆には黄金虫が寄ってきて葉を食い散らす。防虫網を張って防ぐのが一般的だが、雨蛙ですら黄金虫は苦手のようだ。我らは手でつまみ、ペットボトルに入れて駆除するしかない。幸い我が枝豆は黄金虫の攻撃を逃れている。注意しながら見守ることにする。 </span><br />
<span class="r50-1em">○７月３１日　猛暑 <br />
枝豆（湯上り娘）の半分を収穫した。茶豆は８月６日頃、孫と収穫することにした。関屋南瓜を１０個ほど収穫し、籠入れて保存。来週には全量採る予定である。 <br />
　茄子とトマトはどんどん採れだした。食べきれない。茄子とトマトは、一本あれば家族の食卓は賄えるというが本当である。とにかく嫌になるほどよく採れる。 <br />
　ならばとポリバケツ容器に糠床を仕込んだ。茄子の漬物をつくるためである。糠床になるには１週間はかかる。朝晩かき回して醗酵をうながしている。 <br />
　そういえば新潟には糠漬け文化がない。お袋の沢庵で育った我らには、どうしても糠付けの茄子や胡瓜が恋しい。最後の晩餐のメニューとしている味である。 </span><br />
<span class="r50-1em">○８月１２日　猛暑 <br />
茶豆をすべて収穫した。盆帰省の子供家族に合わせるためである。ひと畝でバケツ半分ほどの収穫量となった。実はかなり充実しており、早速、大鍋で茹で上げた。半分は生のまま冷蔵保存した。 <br />
　新潟には枝豆の時間差栽培の知恵があり、６月から１０月まで、次々と品種の異なる枝豆が登場する。肴豆が最終の晩生である。 <br />
　茄子は大きな実をつけて数も多い。関屋かぼちゃも残りわずかになった。 <br />
そろそろ秋の作付けを考える。白菜、大根、寄居蕪、ニンニクなどを候補に上げている。 <br />
　マルチした畝に植えつけたおいた地元の里芋（土垂）が大きな葉を揺らしている。五泉の里芋は有名だが、さてどのような芋を実らせてくれるか楽しみである。</span> 

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<span class="r50-1em">○８月１６日　晴れ <br />
盆を迎えてからっとした夏空が戻ってきた。早朝バスで畑に７時に着き、早速雑草や枯れた胡瓜の棚を整理した。胡瓜はわずか１ヶ月ほどの収穫期間であり、すぐ肥大化するからまめに収穫することが大切。 <br />
　胡瓜が曲がるのは水不足による。ハウスできちんと水管理しなければ、スーパーに並ぶ真直ぐな胡瓜にはならない。露地栽培ではまず無理だとのこと。 <br />
　枝豆や西瓜、白瓜、金糸瓜の収穫を終えた跡地に、次は何を栽培すればいいか、山本さんに尋ねた。答えは大根と白菜、蕪であった。白菜は種から苗を起して定植するようにとのこと。関口種店でその種（６３０円）を購入し、跡地の整理を待って栽培に着手することにした。 <br />
　関屋南瓜も残り全部を収穫した。５０個ほどになった。とても処分しきれない数だ。とりあえず小屋に保管し、来る２４時間テレビのブースの出品に待機することにした。 <br />
　関屋南瓜の栽培は意外に簡単であった。黒マルチして苗を植え、最初のうちはトンネル栽培すれば、後は放りっぱなしでかなりの収穫を得る。 <br />
　だから摂滅しそうな理由としては、西洋南瓜の味に負けて、食べられなくなったからだろうと思う。余りにもさっぱりしていて、濃い味の現代の食卓に敬遠された。そんな人為的な絶滅理由が見えてきた。 <br />
　会津地方から由来して、新潟の関屋地区の砂地の畑に栽培され続けてきた種だが、最近はポツポツと八百屋さんの店頭に並び始めたと聞く。なつかしがる高齢者が購買していくようだ。 <br />
　ただし今回栽培した南瓜は、正確には関屋南瓜とは言えない。種が会津早稲という南瓜だからだ。他所から持ってきた種は、少なくとも８年間くらいかけて栽培を繰り返し、自家採種して初めて、地野菜の種となるという。種がその土地の土壌や風土の情報を遺伝子としてインプットして初めて、地野菜の種の資格が得られるのである。 <br />
　京野菜も滋賀県あたりで大量に栽培されているが、年月を得ればもう京野菜ではない。立派な滋賀野菜という地野菜となる。似て非なるものである。本当の地産地消には８年以上の年月をかけた自家採種という農事が必要となる。 <br />
　ちなみにＦ１といわれる一代雑種の種は、自家採種しても２度と使えない。種の遺伝子が元のオリジナルに戻ろうと働き、品質がばらけてしまうからだ。 <br />
　世界の種子が、一部の大手企業の独占市場となりつつある現状を鑑みると、うすら寒くなってくる。種すら工業製品化されて、自然環境を操作しようしている。人類の食料を賄うためのシステム合理性だとしても、このような強欲なやりかたは、いずれの日か自然界の大復讐を受けないとも限らない。 <br />
　種から垣間見た、環境と人類の葛藤の感想である。 </span><br />
<span class="r50-1em">○８月２０日　晴れ <br />
蝉の声に加えて虫の音が聞こえだした。晩夏の気配が濃厚な畑に、また、早朝出勤した。 <br />
一通りの除草を終え、関屋南瓜の蔓を整理した。 <br />
　腰を下ろして、汗を拭いながら缶ビールを飲めば、隣の草むらからキリギリスの鳴き声が聞えてくる。吹き抜ける風はもう秋である。３月から始めた野菜作りとの葛藤や対話、存問に立秋の心地よい風が吹きぬけていく。 <br />
　２０坪ほどの我が陣地も大方の収穫を終えて、次の栽培に向けて待機している。ひと仕事終えたという畑風景だ。この陣地を眺めると、なぜかこの畑が愛おしく感じられる。 <br />
この半年間の熱に浮かされたような毎日は、一体何だったのか。昼間のビールはすぐ効いてくる。</span>
<p>
<p>＜後記＞ <br />
　畑に通い続けてはや８ヶ月が過ぎようとする。３日に１度の畑通いである。まるで何かに取り憑かれたかのように、目覚めると心と足は畑へと向う。 <br />
　朝早く起き、家族を起さないように気遣いながら早朝のバスに乗る。前夜に仕込んでおいたペットボトルのお茶とお結びを入れたリックを背負いながら、終点のバスセンターから畑まで歩く。西瓜やメロン、かぼちゃなどの畑がずっと続く中を、「おはようございます」と、農人に声をかけていく。 <br />
　時には立ち止まって、農人にいろいろなことを教わるのも日課である。変なおじさんをこの頃見かけるようになったと、村では話題になっていることだろう。 <br />
　畑に着けばすぐに農作業のモードに入り、今日の作業の段取りを決める。滞在時間は３時間ほどを目処に、作業を黙々と始める。 <br />
　３月、４月、５月は種まきや苗の植え付け、散水に追われ、防風や防虫に悩まされる。何もかもが手探りの作業である。しかし何故か楽しい。まるで理科の実習をやっているように心が弾む。さらに６月、７月、８月は雑草取りと収穫に追われる日々が続く。 <br />
　しかし雑草の脅威がこれほどまでに強いとは思いもよらなかった。むしってもむしっても雑草は絶えない。除草剤は悪だと言い放つ人々の顔を思い浮かべながら、除草剤に頼る農人の悲しみが草をむしる手先を過ぎる。農家業の苦しみの歴史は、この除草の歴史であるような気がする。それほどに苦業である。 <br />
　また手塩にかけて育てている伝統野菜の育ち状況を観察しながら、それ以外のお楽しみ野菜の栽培にも心を配る。西瓜、トマト、キャベツ、人参、小松菜など伝統野菜以外の作物の状況も気にかかる。 </p>


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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image026.jpg" width="169" height="128" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p> 　さらにかぶりつくもぎ立てのトマトの甘さは、遠き日の露地トマトを彷彿させてくれる。実に甘い。記憶の隅にかすかに残る少年の日の、トマトの思い出が喉元を過ぎて行く。<br />
　また知らぬ間にぽつんと咲いた野菜の花を見つけると、思わず膝をついて愛でることも幾たびか。その花をめがけて、どこからともなくやって来る蜜蜂の大群。まるで自然界にはフェロモンのような情報網が張り巡らされているようだ。実に不思議な生態系の連鎖が存在する。 <br />
　そして今、大方の収穫を終え、閑散とした畑に佇みながら、この８ヶ月をふり返っている。様々なことが脳裏や手先に蘇えってくる。たかが８ヶ月の農業体験で、自然や野菜と対話したなどと偉そうに言う積もりはない。また言えば嘘になる。 <br />
　しかし農作業の苦しさ以上に、ドキドキとした楽しさや感動が全身を駆け行けたことは事実である。学び、観察し、驚き、考え、収穫し、それを家族に食べさせるうれしさ。失敗談、成功談を仲間に話す楽しさ。野良仕事を終えた後の畑で飲む缶ビールのうまさ。これらのことは事実、実感として自身の言葉として語ることができる。 <br />
　ビジネスマンとして、ファストモードの世界に身を置いてきた人間にとって、これらの体験はまさに別世界の出来事である。こんな面白いことが身近にあったのか、と人生の機微を思い知らされたことも事実である。 <br />
わずかな期間の体験を終えて学んだこと。それは健康な野菜は健康な土壌に宿る、ということ。健康な土壌を如何に醸していくか。有機栽培だ、減農薬栽培だ、自然農法栽培だ、と叫ぶ前に、悠久な向うに見え隠れする大地は、まさにスローランドそのものであるべきだ。 <br />
　そんな教えをこの体験から得られた気がする。実に感動の８ヶ月の毎日であった。９月１９日には山本さんの庭で、仲間達とささやかな収穫祭の宴を開く予定だ。この８ヶ月の奮闘を笑いながら語り合えるはずである。 </p>
<p>
<h2>●食あれば句あり</h2>

<p><strong>
＜３－１＞里芋は大地の温み</strong></p>

　　　　　　　

　　　　　　　<p>　里芋に関しては様々な想い出のある人が多いのではないか。その里芋は、ここ新潟でも盛んに栽培されている。新潟は里芋のまほろばと言えなくもない。とくに五泉の里芋は群を抜いている優れものだ。五泉の肥沃な河川の大地がもたらした「キヌオトメ」というブランドである。肉質が絹のように細かいからその名がついた。 <br />
　また里芋と言うくらいだから里の数だけ、様々な栽培がなされている。山芋（主に自然薯）に対する里の芋の総称である。原産地は南アジアでタロイモの流れを組む重要な作物である。日本への渡来は稲作が始まった縄文時代後期より古いとされている。 <br />
　種類は４種ほどに分類される。 </p>




<p><span class="style22">1,親芋を食べる種（土垂、石川早生など）<br />
  2,親芋からできる小芋を食べる種（セレベス、八頭、海老芋など）<br />
  3,親芋、小芋の両方を食べる種（たけのこ芋、田いもなど） <br />
  4,茎まで食べる種（はすいもなど）</span><br />
</p>
<p>一般的には土垂、石川早生（大阪の石川村産）など小芋が食卓に上り、様々な料理に利用される。 <br />
　とくに直径３ｃｍほどの小芋を、皮ごと湯がいたものをと呼び、月見の供え物として重宝する。食べ方はシンプルである。皮を剥いて塩をつけて食べる。それだけで里芋には大地の香りとパワーのあることが実感する。おやつや腹の足しにはもってこいの食べものだ。 <br />
　俳句の季題としても多くの俳人が好んで詠む逸品でもある。衣被（きぬかつぎ）とは、昔の女性が頭と顔を隠すためにかけた布のこと。その布がスルリと取れて白い肌が現れる様子に似ている所から付けられたという。何と艶かしい名前だ。先人たちは結構、洒落た名前を付けたものだ。だから「なんだァ～、里芋か」などと軽んじてはいけない。 <br />
　また里芋は低カロリーで、捻挫、神経痛、火傷等に対する薬効がある。母乳の代わりにもなるほどのバランス栄養食でもあるから驚きだ。しかも食べ始めたら、止められない、止まらないの旨さだ。とくに中秋の名月には、なくてはならない野趣溢れたお供えモノとなる。月見酒の摘み食いに実によく合う。芋名月の由来はここからきているのだ。 <br />
特に女性達は、今生の幸せ感覚のお茶請けとして、こよなく愛している。 </p>

<div align="center" class="style17">芋名月娘ら食べて良く笑ひ</div>

<p>　その里芋を栽培することにした。ホームセンターで土垂の種芋を購入し５月に植えた。種芋の芽を中心にカットした芋を、堆肥を効かせた畝に深く植えつけた。 <br />
　４０,５０日もすると芽がでて葉が成長し、葉の先が土に垂れ下がるほどになる。土垂の名前はここから由来する。朝早く見回ると、空を向く葉に朝露の球が光る。キラキラとして葉からこぼれるばかりに動き実に美しい。その瞬間を詠んだ名句がある。 </p>
<div align="center" class="style17">芋の露連山影を正うす　　　飯田蛇笏</div>
<p>まさにその陰影そのものを捉えている。 </p>
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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image027.jpg" width="169" height="128" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p>　日々成長してゆく里芋の姿をじっと見守っていることに、何かしらの幸福感が心を過ぎってゆく。里芋がくれる命との交流とでも言えそうな至福感である。収穫は９月下旬を予定しているが、さてどのような姿を見せてくれるだろうか。楽しみである。 <br />
　この里芋は畑から掘り起こした後、親芋と小芋を分けて小芋だけを大きな樽に入れる。さらにその樽に水を入れ洗濯板を差し込んで、小芋同士をゴシゴシかき混ぜる。 <br />
　すると瞬く間に小芋は磨かれて真白な肌に仕上がる。「芋を洗うようだ」という古事はここから来ている。この作業はもっぱらボクらの仕事で、結構面白かった記憶がある。この磨き上げられた小芋が衣被の原料となる。なつかしい風景としては水車の力を借りて洗う芋もある。 <br />
　しかしボクらの子供の頃は、どちらかといえば苦手な食べ物だった。里芋のあの「ぬめり」が苦手だった。箸で挟んでも、つるりと逃げ出してしまう里芋には、敵愾心すら生まれた。この野郎と箸で追いかける始末である。親の敵は里芋などと、訳の分からぬ事を言う変人も現れたりした。 <br />
　それでも「ただいま！」と空きっ腹で学校から帰ると、この小芋がおやつ代わりに卓上に置いてあった。仕方なしに、急いで皮ごと口に放り込んで腹こしらえし、チャンバラごっこの剣士に早変わりして家を飛び出したものだ。そして鞍馬天狗や笛吹き童子となり路上を駆け巡った遠き日が蘇える。 </p>
<div align="center" class="style17">芋を食ふ鞍馬天狗となりゆけり</div>
<p>　貧しかったけれど、楽しかった子供のころの思い出のひとこまだ。だから衣被には頭が上がらない。何分にも鞍馬天狗のおやつだったからだ。 <br />
　また里芋料理についても語らねばならないだろう。人気メニューの１０品を挙げておこう。 </p>

<p><span class="style22"> 　　　○煮ころがし</span>
<p><span class="style22">　　　○筑前煮</span>
<p><span class="style22">　　　○芋煮鍋</span>
<p><span class="style22">　　　○里芋カレー</span>
<p><span class="style22">　　　○里芋の揚げ出し</span>
<p><span class="style22">　　　○里芋と烏賊の煮物</span>
<p><span class="style22">　　　○けんちん汁、のっぺい汁</span>
<p><span class="style22">　　　○里芋羊羹</span>
<p><span class="style22">　　　○里芋コロッケ</span>
<p><span class="style22">　　　○里芋もち</span>
<p><span class="style22">　　　○芋棒</span>  </p>
<p>　中でも里芋料理の定番といえば「煮ころがし」に尽きる。肉じゃがと双璧をなすお袋の味である。大人たちの最後の晩餐のメニューとして必ず浮上する一品といわれている。新潟では五泉の里芋カレーやのっぺい汁が人気だ。 <br />
　また料亭でも出てくるのが前述の衣被である。小粋な小皿に皮を少しだけ切り取った、湯がきたての小芋がでてくる。嬉しかったですねぇ～。「おい、お前、生きていたのか！」と、言葉をかけたくなる劇的な出会いがこんな所であろうとは。まさに４０年ぶりの感動だ。タイムスリップした出会いとは、こんなコトを言うのだろう。 </p>
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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image028.jpg" width="132" height="132" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p>　そういえば、八坂神社の京名物の「いもぼう」さんにも行きたいものだ。海老芋を主体にした懐石料理が自慢の店である。職を辞してから、ゆっくりと行きたいひとところだ。 <br />
　里芋煮には古代人の悠久な文化が詰まっている。そんな時空間を味わいながら、熱燗で一献やりたいものだ。 </p>
<div align="center" class="style17">花冷や芋ぼうさんの前を過ぐ</div>
<p>
<p><strong>＜３－２＞「静」と「動」なる月見の宴</strong></p>
<p><span class="style17">　　　　　　　　　　　　　　　　＊ <br />
　　　　　　　  ○一盃は遺影の父へ月の酒　　　　　　　細川朝子 <br />
　　　　　　　  ○酒尽きてしんの座につく月見かな　　　一茶 <br />
　　　　　　　  ○玉盃に捉へし月を飲んでゐる　　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　　　　　　　　　　　　  ＊</span>
　　　　　　　</p>

<p> 　日本人の感性は、花鳥風月に盃を重ねる風雅によって磨かれてきた。特に月見酒は、その代表格である。「ああ玉杯に花受けて、緑酒に月の影宿り」は、懐かしい寮歌の一節。この歌にもやはり月と酒が出てくる。 <br />
　この月見と酒の関係は、何時から親密な関係になったのだろうか。古代人が月に宿る魂を崇めながら酒を献上したのかも知れない。月見を風雅として楽しんだのは中国をはじめとするアジア民族に多いが、仏教の影響もあるのだろう。陰暦は月を母とした農事暦であり、国旗に月をデザインする国も多い。 <br />
　そんな月見に関する一文をしたためようと思う。「そんなこと、どうでもいいじゃないか、酒さえ飲めればそれでいい」などの無風流な人でも、月光を浴びれば、静かに杯を重ねたくなるから不思議である。 <br />
まずは月見に関する基礎知識を文献より引用してみてみよう。 </p>

<p><strong>＜お月見の基礎知識＞</strong><br />
  　古くから旧暦８月（グレゴリオ暦（新暦）では９月ごろ）は、北半球では太陽と月の角度が観月に最も良い時節（明るい）である。<br />
  この夜は、月が見える場所などに、薄（すすき）を飾って月見団子・里芋・枝豆・栗などを盛り、御酒を供えて月を眺めた（お月見料理）、豊作を祈る満月法会など。このことから芋名月とも言う地方もある。</p>

<p>十五夜は、日本では、１６８４年に、十三夜を満月に合わせた宣明暦を廃止して貞享暦に改め、毎月1日が新月になるように２日ずらしたため、満月が１５日目の夜に当たるようになった。<br />
  　また、十五夜は、中国が始まりとされ、仲秋節として日本より盛大に祝い月餅を作ってお供えする。この月餅が日本に伝わって、月見団子に変ったという。朝鮮にもこれは伝わり、チュソク（秋夕）とよび、ソンピョン（松餅）をつくる。大陸（中国、朝鮮）では、大きな年中行事になり、休暇をとり帰省する者も多いが、これは節句の名残であり月の風情を楽しむ日本の月見とは少々異なる。</p>
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<div align="center"><img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image029.jpg" width="111" height="111" hspace="15" vspace="10" /></div>
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<p>　十三夜は、日本では、８６２年から１６８３年まで８２２年もの長きにわたって続いた宣明暦に基づくもので、毎月１３日目が満月に当たるように定められていたもの。<br />
  　なお、中国では、８２２年から８９２年まで使われていたもの。日本独自の風習があり、ちょうど食べ頃の大豆や栗などを供えることから、この夜の月を豆名月または栗名月という。<br />
  　江戸時代の遊里では、１６８４年貞享暦元年以降、満月が１５日の夜に変わっても、十五夜と十三夜の両方を祝い、どちらか片方の月見しかしない客は「片月見」または「片見月」と言って遊女らに嫌われた。２度目の通いを確実に行うために、十五夜に有力な客を誘う（相手はどうしても十三夜にも来なければならないため）風習があった。<br />
  　更に、地方によっては月待ちという風習があり、</p>

<span class="r50-red">十七夜以降を立待月（たてまち） <br />
居待月（いまち） <br />
寝待月（ねまち） <br />
更待月（ふけまち） </span>
<p>というのはこの名残である。<br />
  　二十三夜待ちまでを行う地域が多くを占めたが、二十六夜待ちまで行う地域があり、月光に阿弥陀仏・観音・勢至の三尊が現れる（『広辞苑』より）、という口実を付けて月が昇る（大体、深夜二時ごろ）まで遊興にふけった。この風習は明治時代に入ると急速に廃れていったようだ。<br />
  　中国、日本では、月を愛でるという習慣が古くからあり、日本では縄文時代ごろからあるといわれ、平安時代ごろから中国から月見の祭事が伝わると、貴族などの間で観月の宴や舟遊び（直接月を見るのではなく船などにのったりして水面に揺れる月を楽しむ）など歌を詠み、宴を催した。また、平安貴族らは月を直接見ることをせず、杯や池にそれを映して楽しんだという。<br />
  　ヨーロッパでは満月は人の心をかき乱し、狂わせるものであるといわれ、月の女神が死を暗示したり、狼男が月を見て変身するというのは、その典型的な例で、とても月を眺めて楽しむという気分にはなれなかったようだ。<br />
  　日本では『竹取物語』に、月を眺めるかぐや姫を嫗が注意する場面があるため、中国から観月の風習が入るまでは、月に対する考えがヨーロッパと似ていたようだ。<br />
  　なお、中秋の夜に雲などで月が隠れて見えないことを「無月」、中秋の晩に雨が降ることを「雨月」と呼び、月が見えないながらもなんとなくほの明るい風情を賞するものとされる。<br />
  また、俳諧では葉月１４日、１６日のことを特に「待宵（まつよい）」「十六夜（いざよい）」と称して、名月の前後の月を愛でるが、日本の関東以西では、この時期、晴天に恵まれる確率は低い。<br />
  　以上が月見孝である。俳句界や短歌の世界では、この様々な月の呼び名に想いを込めて短詩を競い合う。</p>

<span class="r50-blu">待宵（名月を明日にひかえた十四夜の月） <br />
十五夜（名月、芋名月、中秋の名月） <br />
十六夜（名月の翌日の月） <br />
立待月（十七夜の月） <br />
居待月（十八夜の月） <br />
寝待月（十九夜の月） <br />
更待月（二十夜の月） <br />
十三夜（名月から１ヶ月おくれの満月、後の月、栗名月、豆名月）</span> 
<p>　ちなみに今年の十五夜（中秋の名月）は１０月３日、月の出は１７：４５頃である。この日には日本各地で観月会が催され、それぞれの風習に乗じての馳走、お供え、お酒が用意される。 <br />
また日本の月見の名所といえば、以下のところを上げる人が多い。 </p>

<span class="r50-blu">１、松島（宮城県宮城郡松島町）<br />
  ２、九段坂（東京都千代田区）<br />
  ３、信州姨捨（長野県千曲市）<br />
  ４、伊賀上野城（三重県伊賀上野）<br />
  ５、玄宮園（滋賀県彦根市）<br />
  ６、大覚寺大沢池（京都府京都市）<br />
  ７、渡月橋（京都府京都市嵐山）<br />
  ８、姫路城（兵庫県姫路市）<br />
  ８、岩国城と吉香公園（山口県岩国市）<br />
  １０、満願寺（島根県松江市）<br />
  １１、桂浜（高知県高知市）</span>
  <p>　中でも月見の名所は昔から大覚寺大沢池、滋賀の石山寺と信州の姥捨山が有名だ。中には銀閣寺の砂紗台にかかる月を愛でる人や、南国土佐の桂浜に思いを馳る人も多くいる。また薄ヶ原の月見は、金波・銀波の幻想的な世界が堪能できると、俳人達は激賞する。 </p>
<div align="center" class="style17">薄野や金波銀波が宙に舞ふ</div>
<p>いずれもにしても、月見のメッカにふさわしい風情と風格を備えている処ばかりである。 <br />
　私見だが紫式部で著名な石山寺の月見は、繊細で雅そのものであった。いわば「静」の月見である。関西人が一押しする静寂な月見の名所だ。 <br />
　また高知の桂浜の月見は、豪快にして静寂そのものであった。桂浜の月見は、竜馬の像を仰ぎながら、金波銀波の満月の静海（太平洋）を眺めることができる。片手を腰にあて、手庇ごしに太平洋の月を眺めると、魂がきらきらとゆれる月の静海に引き込まれていく。しかも寄せくる金波は、桂浜の白砂利を洗い、また静かに引いて行くのだ。まるで太平洋丸抱えの贅沢な月見が可能となる。 <br />
　あとは砂浜にどかっと腰を下ろし、土佐のサワチ料理や、鯖の姿寿しと辛口の酒があれば、もう夜通し満月三昧となる。若き竜馬が熱き野生の血をたぎらせた時代が、この月見から想像される。これを「動」の月見と言ってもいいだろう。 </p>
<div align="center" class="style17">大海をまるごと月の桂浜</div>
<p>　ペギー葉山さんの「南国土佐を後にして」がヒットしてから、月の桂浜は全国的な名所になった。ただ桂浜は、満月の時だけが月見の名所なのではない。十三夜、居待月、寝待月なども、通の人々が楽しみに待つ月見なのだ。それぞれに感動する結界との出会いが、月の桂浜にはある。森羅万障を一杯の盃に浮かべるのも、これまた格別な人生の風雅と言えよう。 <br />
　次は月に関わる芭蕉の俳句を挙げておこう。 </p>


<div align="center" class="style17">名月はふたつ過ぎても瀬田の月</div>
<div align="center" class="style17">名月や池をめぐりて夜もすがら</div>
<div align="center" class="style17">名月や座にうつくしき顔もなし</div>
<div align="center" class="style17">名月や児立ち並ぶ堂の縁</div>
<div align="center" class="style17">名月や門にさしくる潮がしら</div>
<div align="center" class="style17">名月や北国日和定めなき</div>
<p>種田山頭火の「ほつと月がある東京に来てゐる」も味わい深い一句である。<br />
  　さて月見といえば団子となる。しかもその地方独自の月見団子がある。その一例のインターネットの資料からご引用しておこう。<br />
  ＜日本のお月見団子＞</p>


<table width="570" border="1" align="center" cellpadding="0">
  <tr>
    <td width="109"><p align="center"><strong>地域 </strong></p></td>
    <td width="63"><p align="center"><strong>団子の名称 </strong></p></td>
    <td width="93"><p align="center"><strong>原材料 </strong></p></td>
    <td width="81"><p align="center"><strong>供える個数 </strong></p></td>
    <td width="200"><p align="center"><strong>備考 </strong></p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td valign="top" class="style13">新潟県巻町 </td>
    <td valign="top" class="style13">月見団子 </td>
    <td valign="top" class="style13">白玉粉 </td>
    <td valign="top" class="style13">－ </td>
    <td valign="top" class="style13">赤血球のような形 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td valign="top" class="style13">長野県長野市 </td>
    <td valign="top" class="style13">おはぎ </td>
    <td valign="top" class="style13">もち米、アンコ </td>
    <td valign="top" class="style13">－ </td>
    <td valign="top" class="style13">「ぼたもち」ともいう </td>
  </tr>
  <tr>
    <td valign="top" class="style13">長野県辰野町 </td>
    <td valign="top" class="style13">団子 </td>
    <td valign="top" class="style13">米 </td>
    <td valign="top" class="style13">いっぱい </td>
    <td valign="top" class="style13">おはぎもある </td>
  </tr>
  <tr>
    <td valign="top" class="style13">長野県茅野市 </td>
    <td valign="top" class="style13">のたもち </td>
    <td valign="top" class="style13">ご飯、枝豆 </td>
    <td valign="top" class="style13">－ </td>
    <td valign="top" class="style13">のた(つぶした枝豆)のおはぎ </td>
  </tr>
  <tr>
    <td valign="top" class="style13">名古屋市千種区 </td>
    <td valign="top" class="style13">団子 </td>
    <td valign="top" class="style13">－ </td>
    <td valign="top" class="style13">適当 </td>
    <td valign="top" class="style13">月見団子はない。普通の団子を供える。 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td valign="top" class="style13">大阪市中央区 </td>
    <td valign="top" class="style13">月見団子 </td>
    <td valign="top" class="style13">白玉粉 </td>
    <td valign="top" class="style13">13</td>
    <td valign="top" class="style13">－ </td>
  </tr>
  <tr>
    <td valign="top" class="style13">大阪府大東市 </td>
    <td valign="top" class="style13">月見団子 </td>
    <td valign="top" class="style13">米粉、こし餡 </td>
    <td valign="top" class="style13">４～５ </td>
    <td valign="top" class="style13">紡錘型。市場で買う </td>
  </tr>
  <tr>
    <td valign="top" class="style13">大阪市住吉区 </td>
    <td valign="top" class="style13">月見団子 </td>
    <td valign="top" class="style13">白玉粉 </td>
    <td valign="top" class="style13">不定 </td>
    <td valign="top" class="style13">球状 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td valign="top" class="style13">大阪市住吉区 </td>
    <td valign="top" class="style13">月見団子 </td>
    <td valign="top" class="style13">白玉粉、アンコ </td>
    <td valign="top" class="style13">適当 </td>
    <td valign="top" class="style13">先が細い筒型 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td valign="top" class="style13">大阪府岸和田市 </td>
    <td valign="top" class="style13">月見団子 </td>
    <td valign="top" class="style13">米粉、メリケン粉 </td>
    <td valign="top" class="style13">13</td>
    <td valign="top" class="style13">球形。里芋と一緒に煮て食す。 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td valign="top" class="style13">奈良県五條市 </td>
    <td valign="top" class="style13">－ </td>
    <td valign="top" class="style13">－ </td>
    <td valign="top" class="style13">－ </td>
    <td valign="top" class="style13">団子はお供えしない </td>
  </tr>
  <tr>
    <td valign="top" class="style13">和歌山県田辺市 </td>
    <td valign="top" class="style13">月見団子 </td>
    <td valign="top" class="style13">米粉 </td>
    <td valign="top" class="style13">12(閏年は13)</td>
    <td valign="top" class="style13">里芋型の餅にきな粉 </td>
  </tr>
  <tr>
    <td valign="top" class="style13">和歌山県那賀郡 </td>
    <td valign="top" class="style13">月見団子 </td>
    <td valign="top" class="style13">既製品 </td>
    <td valign="top" class="style13">－ </td>
    <td valign="top" class="style13">きな粉団子。丸い団子の串刺し </td>
  </tr>
  <tr>
    <td valign="top" class="style13">高知県南国市 </td>
    <td valign="top" class="style13">かしわ餅 </td>
    <td valign="top" class="style13">米、米粉 </td>
    <td valign="top" class="style13">－ </td>
    <td valign="top" class="style13">三宝に載せて供える </td>
  </tr>
  <tr>
    <td valign="top" class="style13">沖縄県平良市 </td>
    <td valign="top" class="style13">フキャギ </td>
    <td valign="top" class="style13">もち米、小豆 </td>
    <td valign="top" class="style13">お盆に一山 </td>
    <td valign="top" class="style13">紡錘型から小判型 </td>
  </tr>
</table>
<p>&nbsp;</p>

<p> 　団子の材料は米粉などを丸めて茹でたものが多い。中国の月餅が変形して日本の各地に根付いたようだ。もちろん里芋や豆、栗などが供えられるが、いずれも女性好みの献立である。 <br />
　となると月見に適うお酒の肴とは、どのようなものであろうか。お花見弁当は、江戸時代にひつの文化として開花したが、お月見弁当というジャンルや文化はない。卵の黄身をのせた月見うどんやソバ、ハンバーガーはあるが、格調高い月見酒の馳走が欲しいものだ。 </p>
<!--☆-->
<div align="center"><img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image030.jpg" width="139" height="104" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->
<p>ならばとその辺を探るべく、料理研究家に献立をお願いした。 <br />
そのメニューは以下のようになった。 </p>

<p><span class="style23">●さつま芋の甘煮 </span><br />
さつま芋は皮ごと輪切りにして水にさらし灰汁抜きし→砂糖→塩少々→くちなしの実２個→を入れて彩り良く煮上げる。 <br />
<span class="style23">●ホタテのネギ塩バター焼き </span><br />
ボイルホタテをネギ塩とバターでソテーし最後に刻みネギをたっぷり加える。 <br />
<span class="style23">●里芋の絹かつぎ </span><br />
良く洗った皮付き里芋は塩ひとつまみを入れて茹でる。 <br />
くるりと包丁目を入れて皮を回しますと取れる。ごま塩をかけつ。 <br />
<span class="style23">●お月見団子 </span><br />
上新粉は熱湯を掛けてピンポン玉位に丸めて２０分蒸す。<br />
ボールに入れてすりこきで良く付く→捏ねて同量の裏ごし南瓜と良く混ぜる　→好みの大きさに丸めて串刺しにする。 <br />
つぶ餡の残りが冷凍庫に有ったので掛ける。　なめらかであき流のお団子。 <br />
<span class="style23">●鶏肉と山菜の炊き込みご飯</span><br />
　　白米３合／餅米１合をブレンドして和だし汁／醤油／塩を入れて炊き <br />
上げる。 <br />
具は→鶏もも肉／田舎煮の水煮/人参／舞茸を使う。<br />
トッピングは銀杏のソテーに塩胡椒をした物／茹でさやインゲン。餅米を入れ　　るとと流石にひと味違う。 <br />
<span class="style23">●お月見豆腐 </span><br />
絹豆腐の真ん中をくり抜いて　生卵を落として少し蒸す。<br />
　　トッピングは小ネギ／茹で法蓮草。簡単で美味しい一品になる。<br />
<span class="style23">●その他</span>----------枝豆。 </p>

<p> 　これで五穀豊穣を祈った、秋の恵みの馳走が月見の宴に並ぶことになる。この７品をお重に詰めれば料亭張りの月見のご馳走となる。 <br />
　また月見酒の粋なやり方は、盃に月を浮かべて飲むことだ。熱燗でもいいし冷でもいい。天心の月を盃に捉えて、飲み干すのである。おそらく冷え冷えとした月光を、全身に浴びながら飲むお酒とならば、まさに風雅を極める瞬間となる。日本人の古代からのアミニズムが頂点に達するだろう。 <br />
　今年の中秋の名月（１０月３日）には、スローフードの仲間と信濃川の河川敷で観月会を予定している。前述の料理研究家の献立と新潟の地酒を堪能するつもりだ。雨となり雨月とならなければいいが、と祈るばかりである。 </p>
<div align="center" class="style17">大吟醸雨月とならば燗にせよ</div>

<p>

<p>＜<strong>３－３＞淋しさを食う「石榴(ざくろ)の実」</strong></p>

<p><span class="style17">　　　　　　　　　　　　　　　　＊ <br />
　　　　　　　  ○手より手へ淋しさわたす石榴の実　　　　小池文子 <br />
　　　　　　　  ○石榴の実の一粒だにも惜しみ食う　　　　山口誓子<br />
　　　　　　　  ○中の子は石榴の種を空に吐く　　　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　　　　　　　　　　　　  ＊</span>
　　　　　　　</p>
<p> 　石榴の話しをしよう。どこの路地裏にでも赤い花と実をつけるあの町内の果物である。その石榴に出会った人は古今東西にわたり多い。いわば石榴は我らの身内のような懐かしい存在とも言える。<br />
  　その石榴の原産地はイラン東部から北インドのヒマラヤ山地である。庭木などの観賞用に栽培されるほか、食用としても利用される優れものである。<br />
  　果実の赤く硬い外皮を割ると、赤く透明な果肉（仮種皮）の粒が無数に現れる。果肉一粒ずつの中心に種子が存在する。花は子房下位で、蕚（がく）と花弁は６枚、雄蕊は多数ある。果実は秋に熟す。<br />
  　石榴には多くの品種、変種があり一般的な赤いザクロのほかに白い水晶ザクロや果肉が黒いザクロなどがある。 日本に輸入され店頭にしばしば並ぶのはイラン産、カリフォルニア州産が多い。<br />
  　以上が石榴の基礎知識である。１０月も半ばを過ぎる頃、真っ赤に色づいた石榴が食べ頃を迎える。秋空に紅熟した果実が、裂けたままぶら下がる。その冷え冷えとした虚空の風景に、誰でもが故郷を思い出す。<br />
  　秋祭りの屋台では竹べらで割りながら、石榴売りが声をかけてくれる。「そこのお嬢さん、これを食べるとますますきれいになるよ！」等と、口上たくましく勧める。「アラ、そう、じゃあ、その熟れたのをひとつくださいな！」と、めでたく商談が成立する。<br />
</p>
<div align="center" class="style17">石榴売り女人を選び売りにけり</div>

<p>　石榴は食べれば甘酸っぱく、種ばかりの果物だ。食べるというよりは、種の周りにかすかにへばりついている果汁をすすり取るという感じである。一粒の果実の構成は、種が９０％、果肉が１０％ぐらいだろうか。とにかく切ない食べものには違いない。 </p>

<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image031.jpg" width="106" height="103" hspace="15" vspace="10" />
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image032.jpg" width="120" height="101" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　食べ方は簡単だ。石榴の裂けたところに指を入れて、パカーンとかち割り、人差し指で果肉をほじくり出し、それを１０粒ほど口に放り込み、もぐもぐする。 <br />
　そして種は口から、プーと空に向けて吐き出し、できるだけ遠くに飛ばす。もぐもぐ、プー、もぐもぐ、プーが石榴の美味しい食べ方なのだ。 <br />
　またビタミンＣが多いから、美容系の飲み物として注目されている。かの美人姉妹が愛用しているというのが宣伝文句だ。ことの真偽は確かめようもないが、それだけが人気の理由でもなさそうだ。 <br />
　石榴は種が多いことから、繁殖と富貴の印とされ、安産の守護神、子孫繁栄のシンボルとして女性達にひそかに支持されているのだ。と言うことは、少子社会のお守りとも言える訳である。だから石榴などと馬鹿にしてはいけない。 </p>


<div align="center" class="style17">新婚の嫁に勧める石榴かな</div>


<p>　また石榴には、「別の人生のドラマがぎっしりと詰まっているぞ！」と言ったら、「冗談でしょ！」と一蹴されそうだが、まあ、聞いてください。石榴には虚空の哀愁とか孤独が、ぎっしりと詰まっているような気がする。 <br />
　そしてそれらが詰まり過ぎると、こらえ切れなくなって、実がパカーンと爆ぜる様にも思える。これを「石榴の開放」と言う。梢にぶら下がっている石榴を見ると、そんな風情が感じられる。そういえば石榴という字は「石」が「木」に「留まる」と書く。粋な漢字をあてがったものだ。<br />

　さらに雪が降り積む梢に、取り残された石榴ほど哀しいものはない。忘れ去られた老人のように、ただ梢に揺れている。そして「石榴くん、キミは孤独なんだね~」と、思わず自分の境遇に重ね合わせて声をかけたくなる。 </p>
<div align="center" class="style17">憎しみに似たり石榴の面構え</div>


<p>　また石榴には少年の頃の思い出が重なる。悪戯して叱られた子が、原っぱの土管にまたがりながら、この石榴の実を一粒ずつ食べては、空に吐き出す原風景が心を過ぎるのだ。エッ、それってキミの思い出だろうって！ハイ、その通り。 </p>

<!--☆-->
<div align="center"><img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol23/img/image033.jpg" width="139" height="105" hspace="15" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>石榴を口にする時は、いつも、いつも寂しい時だったような気がする。ならば「寂しさ系」のお菓子として、「石榴キャンディー、石榴グミ、石榴ガム」などを売り出してみてはどうだろう。 <br />
おっとっと、また商売の話しになってしまった。その真っ赤な石榴が梢に取り残されるころ、遠峰には早い雪がやってくる。 </p>

<div align="center" class="style17">石榴食ふ寂しき貌を寄せて食ふ</div>

<p>

<h3>３　スローでウオッチング（２３）</h3>


<ol>
  <li>長年の念願だった八尾の風の盆を訪れた。わずか１里四方の小さな坂の町に、３日間で２５万人ほどの人が訪れる。<br />
    　眼目はおわら踊りとそれをバックアップする胡弓や三味線、歌（地方という）である。踊りは男踊りと女踊りがある。１１町内が繰り出す夜流しも見どころだ。<br />
    　踊りは農作業を表現した言わば「百姓の盆踊り」で、振り付けもシンプルである。とは言っても数百年の歴史がある。時の財産家が全国から有名人を呼び寄せて造り上げた民芸だという。２１０日の風水害忌避と豊作を祈るだけの祭りではない。<br />
    　町の人々も皆親切だ。家に前にはベンチを並べ、自由に休憩してくれと勧める。徹夜の夜店もあり、訪問客への心配りも長けている。長い歴史をかけて作り上げてきた観光文化なのであろう。俗化だけはしないぞ、という町民の誇りが感じられる町である。<br />
    　親子代々に亘って受け継がれてゆく、風の盆という「さみしさを踊る」祭り。郡上踊り、阿波踊り、佐渡おけさなどと共に、「さみしさを踊り」ながら、日本人の鎮魂崇拝の夏は過ぎて行く。 </li>
  <li>日本で政権交代が実現した。惨敗した自公は右往左往している。目も当てられない悲惨な状況だ。<br />
    　これほどの怒りが民意となって現れるとは、驕っていた政治家諸氏には理解できないだろう。「何と戦っているのか分からない」と言って嘆いた大物の声が耳に残る。分からないはずである。自公の賞味期間が切れ、生理的にも嫌悪感を民が持っていることなど、分かろうはずもないからだ。<br />
    　さらに「×××家」と言った世襲の政治屋の特権階級層も青ざめて、その民意の逆襲を受けている。世襲問題に民意が敏感に反応する。世襲でもない雑草のような逞しい政治家が出てきてこそ、民主主義社会ともいえる。<br />
    　また政治とは「税金を、公開上で、優先順位をつけて最適配分するマツリゴト」だという。選挙区に公共事業という餌を持ってくるだけでは、もう大多数の民意は動かない。<br />
    　しかし我々は正義感づらして、胸の怒りを修めるだけではいけない。一票を投じた我々には、新政権への期待と叱咤激励をする重たい責任がある。<br />
    権力と果物は、手に入れた瞬間から腐り始めるのが常道だ。新政権を長い目で見ながら、期待を寄せていきたいと念願する。</li>
  <li>糠漬けを始めた。ポリ容器に糠床をこしらえて、胡瓜、茄子、レタス、キャベツ、大根、蕪、人参などを仕込む。半日ほどで漬けあがる。<br />
    　新潟には糠漬け文化がないが、この味が舌に染み込んでいるよそ者の我らには、この上ない馳走である。茄子漬けなどは熱々のご飯があれば、それであとは何も要らない。<br />
    　変わった仕込み材料としては、アスパラ、スイカの皮、乾燥しいたけ、糸瓜、鶏肉、鰯、鱈などもなかなかイケる。油たっぷりのドレッシングをかけるサラダは、この糠付けがあれば、もう食べる気もしない。この糠付けを食べ出してから、心もち身体の調子がいい。乳酸菌のお陰だと自負している。</li>
  <li>韓流と言われる映画のドラマが面白い。とくに高句麗、新羅、百済の３国を舞台にした壮大な歴史物がお奨めだ。チュモン、ゲソムン、太祖王建、風の王国など見だすともう病みつきになる。これほどに夢中にさせる映画やドラマをかって見たことがない。<br />
    　韓国の歴史に疎い我らも、これでお隣の国の戦略思想や生活の心情が、少しは理解できるようになる。四方が海に囲まれて、侵略されたことのない日本人には分からない国民性も見えてくる。韓流のドラマ映画を是非、鑑賞しよう。</li>
  <li> 山川草木（さんせんそうもく）という言葉がある。自然のあるがままに、という意味合いを持つ達観の言葉だ。人生の後半を、安らか導いてくれる生き方の処方箋のような言葉だ。またスローフードの根幹を見事に表現している、そんな気がしてならない。</li>
</ol>
<!--::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ここまで更新内容::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::-->
</div>
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]]>
      
   </content>
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<entry>
   <title>スローフード瓦版　ＶＯＬ ２２</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://topics.slowfood-niigata.com/2009/07/post_50.php" />
   <id>tag:topics.slowfood-niigata.com,2009://1.63</id>
   
   <published>2009-07-20T14:16:48Z</published>
   <updated>2009-07-31T02:08:20Z</updated>
   
   <summary>            １　スローフード巷談（１）              V...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="ｶﾃｺﾞﾘｰ１（スローフード瓦版）" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://topics.slowfood-niigata.com/">
      <![CDATA[<div id="kawara">

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  <em>１　スローフード巷談（１）</em>  </div><!--div id="banner-texbox"-->
  

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<!--::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ここから更新内容::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::-->


<h3>１　スローフード巷談（２）</h3>

<h2>●１０年目を迎えたスローフード運動の光陰</h2> 
  
  
<p>　日本のスローフード運動は過渡期を迎えている。日本に華々しく登場してはや１０年ほどになるが、その成果は一進一退を繰りかえし、未だ多くの課題に苦しむ。しかも社会的な認知度もさほど高くない。 <br />
　一部の行政の長が「スローフード宣言」を好んで口にするが、地産地消や郷土料理などのイメージアップの手段としての範疇を越えない。スローという用語には、よほど分かりやすくて市民や県民にアピールするスローガン的な魅力があるのだろう。 <br />
　我が「スローフード・にいがた」（以下ＳＦＮと略す）もＣＶを立ち上げて７年目になる。スローフードなる魅惑な用語を信奉して、一部の著書や評論家の言に引き摺られるように、ひたすらスローコミュニティとスロービジネス・システムの構築に邁進してきた感がある。引き摺られてという表現は、もちろん我らの自己能力のなさを示すものである。それほどにスローという言霊は魅力に満ち溢れていた。 <br />
　そしてＳＦＮはイタリア協会の活動モデルを見本に、今まで様々な活動を繰り返してきた。スローフードの最前線に立ちながら、様々な事例や課題、壁に果敢に挑戦してきたといえる。しかし当初の期待値にはまだまだ届かないのが現状である。 <br />
　その生々しい活動実録を踏まえ、振り返りながら、今一度、スローフード運動を見直そうと思う。そんな自立すべき時期が今きていると、こうしてペンを執っている。 <br />
　日本のスローフード運動には何が欠けている。その何が必要なのかを真摯に前向きの姿勢で論じてみたいと思う。評論家や作家の甘い言葉や幻想には、もううんざりする。 <br />
まず最前線での実感についてお話しよう。２点ある。 <br />
<strong>（１）、スローフードに参加する人の３大誘因 </strong><br />
　参加する人々をじっと観察すると見えてくるものがある。誘因である。なぜ参加したのかを読み取ると３つほどの動機が浮上してくる。 <br />
　　　　　　①、知識や情報を得るため <br />
　　　　　　②、人脈を拡げるため <br />
　　　　　　③、自分の知識や能力を役立てるため <br />
以上が３大誘因である。いずれも表層的には、文化活動的な動機が誘因となっている。中には「美味しいものが食べられる」「暇つぶしになる」「有名人になるための関門」などと言う参加者もいるが、付随的である。 <br />
しかし経済活動に利用するというあからさまな動機の人が、意外と少ないのが気になる。スローフードをビジネスに利用してはならないという、暗黙の掟があるためだろう。 <br />
ただしこれは建前であって、知識や人脈の拡大を経由して、結果的は経済的なメリットを期待してそれを求める人は確実に潜在している。それを読み間違えてはいけない。 <br />
メリットがないと分かると企業も個人も１００％退会していくからすぐに分かる。「ああ、あの人は、スローフードを商売に利用したかっただけのことだ」と、本音を知らされることがしばしばある。 <br />
　　　　また熱心に長年にわたり参加している人には、共通の特徴がある。行き過ぎた現代社会への批判哲学を持ち、スローフード運動の価値に共感する人々である。新潟でも半数以上はこれらの人々である。スローフード運動は、いわば知的社会人のこれらの会員に支えられている面が意外と大きいのだ。その数は少ないが貴重な支持者たちである。 </p>
<p><strong>（２）、各ＣＶが主に重点とする活動内容 </strong><br />
  日本の５０余りあるＣＶの活動内容は、それぞれ様々である。それはリーダーの力量と個性および環境などの違いによって決まっている。 <br />
  またいくらイタリアの活動モデルがすばらしく、それをお手本にしたくとも、自分達の実力以上の活動はできないと諦めているのが現状だ。このギャップのジレンマが一部のＣＶの停滞を生み出している。会費の問題、ノウハウ提供の問題、ＣＶ会員同士の情報交換不足への不満、そしてスローフードジャパンへの期待と失望などが入り混じって露見している。文化革命の難しさにぶち当たっていると言ってもいいだろう。 <br />
  またそれぞれのＶＣの持ち味や、やろうとしていることをつぶさに観察すると、次の４つほどのＣＶの姿が見えてくる。 <br />
  <span class="style5">１、食材・生産に重点をおくＣＶ <br />
  ２、調理・料理・食育に重点をおくＣＶ <br />
  ３、とりあえず食談や懇親会に重点をおくＣＶ <br />
  ４、イタリア方式を背伸びして真似ようとするＣＶ </span><br />
  これらを踏まえて、日本のスローフード最前線の５０ほどのＣＶを位置づけすると、以下の座軸を描くことができる。 </p>
<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol22/img/image002.gif" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>座軸の各ゾーンを説明しよう。 </p>



<p><strong>●　Ａゾーン：懇親会・食談会に重点をおくＣＶ</strong></p>
<p>→初参加のＣＶや時間やノウハウ、資金がないＣＶ <br />
  参加することに意義を求め、今後の活動を模索しているＣＶ </p>

<p><strong>●　Ｂゾーン：調理・料理・食育に重点をおくＣＶ</strong></p>
<p>　→飲食店や料理学校など、もっとも有効にスローフードを活用しているＣＶ（イタリアン、フレンチ、会席料理店などがリーダーを務める。農家とシェフのコラボも売りにしている） <br />
  ビジネスとしても分かりやすく、成果がすぐあがるのが特徴 <br />
  シェフが突如有名人になる不思議なゾーン </p>

<p><strong>●　Ｃゾーン：食材・生産に重点を置くＣＶ </strong></p>
<p>→古代米や伝統野菜などを生産するＣＶ <br />
  一時は、もてはやされるが直ぐに忘れ去られる会員を抱える <br />
  販路やブランド化に四苦八苦するＣＶ </p>
<p><strong>●　Ｄ：イタリア・スローフード協会モデルを目指すＣＶ</strong></p>
<p>→マーケティングの実務経験者が率いるＣＶ <br />
  事業としての欲望を持ち、資金、人、時間と戦いながら独自の運動をすすめるＣＶ <br />
  ＳＦＮはここに位置する <br />
  　以上がＣＶの現状の位置づけである。もちろん単純に各ＣＶを座標に固定はできないが、夫々のＣＶの姿が俯瞰できると思う。さらにこの座軸を使えば、次の目指すべきＣＶの方向性が見えてくるはずである。基本的にはＤを目指すのが力ある理想のＣＶの姿である。 <br />
  　しかし「Ａ→Ｄ」コースの進み方はありえない。まず「Ａ→Ｂ→Ｄ」コースか「Ａ→Ｃ→Ｄ」コースに進路をとるのが定石だ。もちろん野望など持たずに、ただ単にスローフード運動に参加しているだけで満足なＣＶは、それはそれで意義があり、あえて力む必要はないだろう。要はスローに対してどのようなスタンスを取るかで、ＣＶの姿形が決まっていく。 <br />
  　さてここで究極のイタリアの実際の活動モデルについて、その実態と巧妙なマーケティング手法について改めて整理しておこう。 <br />
  　我らがモデルとするイタリア・スローフード協会の、戦略的な代理店機能とその実像についてである。熱くも覚めた目でみておこう。 </p>
<p>
<p>＜イタリア・スローフード協会の凄さの秘密―その代理店事業機能と特徴＞ </p>



<span class="r50-1em-blu">●イベント事業（サローネ・デル・グストなど）（観光事業としてペイできる） </span><br />
<span class="r50-1em-blu">●食や食文化の出版事業（ワインガイド、オステリアガイドなど６０種の収益本） </span><br />
<span class="r50-1em-blu">●食の大学運営事業（伝道師の養成）</span> <br />
<span class="r50-1em-blu">●味覚教育事業 </span><br />
<span class="r50-1em-blu">●特産品づくりのアドバイス事業 </span><br />
<span class="r50-1em-blu">●特産品のプロモーション事業（テッラ・マードレなど）</span> <br />
<span class="r50-1em-blu">●年間３億円の会費収入（４５カ国、８万人の会員） </span><br />
<span class="r50-1em-blu">●州の補助金や企業のスポンサードの収入がある</span> <br />
<span class="r50-1em-blu">●１４０名ほどの専属スタッフが常勤 </span><br />
<span class="r50-1em-blu">●プロモーション能力、デザイン能力、スポンサー獲得能力が極めて高いエージェント集団である</span> 
<p>以上がイタリア本部の事業戦略面での概況である。 <br />
　すべてがスローフード哲学とカタツムリのアイコンを武器に、ビジネスライクな地域活性の仕組みを持つ、最強のＮＰＯ集団であることがわかる。すべての活動は本部にリターンできるビジネスモデルを構築している。 <br />
　収益の一部で恵まれない地域や種の保存活動に力を入れているが、イタリアの地域産業と観光を活性化するのが主目的である。まさに仕組まれたビジネスモデルの一言に尽きる。 <br />
　特に世界から集まる会費（年３億円）収入が、本部を支えていることに注目すべきだ。この会費が本部の力と活動の源泉のひとつになっている。この実態を見ずして我らが本部を真似るのは、まさに愚の骨頂という他ない。 <br />
　日本のスローフード運動の限界は、ここにあるのだ。この辺を整理してスローフード運動を捉えなければ、日本の全てのスローフード運動は燃え上がらない。 <br />
　またこのビジネスモデルはどこか宗教活動に似ている。キリスト経総本山のお国柄だから、そう感じるのかも知れないが、イタリアという国のソフトパワー発信力のすごさが見えてくる。 <br />
　余談だが、イタリアは人類に２度の文化革命をなしたと言われている。古代ローマ文化とルネッサンス運動である。世界の文化規範を作り出しているのだ。そうなるとこのスローフードも第３のイタリア起点の文化革命となる可能性がある。イタリアが３度もヨーロッパをはじめ、世界に対して文化的な規範を生み出したことになる。恐るべし人類、イタリア人である。 <br />
　以上が運動の前線に立って学習した事柄である。華々しく登場した割りには、好例が上がって来ない日本の背景が、お分かりいただけたと思う。 <br />
　しかしこのまま日本のスローフード運動の火を消してはならない。日本のスローフード運動のやり方の不備やマイナス面ばかり並べ立てた所で、なんの益も希望もうまれない。暗いと嘆く暇があったら灯をつける努力をすればいい。だからこれからどうするというと議論に入らなければいけない。 <br />
　それを提言しておこう。 <br />
手前味噌だがＳＦＮは、次のような具体案を今後共愚直に推進していく。 <br />
背丈に合った目標に向けて、欲張らず、他からの資金援助に頼らず、ささやかなイベントにも全力で、小さな地域経済が回るような、新潟の一隅を照らせるような、そんな活動を組み立てて、徹底的に皆で楽しむ運動に邁進したい。食べて、呑んで、おしゃべりして、学び、教え合い、そして後世に何かを伝えてゆく。そんな贅沢な楽しみを作ってゆきたい。具体的には </p>

<span class="r50-1em-blu">１、仲間の飲食店を基地として、生産者と飲食店をきっちりとつなぎ合わせてゆく食の連鎖を図る </span><br />
<span class="r50-1em-blu">２、蔵元を主宰とした食談会を随時楽しむ </span><br />
<span class="r50-1em-blu">３、農産物の生産者と地元スーパーとの連携プレーを橋渡しする </span><br />
<span class="r50-1em-blu">４、ママさんたちの出前食育講座に力をいれる </span><br />
<span class="r50-1em-blu">５、味噌仕込み、酒仕込みなどのオーナー制を拡大してゆく </span><br />
<span class="r50-1em-blu">６、年間１０本程度のグルメツアーを楽しむ </span><br />
<span class="r50-1em-blu">７、２０１０年のイタリアのサローネ・デル・グストに、２０名ほどのツアーを組む</span> <br />
<span class="r50-1em-blu">８、新潟の伝統野菜の復活とその普及活動に経済の輪を廻してゆく </span><br />
<span class="r50-1em-blu">９、郷土食のデータ―ベース化を図ってゆく </span><br />
<span class="r50-1em-blu">10、スローフード料理教室の随時開催とメニューの公開 </span><br />
<span class="r50-1em-blu">11、スローピクニックやグリーンツーリズムを楽しむ </span><br />
<span class="r50-1em-blu">12、教育ファームへの参加 </span><br />
<span class="r50-1em-blu">13、味覚教育の出前講座に力を入れる </span><br />
<span class="r50-1em-blu">14、地酒、地ビール、地ワインを楽しむ </span><br />
<span class="r50-1em-blu">15、新潟のスローフィッシュを随時楽しむ</span>
<p>　などをあくまでも楽しみながら実践していく。基本は小規模のコミュニティを幾つも立ち上げながら、ささやかなスロー経済を生み出してゆくことである。この小も数が集まれば大の経済活動に匹敵する規模となる。おばあちゃん達の朝市がすでに、数千億円の市場に成長し、既存流通に大穴を開け出したことからも理解できる。恐るべき須弥山のようなミニコミュニティの世界である。 <br />
　物々交換の経済、自給自足の経済、そして助け合いの結いの経済が地域の一隅を照らせば、それで良しとする。そして何時か来るかもしれない、スローフードな６次産業による町や村起こしへの参画に備えて、力を蓄えて行きたいと念願する。 <br />
　また高齢者に、明日の生き甲斐や楽しみを与えられるようなイベントや、学習機会を企画していきたいと思う。伝統野菜などの話しをすると、突然目を輝かせる老人に何度も出会ったことがある。動かなくなった手で、その種を植えようとする老人も居る。老人は過去のことは忘れないから、自ずから魂が動き出すのだと言う。まさに究極の医療セラピーとなる。スローフードのスローには、そのような目に見えないパワーが宿っている。 <br />
　最後に新潟の「食の陣」という活発な食の祭典について、お話しておこう。新潟の豊富な食材を全国に広げようと始まった。すでに１７年目を迎える新潟市の恒例行事である。主催は「食の陣実行委員会」なる組織である。 </p>

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<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol22/img/image003.jpg" vspace="10" /></div>
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<p>　「冬の陣」が一番盛大に開催され、新潟の観光資源にもなっている。動員数は２日間で数万人にのぼる。新潟市の補助金交付事業として、完全に定着している。 <br />
　イベントの内容はイタリアの「サローネ・デル・グスト」をそっくり真似ている。特産物の販売や飲食、地酒の販売などの「当日座」。食の体験ミニツアー、食市座での会席料理など、市内の４ヶ所の会場で繰り広げられる。 <br />
　参加している飲食店や食品販売店には、「食の陣」と染めた赤い幟が立ち並ぶから恐れ入る。またこの「食の陣」は、ＪＴＢやＪＲ東日本などとコラボを組み、全国からの観光客の誘致に成功している。 <br />
　さらに酒の陣、魚の陣、鍋の陣など随時に開催される。とくに「酒の陣」は全国から５万人が押し寄せて、新潟の地酒の全てを試飲し、堪能できるから圧巻だ。まさに酔っぱらい天国がトキメッセの広い会場に出現するのだ。 <br />
　今後はどのような陣が出てくるか楽しみである。「サローネ・デル・グスト」の新潟版がすでに１７年前から躍動していたというお話しである。 <br />
　新潟にスローフード運動を立ち上げて、すでに７年目を迎えている。おそらく日本有数のスローフード運動体であることは、自他共に認め合っている。 <br />
　しかしまだまだ道半ばである。高度な効率化された貨幣経済システムでしか生き残れないのが日本のファストモード社会。それはそれで良いとしても、その弊害から取り残された地域や人々に一隅の光と希望を与えようとしているのがスローフード運動である。だからＳＦＮの運動は緒に就いたばかりとも言える。 <br />
　今のところ「スローフードなんて所詮、お遊びだ」とファストフード界から揶揄されるほどの、取るに足らない文化革命に過ぎない。また地域や弱者をそれなりに活性化させる処方箋をスローフードは持ち合わせていない。パワー不足は否めない。 <br />
　しかしスローフードという言葉はどうしても気にかかる。たとえそれが「逃げ水」のようであっても、ＳＦＮのメンバーは諦めはしない。どこまでも追いかけてゆく。何故ならスローフードには万人の心に引っ掛かる「安らぎ、なつかしさ、愛おしさ」そして「命の尊さ」の不思議な光が宿っているからである。まるで母親の羊水に浮かぶような安らぎを感じるからである。本能的に好感を持つと言ってもいいだろう。 <br />
　やつと７年目にして地に足がついたスローフードが見えてきた。これからが本番である。スローフードは正義の味方でも何でもない。ただ自分達の今と未来を信じて、スローに一縷の望みを賭けて行きたいと念願する。そのためには、日々の活動をしっかりと楽しむことに尽きる。スローフード運動の醍醐味は、その実践のプロセスを楽しむことにある。そんな気がするのだが、いかがであろうか。 </p>
<p>
<h3>●食あれば句あり</h3>

<h2>＜２－１＞多汗の鯨汁</h2>

<p class="style5">　　　　　　　　　<strong>＊ <br />
○ひとしゃもじ加へし味噌やくぢら鍋　　草間時彦 <br />
○鯨刺し食べ海洋の子孫めく　　　　　　食いしん坊 <br />
○大汗の後の涼しさ鯨汁　　　　　　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　　　　　＊</strong> </p>


<p>　新潟では今でも「鯨汁」が、夏の定番のスタミナ料理系として重宝されている。新潟に住んで初めてその食文化に出会った。汗をかきながらフウフウと食べるのである。グルメ食ではないが決して貧ではない新潟の郷土料理だ。 <br />
　鯨料理なら四国の土佐や紀伊の串本、太地あたりが本場ではと思うのだが、なぜか新潟人は鯨を喰うのだ。この食文化は隣県の富山県や山形県には稀有だというからおもしろい。 <br />
　俄然ここで、好奇心が湧きおこる。しかも商業捕鯨の禁止で、もう絶滅した料理だと思っていたから余計に刺激される。日本海に鯨などいる訳がないと、誰でも考えるからだ。 <br />
　しかし実は能登から新潟にかけての日本海には、２０種類ほどの鯨が生息している。だからここらは、日本海の「鯨銀座」と呼ばれているのだ。オウギハクジラ（体長約五メートル）が一番多くて、繁殖地にもなっている。しかも、黒潮が回流する佐渡沖には、縄文時代から鯨が群れをなして潮を吹いていたとされている。最近ではツチクジラが３０頭ほど回遊しているのが報道された。 <br />
　それを示す鯨を弔った鯨墓・鯨塚などが新潟には多く散在する。以下がそれのリストである。 </p>

<table width="578" border="1" align="center" cellpadding="0" bgcolor="#FFFFCC">
  <tr>
    <td width="170" class="style19"><p>新潟県柏崎市　宮川神社 </p></td>
    <td width="145" class="style19"><p align="left">鯨碑 </p></td>
    <td width="247" class="style19"><p align="left">1910年漂着した24.5㍍のナガスクジラのために建てられた鯨碑 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="170" class="style19"><p>新潟県刈羽郡西山町　真蔵院 </p></td>
    <td width="145" class="style19"><p align="left">鯨鯢相寄供養塔 </p></td>
    <td width="247" class="style19"><p align="left">1956年コビレゴンドウ５頭集団漂着の供養、現在見当たらない </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="170" class="style19"><p>新潟県三島郡寺泊町大和田 </p></td>
    <td width="145" class="style19"><p align="left">鯨塚 </p></td>
    <td width="247" class="style19"><p align="left">観音堂境内　明治３０年肋骨を併置した塚、ミンクか </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="170" class="style19"><p>新潟県三島郡寺泊町松沢 </p></td>
    <td width="145" class="style19"><p align="left">鯨塚 </p></td>
    <td width="247" class="style19"><p align="left">嘉永２年、種不明 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="170" class="style19"><p>新潟県三島郡野積　西生寺宝物殿 </p></td>
    <td width="145" class="style19"><p align="left">クジラの頭蓋骨 </p></td>
    <td width="247" class="style19"><p align="left">鯨頭御霊験と墨筆 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="170" class="style19"><p>新潟県西蒲原郡岩室村間瀬　海雲寺 </p></td>
    <td width="145" class="style19"><p align="left">鯨塚 </p></td>
    <td width="247" class="style19"><p align="left">1934年間瀬海岸に漂着した15.5㍍のナガスクジラの塚 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="170" class="style19"><p>新潟県佐渡島畑野町松ヶ崎弁天崎 </p></td>
    <td width="145" class="style19"><p align="left">卒塔婆 </p></td>
    <td width="247" class="style19"><p align="left">1985年漂流したヒゲクジラ下顎骨の卒塔婆 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="170" class="style19"><p>新潟県・両津市片野尾 </p></td>
    <td width="145" nowrap="nowrap" class="style19"><p align="left">鯨の供養塔（卒塔婆） </p></td>
    <td width="247" class="style19"><p align="left">鯨塚（海王妙応信女）,万延元年に漂着したナガスクジラを弔い、鯨の顎骨を塚にした </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="170" class="style19"><p>新潟県両津市羽二生 </p></td>
    <td width="145" class="style19"><p align="left">大鯨の魚霊塔 </p></td>
    <td width="247" class="style19"><p align="left">明治14～15年漂着した大鯨のもの </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="170"><p>新潟県両津市椎泊　願誓寺 </p></td>
    <td width="145"><p align="left">鯨墓 </p></td>
    <td width="247"><p align="left">明治2１年漂流中の14.4㍍のクジラの墓　戒名は釈震声能度鯨魚 </p></td>
  </tr>
</table>
<p align="center">＜資料：インターネットより引用＞</p>

<p>　新潟では地元で鯨が捕れて、それが独特の食文化として、継承されてきたことになる。鯨は南国土佐だけの風物詩ではなかったのだ。 <br />
だとしたら何時の日かペギー葉山さんに、歌ってもらわなくてはならない。 </p>

<p class="style21">おけさの佐渡を後にしてぇ～ <br />
　　都に来てから幾とせぞぉ～ <br />
　　　　思い出します佐渡の荒海を～ <br />
　　　　　　門出に歌ったおけさ節を～</p>
<p>などと佐渡にふさわしく、切なく、歌っていただけば観光の助けにもなるだろう。 <br />
　では何処に行けば、丸ごとの日本海クジラにあえるのだろうか。それは簡単だ。例えばこんな体験ができる。佐渡と新潟を約１時間で結ぶ、佐渡汽船のジェットフォイルに乗ると、必ずアナウンスが入る。 <br />
「皆さま！シートベルトをお締めください。鯨や海豚と衝突して、けが人が出る場合がありますか<br />
ら！」と、まるでディズニ―シーの冒険のノリである。事実、過去に衝突事故があり、けが人が出たと聞く。 <br />
　もちろん運がよければ遭遇できる話だが、確かに船窓からそれらしき未知の物体が、波間に見え隠れする。筆者もそれらしき未知物体に遭遇したことがある。海豚だったかもしれない。こうなるとずばり、南氷洋や知床まで行かなくても、新潟でホウェールウオッチングが楽しめる可能性がある。うまくいけば佐渡の観光起こしの目玉になるはずである。 </p>

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol22/img/image004.jpg" vspace="10" /></div>
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<p>　さてボクらの世代にとってこの鯨肉は、給食のクジラカツ（立田揚）をすぐ思い出す。ゴムみたいに噛み切れなかった「鯨ステーキ」や、「赤味の大和煮」の思い出がしみじみと脳裏に焼きついている。高価だが鯨ベーコンも絶品だった。 <br />
　そして「あれはあれで、実に美味かったよなぁ～」と、同窓会での話題に必ず上がるのが鯨メニューだ。「給食→クジラカツ→当時の遊びや人気テレビ番組」が、同窓会の定番の話題になるコースである。 </p>

<p align="center"><span class="style17">鯨揚げ戦後貧しき夢ありし</span> </p>
<p>　とにかく一頭の鯨は捨てるところがない。すべてが資源活用された時代である。鯨を丸ごと食べつくすのが当たり前だった。 <br />
　その名残りを食べさせてくれる店が新潟にも現存する。「元祖くじら家」である。フルコースで刺身、ステーキ、鍋ものを提供している。捕鯨禁止の昨今ながら材料はどこからか調達して、ほそぼそと鯨文化の灯をともし続けているのだ。店主の鯨談義も結構面白いから、一度行くといいだろう。 <br />
　さて新潟のクジラ汁について述べておこう。茄子と鯨の脂の薄切りが入ったみそ汁だと、思えばおよそのイメージが湧く。作り方は簡単だ。 </p>

<span class="r50-1em-blu">１、まず塩漬けのクジラの白身を熱湯にさらして塩抜きする </span><br />
<span class="r50-1em-blu">２、それを１～２ミリ程度に薄く切る </span><br />
<span class="r50-1em-blu">３、出汁は昆布とかつおで取り、しばらく寝かせると美味しい。</span> <br />
<span class="r50-1em-blu">４、野菜はネギ、茄子、じゃがいも、かぼちゃ、にんじん、ミョウガなどを切り、鍋に入れてだし汁とともに煮込む </span><br />
<span class="r50-1em-blu">５、豆腐や餅なども好みによっていれる</span> <br />
<span class="r50-1em-blu">６、最後に味噌で味を整えて出来上がり </span>
<p>　まず薄切りの皮付きクジラの白身を食べる。こりこりと噛むと、あの独特の癖のある脂が口中に広がる。塩と脂の絶妙な味がする。野菜の茄子との相性が抜群である。 <br />
　食べ慣れている新潟の人々には、夏のスタミナ料理として、欠かせないおふくろの味だ。帰省したら必ず所望する一品である。 </p>

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol22/img/image005.jpg" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　しかし牛や豚の味に慣れた舌には、決して美味いモノだとは言えない。「まあ！クジラ汁とは、こんな味だ！」と、汗をかきながらの、好奇心の範囲で終わる人も多いようだ。 </p>
<p align="center"><span class="style17">鯨汁一椀分の玉の汗</span> </p>
<p>　そういえば、京都や大阪などの関西人が好むおでんのネタとして、「コロ」がある。この「コロ」もクジラの白身を厚切りしたものだ。まるで脂のスポンジを食べるような感じがするが、食べ慣れると、額に脂が浮いてきて汗が流れだす。癖になる味だ。どうしても食べたくなる関西の味のひとつであろう。 <br />
　また赤味のクジラ刺しは生姜醤油で食べるとうまい。若干の癖はあるものの、馬刺しと同じように結構イケる。でっかいクジラを思い浮かべながら、「この赤味は、あの辺あたりかな」等と、クジラ丸ごと食べ切る覚悟を決めると、鯨民族の遺伝子が目覚めてくる気がする。 <br />
　そういえば柏崎の鯨波海岸には、鯨と村人の伝説が伝えられている。浜に上がった巨大鯨を売って、そのお金で学校を建てたのだそうだ。それを感謝して鯨碑を建てたとも言う。 <br />
　しかしそんな鯨との付き合いが深く、日本のいたる所にあった「くじらや」が店仕舞いして、絶滅の危機の状態にある。南氷洋での鯨資源の調査活動への、グリーンピースやシーシェパードの抗議行動に見られるように、鯨を簡単には入手できない時代である。 <br />
　もしかすると新潟の鯨汁文化は、文献上での存在でしかありえなくなるかも知れない。くじら汁には悲しい「滅びの美学」があるのだろうか。そんな気がする昨今である。 </p>
<p align="center"><span class="style17">かってここ鯨が海に入りし日や</span> </p>

<p>
<h2>＜２－２＞臭くても旨いもの</h2>



<p>　　　　　　　　<span class="style19">＊ <br />
○鮒鮓や勢田の夕照り三井の鐘　　　　　正岡子規 <br />
○鮒鮓をねかす月日の波の音　　　　　　　高見岳子 <br />
○鮒ずしの茶漬けで果てる旅寝かな　　　食いしん坊 <br />
　　　　　　　　＊ </span></p>

<p>　世界には不思議な食べものが多く存在する。その中でも悪臭を放つ醗酵食品に関心が高まる。それが醗酵なのか腐敗なのかは、食べる人々の食文化の捉え方によるのだが、とにかく人類の悪食は「臭い食品」に尽きる。 <br />
　日本でも滋賀県の琵琶湖周辺には、かの悪名高きフナ酢がある。日本の熟酢（なれずし）の代表格と言われる食文化だ。原料は琵琶湖の二ゴロブナで、手間ひまかけて塩で漬け込んで作られる。いわば鮒の漬物なのだ。その曲者（癖モノ、臭い食べ物）の鮒鮓とその他のスローな熟鮓文化について考えてみよう。 <br />
　まず世界の悪名高き「臭い食べもの」のリストを挙げると次のようになる。 </p>

<table width="545" border="1" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0">
  <tr>
    <td width="154" valign="top" bgcolor="#C4D7C4"><p align="center"><strong>名　前 </strong></p></td>
    <td width="385" valign="top" bgcolor="#C4D7C4"><p align="center"><strong>説　明 </strong></p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top"><p>シュール・ストレミング </p></td>
    <td width="385" valign="top"><p>スウェーデンのニシンの缶詰。缶を開けると強烈な悪臭が飛び出す悪名高き逸品。スウェーデン北部の人が好んで食べる。 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top"><p>ホンオ・フェ </p></td>
    <td width="385" valign="top"><p>魚のエイを醗酵させたもの。韓国の名物食材でアンモニアの腐敗臭が強烈。 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top"><p>エピキュアーチーズ </p></td>
    <td width="385" valign="top"><p>ニュージーランドの缶詰チーズ。これも臭い。 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top"><p>キビヤック </p></td>
    <td width="385" valign="top"><p>イヌイットの食べもので、海燕をアザラシの腹中で２,３年醗酵させた汁もの。銀杏にくさやの漬け汁をかけたような強烈な臭みがある。 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top"><p>焼きたてのくさや </p></td>
    <td width="385" valign="top"><p>伊豆諸島でつくられる鯵、秋刀魚、飛び魚の加工品。醗酵した漬け汁は家伝される。 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top"><p>鮒鮓 </p></td>
    <td width="385" valign="top"><p>琵琶湖周辺で作られる熟鮓。朽木村が特に有名。 <br />
      今は幻の珍味。 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="154" valign="top"><p>その他 </p></td>
    <td width="385" valign="top"><p>メフン（鮭の腎臓の塩辛）、魚醤類（ショッツルなど） <br />
      秋刀魚の熟鮓（和歌山）、臭い豆腐（中国や台湾） </p></td>
  </tr>
</table>
<p>&nbsp;</p>

<p>　以上の悪名高き食べものは人語では聞いていたが、実際に遭遇すると生半可な覚悟では対処できないという。死ぬ覚悟で挑戦するしかない。笑い話のようだが本当のことだ。 <br />
　人類が何故このような臭い食品を文化として継承してきたか。いろいろな説があるだろう。ただ言えることは、乳酸菌やビタミンその他の栄養源として、人類の体に有益であることを発見したからだと思われる。 <br />
　これらを最初に悪食した人の動機が偶然であったにしても、気の遠くなるような人類の英知を垣間見ることになる。まさにスローフードの元祖だ。 <br />
　日本に於いてもいろいろな熟鮓が、その流れを組んでいる。熟鮓の起源は紀元前４世紀から３世紀、中国から伝わったようだ。中国が魚や獣肉を漬物にした「すし」の発祥地である。その中国大陸から直接のルートと雲南省からメコン川を下り、南シナ海経由の２通りがあったと考えられる。 <br />
　日本には主に日本海を経由して渡ってきた。滋賀県北部の鮒鮓、福井・富山県の鯖の熟鮓、金沢の蕪鮓、秋田のハタハタ鮓がその名残りを残している。 <br />
　秋田県や石川、富山県の魚醤もその流れを組む。ベトナムのニュクマム、タイのナム・プラーなどのアジアン系の魚醤がそのルーツとなる。 <br />
　新潟の村上ではメフンが今も現存している。鮭の背骨の内側に付いている腎臓（メフン）を塩漬けして醗酵させたものだが、なかなか旨い珍味である。鮭の熟鮓も細々と冬の馳走として受け継がれている。以上が臭い食べ物にまつわる話しである。 <br />
　さて今回は、鮒鮓についてもう少し詳しく述べておこう。 <br />
＜鮒鮓のつくり方＞ </p>

<span class="r50-1em-blu">●卵を抱えた４～６月頃の、琵琶湖の煮頃鮒（にごろ鮒）をよく洗う。</span> <br />
<span class="r50-1em-blu">●鰓と鱗、内臓を取り除き、腹に塩を抱かせて桶に入れ、塩を振り、鮒を重ね漬ける。</span> <br />
<span class="r50-1em-blu">●７月の土用付近までこのように塩漬けする</span> <br />
<span class="r50-1em-blu">●土用が過ぎたら水で塩抜きし、硬めに炊いたご飯と鮒を交互に重ね、内蓋をして重石をのせて一日置く。</span> <br />
<span class="r50-1em-blu">●次に空気に触れないように桶に塩水を張り、酸化を防ぎ、乳酸醗酵を促がす。</span> <br />
<span class="r50-1em-blu">●じっくりと醗酵させ、正月頃には食べられる。</span> 
<p>　以上の手順が一般的な鮒鮓の作り方である。３０ｃｍほどの鮒は、漬け終わると半分くらいの大きさに縮む。しかも卵は黄金色に漬かっているから驚きである。 <br />
　日本一の熟酢村である朽木の鮒酢は、イタリアのブルーチーズの臭みと香りによく似ており、京都の料亭にもしばしば登場する絶品である。もちろん値段も高い。 <br />
　また琵琶湖周辺の各家庭でも、この伝統食材を現在も作り続けられている。農家、漁師、旅館、民宿なども冬から年始年末の風物詩として、受け継いでいるのだ。筆者も知人から樽ごと分けてもらったことがある。買えば一匹５,０００円は下らない貴重品である。 <br />
さて鮒鮓を食べた感想とその食べ方について述べておこう。 <br />
　食べるにはそれ相応の覚悟が要るぞ、と言われるからその気になって一切れを口に入れるのがいい。鼻をつまんで食べる人もいるが、臭いも馳走のひとつと思い、箸に手を添えていただく。 <br />
口に入れておもむろに噛むと、臭みが口中に広がり鼻を抜けてゆく。 <br />
　その臭いと風味は、鼻や顔がひん曲がるくらいに強烈である。「おお、これが、かの鮒鮓か！」とさらに噛みしめることになる。その味覚はブルーチーズとクサヤを足して、２で割ったような感じである。 </p>



<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol22/img/image006.jpg" hspace="25" vspace="10" />
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol22/img/image007.jpg" hspace="25" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　しかし吐き出すほどの違和感もない。そして口中にしっかり馴染んだ風味を、今度は熱燗で流し去るのがいい。この熱燗と鮒鮓の風味の相性は、今まで経験したことのない妙味である。熱燗も醗酵したもの。鮒鮓と同じである。醗酵同士のコラボが、言うにいえない妙味を醸し出してくれるのだ。これは実に旨い。人に教えたくない旨さである。これが初体験の感想である。 <br />
　もちろん近所にお土産として配ったら、「これ腐ってます！」と返品を食らったくらいだから、初めての人には手に負えない代物かもしれない。 </p>
<p align="center"><span class="style17">鮒酢を食べたい人は手を挙げな</span> </p>
<p>　食べるときは飯床をそぎ落としてから薄く切り、そのまま酒の肴やお茶うけにする。とくに熱燗の肴には絶品だ。五臓六腑に染み渡る珍味とはこのことだろう。これを滋賀の人々は、平然と、しかも何もないかのように摘まむ。 <br />
　また、湯を注いで吸い物にしたり、茶漬けにしても楽しんでいる。 <br />
「お前さんら、こんな臭いものを、よくも平気で食べれるなぁ～」と言っても、「フフン！」と軽くあしらわれるだけだ。食べ慣れ親しんだ伝統の味とはすごい。 <br />
　しかもフナ酢には薬喰いとしての、すごいパワーのあるのが自慢なのである。乳酸菌の固まりだから、当然のことだ。その秘密を教えてもらった。 </p>

<span class="r50-blu">その１、便秘の解消に効く </span><br />
<span class="r50-blu">その２、下痢が止まる </span><br />
<span class="r50-blu">その３、疲れた胃がすっきりする</span> <br />
<span class="r50-blu">その４、疲労回復に効く </span><br />
<span class="r50-blu">その５、風邪に効く</span> <br />
<span class="r50-blu">その６、産後の母乳の出を良くする </span>
<p>などが鮒鮓のパワーなのである。鮒酢は古来から伝わる、最強の健康食品だったのだ。なるほど、これで滋賀の人々がいつも元気な訳が見えくる。「良薬は口に臭し！」ということだろう。 </p>
<p align="center"><span class="style17">鮒酢があれば事たる瀬田の宿</span> </p>
<p>　しかし最近では、原料の二ゴロブナがブラックバスに食われて激減し、滅多に手に入らないと言う。ならばと鯉、鯖、諸子、鯰、うぐい、オイカワ、鮎などの熟酢も盛んに作られるようになったと聞く。滋賀県には、「醗酵の県起こし」という秘策があるのだ。琵琶湖の魚をすべて漬け込もうという作戦ならば是非もなきだ。 <br />
　それにしても人類史上で、初めてこの鮒酢を食べた人は超エライ人だ。それは近江原人と言われる、幻の原人だと言う珍説があるが定かでない。豊臣秀吉も長浜で食べたと言うから、とにかく鮒酢には悠久とした歴史の重みがある。 <br />
　その鮒酢の究極の楽しみ方を、滋賀の漁師さんに教えて貰った。それは「熱燗茶漬け」である。熱々のご飯にフナ酢を載せて、その上から地酒の熱燗を注いで、かき混ぜながら食べるのだ。これは五臓六腑に効き渡り、目の玉が飛び出るような美味しさである。 <br />
「贅沢はここに極まり」という感じがする。ただし目玉が飛び出るほどの値段を請求されるから、くれぐれも値段を確かめてから、とは漁師のアドバイスである。納得だ。 </p>
<p align="center"><span class="style17">鮒酢の熱燗漬けじゃ湖荒れて</span> </p>
<p>　以上が臭い食べ物のお話しである。新潟にも鮒鮓を食わせる店がある。市役所近くの「うなぎの瓢亭」さんだ。琵琶湖から取り寄せている。酒粕に漬け替えて臭みを弱めたものを出してくれる。ただし筆者には臭くなくては物足らない。鮒鮓はやっぱり臭いのいい。気が抜けた山葵じゃ、どうにもならないからね。 </p>
<p>
<h2>＜２－３＞枝豆の時間差攻撃</h2>
<p>　　　　　　　　　　　<span class="style19">＊ <br />
○寝そべってゐて枝豆に手のとどく　　　　　坂巻純子 <br />
○枝豆や舞妓の顔に月上る　　　　　　　　高浜虚子 <br />
○枝豆に片手取られて片手酔ふ　　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　　　　　　　＊</span> </p>

<p>　新潟は枝豆の宝庫である。信濃川の肥沃な大地が栽培に向いているからだ。 <br />
　名前も洒落ている。弥彦娘、雪娘、一人娘、湯上り娘、おつな姫、恋娘など知らない人が聞いたら、まさか枝豆だとは思われない熱々の名前がそろう。越後の男たちは、余程、娘さんが好きだと誤解されるような名前である。 <br />
　枝豆が女性名詞だとは、　新潟に来るまでは知らなかった。それ以来、まず名前を確かめてから呑むことにしている。そしてにやにやしながら呑む新潟の酒は実にうまい。 <br />
　また枝豆には時間差の出荷を可能にする品種が揃っている。次から次へと店頭にならぶ。枝豆は旬の期間が短いために、少しでも楽しみを伸ばそうという先人達の努力の品種改良の跡が伺える。看板娘が次から次へと「お待ちどうさま・・・・」と食卓を彩るわけである。 <br />
　特に茶豆は全国ブランドである。新潟には香りと味のよい幻の茶豆あり、と聞かされていたが、実際新潟に住み始めるとその実感を日常のこととする。新潟の夏は暑い。そんな暑さの中でついばむ茶豆は舌筆に尽きがたい。改めて新潟の枝豆について談義してみよう。 <br />
　まず新潟の枝豆には時間差のあることが凄い。以下が枝豆の栽培と出荷時期である。６月の早生から始まって１０月のさかな豆で終わる。 </p>

<table width="561" border="1" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0">
  <tr>
    <td width="140" valign="top"><p align="center">品種名 </p></td>
    <td width="203" valign="top"><p align="center">収穫賞味期間 </p></td>
    <td width="210" valign="top"><p align="center">特徴 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="140" valign="top"><p align="center">極早生枝豆 </p></td>
    <td width="203" valign="top"><p>６月下旬より７月上旬 </p></td>
    <td width="210" valign="top"><p>ほの甘い味と香り </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="140" valign="top"><p align="center">おつな姫 </p></td>
    <td width="203" valign="top"><p>７月上旬から７月下旬 </p></td>
    <td width="210" valign="top"><p>ほの甘い味と香り </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="140" valign="top"><p align="center">湯上り美人 </p></td>
    <td width="203" valign="top"><p>８月上旬から８月下旬 </p></td>
    <td width="210" valign="top"><p>芳香と食味抜群 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="140" valign="top"><p align="center">黒崎茶豆 </p></td>
    <td width="203" valign="top"><p>８月上旬から８月下旬 </p></td>
    <td width="210" valign="top"><p>独特の強い芳香がある。薄皮が茶色からそう呼ばれている </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="140" valign="top"><p align="center">だだ茶豆 </p></td>
    <td width="203" valign="top"><p>８月中旬から９月中旬 </p></td>
    <td width="210" valign="top"><p>山形県が原産地 </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="140" valign="top"><p align="center">ピカ茶豆 </p></td>
    <td width="203" valign="top"><p>８月中旬から９月中旬 </p></td>
    <td width="210" valign="top"><p>香りが強い </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="140" valign="top"><p align="center">晩生茶豆 </p></td>
    <td width="203" valign="top"><p>８月下旬から９月中旬 </p></td>
    <td width="210" valign="top"><p>茶豆の旨みそのまま </p></td>
  </tr>
  <tr>
    <td width="140" valign="top"><p align="center">さかな豆 </p></td>
    <td width="203" valign="top"><p>９月下旬から１０月中旬 </p></td>
    <td width="210" valign="top"><p>甘味と香りがよい </p></td>
  </tr>
</table>
<p>&nbsp;</p>

<p>　新潟の枝豆の特徴はその強い芳香とうま味があることだ。実際に枝豆を畑で栽培すると、なんとも言えない芳香が漂ってくる。それだけに収穫時期とその後の処理には気を使う。しかも枝豆は収穫されると発熱する。触ると本当に温かい。若い豆だから成長して呼吸しているのだ。 <br />
　そのために豆自身の糖分を自己消費して風味がすぐに劣化する。だから枝豆は、収穫したときから鮮度という時間との戦いになる。莢を枝から取り外し、急いで茹でるか冷蔵しなければならない。家族総出の繁忙となる。 <br />
　茹でるにもコツが要る。美味しい茹で方の基本は以下の手順に従う。 </p>




<span class="r50-green">１、枝豆の色をよくするために塩もみして洗い流す</span> <br/>
<span class="r50-green">２、沸騰したお湯に塩を４％の割合で入れ、枝豆を入れてかき回す</span><br/>
<span class="r50-green">３、茹で上がった枝豆をザルにとり、熱いうちに適量の塩をまぶす</span><br/>
<span class="r50-green">４、団扇で風を入れて、早めに冷ます。冷水に入れない </span><br/>
<span class="r50-green">５、枝豆はできるだけ早めに茹で上げ、冷蔵庫に保管する </span>
<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol22/img/image008.jpg" hspace="25" vspace="10" />
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol22/img/image009.jpg" hspace="25" vspace="10" /></div>
<!--☆-->


<p>　こうして茹で上がった枝豆が食卓に上がると、「ああ、新潟はいいなぁ」とため息が思わず洩れる。夕風が窓から入れば最高の枝豆タイムとなる。 <br />
また食べ方にもいろいろある。 </p>

<span class="r50-green">・無口でただひたすらに指先を往復させる人 <br />
・唇の１ｃｍ先から豆だけを莢から飛ばし、口に入れる人 <br />
・両手で莢から豆を押し出し、ハーモニカを吸うように食べる人 <br />
・豆だけを先にお皿に取り出してから食べる人 <br />
・アーンと口を開けて餌をねだる小鳥のような人 </span>
<p>　枝豆にはそれなりの人格が現れる。家庭の事情が現れるのだ。また男達が枝豆に描くイメージはおよそ次のようであろうか。 <br />
　酒は、井戸水で冷したラガービールがいい。肴は、優しい妻が、夕風に吹かれながら茹で上げた枝豆でいい。まるで歌手の八代亜紀さんの歌の文句調のように、男たちが描く夏の夕方の、ささやかな演歌調風景が好きなのである。 <br />
　この「夕風と枝豆」の風景の根幹には、「茹でたての枝豆が食卓にのる家は、円満な家庭である」と言う、ささやかな願望がある。誰が言い出したのか分からないが、そう言われれば、「そんなもんかねぇ～」と相槌を打ちたくなるのも、枝豆のある仕合せ風景なのだ。 </p>
<p align="center"><span class="style17">枝豆や越後佳人の白き指</span> </p>
<p>　枝豆を上手く茹でる人を嫁さんにしたいという男は、結構いる気がする。また枝豆にこだわる男ならば、是非もなしと婿選びの条件にする娘さんも多いと聞く。 <br />
　それほどに新潟の枝豆消費量は日本一を誇る食の王国なのである。栄養もバッチリだから、お酒との相性もすこぶるよいのが強みだ。酒と枝豆の関係は、出来すぎのような気もするが科学的にも解明されており、まさにお酒のためにあるような食べものである。 <br />
　そういえば新潟の女性は働き者が多い。枝豆をたらふく食べる習性が健康を醸成しているのであろう。新潟美人は、雪の湿度と枝豆の栄養から育まれるという珍説がまかり通りそうな気がする。 <br />
　この枝豆は栄養もあり、とにかく重宝される。「とりあえずの枝豆」と言われるくらいに、「とりあえず界」の王様であることは間違いない。 </p>

<span class="r50-green">・とりあえずビールのつまみに <br />
・とりあえずのおやつに <br />
・とりあえず弁当のおかずに <br />
・とりあえずお茶のあてに <br />
・とりあえず贈り物に </span>
<p>　など食前食後や昼寝の後先、夫婦喧嘩の後先にも「何はなくとも、あたり前田のクラッカー」ならず「とりあえずの我が家の枝豆」なのだ。 <br />
　しかもこれだけ酷使されても、この枝豆は決して愚痴も悲鳴もあげない。「とりあえず界のおしん」と言われる所以である。料亭に於いても、決して決して目立たず、いつもご主人様の脇役として、その存在を示している。それでいて頼もしい威光を放つのが、膳にかしずく枝豆の存在なのである。 <br />
　その枝豆が今年は、米の減反政策の影響を受けて、栽培面積が大幅に増えている。田圃の畦で細々と栽培されていた時代とは、全く様相が変わってきた。今、越後平野でも、青々と生い茂った大豆が秋の収穫を待つている。（注：枝豆は大豆の若い内に収穫したもの） <br />
幸せな風景の裏には哀しい農業政策の現実があるのだ。せめてもの、枝豆をプチプチ食べて元気にいきたいものだ。 </p>
<p align="center"><span class="style17">枝豆へ律儀な指のよく動く</span> </p>
<p>

<h2>＜２－４＞スローな川床（ゆか）料理</h2>
<p>　　　　　　　　<span class="style19">＊ <br />
○川床料理貴船の楓添へてあり　　　　広瀬志津女 <br />
○川床涼し一鉢一皿づつ運ばれ　　　　橋本美代子 <br />
○祇園川床流しの楽に声かけて　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　　　　＊</span> </p>

<p>　いつかは京都の鴨川の川床（ゆか）料理と、貴船の川床（かわどこ）料理を探索したいと思っていた。そしていよいよその時期がやって来た。同じ川床という文字でも鴨川と貴船では読み方が違うのがいい。張り合っているのだろう。 <br />
　まずは鴨川界隈の川床とその料理の探索である。鴨川の多くの川床（納涼台）は、鴨川の五条から御池にかけて、料亭から川にせり出す形で納涼台が作られている。 <br />
川床風景の構図としては </p>

<p>　　　・川床（地上３メートルくらい） <br />
  <strong>　　　　↓ </strong><br />
  　　　・鴨川の土手（アベッツクさんの休憩所） <br />
  <strong>　　　　↓ </strong><br />
  　　　・鴨川（水量は多くないが、歴史ある川） <br />
  <strong>　　　　↓ </strong><br />
  　　　・対岸は祇園の街（川床から見る灯りは涼景である） <br />
  と、川床に座すれば、由緒正しき京都の華やぎが一望できる。 <br />
  　さっそく川床に案内され、川風がひんやりとした席に座ることにした。隣の小さな卓袱台を囲んだカップルは、ビール片手に懐石料理に夢中である。初めての客であろう。 <br />
  　座敷の端っこに居る４人のおじさん達は、しきりに土手のアベックさんを観察しつつ、時折乾杯しながら密談している。接待中のおじさん達であろうか。もちろん、おじさんたちに観られていることは、土手のアベックさんも百も承知だ。京都のアベックは見られて燃えるようだ。 <br />
  そのような様子を「京都のお人は、ほんまに大胆どすえ！」と、案内の女人が教えてくれる。この見事なまでに等間隔に座るアベックさん風景は、京都の隠れ名所として、全国的に名高い。　　 <br />
  　またこの風物詩は、「鴨川アベック」として、俳句の夏の季語に登録申請されていると聞くが、俳句協会は判断に困っているらしい。とにかく、全国の若者の羨望の的なのだ。 <br />
  さて探検の目的の、川床の料理はいかがであろうか。 <br />
  メニューをみると <br />
  　「鱧おとし、刺身盛り合わせ、枝豆、天ぷら、冷し素麺、デザート」など、一応揃っている。お勧めは、特製の「川床御膳」（３５００円と５５００円）である。「女将、じゃあ、これを貰おうか！ビールは生でいい！」と涼しげな声で注文する。 </p>
  
  
<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol22/img/image010.jpg" hspace="25" vspace="10" />
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol22/img/image011.jpg" hspace="25" vspace="10" /></div>
<!--☆-->
<p>　待つ間、鴨川の川風に吹かれて浮世を忘れ、対岸の祇園の灯りをながめながら生ビールをグビグビとやる。すると土手から三味線流しの楽が聞こえてくる。納涼台から下を見やると、姉さん被りの２人ずれが一曲どうかと言う。ずいぶん古びた三味を抱えている。「じゃあ、何でもいいから一曲お願いしますよ！」と応える。 <br />
　流しは祇園小唄から始まって、２，３曲がメロデーで土手付近を流れる。予定外の費用だが、料金はオヒネリにして、川床から下へ投げる。千円以上が相場だ。それを受け取るとまた流しは次の川床へと移動して行く。 <br />
　さていよいよ「川床御膳」が登場する。まずは鱧おとし、鮎の塩焼き、たまご豆腐、生ゆばが一皿ごと運ばれてくる。特に夏の京都に「鱧おとし」は欠かせない。祇園祭りは、別名で「鱧祭り」というぐらいだから、郷土料理と言えなくもない。その鱧は練り梅をつけていただく。 </p>
<p align="center"><span class="style17">木屋町のうなぎ長屋や鱧祭く</span> </p>
<p>　そして御膳の締めは「冷し魚そうめん」である。メニューは全部で９品の構成で、いずれも少なめの盛り合わせだ。満腹にならない不満はあるが、京料理は目で食べると言われる所以だ。 <br />
　ならば鴨川の川床料理は、世俗の雑音を楽しみながら食べるのを良しとする。しかも鴨川の川床料理は、「夕闇以降、アベック観察、鴨川の風」の３点セットが揃って最高の舞台となる。ついに鴨川の川床料理の真髄らしきを見つけた。 <br />
　次の日は、いよいよ貴船の川床料理探検である。出町柳から京福線の鞍馬行きに乗り込み、下車の貴船駅までは、コトコトと山間の緑を潜り抜けて約５０分の乗車時間だ。貴船駅からは迎えのバスを予約しておけば、迎えに来てくれる。 <br />
　目的地の貴船川床は、小さな清流の貴船川（川幅は５、６メートルぐらい）の上に納涼台をつくり、葦で囲んだ座が作られている。全体で３０箇所ぐらいの川床料理宿が、上流から下流にかけて貴船川にしがみ付くように集団をなしている。貴船の川床の名声を天下に響かせているのはこの設計にある。 <br />
　まず鴨川と違うのは、貴船の川床は崖の道路より下にあり、川床（納涼台）のすぐ下には、清流が音を立てて流れていることだ。これがかの有名な貴船の川床である。 <br />
　しかもせせらぎに混じって聞こえてくる風の音や焼き物の匂いが、いかにも野趣を帯びている。足を垂らせば川の冷たい水に触れて、「オォ～！冷たい！」と足を引き戻すことになる。お尻の下を流れる水音を感じながら、定番の「貴船懐石」（３８００円）とビンビールを頼む。貴船の名物は「鮎、岩魚」と「猪鍋」である。 <br />
　しばらくすると、大きな青竹の半切り器に載せられた「焼き鮎」が登場する。まさに星野立子の一句を思い出す。 </p>
<p align="center"><span class="style17">美しき緑走れり夏料理</span> </p>
<p>　その他のご馳走も、青竹の器に盛られて運ばれてくる。箸も竹箸で、舞台装置も緑一色である。この辺りは、鞍馬の竹の産地として有名であり、その素材をふんだんに使っているのだ。 <br />
　「お客さん、今日は客も少ないから、ひと寝入りおしやす！」と勧められる。「ありがたい、こんな涼しい川床で酔寝できるとは」と、早速、座布団を枕に片隅で目をつぶる。水の音を枕の下に聞く初めての経験である。 <br />
　さらに耳を澄ませると「せせらぎの音、風の音、木々が揺れる音、料亭の女性が石段を登り降りする音、小鳥の囀る音」などが聞こえてくる。都会からタイムスリップしてきたような時空間である。 </p>
<p align="center"><span class="style17">かにかくに貴船恋しや川床宿の枕の下にも水の音する　</span> </p>
<p>という贋作などをすぐ詠う気持ちになる。 <br />
　小一時間の酔寝から覚めて、辺りを見渡すともう、午後の３時を回っている。そして川の涼しさに未練を残しながら、貴船駅へと向かう時間が迫り来る。貴船の川床は午後から夕暮れまでの山河の移ろいと共にある。涼しさを全て音で聞く極まりが、この貴船の川床の特徴なのである。 </p>
<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol22/img/image012.jpg" vspace="10" /></div>
<!--☆-->
<p>こうして天然クーラー装置付きの京都２大川床料理の探検は、終りを告げたのである。さて両川床料理の優劣の判定である。 </p>

<ol>
  <li>鴨川の川床は人工的にして、世俗なり </li>
  <li>貴船の川床は自然にして、懐深きなり </li>
</ol>
<p>よって川床遊びは貴船の川床料理を優として、ここにスローフードの認定証を付与するものである。涼しさを音で観せるなどは、日本料理の極みとも言える。これを貴船の「観音料理」と名付けておこう。この雪深き貴船の冬の名物、「猪鍋」もまた格別という。 <br />
  一度おこしやす、お客さん！　うーうー！行きたい！ </p>
  <p align="center"><span class="style17">川床涼しおあがりやすと言ふ言葉</span> </p>
<p>  
<h3>３　スローでウオッチング（２２）</h3>


<ol>
  <li>レトルト食品のような町や村が日本に多い。どこに行っても同じ町並みや大型店が並ぶ。利便性や経済性を追求すると日本全国どこにでもある風景になる。  <br />
    レトルト食品は便利で不味くはないけど、風味がない。しかもどこに行っても手に入るものをわざわざ食べに来る人はいない。  レトルト食品に風味がないようにレトルトなまちには繁栄もなく人も来ない。 <br />
    補助金を勝ち取って町にアーケードを完成させ、喜んでいる束の間に、ただ車が通過するだけの商店街になり下がり、こんなはずではなかったと悔やむ町興し。 <br />
    地域の村や町おこしはやはり手づくりでなければ、と見直す市町村が増えている。 </li>
  <li>キリンからアルコールゼロのビール？が出た。大ヒットを続けている。 <br />
    しっかりとしたビールの快感を持つ飲料でしかもデザインもすばらしい。大人の食卓にもぴったりとマッチして、それでいてノンアルコールだからうれしい。 <br />
    ビール屋が作った酔わないビールで暑い夏をやりすごそう。 </li>
  <li>小千谷の山本山（高原）が菜の花による地域起しに挑戦している。３，５町歩の畑には、春ともなると菜の花が咲き、観光やカメラマンの勧誘に一役買っている。 <br />
    この菜の花プロジェクトは滋賀県（愛東町）から始まったが、今では全国に広がっている。小千谷はそのモデルとして見学者が多い。 <br />
    菜種からは黄金色の油が絞り取られ、ささやかな小千谷ブランドとして販売される。目下の悩みは鳥被害だという。収穫間近の菜種が鳥に食われて半減するからだ。ネットを張り巡らすしか防ぎようがないと嘆く。スローな小千谷がまた、地元民のプライドをかけた地域起しに挑んでいる。菜の花と蓮華はなつかしき３０年代の象徴である。</li>
  <li>瀬波の大観荘が野菜作りを始めた。茄子、西瓜、南瓜、胡瓜などを女将さんが浜辺の畑で栽培している。まだまだ畑ごっこの規模だが、いずれは地元野菜を客に提供したいという想いがあるようだ。 <br />
    都会から来る客は、地元の匂いを求めてくる。どこにでも有るような野菜などは食べたくもないはずだ。地元野菜によるもてなしは、スローな温泉宿にはぴったりと合う。地産地消は温泉宿の魅力要因となる。</li>
  <li>ベランダに硝子製の風鈴を吊り下げた。その瞬から部屋に吹き入る風が音となった。音を聞くと体感温度が５度ほど下がった涼を感じる。 <br />
    １日の風の状態も耳に入ってくる。実に日本人は粋な道具を考えたものだ。そういえばかの名句が思い出される。 <br />
    くろがねの秋の風鈴なりにけり　　　加藤楸邨 <br />
    都会では風鈴は騒音と思われ、吊り下げるのも気兼ねする人も多いと聞く。それはそれで、まあ、いいか、仕方ないか。 <br />
    音にもスローな音とファストな音があるもんだ。ウトウトと昼寝するには、このスローな音が心地よい。</li>
  <li>新潟の土着菓子といえば、ポッポ焼になるだろう。黒砂糖のクレープみたいなもので根強い人気がある。３本百円が相場だ。持ち帰ると湯気で紙袋がくちゃくちゃになっている。この哀れさがまた実に良い。新発田が発祥の地だという。 <br />
    蒲原祭りでは１軒の人気屋台がある。何故だかいつも列ができている。他の店との比較をしてもそんなに味に差異はないが、行列が絶えない。そんな不思議なポッポ焼を食べながら、又、蒲原神社境内のお化け小屋を外から覗いている。 <br />
    毎年繰り返される「永遠の今」の祭り。それだから飽きもしないのだろう。 </li>
  <li>今年で９１回を迎える夏の高校野球大会が始まった。特に地方大会は見逃せない。５００円の入場券を買い、球場に入るともう独特の雰囲気がただよう。 <br />
    必死に黄色い声をだして応援する父兄の姿。メガホンを叩いて選手の名前を絶叫する応援団。かたやバットの一振りに日々の練習成果をかける選手。必死に一塁を駆け抜けていく諦めない日焼け顔。どのプレーにも手抜きや遠慮などはない。あるのはひたすらな球児達の真顔だけ。 <br />
    また出場の誰もが、甲子園には行けないことを知っている。それでも一歩でも甲子園に近づくことを目標に投げ、打ち、走り、守るのである。考えれば残酷な青春の一こまとも言えるだろう。その刹那さがまた、球場全体を熱くする。 <br />
    ネット裏には常連のお年寄りが陣取る。これを楽しみにしている人たちであろう。球児たちのプレーに、なつかしい自身の青春時代を重ねている人たちでもある。負けているチームを応援しながら、じっと熱い視線を送っているのだ。 <br />
    このように毎年繰り返される夏の風物詩こそ、まさにスロースポーツそのものであろうと思う。今年もまた、我ら日本人の夏に染み付いた甲子園物語が、熱闘をまのあたりに見せてくれる。 </li>
</ol>
<!--::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ここまで更新内容::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::-->

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   <title>スローフード瓦版　ＶＯＬ ２１</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://topics.slowfood-niigata.com/2009/05/post_49.php" />
   <id>tag:topics.slowfood-niigata.com,2009://1.62</id>
   
   <published>2009-05-31T02:00:35Z</published>
   <updated>2009-05-31T03:40:47Z</updated>
   
   <summary>            １　スローフード巷談（１）              V...</summary>
   <author>
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         <category term="ｶﾃｺﾞﾘｰ１（スローフード瓦版）" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<div id="kawara">

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  <em>１　スローフード巷談（１）</em>  </div><!--div id="banner-texbox"-->
  

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<!--::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ここから更新内容::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::-->


<h3>１　スローフード巷談（１）</h3>

<h2>●スローフードな田園都市・新潟市</h2> 
  
  
<p>　新潟市が日本海側初の政令指定都市になって３年目となる。折りしも天地人ブームが沸き起こり、その余波は新潟市まで及んでいると聞く。<br />
　政令指定都市になったということは、国からある程度の権限や予算をもらえたということになる。いわは新潟市民が行える決定も増えたことになる。人口約８１万人（新潟県全体では２４３万人、約３０％）、農地面積３５,０００ヘクタール、食料自給率６４％の広大な農地と都市機能をもつ新都市が新潟である。<br />
　目指すところは「花と食の政令市・新潟」である。いわば「田園型政令指定都市」構想のもとに様々な模索が始まっている。<br />
市の方向は以下の３点を柱にしている。</p>



<ol>
  <li>日本海交流都市</li>
  <li>田園型拠点都市</li>
  <li>分権型協働都市</li>
</ol>
<p>　具体的な戦略プランは、新潟政令市「０９－１０戦略プラン」として、まとめられている。ホームページでも公開されている。それらをざっと俯瞰すると以下のトライアングルマップを独自に描くことができる。</p>
<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol21/img/img01.gif" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　以上の図を、新潟の持つ強み（農、自然、交通の高次インフラ、農畜魚産物、地酒など）を機軸に俯瞰すると、様々な田園都市構想のコンテンツが見えてくる。新潟ならではの新しいインフラづくりやコミュニティ社会づくり、モノ作りが見えてくる。<br />
　さらに次の戦略的な時代の潮流（３点ある）を加味すると、新潟の未来像がきっきりと浮かび上がる。<br />
その３点とは</p>

<ol>
  <li>高齢社会の経済システムの見直しが始まる</li>
  <li>農業中心の生活革命が都市を動かす</li>
  <li>歴史回帰、自然回帰、仲間や絆の回帰が地域を蘇らせる</li>
</ol>
<p>　高齢者、農業生活革命、３つの回帰現象が深く関わって、都市や町のコミュニティを新しく作り上げてゆく。しかもその速度はきわめてスローモードとなる。決して３年や５年の行政区間で成し遂げられるものではない。そのスタートが２００７年の４月１日となる。<br />
  　その中心の推進エンジンとなるのは、定年を迎える団塊の世代を中心に、グリーンライフをめざす一部の若者や農家である。今まで日の目を見られなかった零細農家や朝市のおばあちゃん達である。この点をしっかりと見ておかないと、かって田園都市として名を馳せた田園調布の二の舞を踏むことになる。単なるデベロッパーの思惑にはまることになるから要注意だ。</p>



<!--☆-->
<div align="center">
<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol21/img/image003.jpg" vspace="10" /></div>
<!--☆-->

<p>　新潟市ではすでに「食と花の都」を目指して、そのアクションプランをマニフェスト化している。「新潟の明日を開く４０の扉」として整理され、取り組みも始まっている。大農業都市の新潟の姿をどのように描いていくかに、スローフードとしては大きな関心があり、注視している。<br />
　また新潟の新しいキャッチフレーズにも多大な関心がある。「食と花の都市」でもいいが、たとえば次のフレーズはどうだろうか。</p>

<ul>
  <ul>
    <li>グリーンな生活都市　新潟市</li>
    <li>食べられる景観の街　新潟市</li>
    <li>生涯住みたい街　新潟市</li>
    <li>水と芸術の大地　新潟市？</li>
    <li>住み飽きない街　新潟市</li>
    <li>かぶき者の街　新潟市</li>
    <li>なつかしき未来都市　新潟市</li>
  </ul>
</ul>
<p>しかしどうもピーンとこない。やはり「なつかしき未来の街　新潟」に収斂する（笑）。<br />
  　さて「スローフード・にいがた」ならばどのような「田園都市」新潟市を目指すかについて、アイデアを整理し提案しておこう。広く新潟県全体に関わる「田園都市開発のマーケティング」ともなるが、あえて新潟市に当てはめることにしたい。<br />
  　前述のトライアングルマップにも記載されているが、田園都市構想のＫＦＳ（成功の鍵）は３点ある。</p>
<p>（その１）、基幹作物の高付加価値化をどう進めていくか（地域ブランド化）<br />
　　　　　　　　→量の自給率と質の自給率の日本一を目指す<br />
　　　　　　　　→「農」で食えるマーケティングに目覚める<br />
　　　　　　　　→農畜産物の６次産業化を図り、各地域全体をブランド化する<br />
　　　　　　　　→小規模農家を守り、産物の多様化を図る<br />
　　　　　　　　→系列化流通と産直流通（朝市など）の棲み分けを明確にする<br />
　　（その２）、市民と農家との相互交流のインフラをどう構築していくか<br />
　　　　　　　　→農業体験できる「食育の里」をつくる<br />
　　　　　　　　→家族菜園、市民農園などロシア風のダーチャを勧める<br />
　　　　　　　　→農家との契約栽培<br />
　　　　　　　　→新規就農支援、週末農業相談所の開催<br />
　　（その３）、食の地方分権化をどう進めていくか<br />
　　　　　　　　→「うまいモノを、うまい所で、つくって食べよう」運動を徹底する<br />
　　　　　　　　→１番旨いものは、まず新潟で楽しむ運動を展開する。<br />　　　　　　　　　　
「ニイガタ・ファスト」ブランド制度をつくる<br />
　　　　　　　　→県外には２番手しか出荷しない、または県外持ち出し禁止策を取る<br />
　　　　　　　　→新潟市名物の「食の大博覧会」の開催。食べたい人は新潟へ</p>

<p>など、様々なコンセプトアイデアが湧き出てくる。<br />
　いわば「ただ、田んぼがいっぱいあるだけの新潟市」「巨大食料供給基地の新潟市」だけを戦略の起点にするだけでは、合併を機会に地域ブランドによる新潟市の活性化が急務なのである。新しい新潟市そのものをブランド化する戦略が必要なのである。そのための課題が上記の３点である。<br />
　しかし以上のアイデアを具現化するのは、行政指導では限界がある。各種の委員会によるビジョンの作成は、大変貴重であるが、それを具現化しなければ意味がない。その受け皿となるのが民間の企業や農業、商業団体、一部のＮＰＯである。<br />
　市農工商が一つのビジョン達成のために、有機的に連動する仕組み（これはまだ実存しない）つくりが、実は最大の課題となる。<br />
　この仕組みつくりを専門に担う、マーケティングに長けた人材を有する民間会社を設立するもの、ひとつのやり方である。これらの運営を委託できるシンクタンクを入札で公募するのもいいだろう。こうでもしないと、まず市農工商の連携組織は動かない。</p>


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<p>　今、筆者の前に、新潟市の地図が開かれている。それを眺めながら以下のような妄想にふけっている。<br />
　　　１、「巻」辺りに「お酒のバッカス村」をつくろう<br />
　　　２、白根辺りには、中村観光果樹園を中心にした「果樹園共和国」（６次産業果樹園）<br />
　　　３、亀田郷には地産米の「おせんべい学校」<br />
　　　４、沼垂は醗酵の町として、「醗酵歴史館」<br />
　　　５、豊栄、亀田、辺りに、週末市民農園や田んぼのレストラン<br />
　　　６、５大ホテル協賛「スローフード世界大会」の開催<br />
　　　７、新潟市から出る生塵を、堆肥として循環できるプラントビジネス<br />
　スローフード運動を新潟に興してすでに７年目になる。資金不足と戦いながらスローなビジネスやネットワークづくりに邁進してきた。しかしそろそろ次のステップへと運動の機能と成果を上げてゆかねばならない。そのようなことを考えていると、窓の外はもう新緑の輝きに満ちた午後である。</p>

<br>
<h3>２　食あれば句あり</h3>


<h2>＜２－１＞トマト族の反乱</h2>

<p> 　　　　　　　　　＊ <br />
○血圧を恐れ日毎のトマト汁　　　　　　　津田政彦 <br />
○団欒やトマトの紅のある夕餉　　　　　　佐々木良作 <br />
○沈みたるトマトを探る井戸の底　　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　　　　　＊ </p>


<p>　日本人が食べる野菜のベスト５は、大根、じゃがいも、キャベツ、玉葱、そしてトマトの順になる。このトマトは世界では８０００種、日本でも登録されているだけで１２０種にもなる。江戸時代に長崎に伝えられた。 <br />
　またトマトという呼び名は「膨らむ果実」を意味する「トマトゥル」からきている。はるか昔、メキシコ湾をのぞむベラクルス地方のアステカ人がこう呼んだのが始まりだ。トマトゥルとは元来「ホオズキ」を指し、メキシコではホオズキを煮込んで料理に使っていたところから、形がよく似たトマトも同じ名前で呼ばれた。<br />
　この「トマト」という呼び名、世界共通だと思っている人も多いが、実は、イタリアでは「ポモドーロ（黄金のリンゴ）」、フランスでは「ポム・ダムール（愛のリンゴ）」、イギリスでは「ラブ・アップル（愛のリンゴ）」と、さまざまである。 <br />
　なぜリンゴ？と思われるかもしれないが、昔からヨーロッパでは値打ちの高い果物や野菜を「リンゴ」と呼ぶ習慣があったからだという。１６世紀にトマトがヨーロッパに伝わって以来、現在までに世界各地でさまざまな品種がつくられた。熟してもしっかりした果実で、果肉がくずれにくい品種として開発された。 </p>


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<p>　トマトの品種には赤色系、桃色系などがある。皮が黄色く厚くて丈夫なのが赤色系、薄くて無色透明なのが桃色系。ホームセンターなどでトマトの苗を物色すると、それらが様々な表情をして売られている。<br />
　栄養的にも実り豊かな野菜として広く料理に用いられ、世界でもっとも愛されている野菜といえるだろう。ひと皮むけば果肉の色は同じである。赤色系は世界のほとんどの国でたべられているが、日本ではジュースやケチャップなどの加工用に栽培されている。<br />
　日本に初めて紹介されたトマトが、酸味と香りの強い赤色系のものであったためか、あまり好まれなかった。その後に入ってきたのが桃色系。トマト臭が弱く甘みもあったので、広く受け入れられ、今では桃色系が圧倒的に多い。 <br />
最近は熟してもしっかり実が締まり、流通段階でもくずれない完熟型トマトとして開発された”桃太郎”が大ヒットしている。また、完熟ミニトマトも人気が出て、トマトは果物のようにデザート感覚で食べられるようになった。 <br />
　新潟でも豊栄地区を中心にトマト栽培が盛んである。品種は概ね桃太郎だ。Ｆ１の一代雑種だが、完熟しても身持ちがよく、美味しいままの状態で販売されるから、今や売り場を占拠している。食べると確かに甘さと酸味がうまくバランスしている。どのような食べ方をしても、そこそこイケる優れものトマトである。 <br />
この桃太郎を題材にして、ある小学校の食育講座を行った。ハウス栽培と露地栽培の桃太郎の２種を比較する実験である。 </p>


<p>　まず「トマトは水に浮かぶか、沈むか」という実験を、子ども達の目の前で行うことにした。トマトが水に浮かぶと思う人は手を挙げてと言うと、約８０％の子ども等が賛成する。ボクらの世代は、トマトは水に沈むものだと固く信じているが、最近のトマトはどうやら水に浮いてしまうらしい。 <br />
　子ども達の視線が注がれる中、おもむろに２種の桃太郎を水に入れみる。すると同じ桃太郎でも、浮くものと沈むものに分かれる。ハウス栽培トマトは浮きやすく、露地栽培トマトは沈むということがわかる瞬間だ。 <br />
　また２種の食べ比べをすると圧倒的に、露地栽培トマトに軍杯をあげる子どもが多い。この実験を通して、トマトに関する様々な学びをすることができる。 <br />
　露地栽培トマトが水に沈むのは比重が水より重いからだ。おそらく自然環境から吸収したミネラルや糖分が豊富だからであろう。美味いのもそのためである。当然であろう。このトマト講座は大人たちへのセミナーでも概ね好評であり、人気の高い食育教本となっている。 <br />
　しかし最近のトマトは水に浮くのが圧倒的に多く売られている。しかもそれが本物のトマトだと認識している。嘆かわしいことと言える。 <br />
　その嘆きに相応して、「本物のトマトは水に沈む」という強力な支援部隊が現われた。エコファーマーと言われる特別栽培農法チームの人々である。堆肥栽培に目覚めた人達が、ミネラルが豊富な糖度の高いトマトの栽培に力を入れ始めたのだ。 <br />
　合言葉は「自分の家族に食わせる、水に沈むトマト」である。しかもその水に沈むトマトを食べたら、もう今のトマトには戻れないほどの美味さと食感だと言う。 </p>


<p align="center"><strong>トマト盗るお天道様に背をむけて</strong></p>




<p>　こうなると化学肥料や農薬に頼った大量栽培のトマトは、あっという間に市場からそっぽを向かれるだろう。これを「平成のトマト族の乱」と言えばいいだろう。 <br />
　これはトマト族だけでなく、スイカ族、キュウリ族、瓜族なども大いに反省して、反乱を起こさねばならない時期の到来を意味する。農薬や化学肥料の大量散布で死んだ土を、もう一度力のある土に戻そうという動きが、トマト族の乱には秘められている。 </p>

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<p>　そう言えば、戦後の路地トマトのあの芳醇で甘い味は、一体何処に行ってしまったのだろうか。誰でもがそう思いつつ、長い時間を費やしてきた。婆さまが路傍の石に腰掛けて、大きな口を開けて美味そうに食べていたあの路地トマトは、今やどこを探しても見当たらない。トマトと婆さまの風景は、実に、ピタッと様に成っていた。 <br />
　また川遊びには必ずと言っていいほど、トマトやウリ、スイカを子ども達は持参して、石で囲った川縁で冷やしながら、おやつにしていた。泳ぎ疲れた身体には最高のご馳走だった。しかも実に美味かった。 <br />
また当時は、子どものトマト泥棒やウリ、柿泥棒などを大人たちは大目に見ていたように思う。将来を背負う子供たちが、腹をこしらえているんだと言う、天下国家の認識があったからだ。トマト泥棒ぐらいで、彼らの将来に傷をつけてはいかん、という大人の共通の思慮遠慮があったのだろうと思う。 <br />
　こんな切ない歌もある。 </p>




<p align="center"><strong>トマト泥棒捕らえてみれば好きな人 </strong></p>




<p>　しかし最近、子供がトマト泥棒で捕まったという記事を見たことがない。柿泥棒でも聞いたことがない。それは、泥棒してまで食べたいトマトが畑にないのが原因なのかも知れない。 <br />
　栄養が豊富で、癌の予防にもなる機能性があり、それでいて冷えたビールと一緒にやるとバカウマのトマトである。トマトには真っ赤なスローな時間が詰まっている。 </p>


<br>
<h2>＜２－２＞家族する「新じゃが」</h2>



<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　＊ <br />
○新じゃがをほかほかと食ひ今日を謝す　　　大野林火 <br />
○新薯に夕餉すすみしうれしさよ　　　　　　　中尾白雨 <br />
○新じゃがや戦後貧しき大家族　　　　　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　＊ </p>



<p>　晩夏になると「新じゃが」がそろそろ出回り始める。札幌の大通り公園で食べるあのジャガバタは、北国に生まれてよかったと思わしめる至福感がある。 <br />
　本土（今でも道内の人はこう言う）から来た人々も、何はともあれ大通り公園に駆けつけて、口をアフアフさせながら、熱々のジャガバタにかぶりつく。この儀式をしないと北海道に来た気がしないのだ。 <br />
　そのじゃが芋は馬鈴薯、オランダ芋、甲州薯とも呼ばれ、南米が原産地。日本では男爵芋が代表品種で、他にメイクイーン、北あかり、インカのめざめ等が市場に出回っている。 <br />
　茹でて良し、焼いて良し、煮て良し、揚げてよしと、すべての料理に欠かせない貴重な野菜がジャガイモである。 </p>



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<p>　さらにじゃが芋は芋業界の中でも、表舞台に登場するにふさわしいスターとして一目置かれている。この芋業界の評議会は、サツマイモ、里芋、自然薯、山芋、太郎芋、こんにゃく芋界の代表や名士で構成され、我が国の食料安保を陰から支えている。国の極秘の機関だと言ううわさもある。その時は頼むぞと、声をかけたくなる頼もしい存在なのである。 <br />
　ところでじゃが芋が何故、他の芋業界より表舞台にふさわしいのだろうか。もうお分かりだと思うが、それはじゃが芋が持つ明るさ、清潔さ、淡白さ、モダンさにある。フランスのシャンデリーゼ通りに、ジャガバタ売りが立っても様になるのだ。暗さがまったくない。 </p>



<p align="center"><strong>新ジャガのバターとろける凱旋門 </strong></p>


<p>サツマイモや里芋だったらこうはいかない。 <br />
　しかも「いかようにも、あなた様のお好み通りに変えてください」という、真摯な純情さが、じゃが芋にはある気がする。ジャガバタしかり、ポテトチップスしかり、焼ジャガしかりである。いずれも屋外で歩きながら食べるのに少しも違和感がないのが、じゃが芋の明るさと育ちの良さなのだ。サツマイモが陰の愛人ならば、じゃが芋は公認の恋人って感じと言ってもいいだろう。 <br />
　さらに、とかく女性に偏りがちなファンを、男性にも拡大しているのがエライのだ。この男性は「芋野郎」と呼ばれ、その数およそ１０００万人（推定）はいるだろう。 <br />
　ところでジャガイモの花をみたことがあるだろうか。北の大地北海道を汽車で旅すると、地平線の朝日に、ほのかに一面に咲き誇る薄紫の花に出会うことができる。派手な花ではないが、心に沁みる朝日の大地の一花と言えるだろう。まさに大地の夜明けの色をなしている。 </p>


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<p>　さてこのジャガイモを料理を問答してみよう。それもいきなり「男もすなり、じゃが芋メニュー」コンテストを、開催することにしよう。老いも若きも、我こそは「じゃが芋一級士」の面々達が挑戦するのだ。 <br />
　コンテスト風景は省略して、その入選作は以下の通りである。 <br />
　　　第１位、イカの塩辛サンドじゃが芋（バカウマで特許申請中） <br />
　　　第２位、塩雲丹サンドじゃが芋（まぶして焼いてもイケます） <br />
　　　第３位、ワサビ醤油漬けこんがり焼き <br />
　　　第４位、梅味噌からめ焼き（日本酒にサイコー） <br />
　　　第５位、塩胡椒牛タンサンド（ビ―ルがグイグイ） <br />
　　　第６位、キムチサンドじゃが芋 <br />
　　　第７位、じゃが芋のしゃぶしゃぶ <br />
　　　第８位、じゃが芋の糠の一夜漬け <br />
　　　第９位、ラップをかけて、一〇分チーンすれが、丸ごとホカホカ </p>


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<p>　などいずれも「珍味系・油塩類・後引き族」メニューを、じゃが芋一級士達は狙っていることに気がつく。これはポテトチップ開発の常道とも言えるだろう。 <br />
　低カロリーでビタミンＣが多く、誰にでも好かれるじゃが芋。そう言えば、茹でたての新じゃがを囲んだ家族の昼餉を、懐かしむ人が多いはずだ。</p>

<p align="center"><strong>
新じゃがの熱きがうれし剥かず食ふ </strong></p>


<p>
熱いから皮も剥かずに、そのまま塩の吹いたじゃが芋にかぶりつきます。 <br />
　そして「熱いから慌てて食べるではないぞ！」と、たしなめられた経験と口に残った美味しさの残像は、今も家族団らんの原点として、心の隅にへばりついて残っている。貧しい時代の昼餉だったが、決して貧ではなかった。ホクホクの新じゃがには、家族団らんの匂いと味と明日への希望があった。 </p>

<br>
<p><strong>＜ジャガイモひとくちメモ＞ </strong><br />
</p>


<p>
<strong>○男爵薯（だんしゃくいも）</strong> <br />
　生食用品種。明治時代に川田龍吉（かわだ・りょうきち）男爵がイギリスから持ち込んで日本に定着させた品種という説の他に、アメリカからとする説もある。<br />
　デンプンが多くホクホクした食感が得られるが、煮くずれしやすい。このため、粉吹き芋やマッシュドポテト、コロッケなど潰してから使う料理に適している。芽の部分が大きく窪んでおり、でこぼこした形状なので皮をむきにくい。主に、東日本で主流の品種である。花は白い。<br />
<br />
<strong>○メークイン</strong><br />
　生食用品種。大正時代にイギリスから日本に持ち込まれた品種。男爵イモよりもねっとりしていて、煮くずれしにくい。このため、カレーやシチューや肉じゃがなど、煮て調理する料理に適している。<br />
　男爵薯に比べて長い形状で、でこぼこもそれほどひどくなく、皮はむきやすい。主に西日本での消費が多い。世界的に見ても、特に日本で人気がある種。「メイクイーン」と呼ばれることも多いが、品種名としてはメークインが正しい名前である。花は紫色である。<br />
<br />
<strong>○キタアカリ</strong> <br />
　最近の一番人気品種である。生食用品種。男爵薯を母親として、線虫抵抗性を持たせるよう農林水産省北海道農業試験場（現:北海道農業研究センター）で品種改良したもの。<br />
　カロテンやビタミンCの含有量が多い。男爵薯同様、粉吹き芋やマッシュドポテトに適している。黄色が強めである。<br />
<br />
<strong>○インカのめざめ</strong><br />
　２００２年に種苗登録された、小粒で黄色みの強い品種。アンデス産の品種を日本向けに改良したもの。甘みが強く、サツマイモや栗に似た味を持つなど食味はよいが、収量は少なく、他の品種と比較して栽培が難しい。<br />
　また発芽しやすく、長期の保存には不向きである。生食用として人気が高まってきているが、生産量は少なくジャガイモのなかでは高価である。</p>

<br>
<h2>＜２－３＞恍惚の「さくらんぼ」</h2>

<p>　　　　　　　　　＊ <br />
○舌に載せてさくらんぼうを愛しけり　　　　　日野草城 <br />
○桜桃のこの美しきもの梅雨の夜に　　　　　森　澄雄 <br />
○湯上りの妻が持ちくるサクランボ　　　　　　食いしん坊 <br />
　　　　　　　　　＊ </p>


<p>　サクランボの季節がくると果物屋の店頭が気になるものだ。高くて庶民には手が出ないものだが、うらめしそうに眺めるだけならお金は要らない。しかもサクランボには楽しき頃の青春が重なってくるから、余計に気になる。 <br />
　サクランボは桜桃の字のごとく、バラ科の桜の花が実を結んだもの。「甘果桜桃」が正しき名前で、一般にはナポレオンと呼ばれている。産地はとくに山形県が有名で、シーズンにもなるとサクランボ市があちらこちらに起つ。６月の第３日曜日（サクランボの日）は、かの太宰治の桜桃忌にあたる。「人間失格」「斜陽のさくらんぼ？」等の名作を思い浮かべる。 <br />
　さてボクらがサクランボに出会うには、まず山形駅前の露天売りを探索するに限る。佐藤錦という品種が軒を並べて売られている。そこで頬被りしたおばちゃんや鉢巻姿のおっちゃんと、しゃがみ込んで交渉するのがいいだろう。サクランボは鮮度の落ちが早いので、その辺を見極めて試食や値切り交渉をするのがコツである。 </p>


<!--☆-->
<div align="center">
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<p>　値段は結構張り、一粒１００円前後だ。初夏のルビーと言われるほどに、その張りつめた皮肌は輝きに満ちて、愛くるしく、清純、そして無垢の気品すら兼ね備えている。まさに犯さざるべき禁断の木の実の貫禄である。 <br />
　しかしこの１００円は、決して高くはない。一粒のサクランボを手に取り、じっと２０秒ほど見つめると、値切ってはいけない厳かな気持ちになり、そう思うようになるから不思議だ。そして可愛い箱に３０粒入れて、宅配便込みの３８００円で交渉成立する。交渉成立するとやっとおまけで、３粒ほど試食をさせてくれる。 </p>


<p align="center"><strong>遠き日の楽しき頃やサクランボ </strong></p>


<p>　食べ方にも通の間では暗黙のルールがある。まず薄緑色の柄の先端を指先で持ち、必ず目の前でぷらぷらと揺らすこと。この揺らしている間に、それを迎え入れる唇の態勢を万全な状態にしなければなりません。 <br />
　焦ってもいけないし、怠惰でもいけません。なにせ１粒１００円の鮮紅色のルビーである。粗相があってはならない。まずは唇に軽くはさんで、このひんやりとした輝きの皮肌感を確かめる。 <br />
その後、果肉を口に含む。そうしておいて、指先で柄を引っ張る。 <br />
　するとプツッと柄が抜けて、果肉は舌の上で暫くは弄ぶのがルールだ。次は歯で２、３度プチッと噛み切り種だけを外に出し、あとは安心して大きく、ゆっくり、気品よく味わうのが基本形である。恍惚感に浸りながら味わうのが通の食べ方とも言える。 <br />
ところでサクランボの味について、こういうものだと表現できるような決め手がない。 </p>


<p align="center"><strong>サクランボを美味いと言う者前に出よ </strong></p>


<p>　ほのかな甘味と、ほのかな酸味が切なく口中に広がるだけである。１粒食べ終わっても、ガッンとした納得感がない。だから叉一粒と、ついつい手が出る。つまり連食性がある。これってキャンディーのヒットを作る秘訣なのでは、と脳裏を過ぎる。そういえば「サクランボの詩」という、ヒットキャンディがあった。 <br />
　そして気が付くと、足元の周りは種だらけの、貪欲な、礼儀も知らない我らを発見することになる。ならばと、サクランボをより楽しく、実感的に食べようと言う事を考えることにする。サクランボの種飛ばし競争という手があるからだ。 <br />
　ルールは簡単だ。サクランボの種を口から吐き出して、その飛んだ距離を競うだけの競技である。３粒の中で一番遠くに飛んだ距離を記録とするのである。 <br />
　昨年のチャンピオンＡ君の、連続動作をここに再現しよう。 <br />
　スタートラインに位置したＡ君は </p>


<span class="r50-1em">１、先ず水を一口飲み、競技の無事を祈ります。</span> <br />
<span class="r50-1em">２、次に規定のサクランボを口に含み、柄をプチッと引き抜き、果肉を噛み砕いて飲み干します。</span> <br />
<span class="r50-1em">３、そして歯茎の間に温存しておいた種を舌の上に引き出します。 </span><br />
<span class="r50-1em">４、空気の抵抗を最小限にするために、種の果肉を丹念に削ぎ落とし、種を舌先で巻き込んで、出来るだけ助走路を長くするために、口の奥の方まで持ち込みます。</span> <br />
<span class="r50-1em">５、そのあと身体を斜めにし、首から上半身を後ろにそらしながら、息を大きく吸い込んで止め、反動をつけて一挙に舌先の種を、約４５度の角度で発射します。 </span><br />
<span class="r50-1em">６、その記録は１８メートル（推定）。</span> 
<p>　あいにく追い風のために参考記録となったが、「サクランボ空を飛ぶ」の噂は、瞬く間に全国に広がることとなる。中には入れ歯を飛ばした参加者も登場する。 <br />
　病気見舞い品の御三家（メロン、桜桃、マスカット）の、サクランボの季節がやってくる。最近はサクランボ泥棒が横行して、村では自警団を配置して、警戒しているようだ。１粒１００円の宝石だから、ピンクパンサーも狙うはずだ。 </p>


<p align="center"><strong>まず父が種を飛ばせりサクランボ </strong></p>


<br>

<h3>３　スローでウオッチング（２１）</h3>


<ol>
  <li>新潟と酒田を結ぶ「きらきらうえつ号」に乗った。土日に運転される全席指定の快速電車である。４両編成で一両は観覧車となっている。  <br />
    乗り込む前は、記念写真を撮る親子連れがプラットホームでポーズをとる。鉄道ファンもカメラのシャッターを押す。 <br />
    満席の状態で発車するとまもなくガイドさんが、バスガイドなみに観光案内をしてくれる。宿の予約も承る。今までの特急電車とはまったく機能が違うから驚きだ。子ども達は窓際の観覧椅子に腰掛けて実に楽しそうである。一度、乗車してみるのもスローな旅の一路となるだろう。 </li>

<br>
  <li>環境庁のまとめによると、食品廃棄物が年間１９００万トンになるという。 <br />
    　　○外食、小売、卸、食品メーカーから１１３０万トン <br />
    　　○家庭からでる生ゴミが７７０万トン <br />
    この１９００万トンはまだ食べられるというから、この数字は衝撃的である。 <br />
    かくも膨大な食品廃棄の原因のひとつが「賞味期限」。おいしく食べられる目安のことで、偽装事件以後、ますます世間の目がうるさくなり、廃棄に拍車がかかっている。 <br />
    コンビ二も生ゴミに悲鳴をあげている。飼料にリサイクルしたり、格安定食として再利用するなどの試みをしているが、大方は生ゴミとして廃棄するしかない。 <br />
    ならば我らスローフードは料理の「持ち帰り運動」を会のルールと定めようと思う。嫌な顔をする飲食店と交渉するキーは「もったいない」である。 </li>

<br>
  <li>久しぶりにジャン卓を囲んだ。数十年ぶりの麻雀である。学生時代以来の人もいる。　　　　そして役の数え方、点数の数え方、対戦相手の作戦や心理を読む戦いなど、このところ呆け気味だった闘争心がいやおうなしに静かに燃え上がる。 <br />
    見かけによらず慎重なＡさん、ダマテンを狙うＢさん、満貫を振り込んでしょぼんとするＣさんなどと、手と頭をフル動員させながら決戦がすすむ。 <br />
    こうなると金持ちも役職も関係なくなる。配牌を読みきったものだけが勝ち組になる。まさに頭脳戦の下克上の戦いであり、そこが闘争心に火をつける。 <br />
    しかもこの麻雀は中国生まれである。中国人は凄い遊びを考えたものだ。役のつくり方は数十万通りあるとされ、いわば配牌毎に戦いの局面が違うのである。 <br />
    結果は普段はやや呆け気味だったＤさんの一人勝ちである。うれしそうなＤさんの笑顔が印象的であった。 <br />
    最近はこの麻雀がひそかなブームだという。とくに高齢者の間で盛んになっている。精神活動に対して最強でかつ娯楽性の高い麻雀ならば、納得がいく。麻雀のスローな森羅万象の時空世界を、これから仲間と楽しんで行きたいものだ。 </li>
	
<br>
  <li>念願の畑仕事に挑戦することになった。何で今更、しんどい百姓などと思っていたが、意を決して借りた畑に鍬を入れた。４０坪ほどの畑である。しかしやり始めると、もうどうにも止まらないほど面白い。 <br />
    栽培するのは新潟の伝統野菜（６種）、トマト（３種）、茄子（２種）、西瓜（４種）、瓜、ジャガイモ（３種）、レタス、水菜、ともろこし、パプリカ、枝豆、小松菜、人参などである。野菜の栽培法という本を頼りに、見よう見まねで朝早くから悪戦苦闘している。 <br />
    苗で植えたトマトと黒十全（茄子）は、早々と枯らして失敗し、追加の苗を補給した。風と低温にやられたらしい。だから２回目は防寒と風除けに気をつけている。今のところ順調に育っている。 <br />
    寄居カブや小松菜は種の直播きに挑戦。ある日にポッと芽が出てきた。それを見つけたとたん、思わず声をあげた。これは感動ものだ。こんな面白い遊びが他にあろうか、と自画自賛する始末。百姓仕事なんて、と敬遠していたことが嘘のように、ひとりで畑のなかで小躍りしている。 <br />
	

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol21/img/image011.jpg" vspace="10" /></div>
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    また隣の畑のおばあちゃんに声をかけて、いろいろ教えてもらっている。トンネルのつくり方、苗の植え方、肥料のやり方、剪定のやり方など細々と教えてもらう。そんな現場の先生は、すでに４人ほどになった。皆さん、嫌な顔もしないで親切に教えてくれる。　「野菜作りは野菜に聞け」というおじいちゃんの教えも、素直に耳に入ってくるから不思議だ。 <br />
    一汗かいた後は、畑で缶ビールを１本頂くのが楽しみである。多くのビジネスマンが、あくせく働いている時間帯に呑むビールは最高だ。なんか悪い気がする。 <br />
    最近はこの野菜を狙った子ども家族が、しきりに出来具合を電話してくる。もちろん食べきれないほどの収穫がある予定だから、無農薬野菜を送ってやるつもりでいる。まさか都会の子ども家族に野菜を仕送りするとは。人生は分からないものだ。 <br />
    またスローフードなどと片意地張っても、所詮大地の１粒の豆の芽には如かずなり。そんな気がする農（脳）生活の毎日である。 </li>
<br>	
  <li>直江津のミニスーパーが人気を集めている。商店街の空き地や駐車場に、週１回テントをはって開催している。鮮魚、米、果物、野菜、花、豆腐、納豆など約２００品目がならぶ。近くのお年寄りが開店の時間に合わせてやってくる。 <br />
    又まとめ買いの商品は、無料で午後４時までに自宅に配達し、喜ばれている。近くの八百屋さんや魚屋さんがシャッターを下ろした町に、再び活気が出ている。同じような過疎の地区からも出店要請が多くきている。近い、安い、新鮮、会話あり、無料宅配という空き地コミュニティーは遠のいた客足を再び取り戻す。 </li>
</ol>
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   <title>スローフード瓦版　ＶＯＬ ２０</title>
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   <published>2008-12-29T00:37:30Z</published>
   <updated>2009-05-21T02:53:24Z</updated>
   
   <summary>            １スロー談義を楽しむ（連載５）             ...</summary>
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         <category term="ｶﾃｺﾞﾘｰ１（スローフード瓦版）" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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  <em>１スロー談義を楽しむ（連載５）</em>  </div><!--div id="banner-texbox"-->
  

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<span class="style18">＜はじめに＞</span>
<p>　２００９年を迎え、当瓦版の内容も一新いたします。名づけて「食あれば句あり」の食の歳時記を、スローフード流に連載いたします。 <br />
　自給率７０％くらいあった昭和の時代に、我らどのようなものを、どのように食べ、楽しんできたかを振り返ります。食の原風景を思い出せれば幸いです。 </p>

<h3>１食あれば句あり（１月のごちそう）</h3>

<h2>●お雑煮を自慢する</h2> 
  
  
<p><strong>　　　　　　　　　　　＊ </strong><br />
  <strong>・大勢の子を育てきし雑煮かな　　　　　　高浜虚子 </strong><br />
  <strong>・古希やなを明日を夢みる雑煮かな　　　清水凡亭 </strong><br />
  <strong>・雑煮餅湯気に我が家の月日あり　　　　食いしん坊 </strong><br />
  <strong>　　　　　　　　　　　＊ </strong></p>

<p>　雑煮に関しては、一言居士がはなはだ多い。居酒屋などで「おらが国の雑煮」の自慢談義が始まれば、つい熱が入り過ぎて口泡を飛ばしているおじさん達をよくみかける。「何と言っても雑煮は関東風が一番じゃよ！」などと、特に関東対関西の雑煮対決は熱を帯び、つい隣から盗み聞きしてしまう。 <br />
　そのなかに「まあ、まあ！」と、美濃尾張勢が論に割り込もうものなら、もう終始がつかなくなる。まさに雑煮戦国時代の大議論である。しかもその雑煮談義戦争に勝たなければ、それはもう一族の面子に関わる一大事だから、おじさん達は必死だ。 <br />
　こんな場合は鍋奉行のような雑煮奉行とか、雑煮士一級、二級とかいう国家免許を持った有資格者がいて、取り仕切ってくれれば混乱も収まる。時の氏神さんである。 </p>

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<p>　雑煮士は笛を口にくわえながら、三者の言い分を聞きます。まず関東勢から口上を述べる。 </p>

<strong>○関東勢の口上</strong><br />
  <span class="r50">お雑煮はすまし仕立てで、お餅は四角の焼餅が本筋。 <br />
青々した小松菜を浮かべて、つつましやかにいただくのが粋だねぇ～。 <br />
それに比べて関西雑煮は気持ちが悪いよ！</span> <br />
<strong>○関西勢の口上</strong><br />
<span class="r50">何をおっしゃる関東の人たちよ！ <br />
お雑煮は丸餅で白味噌仕立てに限るでおじゃる！ <br />
甘雑煮などと貴族文化を否定しないで、はんなりとお食べやす！ <br />
何故か急に京都訛りが飛び出して反撃です</span> <br />
<strong>○美濃尾張勢の口上</strong><br />
<span class="r50">おみゃさんら、なに言っとらーすや！ <br />
お雑煮は鶏だしのおすましに、四角餅を焼かずにほど　　良く煮込むにきまっとるぎゃぁ！ <br />
餅菜と蒲鉾の薄切りぐらい入れて、削りたての花かつをお椀の中で、ゆらゆら揺しながら食べてみてちょ！ <br />
どえりゃぁうみゃでいかんだわぁ～。 <br />
まずは名古屋弁で軽くジャブが出ます。</span> 
<p>三者の言い分をじっくり聞き終わった雑煮士は、やおらピッピーと笛を吹き論戦を止める。 <br />
　この場合、間合いが大切だ。このまま放置しておくと、「居酒屋の雑煮談義戦争」の始まる危険性があるからだ。もしかしたら居酒屋が修羅場に化すかも知れない。したがって何とか丸く治めねばならない。 <br />
　そこで雑煮士は次の提案をする。「画一化して味気なくなったお正月の食卓で、唯一先祖代々、現代まで、郷土色が伝承されてきた諸君のお雑煮に優劣はつけがたい」。よって「お餅の数が多く食べられる雑煮を勝ちとしたいが、いかがかな！」という提案である。 <br />
　この雑煮士の思わぬ提案に、雑煮談義界には、大きなざわめきが起こる。実は雑煮士には子どもの頃の雑煮風景が、根底にあったのだ。 <br />
昔々、元旦の朝のお雑煮は、神さまと一緒にいただく神々しいものであった。家族全員正座して、父親の一声で箸を持ち、待ちに待ったお雑煮をいただくのがごく普通の風景である。 <br />
<strong>　</strong>しかも元旦の雑煮だけは、自分の歳の数だけお餅を食べればその年は幸運に恵まれると信じていた。お餅が貴重な食べ物であった時代の楽しみだったのだ。 <br />
１０歳なら１０個の雑煮餅をいただく。また元旦は必ず学校に登校して、校長先生のお話があった。食べ過ぎの苦しいお腹をかかえて全員が登校するのだ。そして「お前、何個食べた？」と数を競い合うのも登校の楽しみだった。雑煮士はこの心象風景を拠り所に、三者の言い分の優劣を考えた訳である。 <br />
　こうなるとやはり関西勢は不利だ。丸餅の白味噌仕立てでは、数を食べることが出来ない。その点、具が少なく、さっぱりタイプの関東勢や美濃尾張勢の一部が、数を多く食べるには有利となる。 <br />
　見事、雑煮士の思惑とおりに、徳川家康の勝ちというところがこの談義の落しどころになる。実際にお雑煮は、関東風が全国的に普及している。 <br />
　もちろん、丸餅文化と切り餅文化は厳然とその地域性を固辞している。岐阜の関が原辺りを境に、丸と四角は分布を異にしている。ところでこの雑煮士の正体は何者なのでしょうか。 </p>
<br>
<h2>●寒蜆の思慮遠慮</h2>

<p><strong>　　　　　　　　　　　　＊ </strong><br />
  <strong>・寒蜆むらさきのいろせめぎあひふ　　　岡本まち子 </strong><br />
  <strong>・売り声の中しづもれる寒蜆　　　　　　　熊谷房子 </strong><br />
  <strong>・ひとり言つぶやく椀の寒蜆　　　　　　　食いしん坊 </strong><br />
  <strong>　　　　　　　　　　　　＊ </strong></p>

<p>　冬至から数えて、約１５日目が寒の入りである。ですから１月６日前後が寒の入りとなる。寒さが一段と厳しさを増し、身がきりりと引き締まり、京都では嵯峨清涼寺の黒衣の僧が読経をしながら托鉢に出かける。 <br />
　「おぉ～、おぉっ～」と唸るようなその読経の声は、犬の遠吠えを誘い、暗闇を震撼させていく。寒念仏、寒修行といわれている。 <br />
　この声が聞こえる頃になると、俄然美味しくなるのが、琵琶湖の瀬田でとれる寒蜆である。やや小粒で黒々としている。関西では「瀬田のシジミさん」と言うだけで、「じゃあ、それおくれやす！」と声をかける。古来から名を馳せた、蜆ブランドの王者として君臨しているのだ。 <br />
　一般にシジミと呼んでいるのはヤマトシジミのことを指す。琵琶湖や宍道湖産が有名だが、最近では青森なども名を上げている。黒い殻のシジミは泥地産で、黄褐色は砂地産である。 <br />
　ボクらの子どもの頃は朝早く、蜆売りのおばさんがリャーカーを引いて、路地裏まで売るに来た。「しじみーや、しじみ」と、切れの良い声で木枡で計り売りする。買いに出るのは概ね子どもの役目だ。 <br />
　納豆売り、豆腐売り、牛乳配達、ヤクルトのおばさん、竿売りなど、その当時の市中は物売りの声が溢れていた。その代表が蜆売りの声である。 <br />
<strong>　　</strong>さてその寒蜆といえば、やはり味噌汁仕立てが最高だ。特に深酒をした翌朝のシジミ汁は、肝臓の芯までじわっとしみわたる。シジミのような眠い眼をしながら、殻から身をほじくりだして食べ、「頼むぞ、シジミ君」という気持ちになる。反省と後悔と期待が入り混じる瞬間である。 </p>

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<img src="http://topics.slowfood-niigata.com/sf-topics/kawara/vol20/img/image003.jpg" vspace="10" /></div>
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<p>また二日酔いで寝起き出来なくても、「シジミ汁よ！」と声をかけられると、体が勝手に起きる。シジミには肝臓に効くメチオニンや、ビタミンＢ群がたっぷりと含まれているからだ。 <br />
そして昨日の反省をしきりさせるのも、シジミ汁のエライところである。「あれはあれで、仕方がなかったんだよなぁ！」などと、殻を突っつきながらの独り言がでてくる。 <br />
これを「シジミ汁の独り言」という。シジミ汁には日本人好みの、一種の精神的な強さが秘められているのである。しかもシジミ汁には、１椀でおよそ２０個くらいのシジミが入っている。その大量のシジミの命に支えられて、シジミ汁は作られているのだ。 <br />
ということは、「申し訳ない、許してくれ、ありがたい」などと命の連鎖に感謝しながら、身の引き締まる思いで、一椀の恵みをいただかねばならない。二日酔いに効くなどと、邪悪な心持ちでいただくものでは決してありません。このことがボクらを、深く反省させる精神的な要因なのである。 <br />
ところで正調なる寒蜆の味噌汁の作り方をご存知だろうか。 <br />
〈作り方〉 </p>
<span class="r50">１、砂をはかせて、殻をこすり洗いする。これからいただきますよと、ノックをします。 <br />
２、水とシジミを鍋に入れて火をかけ、殻が開いてから、１～２分煮ます。 <br />
３、灰汁を掬い取り、赤味噌を溶き入れてひと煮立てさせます。 <br />
４、椀に盛り、あさつきの切り菜を散らす。 <br />
５、両手を合わせて「いただきます！」と合掌して、殻から身をつまみ出しながら食べます。</span>
<p>
朝のシジミ汁は反省と期待を、夜のシジミ汁は後悔と感謝を添えていただきしょう。寒蜆にはボクらの命が宿っている。 </p>

<h2>●見っけたり、七草粥の秘密です！</h2>

<p><strong>　　　　　　　　　　＊ </strong><br />
  <strong>○七日客七種粥の残りなど　　　　　　　高浜虚子 </strong><br />
  <strong>○つつましく箸置く七草粥の朝　　　　　及川　貞 </strong><br />
  <strong>○七草打つ厨の母の薄化粧　　　　　　食いしん坊 </strong><br />
  <strong>　　　　　　　　　　＊ </strong></p>

<p>　１月７日が近づくと何故かそわそわしてくる。胸の奥に刻み込まれた子どもの頃の、母の五・七調の数え歌が甦るからである。「セリ・ナズナ・ゴキョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ、これで七草」のリズムが自