2008年11月01日 12:02
近頃、物売りの声が路地裏から聞こえなくなった。豆腐売り、シジミ売り、納豆売り、金魚売りなどだ。竿竹売りと灯油売りくらいが残っているだけである。夏のアイスキャンディ売りなどは、子供たちが待ち構えていた声だった。「おっ・・おっちゃん、早く、早く、この丼に、いちごミルク氷を・・・」などと、小銭を握った子供の真顔が今でも我らの心を過ぎる。
ではその季節の折々を彩った生活の音は、一体どこに消えたのだろうか。スローな風習やビジネスが、せこせことしたファストなモノに置き換わるのは、仕方ないとしても、次世代に残しておかねばならない日本の音って、やっぱりあるはずだ。
単なるノスタルジーとか懐古趣味といった次元ではなく、スローフードにはスローな音が不可欠だからだ。新幹線の轟音と同時にSLの鈍な汽笛や音もまた、人類の宝物として大切なのである。その消え去ったスローな音をたずねて、旅を楽しむ人々が増えているとも聞く。風雅のきわみであろうと思う。
まず環境庁が定めた「日本の音・100選」を挙げておこう。
NO |
音風景 |
所在地 |
1 |
オホーツクの海の流氷 |
オホーツク海沿岸 |
2 |
時計台の鐘 |
札幌 |
3 |
函館ハリストス正協会の鐘 |
函館 |
4 |
大雪山旭岳の山の生き物 |
北海道東川町 |
5 |
鶴居の丹頂サンクチュアリ |
北海道鶴居町 |
6 |
八戸港・蕉島のウミネコ |
八戸市 |
7 |
奥入瀬の渓流 |
十和田湖町 |
8 |
小川原湖畔の野鳥 |
三沢市 |
9 |
ねぶた祭り |
青森市、弘前市 |
10 |
碁石海岸・雷岩 |
大船渡市 |
11 |
水沢駅の南部風鈴 |
水沢市 |
12 |
チャグチャグ馬っこの鈴の音 |
岩手県・滝沢村 |
13 |
宮城野の鈴虫 |
仙台市 |
14 |
広瀬川の河鹿と野鳥 |
仙台市 |
15 |
北上川河口の葭原 |
北上町 |
16 |
伊豆沼・内沼の真雁 |
宮城県・若柳町他 |
17 |
風の松原 |
熊代市 |
18 |
山寺の蝉 |
山形市 |
19 |
松の勧進のほら貝 |
鶴岡市 |
20 |
最上川河口の白鳥 |
酒田市 |
21 |
福島市小鳥の森 |
福島市 |
22 |
大内宿の自然用水 |
福島県下郷町 |
23 |
からむし織の機の音 |
福島県昭和村 |
24 |
五浦海岸の波音 |
北茨城市 |
25 |
太平山アジサイの雨蛙 |
栃木市 |
26 |
水琴亭の水琴窟 |
群馬県吉井町 |
27 |
川越の時の鐘 |
川越町 |
28 |
荒川・押切の虫の声 |
埼玉県・港南町 |
29 |
樋橋の落水 |
佐原市 |
30 |
麻綿原の昼春蝉 |
千葉県大多喜町 |
31 |
柴又界隈と矢切りの渡し |
葛飾区 |
32 |
上野のお山の時の鐘 |
東京 |
33 |
三宝寺池の鳥と水と木々の音 |
東京 |
34 |
成蹊学園の欅並木 |
武蔵野市 |
35 |
新年を迎える船の汽笛 |
横浜港 |
36 |
川崎大師の参道 |
川崎市 |
37 |
道保川公園のせせらぎと野鳥の声 |
相模原市 |
| 38 | 福島潟のヒシクイ | 新潟・豊栄市 |
| 39 | 尾山の昼春蝉 | 新潟県能生町 |
40 |
称名瀧 |
富山県館山町 |
41 |
井波の木彫りの音 |
富山県井波町 |
42 |
エンナカの水音とおわら風の盆 |
富山県八尾町 |
43 |
本多の森の蝉時雨 |
金沢市 |
44 |
寺町寺院群の鐘 |
金沢市 |
45 |
蓑脇の時水 |
福井県武生市 |
46 |
富士山麓・西湖畔の野鳥の森 |
山梨県・足和田村 |
47 |
善光寺の鐘 |
長野市 |
48 |
塩嶺の小鳥のさえずり |
岡谷市・塩尻市 |
49 |
八島湿原の蛙の声 |
長野県・諏訪市 |
50 |
卯建の町の水琴窟 |
岐阜県・美濃市 |
51 |
吉田川の川遊び |
岐阜県八幡町 |
52 |
長良川の鵜飼い |
岐阜市 |
53 |
遠州灘の海鳴り・波小僧 |
遠州灘 |
54 |
大井鉄道のSL |
静岡県本川根町 |
55 |
東山植物園の野鳥 |
名古屋市 |
56 |
伊良湖岬の恋路か浜の潮騒 |
愛知県渥美町 |
57 |
伊勢志摩の海女の磯笛 |
鳥羽市 |
58 |
三井の晩鐘 |
大津市 |
59 |
彦根城の時報鐘と虫の音 |
彦根市 |
60 |
京の竹林 |
京都市 |
61 |
るり渓 |
京都・薗部町 |
62 |
琴引き浜の鳴き砂 |
大阪府網野町 |
63 |
淀川河川敷のマツムシ |
大阪市 |
64 |
常光寺境内の河内音頭 |
八尾市 |
65 |
垂水漁港のイカナゴ漁 |
神戸市 |
66 |
灘の喧嘩祭りのだんじり太鼓 |
姫路市 |
67 |
春日野の鹿と寺の鐘 |
奈良市 |
68 |
不動山の巨石で聞こえる紀ノ川 |
橋本市 |
69 |
那智の滝 |
那智勝浦町 |
70 |
水鳥公園の渡り鳥 |
米子市 |
71 |
三徳川のせせなぎと河鹿蛙 |
鳥取・三朝町 |
72 |
因州和紙の紙漉き |
鳥取・青谷町 |
73 |
琴が浜海岸の鳴き砂 |
鳥取・仁摩町 |
74 |
諏訪洞・備中川のせせらと水車 |
岡山・北房町 |
75 |
新庄宿の小川 |
岡山・新庄村 |
76 |
広島の平和の鐘 |
広島市 |
77 |
千光寺の驚音楼の鐘 |
尾道市 |
78 |
山口線のSL |
山口―島根県 |
79 |
鳴門の渦潮 |
鳴門市 |
80 |
阿波踊り |
徳島市 |
81 |
大窪寺の鐘と遍路の鈴 |
香川県・長尾町 |
82 |
満濃池のゆるせきとせせらぎ |
香川県・満濃町 |
83 |
道後温泉の振鷺閣の時太鼓 |
松山市 |
84 |
鳴門岬・御厨人窟の波の音 |
室戸市 |
85 |
博多祇園山笠の昇き山笠 |
福岡市 |
86 |
観世音寺の鐘 |
太宰府市 |
87 |
関門海峡の潮騒と汽笛 |
下関 |
88 |
唐津くんちの曳山囃子 |
唐津市 |
89 |
伊万里の焼き物の音 |
伊万里市 |
90 |
山王神社被爆の楠木 |
長崎市 |
91 |
通潤橋の放水 |
熊本・矢部町 |
92 |
五和の海のイルカ |
熊本・五和町 |
93 |
小鹿田皿山の唐臼 |
大分・日田市 |
94 |
岡崎跡の松籟 |
大分・竹田市 |
95 |
三ノ宮峡の櫓の轟 |
宮崎・小林市 |
96 |
えびの高原の野生鹿 |
宮崎・えびの市 |
97 |
出水の鶴 |
鹿児島・出水町 |
98 |
千頭川の渓流とトロッコ |
鹿児島・屋久町 |
99 |
後良川周辺の亜熱帯林の生き物 |
沖縄・竹冨町 |
100 |
エイサー |
沖縄・与那城町 |
以上が「日本の音・100選」である。森羅万象が奏でる天然の音楽ばかりだ。「聞けや人々、美しき、この天然の音楽を・・・」という名歌がすぐに思い出される。
さて我らの五感の内、聴覚と嗅覚はもっとも原始的な感覚だが、匂いと音が重なった音の風景は、耳の奥に残って生涯消え去ることはない。人々は、心の内なる原風景の音を聞けば、たちまちタイムスリップして、その匂いですら時代へと遡る。ナツメロが人気なのもその辺が絡んでいる。
また様々な音の分類をすれば、以下のようになる。
さらに我が日本民族には、独特のこまやかな感性が宿る。たとえば「風の音」も、様々な表現で、こまやかに聞き分けているのだ。
「風の音」にもいろいろ
など、季節特有の風の音を、きめ細やかに表現しながら感知している。「春一番が吹いたぞ」などと聞けば、身も心も明るくなり、元気が湧いてくるのだ。反対に「木枯し一番」などと聞けば、思わず襟首を正す。

さてここで諸兄に問います。「あなたにとっての、心の内なるスローな音はなんですか?」祭り太鼓、打ち水の音、百舌の高鳴き、夜なべの音、団扇の音、ラムネの音、松風の音など、自分史を辿れば、次々と耳の奥でよみがえるはずです。いかがですか。
筆者の場合は、以下の音が耳奥に住みついている。
などなど、きわめて生活の匂いのする音ばかりだが、この音を聞けばストーンと原風景に落ちることができる。
最後に「スローな音による村おこし」を数点提示しておこう。
などなど、音の風景を売りにする刹那的な企画はいかがだろうか。スローな音グルメを大いに楽しもう。
旅は急ぐものではない。まして定年後の旅は、せこせこと急ぐ必要もない。そんな旅人に人気なのがJRの「青春18きつぷ」だ。1枚11,500円で春、夏、冬の季節限定として発売される。
1人だと5日間、JRの全線の普通と快速列車の自由席に乗り放題の切符である。いわば新幹線がなかった頃の、旅のスタイルの再現となる。青春という切符の名だが年齢の制限はない。「青春」という名前がうれしい。
意を決して、この夏その旅に出ることにした。コースは日本海側を北上して、下北半島の恐山を目指し、帰りは八戸線経由で盛岡を経て、秋田経由で新潟までの旅路である。名付けて「恐山、この世の地獄に出会う旅」とした。
まずコースの概略を示そう。
の4泊5日の日程を組んだ。
しかし毎日が行き当たりばったりの旅となり、日が暮れれば宿に飛び込み、停車駅で珍しい案内があると下車し、旨いものがあると聞けば、その店で地元の訛りに酔うといったスケジュールとなった。まあ、日程通りとは行かないのが、この旅の常であろうか。
鈍行電車は乗車時間が長い旅となる。しかしこれが意外と退屈しないのだ。車窓を眺めたり、乗り込んできたおばあちゃんと話したり、ワンカップ(これでなくてはいけません)を飲んだりと、気の向くままの時間が過ぎてゆく。時間が直線的に過ぎ去るのではなく、カーブを描き深く垂れて過ぎていく感じがする。

同乗のおばあちゃんと仲良くなり、漬物などをご馳走になり話がはずむ。彼女も「青春18きっぷ」の旅人なのである。
「どこまでいくんですか?」
「うんじゃ、福井から新潟、坂田、余部を回り、新庄から平泉を折り返して、仙台の松島、そして山形の山寺まで。そのあとはまだ決めていない。急ぐ旅でもないけんのぉ~」
「おばあちゃん、それは“逆奥の細道”のコースじゃないですか!」
座席の上に正座し直しながら
「うんじゃ、前回はハルウララを応援しに、高知まで足をのばしたけん!」
「じいちゃんが亡くなってから、こうした旅に出るようになったんじゃぁ~、まあ、1度だけ見ておけば、堪能するからのう、冥土の土産じゃ!」
おばあちゃんの旅は「今生を堪能する旅」なのである。そのおばあちゃんとは坂田で別れたが、旅とは本来こうしたものだと教えられた。
この旅の特徴は、値段ではなく時間のぜいたく感が味わえることと、まだ何かに出会える期待感を楽しめることにある。新幹線や特急では見過ごしてしまう発見に出会えるのである。しかも「青春」という切符の名前が示すように、中高年が置き忘れた大切な何かを探す旅でもあるのだ。「フルムーンきっぷ」が贅沢な時間の消費を求めるのに対して、この「青春きっぷ」は「スローな遍路」の旅の意味合いを持つ。
さらに駅弁を楽しみながらのスローフードな旅ともなる。この駅弁はその土地の三風(風味、風土、風景)文化を組み入れたものであれば、旅の喜びが倍増する。最近は百貨店などで駅弁大会などが開かれ、すっかり旅の情緒も薄れたが、それども駅弁は駅弁でありうれしいものだ。
「青春18きっぷ」の旅を皆で楽しもう。この旅には至福の時間がたっぷり詰まっている。
