新着トピックス


カテゴリー


バックナンバー


2010年05月31日 09:21

VOL 27

1 スローフード巷談(7)

○生物多様性について考える(その1)

 スローフードが運動指針にかかげる食文化を通しての、生物多様性について考えてみよう。かなり気になるキーワードである。
 この言葉自体は地球規模の研究文献や学者によって、様々に定義され表現されて、かなりの年月が経つ。更に1992年、ブラジルのリオで生物に関する国際会議が開催され、生物多様性条約が締結されたことから、一躍注目されることになった。これらの概略は後述するとして、まず身近な生物多様性にかかわる事象からみてみよう。
 新潟といえばすぐに朱鷺の絶滅が思い浮かぶ。その朱鷺ガ絶滅して、すでに随分の年月が経つ。そして最近、やっと中国から譲り受けた個体の自然繁殖を、試みる段階にまでこぎつけた。ものすごい関係者の熱意と努力の賜物である。その費用も莫大なものだ。絶滅した生態系復活と保全にはどれほどの困難さが伴うか、我らは身をもって実感している。
 朱鷺だからこそ、これだけの国家プロジェクトの復活運動が起こった。だがそれ以外の動植物にはまだまだ目が届いていないのが現状だ。新潟の田に生息するゴイ鷺、白鷺、青鷺らのその他の鷺類は朱鷺騒動をどのような目で見ているだろうか、とよく冗談を言うのだが、まんざら的外れではない。「朱鷺ばかりチヤホヤされて・・・」と、その他の個体数が減少気味の鷺たちの悲しみの嘆きが聞えてくる気がする。

 かたや身近な例だが、稲田に生息するはずの蛙が最近はまったく見られなくなった。夜ともなると蛙の合唱が当たり前だった田園風景が、まったく姿を消している。恐ろしいくらいに田圃や湖沼は静まり返っている。全くの不自然だ。
 この蛙の個体減少は地球規模で起こっているようだと聞く。環境の変化をまともに受ける個体だから、この影響は我ら人類に直結すると学者は警告している。
 河川の小魚の種もあきらかに激減している。ハリウオ、センパラ、タナゴ、カジカ、めだかなどは、もう童謡で歌われる世界にしか生息しない。桑名の蛤はもう絶滅している。名前だけが歴史に残っているだけだ。
 外来生物種による周りの生態系の破壊も身近で起こっている。この外来生物種は「侵略的外来種」と呼ばれ、我が物顔で在来種をことごとく隅に追いやり、絶滅させたり、遺伝子の汚染を繰返す。
 ブラックバス、ブルーギル、アライグマ、アルゼンチンアリ、セイタカアワダチ草などは身近で見ることができる。
 最近はミツバチ問題が果樹農家を悩ましている。セイヨウオオマルハナバチという外来種が生態系に多大な被害を及ぼすことが分かり、使用規制がかけられた。知り合いの苺農家が苦い顔をしている。さらに在来種のミツバチが泥棒にあう被害すら多発していると聞く。
 こうなると生物多様性は他人ごとではなくなる。テーラ・マードレ(母なる大地)を哲学の根幹にすえるスローフード運動こそ、まともに向い合わなくてはならない課題である。我らスローフーダーやCVは何を成す事ができるのか。まずは生物多様性勉強から始めよう。そして微力ながら取り組んでいきたいと念願する。
 さてここで生物多様性についてその概念と様々な事象を整理しておこう。「生物多様性ってなに?」をスローフード流にまとめてみたい。
 生物多様性を一言で表現するのはかなり難しい。比較的分かりやすい説明としては、次の3つのキーワードを捉えるといいだろう。
 生物多様性には「個体」「種」「生態系」の、各レベルでの多様性があること。
 この3つの多様性が相互に繋がりあいながら、長い年月をかけて造り上げてきた総和が生物多様性なのである。様々な自然があり、そこに特有の生き物がいて、それぞれにつながりあっていること、と考えれば理解しやすいだろう。ある学者の表現であるが、図で表すとその概念がイメージできる。

○ 種の多様性とは、地球上に存在する全生物の総数のこと。その数は500万~1000万種と言われているが、3000万種いるという見解もある。いずれにせよ、想像を絶する多くの生物が生息している。 ○ 個体の多様性とは、人間も含めて同じ種でも地域によって異なる遺伝形質をもっていること。その各個体に含まれる遺伝子の多様性をさす。 同じ蛍でも場所によって、発光周期が異なる。 ○ 生態系の多様性とは、森林や草原、山や村、湿原、干潟、熱帯雨林、河川や湖沼、サンゴ礁などの、それぞれが動植物の固有の生息地になっている自然環境を指す。

 以上の図で俯瞰される森羅万象が生物多様性の世界である。いわば宇宙と言っても過言でない。
 この生物多様性に今何が起こりつつあるのか。それらに対して我ら人類は何に散り組まねばならないのか。「母なる大地」に何が起こっているのか。ここらで立ち止まって考えてみることが極めて重要となってくる。生物多様性に迫る危機は待ってはくれないからだ。   
 まずは以下の4点について整理しておこうと思う。
   1、生物多様性からの恩恵
   2、生物多様性に迫る危機
   3、生物多様性条約とその背景
   4、我らが成し得る対策は?


(1)生物多様性からの恩恵

 私たち人類は、今日に至るまで、その生存、健康、幸福そして生きる喜びは生物多様性を資源として利用することによって支えられてきた。
すなわち生物多様性の恵みやサービスなくて、存在しえないのが人類そのものである。
 このバランスが壊れれば、我らの生活は難しくなる。当然の帰趨である。大きく分けて4つの基盤を生物多様性からいただいているのである。

①、すべての生命の存立基盤である。酸素の供給、気温湿度の調節、水や栄養塩の循環、豊かな土壌の恵み。 ②、暮らしの基盤である。食べもの、木材、医薬品、産業や生活素材などの恵み。 ③、豊かな文化の基盤である。地域性豊かな文化を育む。自然と共生してきた知恵と伝統の恵み。 ④、自然に守られる暮らしの基盤である。マングローブやサンゴ礁による津波の軽減。干潟による浄化作業や渡り鳥の生息地。山地災害、土壌流出の軽減への恩恵。

 しかしこの恩恵を人類は破壊し尽くそうとしている。傲慢としか言い得ない人類の無知が破壊活動を推し進めている。基盤には限界があることを早く理解し、対策を立てるべきである。


(2)、生物多様性に迫る危機

 しかし現在、世界中で、生物の多様性が急速に危機に瀕している。大規模な開発は、生物の生息地を破壊し、自然環境の汚染も多くの生物の多様性を脅かしている。
 また野生生物の過剰利用や、外来種による在来種の駆逐、商業的に価値の高い種ばかりを栽培、繁殖することにいる種の画一化は、多様性を失わせる元凶となっている。
 ことに遺伝子組み換えによる種の操作は、地球規模の生物多様性を破壊すると、多くの団体が異を唱えている。爆発的に増える人口を養うためには、必要な技術だと偽善者は言うが、「母なる大地」を根幹とするスローフードは明確にそれらを否定する

 ではどれほどの生物多様性が失われる可能性があるのだろうか。それを示すデーターがIUCN(国際自然保護連合)から、「レッドリスト」として、まとめられ公表されている。
 それによると生き物の約47,000種の中の17,000種あまりの動植物が、絶滅のおそれの高い種として、登録され、観察されている。ざっくり言って30%の種は、絶滅の恐れがある勘定となる。
 たかだか30%などと思っていけない。地球の命の連鎖を不可能にする危険性があるからだ。コンピュータに於いて、システムファイルのあるものを削除した場合、まず例外なくコンピュータは作動しなくなる。それと同じことが自然界で起きても不思議ではない。
 日本でも07年に国が公表したリストで絶滅の恐れのある野生生物は、3,155種となっている。ツシマヤマネコ、アオウミガメ、めだか、イシカワカエル、ヤンバルクイナなどが含まれている。
 その主な原因は

①、開発や動植物の乱獲 ②、里山など、手入れをして保たれていた生態系が壊れた(荒れる森林) ③、外来種が入り、在来種を駆逐している(アライグマ、ブラックバス) ④、地球温暖化で生息地が脅かされたこと(サンゴ礁の死滅) ⑤、栽培種の画一化による在来種の駆逐(伝統野菜)

などが揚げられている。
 また、現時点で調査が十分に行なわれていない、魚類や無脊椎動物などについても、今後研究が進めば、より多くの種の危機が明らかになる可能性がある。レッドリストが示す数字は、あくまで世界全体の野生生物の危機的な現状を、部分的に明らかにしたものでしかないということを、忘れるべきではない。
 しかもそれぞれの原因は、簡単には除去できないものばかりである。どこから手をつけていいのか分からない課題ばかりである。
 地球レベル、国レベル、行政レベル、企業レベル、個人レベルなどで様ざまな取り組みが模索され、実際に実践されているが、社会の価値観を変えることによって政治や社会を動かして、解決して行かざる得ないことだけは確かである。
 そして国際的なルールづくりや法規制を設けて、様々なコンフリクトを乗り越えて、この課題に対処しなければならない。もちろん簡単ではない。
 その場合に、我らは生物多様性の危機から何を守ろうとしているのか。それを明確にしておかねばならないだろう。
 それは我々が脈々と生を営んできた国や地域の文化や歴史を反映する、自然も含めた地域の固有性ではないだろうか。その固有性が損なわれてゆくジレンマに危機感を募らせているともいえる。固有性が破壊され、消え去ることは我ら自身のアイデンティティの消滅を意味するからだ。
 スローフードは食文化とその環境の固有性を守ろうとしている。21世紀の次世代に対して、負の「母なる大地」を残さぬよう危機感をもって活動しているのである。次号では生物多様性条約とその背景と我らが成し得る対策について、論じる予定である。



2 食あれば句あり

<7-1>時価の鮎料理です!

          *
○熟恋や次の逢瀬は鮎の宿     田中冶生子
○姿よく焼かれし鮎に膝ただす   古屋信子
○化粧塩して焼かれたり囮鮎    食いしん坊
     *

 6月1日前後は、全国の河川の鮎漁を解禁される。岐阜の長良川は5月中旬で最も早く、一斉に太公望が友釣りに繰り出す。その鮎は川魚の王様として、古くは日本書紀や万葉集にも登場する。スイカや瓜のような香りがすることから、香魚とも言われている。
 しかも天然の鮎の姿には気品とか清新が漂い、これが多くの画家や写真家を刺激する。句材にも持ってこいの、羨望の夏の季語である。
 最近では養殖鮎の「天然仕上げ」と言う、ニューハーフ的なモノがスーパーなどで売られている。しかしやはり天然モノには風味や匂いではかなわない。
 そうなると総天然モノで、しかも鮎づくしのフルメニューが食べたくなる。ああ!食べたい、食べたいなぁ~と、鮎の夢を見る始末である。そのように思いを致すと、もう居ても立ってもいられなくなり、早速句帳片手に、岐阜の揖斐川の支流にある鮎宿を訪ねることにした。
 かの千年の薄墨桜で有名な、岐阜県・根尾村のこじんまわりした鮎宿である。それはお盆過ぎの人影もまばらになった暑い昼の午後だった。
「お世話になります!これぞ天然鮎料理だと言うのを探しに参りました」
「ようこそお客さん!今日は釣り人も帰り、やっと一段落したとこですよ!」
「まあ!ゆっくりしてきんしゃい!」と、窓を開けっ放した座敷に案内される。
 しかも何と三十畳ほどの座敷には、天然鮎探検隊を兼ねた、にわか俳人のボクだけがぽっねんと1人だけである。まさに、独占的系・独り占め類・贅沢三昧座敷の中の1人なのである。

鮎宿の風吹き抜ける胡座かな

 時折、これも天然のマイナスイオン系の川風が、30畳の座敷を吹き抜けていく。実に涼しい。
 壁に目をやると、釣り人が自慢の25センチほどの鮎の魚拓が、何枚も貼られて川風に揺られている。「どうや!俺が釣り上げた今年、いや!生涯一番の天然鮎や!どうや!見てくれたか!」と言わんばかりの威風堂々のオンパレードである。まさに「鮎釣や兵どもが夢の跡」の感がする。

 ついでに魚拓と並んで、アサヒビールの宣伝ガール(水着姿)の壁ポスターも、にっこり笑って大いに刺激してくれる。参るなぁ~こんなプレゼンテーションは!と、ひとりニヤリと笑ってみる。「笑ってもひとり」という尾崎放哉並の一句が浮かんでくる。
 しばらくすると女将さんがお茶を持ってあらわれ、今年は川苔が豊富で、大きな鮎が釣れるのだと言う。最近は田植えの除草剤が川に流れ込んで、川苔を枯らす被害が続発していると聞くが、ここの川は大丈夫だとも解説してくれる。生物多様性問題がここにも及びつつあるのだ。
 さっそくまずビールを注文し、その間に鮎料理のコースメニューを血気盛んに探索する。コースは9000円から1万5千円だ。しかもお品書きの最後には、手書きの「お1人さまだけ本日の時価」なんて言う、めちゃめちゃ気になるコースもある。
 お1人様だけ時価の鮎料理って、一体どんなコンセプトで構成されて、しかもどこのどなたが食べるのであろうか。探検隊としては、見過ごすことが出来ない一大事である。財布の中身をそっと隠れ確かめてから、清水の舞台から飛び降りる決死の覚悟を固めねばならない。
 「あのぅ~!この時価っていうコースを食べたいのですが!」と、さりげない声で勇気をだして注文する。しかも、決して動揺している気配を少しでも見せてはいけない。

時価といふ鮎割烹を所望せり

 注文するとにわかに、厨の動きが活発になり始める。なにかとんでもないメニューを注文してしまったのではと、一瞬反省したりするがもう遅いしもう止められない。2、3人の料理人がせわしく動き始めている。
 しばらくすると女将さんが、手書きの時価メニューを添えて現れた。「今日のメニューはこんなコースです」と、代わりのビールを卓上に置きながら事前提案してくれる。膝を正して、そのコースの内容を見ると以下の通りである。

1、菜(鮎のなます、鮎の甘露煮、鮎のウルカ)の盛り合わせのお椀(味噌仕立て) 2、鮎の背越しと刺身 3、鮎の塩焼き、 4、鮎の包み焼き 5、鮎の酢のもの 6、鮎の天ぷら 7、鮎の炊き込みご飯 8、鮎の潮汁 9、富有柿のシャーベット

 鮎が姿を変え、衣装を変え、形を変えて次から次へと出て来る趣向だ。こうなれば「鮎や平目の舞い踊り」の竜宮城気分で行くしかない。

 そして4番目に、いよいよ鮎料理の真打が登場する。化粧塩で背びれと尾びれがきりりと整い、踊り串で整然と焼かれた塩焼きの鮎が3匹登場する。普通は2匹が業界のしきたりだが、1匹はおまけ? まあ、いいか。志野焼の角皿に、悠然とした大河の流れのごとくお姿をした鮎さまである。
 魚形はまさに、一寸のスキも無駄もない総天然のデザインそのものである。近頃の簗場は、他所からの養殖ものを客に出すというが、ここは地場ものだ。実にすばらしい。
 「きゃぁ~!鮎さま!」とオヒネリのひとつでも投げたくなる名場面となる。
「うむ!これが文豪や歌人が愛して止まない、かの総天然色の鮎なのか!」と膝を正すばかりである。なるほど鮎料理は塩焼きにとどめを刺すと言うが納得する。さっそく頭から尾っぽまで、かぶりつくように全て平らげていただくことにした。しかも3匹だ。

かぶりつく炭焼き鮎の熱さかな

 鮎の腸の苦味が、ビール酔いの身体を、晩夏の風と共に駆け抜けていく。かすかな草の匂いが鼻から抜けていく。香魚と言われる所以である。
 そしてフルコースのデザートをいただく頃には、午後も4時を回り、川風も一段と涼しくなり、いよいよ岐路に着く時間となる。遠くから来て良かった。一人で来て良かった。時価の刺激メニューを食べて良かった、などの「良かった、良かった」を心に連発しながら、席を立つ。
 「ごちそうになりました!樽見線の電車に間に合いそうですからこれで!」と告げて、「おのぉ~!お勘定を!」と最後の詰めに向かう。
「ありがとうございました!それでは、9500円いただきます」と女将はにこやかに答えて、満足そうな客の顔をチラリと見遣る。
 「えっ!時価とは9500円なの!」と、事前に覚悟した決死の緊張がガタガタと崩れる。まさか、そんなはずはない。「女将さん!それだけでいいんですか?」と念を押しながら1万円札を差し出す。「いいんですよ、お客さん!お釣の500円があれば、大垣までの電車賃になりますよ!」と、これ叉しびれるようなご挨拶がくる。
 「普通は2匹がメニューの相場ですが、3匹も食べましたよ!」と何とか多額を払いたい、いや払わねば気が済まない探検隊なのである。
 「実はお客さんに差し上げた3匹目の焼き鮎は、もう出番のない天然の囮鮎なのです。それを感謝と鮎供養の気持ちで焼き上げたものです」とこれまた、刹那なご挨拶が帰ってくる。
 そうだったのか。おもわず探検隊は先ほどの鮎さまの勇姿に合掌したくなる。「お1人さまだけ本日の時価」とは、囮鮎の命の時価だったのである。なにか2度とめぐり合えない究極の鮎料理に、後ろ髪を引かれながら、電車場に向かうことにした。美味しさと切なさが心にしみた、鮎料理探検の一日が終ろうとしている。ぷわーと深呼吸するとビールの酔いが心地よく足取りに出る。

切なさに鮎宿出でて眺むれば何処も同じ根尾の夕暮


<7-2>海鞘(ホヤ)を食す!

          *
○酒に海鞘火の気なき炉に顔寄せあひ   石川桂郎
○海鞘紅しすすめ上手に箸を出す     町野けい子
○海鞘刺しをふふめば海の声すなり    食いしん坊
     *

 この得体の知れない、奇妙な軟体動物の海鞘(ほや)に出会ったのが、運命の分かれ道である。すっかりその美味さの虜になってしまつた。
 この海鞘は植物のような根を持ち、岩などに生えながら、プランクトンなどを餌に育つ動植物である。原生動物のかたちを今に残している種である。旬は夏である。もちろん夏の季語として登録されている。
最初の出会いは仙台の炉辺焼きだ。
「お兄ちゃん!何かこの土地の名物はないかい!」
「お客さん、海鞘なんぞいかがですか!今が旬の夏だけの珍味ですよ」
「じゃぁ、それをくれ!酒は何があるのかい!」
「今日は田酒がありますよ。冷やで行けますよ!」
「じゃぁ!それをくれ!」
 そして出てきたのは、いぼいぼの皮を添えた海鞘の刺身と海鞘の塩辛である。とりあえず食通の顔をしながら、恐る恐る刺身を摘む。ウッ!この匂いは何と表現しようか!とんでもないモノを注文してしまったのでは、と小さな反省。覚悟を決めて、刺身の一切れをしこしこと噛み砕いた。

 すると口中にあの海の潮の味が満ちてくるではないか。これがホヤというものなのか。海のパインナップルと言われる代物なのか。口から鼻へ抜ける香りもまさに海の香りそのものだ。そして、しかと結論を出す前に、瞬く間に2個分のホヤ刺しは、胃袋の大海に飲み込まれて行く。実に不思議な味がする。悪食の極まりがしないでもない。

居酒屋の灯火暗し海鞘酢食ぶ

 続いて次は、口中の潮味を田酒で洗いながら、塩辛を箸で口に運ぶ。ネトネトのモズクみたいな海鞘の塩辛は、舌の上で土用波のようにうねりながら、さらに海の香りを強く発散させてくれる。ウッ!これはイケル!この香りに銘酒の田酒を合わせると、もう地団駄を踏む美味しさとなる。
 そしてとどめの最後は、地元の漁師たちがよくやると言う、ホヤの丸かじり(丸飲みに近い)を勧められた。ホヤをイボイボの鎧から抜き取り、泥の部分を水洗いした軟体を丸ごと、ズルズルと一気飲みするのだ。白魚の踊り食いはよくあるが、ホヤの丸飲みは初めてだ。覚悟を決めて、鼻をつまむような気持ちで飲み込んでみた。

丸のみの海鞘勧めらる遠くきて

 もちろん噛み砕いて食べるのもいいが、丸ごとを2、3個は軽くすんなりと胃袋に収まった。これがまたやみつきになる美味さである。このような食文化が陸奥にはあるのか。それもきわめて自然界と一体化した地貌の食卓に、ごく普通に存在している。もはやそれを知りえただけで、好奇心が満足させられる。
 最後のホヤメニューは、炊き込みの「ホヤご飯」である。薄目の塩味で炊き込んだ一品だ。まるで太平洋の香りを丸ごと炊き込んだ風情がある。実に美味しい。言葉では表現できない美味しさである。居酒屋の店主がニヤリとこちらに視線を投げかけている。どうや、と言わんばかりの顔つきである。

 この海鞘の浮名は「保夜」とも言われ、浜松のウナギパイと並んで、夜の世界を支援する大物の仲間だ。本当に元気がつく。
 ここ新潟でも1個50円くらいで売られている。三陸産が多い。新潟にも食べる習慣があるのだろう。
 それにしても、日本最北端も宗谷岬の浜辺で拾ったあの海鞘が忘れられない。遠くに見えるロシヤの島影を目で追いながら、その海鞘を食べた。例の丸飲みである。海水で洗い、ズルズルと飲み込んだ。究極の自然の恵みであった。
 そして、自動シャッターのカメラの音が聞こえた後の静けさは、実に寂しかった。1人旅の記憶である。

海鞘(ほや)ひとつ潮に剥いて洗ひけり

 また青森駅前の魚市場で食べた丸ごと海鞘も、美味しかった。店のおばちゃんと会話しながらの、臨場感が楽しかった。「ホヤを食す!」の旅は夏場が旬だ。あのような気持ち悪いものを、と言わずに是非、北国の香りを味わって欲しい。北国に美味いモノあり、その名は「海鞘」なりけり。



<7-3>麦めしの哀しみ

          *
○麦めし麦片寄りて炊き上る      杉原さかえ
○麦飯もよし稗飯も辞退せず      高浜虚子
○麦とろを食べ論敵の真正面      食いしん坊
     *

 かっての池田首相が「貧乏人は麦飯を食え」と演説し、国民の顰蹙をかった。麦飯はそのような貧困食の代名詞だった。その麦飯は夏の季語として登録されている。何故夏なのか分からないが、脚気などの予防食として、夏季に常用したからという説が多い。その通りだろう。
 麦飯はまた異なる独特の香りと、やや固めで粘りけの少ない食感をもつ。決して美味いものではない。それだけに食文化としての位置づけが気にかかる。麦飯がどのように扱われ、人々が食卓に並べたのかである。
その麦飯について述べてみよう。まず麦飯の基礎知識である。
 日本の近代史においては、白米のみの飯を兵食の主食とした陸軍が、日露戦争で多数の脚気による戦病死者を出したのに対し、麦飯を採用したでは脚気の発生をほぼ完全に阻止したことが知られる。
 海軍カレーが曜日を知らせるメニューであったと同時に、脚気予防の意味合いもあったと推察できる。カレーならば麦飯の不味さも隠せるだからだ。
 また日本の刑務所でも麦飯が導入されており、米:麦=7:3の比率のものが主食とされている。かつては、精麦が不十分だったため、炊きあがった麦飯は独特の臭いを持っていたことから、刑務所に収監されることを「臭い飯を食う」と言う表現ができた。

 調理に際しては米との比率を好みによって調製する。麦を多くするほど米に由来する飯の粘り気が少なくなり、固い食感となる。麦は炊き上げるのに米よりも多くの水が必要なため、麦の量が増えるにしたがって、米のみの場合よりも水を多めにする。
 日本では近現代になるまで、都市部以外では米だけの飯は、神饌的な位置づけであり、祝祭時のみ炊かれるものだった。いわゆるハレの食であった。
 日常食は「かてめし」といって米に他の穀物や野菜、海草などを加えて共に炊飯したもの、あるいは粟、稗など米以外の穀物のみを炊飯したものが普通だった。
 麦飯はそうした日常食のひとつだが、今日では健康食品、あるいは麦とろご飯、牛タン定食、水軍鍋など、特に麦飯と相性のよい食味を持つ献立に、添えて好んで食べられるように変化した。健康食品として食べられるのは、大麦は米と比べて食物繊維、タンパク質、ビタミンBを多く含むためである。
 江戸時代に江戸や大坂では精白された白米が普及し、ビタミン不足から脚気が大流行したのは有名な話だが、白米の食味の良さを喜んだ民衆の偏食とともに、大都市の燃料問題も理由として挙げられる。
 薪が周辺の山野で簡単に手に入る農村や山村と異なり、都市では薪も金を出して買わなくてはならない。庶民が燃料費を節約するために煮えにくい玄米や丸麦を避け、主食を白米のみに依存した結果、脚気の流行を招いたともいえる。
 麦の種類は主に大麦である。俳句では「麦踏」という冬の季語がある。これは冬の麦を霜柱から守るための農事である。麦の生産のほとんどを海外に頼っている日本では、もう見られない冬の風物詩だ。以上が麦飯に関する基礎情報である。
さて、もう少し我らの内なる麦飯論を展開しておこうと思う。
 麦飯と言えば我らには、どうしても暗いイメージがつきまとう。増量材、貧乏家族、食料不足などの哀しい風景だけが思い浮かぶ。なかでも学校では麦飯弁当を開けるのが、恥ずかしかった記憶が鮮明に残っている。

 青春の多感な時であったから、隣の花子さんに見られるのが嫌だった。麦の粒だけを弁当の淵に移動させ、分からないように弁当の蓋を立てて食べた。今から想うと馬鹿なことをしたものだと笑い飛ばせるが、麦飯弁当にはそのような記憶しか残っていない。
 今でこそ、この麦飯は、健康食品界のこだわりの一品として、賞賛され、人気の定食メニューとして持てはやされているが、当時はとにかく純粋な銀飯を食べたかった。ご飯は「銀しゃり」と言われるほど、真っ白い100%の白米ご飯が憧れだった。

銀飯を食べて死にたや枯れの中

 また銀飯を食べたいと言いながら、戦地で亡くなった方が多いとも聞く。今から思えば信じられない現実があった。その銀飯崇拝の日本において、最近の日本人はご飯を食べなくなり、その量はおよそ半分に減っている。
 これを豊かさと言うか、何と言うか、米の供給過剰が農政を大きく揺さぶっているのは、周知のとおりだ。まして麦飯などは一部のマニアを除いて、全く食卓には上らない、幻のメニューとなっている。国民栄養運動の旗頭だった歴史的な麦飯は、かくして定番の座をパンや麺に譲った。
 麦飯に似たようなご飯に玄米ご飯がある。マクロビ食と呼ばれる食養料理にも出てくる。体の免疫力を高めるご飯として注目されている。最近では発芽玄米入りのご飯なども多くの著書に登場してくる。
 しかし麦飯と同様でやはり長続きしない。不味いからだ。いくら体に良いと分かっていても、箸が動かない。「身体に良いモノは不味い」という不文律を、身に染みて知らされる。この辺の健康食に対する人間の心理の葛藤を、この麦飯に見ることができる。

麦飯の弁当談義夜もすがら

 まあいいか。そんなに麦飯にこだわらなくても。牛タンのとろろ麦飯定食は、夏のスタミナ食の定番であることさえ理解しておれば、美味さも再認識できるであろう。特に仙台の牛タンは美味い。列をなして客が並ぶ名物となっている。
 関東平野の麦秋を車窓から見るたびに、この麦飯の哀しみを連想する近頃である。



<7-4>嫉まれる穴子焼き

          *
○待ちし甲斐ありし茶店の穴子飯    稲畑汀子
○母の忌の俎板で押す穴子鮨      染谷佳之子
○穴子飯提げて乗り込む安芸の島    食いしん坊
     *

 忘れられない馳走に穴子飯がある。この穴子飯(あなごめし)とは、広島県の瀬戸内地域の郷土料理である。今では都会でも食べることができるが、本来は、瀬戸内の漁師料理が発祥とされる。初めて出会ったのは京都の料亭である。
 「お客さん、今日は穴子の上等が入ってまっせ!明石海峡で捕れたマアナゴでさぁ~。天ぷらか蒲焼でイケますよ!」
 大阪や京都の割烹料理屋では、夏の旬を待ちかねたように、このような穴子談義に力が入る。京都では鱧もよく食べる風習があるが、長い系の魚が特に好きなようだ。
 この穴子は鰻ほどにメジャーではないが、穴子通に言わせると、鰻が男系だとすると、穴子は美容と健康に貢献する、いわば女王系にふさわしい食べ物だと言う。穴子は女性に人気があるのだ。そう言えば穴子鮨や茶碗蒸し、八幡巻、あなご天ぷら等を取り囲んでいる女性集団をよく見かけることがある。
 回転すしでも、裾を引きずるような大きな焼穴子を乗せた握り鮨に、大きな口を開けて、かぶりつくおばちゃんをよくみかける。しかも一様に恍惚の表情をしている。
 さらに女性に穴子の話をしてみると、目が輝いて来るのが分かる。「今日の昼飯は穴子丼を食べたぞ!」といえば、必ず「うわぁ~!うらやましい」と妬みに近い返事が返ってくる。
 でも男衆が、穴子に惚れたらイカンという法律はない。穴子を食べたら百叩きの刑になるとも聞いたこともない。ならばと、穴子専門店を訪れることにした。それも本場の広島である。

 

 その店は安芸の宮島行きの、渡し舟乗り場桟橋近くにある。訪れたのは、7月の暑い日であった。出張の途中で立ち寄った。お店の名前を思い出せないが、穴子通ならば誰でもが知っている老舗である。穴子の蒲焼しかやらない、こじんまわりした老舗だ。

穴子焼く爺も柱もむかしかな

 穴子の名店で穴子の蒲焼を注文すると、小一時間は待たされるのが常こと。とりあえず、穴子重と穴子の蒲焼(持ち帰り)、ビールを注文し、じっと待つことした。
 ビールをちびちびやりながら、煙で黒ずんだ部屋の壁や柱に目をやれば、自ずから店の歴史が見えてくる。むろんこのような老舗には、テレビなどは置いていない。ただひたすら、穴子道一途の頑固さの店全体を観察するしかない。
 隣席の先客の2人ずれが、なぜか宮島土産の大荷物に囲まれながら、穴子定食を食べている。ただ無口に、覆いかぶさるように食べている。厳島巡り帰りの2人なのであろう。
 やがて匂いとともに焼きたての穴子重が運ばれてきた。意外と早かった。「あな重だ、あな重だ、ワーイ、ワーイ」と、初対面のはやる心を抑えて、割り箸をブチッと割きながら、いよいよいただく瞬間がきた。
 「噛むとホロリと舌先でくずれるはずだ」と、勝手にイメージが先行し、目がすでに血走っている。焼きタレは、3代続いた家伝のレシピだと言う。家伝だといわれると余計に欲情するのが人の常である。

 

 少し舐めてみるとやや甘味のある濃い味であり、意外とさっぱり仕立てになっている。また背開きに焼かれた穴子は思った通り、柔らかである。
 さらに「フム、フム!なるほど」と1人納得を繰り返しながら、箸は忙しく動く。そして口の中は、ご飯とタレと穴子の三重奏が醸し出す香りで一杯なる。実に美味しい。
 しかも鰻ほどの匂いはない。「こってりーさっぱり」系の熱々の重箱料理って感じがする。この上品な味が女性に好かれる秘密かも知れない。
 瀬戸内の穴子は、潮の流れで身が引き締まって、筋肉質だとは店主が言う。アナゴの旬は1月中旬と夏。特に1月中旬のものが最高とも言う。 しかも夜の漁で、一本釣りで夜行性の穴子を捕らえるのだそうだ。
 食べ終えて、残りのビールで口中を掃除すればもう満足である。そして「ぷわぁ~、美味かった!」と名残惜しそうにお店を出る。外は真夏の太陽が輝き、汗を拭きながら蒲焼のお土産をぶら下げて、厳島行きの舟に乗り込むことにした。

あなご焼ほろり崩れる熱さかな


<7-5>ああ、これぞ素麺料理です!

          *
○さうめんの淡き昼餉や街の音     草間時彦
○そうめん流し竹のコップに酒つぎて  横山白虹
○冷素麺水を自慢に出されたり     食いしん坊
     *

 気温が25度を超えると素麺が欲しくなる。しかし街を歩くと、蕎麦屋やうどん屋はあるが、素麺屋は滅多にない。素麺はビジネスマンの昼食には、相応しいと思うのだがそうはいかない。季節に敏感だから商売にならないのだろう。上記の草間時彦氏の句にもあり、この際是非、素麺だけを食わせるお店の出現を期待したい。
 たとえば

  ・流し素麺定食、焼肉ソーメン、サラダソーメン、
    ・焼き豚ソーメン、蒲焼ソーメン、カレーソーメン

などのオンパレード定食なら、「行列のできる素麺屋」として、一躍脚光をあびるはず。しかもOLさんも入り混じってのお店なら、話題騒然となるだろう。
 さてここで、素麺と冷麦、うどんの違いをまず整理しておこう。基本的には兄弟だが、機械麺の場合、素麺の麺の太さは直径1.3mm未満とされている。ちなみに直径1.3mm以上1.7mm未満は冷や麦、1.7mm以上はうどんと分類される。
 手延麺の場合、素麺もひやむぎも同基準であり、直径が1.7mm未満で丸棒状に成形したものが「手延べ素麺」もしくは「手延べひやむぎ」に分類される。ちなみに直径が1.7mm以上で丸棒状に成形したものは「手延べうどん」に分類される。太さ1、3ミリメートルを境に区別されている。これより細いと素麺、太いと冷麦となる。
 また素麺には手延べと機械作りがあり、やはり手延べの2回梅雨を越した「ひねもの」が、ダントツに美味しく人気がある。「揖保の糸」「美輪素麺」などが有名だ。夏のギフトの定番として、どこの家庭でも在庫している食材だ。

 

 この素麺は「今日は暑いから、素麺にでもすっか!」と、すぐ決まるメニューである。いわば涼風系の代表メニューだ。

素麺と言へばうなずく昼餉かな

 しかしただ演出もなく食べるのは面白くない。たまには「日本人の、日本人による、日本人のため」の素麺道に挑戦してみるのもいいだろう。身が引き締まるからだ。
 その「素麺道」のコンセプトは「涼を食す」とする。手順は以下の通りとする。

1、冷房を止め、窓をあけ、風と蝉の声を入れる 2、できるなら開けっ放しの畳の夏座敷が良い 3、麺つゆはだし4~6に、醤油(1)、みりん(1)の割合として、良く冷しておく 4、薬味は生姜、茗荷、ネギ、擂り胡麻など好みを数種用意する 5、素麺を束ねた巻紙をぷつんと切って、沸騰した湯の中に入れる 6、硬めに茹でた素麺をすばやく冷水にさらし、手でよく捥ぎほぐす 7、器は硝子系の大き目を用いる。志野系や清水系の焼き物でもよい 8、できるならミネラルウオーターに氷を入れた中に、泳がせるようにゆったりと入れる 9、サクランボやミカンなどを加えてはならない 10、氷を張った樽に冷した日本酒を用意するのも、座を華麗にする 11、冷たいし、のど越しはいいし、口当たりもいいし、さつぱりしているから、いくらでもお腹に入る。しかし突如として満腹感が襲ってくるから、程ほどを良しとする 12、シンプルに味わうをもって、尊しとなす 13、そして、おふくろが傍に居てくれさえすれば、もうそれだけで、この道は完璧。

 以上が由緒正しき「素麺道」のあり方だ。素麺は、自然と家族が一体化してこそ美味しいのである。

素麺に故郷を見て涙かな

さらに素麺を極めるために、「素麺外道」というものがあってもおかしくない。たとえば・・・。

○真冬の素麺流し、素麺の滝落し、素麺の曲水流し、 ○素麺のしゃぶしゃぶ、素麺全席や素麺懐石、素麺のワイン浮かし ○素麺の踊り喰い、素麺の温泉流し、真っ黒な素麺

など、外道のほうも結構楽しくなる。素麺流しは娯楽性を加味した楽しい光景であり、子どもや大人たちも我先にと、箸を構える。

 

 更にお勧めなのが、鯛の荒煮を載せた素麺だ。40~50センチの鯛を丸ごと、大鍋に入れて出汁つゆで煮込む。生姜を利かせるのがコツである。後は大き目のお皿に固めの素麺を敷き詰め、その上に、煮込んだ鯛を丸ごと載せて、薬味をぶりかければ出来上がる。
 食卓の真ん中に豪快にどかんと置いて、数人でつつきながら食べるのだが、これはイケる豪快料理だ。皆、無口になるだろう。酒のツマミにもなり、そのままの主食にもなる優れモノとなるからお奨めだ。四国宇和島の漁師たちが作る祝いの料理である。

丸ごとの鯛を載せたり冷素麺


3 スローでウオッチング(27)

1、色には様々な効果がある。たとえばセーターひとつとっても、ピンクを着れば優しい気持ちとなる。特に高齢者には若返りの秘薬である。
専門家は虹の7色を基準に、TPOに合わせた着こなしをすれば人生が楽しくなり、対話もスムーズにいくという。
7色の印象や効果は、赤(心を温め活力がでる。やる気がアピールできる)、黄(明るい気持ちになり、陽気に見える)、緑(安らぎを覚える。新鮮さをアピールできる)、青(緊張できる。真面目さや清潔感をアピールできる)、紫(優雅な気分になる。神秘的な印象を与える)、ピンク(ストレスを開放する。優しい気持ちになる)。
黒やグレー、茶色を多用する場合は、虹の7色のどれかをワンポイントで組み合わせると、効果がでる。ネクタイ、スカーフ、ネックレスなど。
2、虎屋の本店(発祥の地)は京都にある。御所を烏丸通りに隔てたところだ。本社は東京赤坂にあるが、今でも本店はしっかりと保存されている。店に入ると「おこしやす」と雅な声が返ってくる。
 社長がこの本店に来たら「お帰りやす」と迎え、送り出すときは「お戻りやす」と挨拶すると聞く。店に訪ねたら「ハイ」と返事があった。さすが虎屋さんだ。人はこの店を虎屋の聖地として巡礼するようだ。
 
3、桜に一番人気のあるのは、何故だろうか。その理由を探ってみた。 ① 咲く前から開花を待ち構える雰囲気がある。いろいろPRされるので開花日が待ち遠しくなる。 ② 節目の季節に咲く。卒業、入学、入社など、いろいろな節目の重なる時期にいっぱい咲くので印象に残りやすい。 ③ いろんなところで一斉に開花するから驚く。 ④ 花は木全体に咲くからボリューム感がある。 ⑤ 花は葉っぱが出る前に咲くから花が目立つ。 ⑥ すぐ散ってしまうから日本人好み。 ⑦ 散るときにハラハラと風に乗る花びらが美しい。 絵になる。  これだけの条件がそろってる花は、他にはない。新潟の今年の遅咲きの桜は、余計にそんな気がする。納得である。 4、新潟駅構内で新潟の清酒丸ごと販売を見つけた。新潟の地酒96ブランド(96本、420ML)を15万円でまとめ売りしていた。しかも売れ切れ間近だった。
飲食店を狙った企画だと思ったが、個人が予約していくようだ。拍手を送りたい。
 
5、新発田のアスパラガス畑を訪ねた。JA北越後が指導して、新発田のブランド化を図っている栽培地である。
  なぜ新発田が栽培に適しているのかは不明だが、年間3億円規模にまで拡大しているとのこと。堆肥を梳き込んだ畑が道賀地区を中心に、広々と広がっていた。これと言った特産物のない新発田市が力を入れている。頑張って欲しいものだ。