2009年11月30日 09:24
仲間と栽培した新潟の伝統野菜(在来種)を調理し、楽しむ会を開催した。寄居蕪は教室とは別に中華料理店に持ち込んで、7点のメニューに展開してもらい20人で楽しんだ。
さらに今回は料理教室で使用した、以下の食材の5点の調理をご紹介しよう。
昔ながらの料理復活と同時に、新しい感覚の献立を佐藤淳子講師に依頼し、15名のママさんが参加した。
以下の写真がその会場風景だ。

その代表例をご紹介しよう。

今回調理した伝統野菜はいずれも最近栽培されなくなった品種ばかりである。その理由としては2点考えられる。
栽培しづらい、現代人の口にあわないというのが主な理由であろう。要は儲からない農業構造になったからだ。
しかしファストフードの濃い味に慣らされた我らの舌にも、伝統野菜を知覚できるかすかな記憶はある。それを辿る人々が復活を求めて、見直し運動や栽培を始めても不思議ではない。特に高齢者にとっての、伝統野菜に対する思入れは大きくて深い。関屋かぼちゃなどを見せると、目を輝かせるお年寄りが多いのに驚かされる。
そういえば最近は京野菜、加賀野菜、難波野菜、江戸野菜、品川野菜などの保存種ブランド野菜が注目を集め、そのマーケットも拡大している。最近はおいしい野菜が少なくなったという料理人や識者の懸念が、伝統野菜の見直しと復活に向わせている。
いわゆる元祖地産地消的なシンボルとして、各地で栽培が始まっていると理解していい。
そして我ら新潟もその意図を尊重し、新潟野菜(越後野菜)の復活と普及に取り組んでいるところである。
その運動の中心が「新潟の伝統野菜の会」なる任意団体である。農家、販売店、種苗メーカー、料理士、飲食店などのメンバーを有するチームで編成している。
まだまだ組織のパワーは微小で、新潟県民の日常的にアプローチできるまでにはなっていない。が、ゆっくりと歩を進めながら、持続性のあるコミュニティーをまとめ上げていく予定である。もちろん普及のための情報公開は惜しまない。
さて今回の料理教室の献立レシピを9点公開しよう。家庭ですぐできるメニューばかりである。活用して欲しい。メニューは以下の9点である。









<4-1>「おでん」ください
* おでんと聞くだけで大方の男たちはピクッと反応する。そして聞き耳を立てながら、その後のおでん話の筋を追いかけようとする。蒟蒻のように居眠りしていた輩も、むっくと上体を立て直し、おでん談話に加わろうとする。
このように超庶民的な食べ物として、誰からも関心を持たれ、好かれているのがおでんだ。しかも「おでんの上手な女性と所帯を持ちたいなぁ~」と、叶わぬ夢を追う哀しき独身も多い。そのためかコンビ二では年中おでんが売られている。
真夏でも売れている利益商材だという。このおでんに関する話をしてみたい。まずはおでんの具について、その種類と地域性をネットの資料から抜粋しておこう。以下である。
〈全国おでん事情〉

以上が全国版のおでん事情である。大方の男達はこの具を聞けば涎をだすことだろう。もちろん男だけではなく、女性にもおでんのファンは多い。
このおでんとは煮込みの田楽の略称である。もともとは、焼き豆腐に味噌をつけたもので、いまのおでんは幕末期の江戸に生まれ、関西ではこれを薄味にして「関東だき」と呼ぶようになった。
形としては串おでんと煮込みおでんがあり、種としては蒟蒻・大根・昆布、豆腐・はんぺん・竹輪・ゆで卵・つみれなどそれぞれの地場の幸が用いられる。最近ではジャガイモやソーセージ、鶏肉、シュウマイなど洋風仕立てのメニューも人気がある。カレーおでん等も異端児として密かに食卓を狙っている。

さておでん談義に入ろう。
雪がちらつく日に、いつものおでん屋の女将に聞いてみた。
話しをしながら、女将はしきりに客の指す具を箸で移動しては皿に盛る。それをじっと待ち受けるお客さん。その関係は実に慈愛と信頼に満ちている。
なるほど、おでんとは、色んなモノ全員がほどよく揃い、足して一になるような状態にして炊くのがコツなのか。分かったような、分からないようなおでん問答である。
またおでんが、老若男女の誰にでも好まれるのは、単に美味しいからだけではなく、その場の雰囲気や会話が味付けをつかさどるからだろう。これをおでん風景という。ならばおでんの似合う濃い風景とはなんだろう。
そのおでん屋の心象風景を、ウオッチングしてみた。
まとめると「孤独、静か、暗く、マイペース、人恋しい、反省、信頼、故郷」などがぎゅっと詰まった風景が、おでんの味を醸し出していく。これを「おでんに於ける心理学的考察の研究」と言う。そう言われればそんな気がする。
ちなみに煌々としたお座敷で、厨から運ばれてくるおでんを、ワイワイと食べる場合を想定しよう。その場合のおでんは、果たして美味しいだろうか。おそらく疑心暗鬼なおでんとなり、2度と食べたくない代物となり、「おでん道」に反することに気付くはずだ。格好つけた「お座敷おでん」なんて、愚の骨頂の何者でもない。
またおでんには小さな幸せが似合う気がする。熱さに舌を焼いたり、効かし過ぎた辛子にむせたり、大根おでんの半分をおもむろに、彼女に「旨いぞ」と分けたりしたりする、そんな幸せに向いているのだ。
神田川という歌が流行った頃、我ら貧乏学生が夢見た恋人との将来の期待にも、やはり、このおでんの2人の風景が出てくる。それが今も心の中に、おでんのように濃縮されて染み込んでいる気がする。あの時のおでんは実に美味かった。
また時折、毛皮を着たお姐さんと刺青のおじさんが、店の片隅でおでん酒していた。しかも怖いと言うよりも何故か同胞っていう感じがした。
おでん鍋には人それぞれの、人生への想いが詰まっているのだろうか。
・男「女将、鍋底大根は残ってない!」このやり取りと、筋の煮込みがまた絶品のお店なのである。おでん屋の良し悪しは、この筋の煮込みの出来具合で決まる。おでんの達人の一言である。ウッ!この筋の煮込みは旨い。
<4-2>熱燗が見る夢
* 日本海側を北に向かう列車には、熱燗のワンカップが似会う。新潟からだと秋田行きの特急稲穂号の旅がいいだろう。そんな旅と熱燗の心象につて、含蓄のある先人が次の言を残している。
若い頃、金もなく仕方なく飲んだワンカップは、さほど美味しく感じられなく、ただ酔うだけだった。しかしお金もある程度貯まり、名誉も得られた今に於いて飲むこのワンカップは、実に美味しい。とくに雪の日本海を見ながら飲む熱燗のワンカップは、骨の髄まで染み渡るほど美味い・・・と心の内を吐露する。
まるで演歌の世界を地で行く感じである。この言は、ビジネスで大成功したある先人の言葉である。40台も半ば過ぎた頃に筆者が出合った言葉だ。その時はあまりこの言葉の実感は湧かなかった。そんなものかなぐらいの受け取り方だった。
しかし最近、この先人の言葉が妙に心に引っ掛かる。気になる。稲穂号に乗るたびに思い出す。どうやら筆者もその先人の心象に近い感傷を、持つ年齢になったようだ。
窓際に、駅弁とともに買った熱燗のワンカップ酒を置き、日本海を眺めながら、ちびちびとやる。つまみは柿の種で十分だ。急ぐ旅でもないので、実にスローな時間が過ぎてゆく。このような時間を過ごす時は、吟醸酒やビールでは合わない。やはりワンカップ酒に尽きる。
熱燗のワンカップには、人生の喜怒哀楽が溶け込んでいる。納得である。「そうなんだ、熱燗は、栄枯盛衰を見守ってきたサポーターなんだ!」と思い知らされる。これを演歌のおじさん達のノスタルジーなどと軽く片付けてはならない。それなりに凝縮された人生が、ワンカップには宿っているからだ。
ここで熱燗(燗酒)に関する日本人のデリケートな思いを、基礎知識としてみておこう。日本が世界に誇る熱燗は、偉大な文化的風習の一面を持ち、様々な酒文化を生み出している。
まず日本酒の燗における温度表現を整理しよう。日本酒には、細かな温度表現がなされている。
以下、一般的な温度表現として日本酒の記事より転載する。なお、飲用温度はあくまでも目安であり、人によって名称から連想する温度は異なる。また、温度表現の仕方が統一されているわけでもない。
<燗酒の表現>

花冷え、雪冷えなどと聞けば思わず喉が鳴り出す。人肌ときけば人恋しさに胸がうるうるしてくる。みごとな表現である。
これら以外の名称として、飛び切り燗を更に越えた温度に対して、煮酒と呼ぶなど様々な表現が存在する。
燗酒に関する微妙な事象表現を紹介しよう。聞いたことのある表現ばかりだ。
熱燗というのは、日本酒を50度前後に温めたものを指すことになる。なかには70~80度にも熱くして飲む超熱燗もある。舌を焼くほどの熱さだ。
しかし一般には人肌がもっとも美味しい燗具合だ。しかも最近では熱燗好きの女性がどんどん増えている。「燗番娘」などと言う、ブランドもある。
土曜日の行きつけの割烹屋には、仕事を終えたスチュワーデスさんが大挙して来て、熱燗をぐいぐい飲っている。緊張から解き放たれた開放感を、熱燗で実に楽しく過ごしているのだろう。周りの男らがたじろぐ程の勢いがある。男たち顔負けのにぎやかな風景となるのだ。だから熱燗は男の定番などと考えるのは、大間違いである。

また熱燗にはやはり、他のお酒と違った心象風景がある。とくに盃をお互いに交換して飲み合う酒は、熱燗が似合う。「お流れを頂戴いたします!」なんて古い流儀は、もう若い人達には見向きもされないが、その風習が彼と彼女の間で復活していると聞く。
さらにワンカップ酒を、二人で飲みあっているカップルなどもよく見かける。将来を語り合っているのだろうか。実に微笑ましい。この場合もやはり熱燗が似合う気がする。がんばれよと、応援したくなるから不思議だ。
さらに「鰭酒」も高級な熱燗として、多くのファンを持っている。鰭酒は河豚の生身の鰭を炭火であぶり焦がし、その上に熱めの熱燗を入れて出来上がる。一口飲むと、香りとこくのある旨みが口中に広がり、五臓六腑を駆け巡っていく。
またなぜか大方の人は、「おっとっと」と言いながら、口が鰭酒を迎えに行く感じで飲む。これが実に様になっている。酒好きの見分け方は、この所業で見分けがつく。
しかし鰭酒は高価ゆえ、また飲みすぎると「河童に足を盗られるゾ!」という巷の流布が盃数を抑える。美味いから、飲みすぎを戒めた先人の教えなのだ。
最後に熱燗の肴について述べておこう。炙った烏賊があればそれでいいと演歌は歌うが、やはり酒の相方は大切だ。美味いものを見ると酒が欲しくなるのは、日本人には必然の成り行きである。
人気の肴ベスト10は以下の肴である。
1位、刺身の盛り合わせ
2位、牛すじの煮込み
3位、ぶり大根
4位、烏賊の塩辛
5位、ほっけ
6位、タコわさび
7位、牛もつの煮込み
8位、白子のポン酢
9位、冷奴
10位、肉じゃが
どれもどこの居酒屋にあるものばかりである。塩辛系の珍味が肴には合うようだ。生味噌があれば1升はいけるという兵もいるが、やはり様々な肴と酒を口中で混ぜ合わしながら、楽しむのがいいだろう。良質なタンパク質を肴にするのが、二日酔い防止になるからだ。
できるなら俺の肴はこれだと、決めておくのも楽しみを倍増するものだ。ちなみに筆者の内なる肴はかの悪名高い鮒ずしである。なかなか手に入らない代物だ。
そして究極の熱燗は、やはり雪の降る露天風呂でいただくワンカップであろう。頭に積もる雪が解けて雫となり、涙のように頬を流れ落ちる。それを拭いもせずに、温くまったワンカップをゆっくりといただく幸せはもう言外の世界だ。老後の楽しみは、このワンカップ温泉に限る。
以上が呑兵衛からの独り事のレポートである。
<4-3>秘伝の沢庵です
* 帰省すると必ず所望するものがある。糠漬けの沢庵である。それも母が仕込んだ一品だ。92歳の母はもう仕込む事ができないが、話でだけでも食べたいな、と所望するのである。すると母はうれしそうな顔をしてくれる。いわば母の秘伝の沢庵である。
ぽりぽりとかじる沢庵(大根漬)は、まさに故郷の味そのものである。最後の晩餐に何を所望すると聞かれたら、迷わずにこの沢庵をあげる。我が内なる心の糧である。とくにご飯との相性が抜群に良い。また白いご飯と沢庵の食べ方自体にも、様々な流儀がある。筆者は2通りの楽しみを使い分けている。
まず沢庵を口に放り込み、かじる。沢庵の塩梅を見るためだ。次に沢庵を噛みながら熱々のご飯を口に運び、噛み砕かれた沢庵に合流させる。この合流によって美味しさが3倍くらいに膨れ上がる。
次の楽しみ方は、沢庵とご飯を交互に食べるやり方だ。沢庵をぽりぽりと噛んで食べ切る。続いて沢庵のかすかな味が残る口に、白いご飯を放り込む。これで哀しいほどにかすかな沢庵の味と匂いとご飯が、見事に渾然一体となる。この食べ方を「舌上時間差」という。
しかし他人はそんな食べ方が本当に美味しいのかと言う。もちろん試してみれば真実が理解できる。そう答えて40年が過ぎた。ではその沢庵は、どのようにして作られるのだろうか。
母秘伝の沢庵づくりの手順を述べておこう。
この場合、塩加減や重ね加減が、家伝と言われるおふくろの技なのである。手伝いながらその加減を学びとるしかない技だ。

漬けて15日も経てばいよいよ試食を迎える。手が切れるような冷たい沢庵桶に手を入れ、沢庵を取り出して水洗いする。
そして母を囲んでの緊張の瞬間が訪れる。「オオゥ!ことしの沢庵はまだ若い(漬けが浅い)のう!もう少し塩で攻めてみるか!」と母のひと声で微調整が始まる。こうして我が家の沢庵が完成されていく。漬けて50日も経てば芯まで漬かった沢庵に熟成する。
この沢庵は朝餉、昼餉、夕餉、酒のつまみ、お茶のアテなどに皿で大盛りが出てくる。7人家族が手を出せばあっという間に大盛は平らげられる。
もちろん身体に良い食物繊維などという健康意識などは全くない。ただただ美味しかっただけだ。沢庵はお腹を掃除する、と祖父が言っていたことを思い出すが、今から思えばそのような先人の貴重な知恵があったのだろう。
また時間をおくと漬かり過ぎて酸っぱくなるから、200本ほどの沢庵は翌年の2月までには食べ切るのが我が家の習慣である。
食べ方は薄切り、短冊切りにしてご飯のおかずにするのが主体である。中には地獄煮という沢庵と唐辛子の醤油煮もある。お酒の肴や熱々ご飯のトッピングとしては最高の一品である。一度食べるとまた欲しくなる病み付きのメニューだ。

しかしこのような伝統的な沢庵は一部の地方を除いて絶滅した。現在流通しているのは、日干し大根の代わりに、塩や糖液に漬けて水分を抜いた塩押し大根や、糖絞り大根を使用したものが多い。
添加剤(甘味料、うまみ調味料、人工着色料など)を加えて、短期間で加工されたものが沢庵として店頭に並び、それを沢庵だと信じて買う人々。似て非なるものが沢庵として一定の需要を得ている。ファストフードの沢庵である。
こうなると母の秘伝の沢庵を食べる時、薄ら寒い思いをしながら、それらの似非沢庵を眺めるしかない。さびしいよな、沢庵くん、やっぱり沢庵はスローだよね。
母が漬けた沢庵が最高に美味くなる頃には、西方の伊吹山に早い雪がやってくる。
<4-4>鮟鱇鍋に討ち入りする
* 新潟は鮟鱇の美味い国である。糸魚川、柏崎、佐渡、巻浜など豊富な鮟鱇の魚場があり、近くの民宿や料亭で食べさせてくれる。鮟鱇鍋は福島県南部や、茨城県ひたちなか平磯海岸、大洗が有名だが、どうしてどうして、新潟も隠れた鮟鱇鍋のまほろばの一つである。
とにかく鮟鱇は安価で美味い。魚センターで買えば、その場で捌いてくれる。寒い日にはすぐ売り切れるほどのポピュラーな食材なのである。
その鮟鱇鍋に初めて出合ったのは東京の下町である。名前もずばり「あんこう屋」だった。打ち水の石畳の奥に、昼間でも薄暗い処にその店はある。先輩の「今日は、いっちょう張り込んで、鮟鱇鍋でいくぞぉ~」の声で、鼻息荒く出陣したのである。
店に入ると着物姿のおねえさん(やや熟年風)が、「今日は寒いから、鍋も美味しいですよ!」と、鼻息の荒い連中を更にけしかけてくれる。「そうか、あんこ椿は恋の花」などと、訳のわからない事を言いながら和室の卓袱台に就く。
まずは先輩の「鮟鱇の基礎講座」が始まる。それを大きな口をあけたままで拝聴する。鮟鱇鍋解禁の前の厳粛なレクチャーだから聞く振りをして聞かねばならない。なかには、そんなことどうでもいから、早く食わせろという、邪悪な視線が無いわけではない。
鮟鱇の基礎講座は以下の内容だ。
以上が話の内容である。
それをなるほど、なるほどと、「あんこう屋」討ち入りの志士たちはうなずき合う。もちろんハヤル気持ち抑えてのうなずきだから、上の空って感じだ。ほどよく鮟鱇の知識が整理できたころ、やっと例のおねえさんが大きな土鍋と材料を運んでくれる。

そして鼻息の荒い志士たちの熱い視線に囲まれながら、おねえさんは慣れた手つきで鍋火をつけ、特性のダシ汁を入れる。あたりの殺気を感じながらの仕草にもみえる。
鮟鱇鍋は身も内臓もすべて入れ、焼き豆腐、独活、葱を加えて、割り下で煮込む。「あんこうは湯に潜らせてありますから、余りに煮すぎないようにね!」「肝もすでに蒸してありますから、さっと温めて召し上がってくださいな!」と言い残して、おねえさんは引き下がる。
こうなると討ち入りの志士たちは、まずビールを飲みながら、鍋戦場の様子を伺いながら臨戦態勢に入る。
そして先輩の一声が、討ち入り開始の合図となる。「もうそろそろ、いいんじゃないの!」の一声で、志士の刀、いや箸が肝や内臓や脂身に突入し、突き刺ささる。
ダシは肝が利いてやや甘味があり、あんこうの身は意外にあっさりしている。「あっちー、うめー、こたえるー」などと、志士たちの訳の解らない歓声が上がる。
ひとしきりの討ち入り作業が終わると、やっと鼻息も落ち着いて安堵の空気が部屋に流れる。そして討ち入りの成果を、先輩に報告する。
「先輩、この肝がたまらないですね!」
「いやぁ~、皮の下の脂身が最高ですッ~」
「河豚よりも美味いですよ、先輩!」
と、まあ、討ち入りの志士談義はこの後も続く。
さらに顔をだした女将さんとの間で「鮟鱇談義」が盛り上がる。
「以前、鮟鱇の吊し切りを見たんですが、この店でもそうしているんですか?」
「いえ、当店ではまな板の上で切っているんです。」
「えっ、そうなんですか。」
「鮟鱇って、他の魚のように身と皮がしっかりくっついていないので、調理がしにくいんですよ。だから普通の家庭ではアゴに釘を引っかけ、皮に包丁を入れ、一気に剥ぐんです。でもうちの板前はまな板の上で切れるので、わざわざつるさなくても調理が出来るんです。」
「吊し切りはというのは、たぶんそれはパフォーマンスとしているのだと思います」
「味付けの秘訣はありますか?」
「当店ではいわき風の味付けをしています。先代がそこの出身でしたから。特徴は鮟鱇の肝を潰して、それをダシと醤油に混ぜて味付けしています。味噌仕立てでもいいですよ。そうするとコクが出て美味しくなります」
「やはり鮟鱇鍋は、オレンジ色の油がギラギラと、浮くぐらいたっぷりと肝を溶かさないと美味くありません」
「こんな風に書くと、世の美容を気にしている方には敬遠されそうだが、ご安心ください。鮟鱇には驚くほどのコラーゲンが含まれています」
「機会があれば、茹でた鮟鱇を手でほぐしてみて。ちょっとやそっとの手洗いでは落ちないぐらいのコラーゲンが、あなたの手にくっつくはず」
「えっ、コラーゲン、今話題のあれですか・・・、うちの嫁にも食わさなければ・・」
薄暗い鮟鱇座敷は、このような熱気に包まれ、時間も過ぎて行きます。
この鮟鱇鍋は冬になると俄然美味くなる。鮟鱇独特の「吊るし切り」もスーパーの客寄せイベントなどで時折見かける。これは見ものだ。
暗がりの部屋でつつく鮟鱇鍋は、まるで深海の料亭に居て食べる感じがする。密議をしているような感もする。
もし「鮟鱇鍋あります」の看板があれば一度覗くといいだろう。千円札が4、5枚あれば事足りる。結構元気が付くはずだ。