2008年10月01日 00:03
「君の好きなおやつを教えてください」と尋ねると、大方の人々は実に嬉しそうな顔をして話してくれる。そしてそのおやつから、その人の人生すら見えてくる。おやつは子ども時代の原風景と繋がっているからだ。この章はそのおやつに付いて考えてみよう
まずおやつの語源を調べてみた。
『おやつの「やつ」は午後2時から4時までをさす江戸時代の言葉「八つ」です。
江戸時代中期頃までは1日2食だったため「八つの刻に小昼(こびる)」と言って、間食をしたことから、この時間の間食がやがて「おやつ」と呼ばれるようになった。おやつとは食事と食事の間にとる間食のことです。』
江戸中期以後の日本人の食事は、朝昼晩の3回となったが、農作業の農民には激しい労働を支えるために、午前10時と八つ時には小昼をとる3時のおやつの習慣が定着し、それが現代にまで続いている。
やがて甘辛のおやつは身体の空腹を満たすだけでなく、精神的な糧へと進化をとげていく。

おやつの流れは
(1)、採るおやつ
⇒野いちご、桑の実、すもも、無花果、さくらんぼ、石榴、山梨、
油すら梅、山葡萄、あけび、栗などの天然の甘味。村全体が循環するおやつだった
⇒魚貝類、いなごなどの蛋白源
(2)、作るおやつ
⇒干し柿、干しいも、干しもち、あられ、おこし、水あめ、焼き米 草もち、笹巻き、焼餅、蒸かし芋、焼いも、お結び、饅頭など
(3)、路地裏の駄菓子の出現
⇒黒パン、うさぎ玉、黄な粉ねじり、かりんとう、味噌パン、ごまねじり、はっか糖、黒玉飴、醤油豆など。
⇒材料は農村からのくず米、粟、きび、大豆、小豆などが土台になって、干し柿、水あめ、黒砂糖の甘さが加わる。田舎の手作りおやつが、都会の意匠をまとって急速に、子どもたちの好奇心を捕らえる。
(4)、現代の工業生産的なおやつ群
⇒ビスケット、キャラメル、チョコレート、スナック菓子、米菓子、スイートなど百花繚乱
おやつは天然の甘みからスナック菓子、スイートへ、人の手から離れたところで息づいている。これらはファーストなおやつ群と捉えていいだろう。
となると前述の諸兄の心の内にある、スローなおやつは何処に行ってしまったのだろうか。「おばあちゃんのおやつ」、「おふくろのおやつ」、「季節のおやつ」など、人の手の温もりがあるスローなおやつなどは、もう、記憶の中だけに生き続けている代物なのだろうか。自慢のおやつは何処に消えたのだろうか。
しかしそんな問いを投げかけることは止めておこう。「おっちゃん、今の時代に、そんなこと言ってたら、笑われますよ!」と、一蹴されるのがおちだからだ。
24時間、365日、何時でも食られる装置のコンビ二の出現が、おやつの文化的意味を消し去った。現代の子どもたちには、コンビニがおやつ代わりだからだ。ですから我らのスローの「おやつ」を自慢することは、単なる回想の世界でしかありえないのである。

そんな時代性を考えながら、あえて心の内なるスローなおやつを描きとどめておこう。「あなたの思い出のおやつはなんですか?」という、問いの答えとしてである。
<思い出のおやつ>
思い出のおやつ |
エピソード |
焼きおむすび |
味噌をからめた焼きおむすびは最高。今でも食べると涙が出る一品 |
ゆで饅頭 |
お祭りには必ず、ばあちゃんが作ってくれた |
さつま団子 |
サツマイモの甘さが舌に残っている |
焼きもち |
具沢山のおやつで腹持ちがよかった |
蒸しパン |
野菜とチーズの入った栄養満点のスタミナおやつ |
草もち |
春のお彼岸には必ず母が作ってくれた。新芽の蓬の緑色とあんこの美味しさが忘れられない |
いも・かぼちゃ団子 |
もちもちした弾力の歯ごたえがいい |
桜もち |
桜の木を植えて、その花びらで作ってくれた一品 |
酒まんじゅう |
嫁にきて初めて教えてもらった。田植えを終えた宴には必ず食べた |
おはぎ |
春はおはぎ、秋はぼたもちと言い換えていた |
スイートポテト |
秋になると母が作ってくれた、我が家伝統のスイート |
白玉みつまめ |
雨の日は農業ができないので、母が作ってくれた。私は雨の日が大好きでした |
ゆでたまご |
固ゆでして、笊ごとちゃぶ台に置いてあった。一人で5個は食べた |
ホットケーキ |
ホットプレートで自分たちが自由な形に焼き上げた。バター、蜂蜜、バナナを添えて |
野山の実 |
遊びの途中で無花果や桑の実などを食べた |
クッキー |
兄弟と一緒に手作りした思い出 |
パンの耳の揚げ物 |
粉砂糖をまぶした揚げパンはリッチだった |
おやき |
ご飯の代わりにもなったおやつ。季節の惣菜が入って旨かった |
五平もち |
ゴマたれの臭いと味が忘れられない |
茹でたじゃがいも |
塩を振りかけた皮ごとの茹でた「新じゃがいも」が笊ごと、卓上に。母が不在のメモが沿えてあった |
蒸かしさつまいも |
帰宅したらまずこの芋をほおばり、遊びに飛び出した思い出。金時芋が人気だった |
ゆでた蜀黍 |
兄弟で奪い合いした贅沢品。大好物だった |
煎りとまめ |
煎ったソラマメをポケットに入れて、遊びに飛び出す。皮を剥きながらボリボリと食べた |
茹で菱 |
晩秋のおやつ。栗のような味が旨かった |
味噌せんべい |
固焼きの味噌味のおせんべい。町内の手焼きの品 |
麦こがし |
煎り麦を粉にしたものに、熱湯を入れて食べる。香ばしい香りがして空き腹に旨かった |
ざくろ |
甘すっぱい実を、種を飛ばしながら食べた。悲しいほどのなつかしさ |
蝗の唐揚げ |
イナゴの唐揚げや醤油焼きをポリポリ食べた。子どもたちの栄養源だった |
ベビーラーメン |
松田のおやつ麺。10円 |
コッペパン |
戦後の配給と学食で食べた初めてのパン経験 |
さつまいもパン |
角切りのサツマイモを混ぜたパン。ドーナツの形をしていた |
手作りおかき |
色とりどりの手焼きのおかき。青海苔入り、黒豆入り |
おやつには様々な家族の思い出や在り様が、見え隠れしているのが普通である。
そのキーワードは3つある。
1、心身が癒される
2、子どもたちの遊びをしっかりサポートしている
3、家族の温もりや絆を伝える糧であったこと
などである。これを「おやつの心」と表現しておけばいいだろう。
さてここで筆者のスペシャルなおやつ体験をレポートしておこう。
○ 地蜂(ヘボとも言います)の醤油煮をつまみながら、お茶をする3時
⇒奥美濃や信州では村ごとの地蜂狩が盛ん
○ 茹でたザリガニのおやつ
⇒バケツいっぱいのザリガニを塩茹でした。海老の味がした
○ 川遊びにはトマトや瓜をおやつにした
⇒石で囲った浅瀬に冷やして食べた。最高に旨かった
○ 梅酢を筍の皮で巻き、それをチュウチュウした
⇒皮を通して赤い梅酢が染み出してくる。それを楽しんだ
○ 酒粕の砂糖醤油焼きのおやつ
⇒炭火のコンロに網をのせ、酒かすを焼いて食べた。顔が赤らんですぐにばれた。酒は子どもの内に鍛えた。
いずれにしても、いつも空腹で、食べることに最大の関心のあった時代だから、子どもながらに知恵を働かせて、おやつに向かったのである。しかも「粗野」だったが決して「貧」ではなかった。おやつはいつも家族の中心にあり、夢があった。楽しかった。スローフードの原点のような温もりがおやつにはあった。
生活から様々な匂いが消えている。とくにスローな匂いが忘れ去られようとしている。「禅の境地」を尊ぶ日本民族は、「無臭」をもって良しとする風潮があるからだ。
子供たちが爺ちゃんに抱かれたあの懐かしい「鄙びた匂い」ですら、もう過去の匂いとなっている。我らは自分の匂いを消すことで、周囲との同化を図ろうとしているのだ。
そして自分の存在感すら、消そうとしている。「消えた日本の匂い・100選」などという書物が、どこかにあってもおかしくない状況に今の日本はあるのだ。自分の匂いを楽しむ余裕など微塵も感じられないのだ。
しかしそんな我らにも、脳に悠久にインプットされた、消し去ることのできない「匂いの記憶」はある。スローフードが五感を鍛錬する運動だとすれば、この匂いの追憶は、避けて通れない課題となる。我が内なるスローな匂いの記憶について、以下考えてみよう。
匂いの記憶と言えば、次の3つの逸話が思い浮かぶ。
更に匂いの教育は、食べのもの腐敗を感知する重要な手段だから、真剣に行われてきた。「3つ子の匂いは、100までも」という、伝承が生まれた背景がここにある。

となると我らの基本的なスローな匂いは、幼児の時期にインプットされていることになる。その基本的な匂いの記憶に、人生の様々な過程で出会った感情的な匂いが降り積もって、今の我らの「匂いの記憶帖」となっているのである。
もちろん匂いのメカニズムは、現代科学でも解明されていない。しかし匂いには2つのセンサー機能があると言われている。
食べ物の原始的な匂い(出汁の匂いなど)は、民族の食性に合ったものを選ぶセンサーの役割を持つ。これは種を守るためのセンサーである。フェロモンなども種を守るための媚薬的な匂と考えていいだろう。花が香りを発して虫を呼び寄せるのも、花粉交配という種の保存の狙いがあるからだ。前述のお爺ちゃんの鄙びた匂いも、実は種の家族としての大切なセンサーなのである。
かたや喜怒哀楽のセンサーとしては、香水が最強とみられる。香水は別れた恋人を思い出すセンサーとして、多くの人々に記憶され、街角ですれ違う香水の香は、喜怒哀楽の世界へと、一挙にタイムスリップさせる。残り香などという深遠な匂いも、古来から日本人の心を深くとらえてきた。
田山花袋の小説で主人公が、去っていった恋人の布団のシーツの匂いを嗅ぎながら泣く場面があるが、まさに映画の1シーンとなり、匂いの極みそのものである。
さらに匂いには悪臭と香りの2種類が混在している。忌避する匂いと、引き寄せる匂いとでも言っていいだろう。しかもこの2種類の匂いが交差する呪縛からは、我らは逃げることはできない。染み込んだ匂いだからだ。
ここで我らの一般的な生活の「匂いの記憶帖」を紐解いてみよう。
かつお出汁の匂い、味噌汁の匂い、ご飯の炊ける匂い、糠漬けの匂い、秋刀魚焼の匂い、すき焼きの匂い、カレーの匂い、焼芋の匂い、松茸ご飯の匂い、蒲焼の匂い、寿司の匂い
線香の匂い、蚊遣火の匂い、行水の匂い、打ち水の匂い、青蚊帳の匂い、
干し布団の匂い、切干の匂い、練炭の匂い、柚子湯の匂い、祖父母の匂い、青畳の匂い、開かずの間の匂い、桧の匂い
縁側の匂い、押入れの匂い、土間の匂い、土蔵の匂い、匂袋の匂い、引き出しの匂い、お香の匂い、日向ぼこの匂い、タバコの匂い、化粧品の匂い、トイレの芳香剤の匂い
庭の匂い、肥溜めの匂い、干草の匂い、草いきれの匂い、溝川の匂い、夜店の匂い、祭りの匂い、鉄路の匂い
学校の教室の匂い、部活の部屋の匂い、大根小屋の匂い、森の匂い、豚小屋の匂い、鶏小屋の匂い、竹やぶの匂い、夕立の匂い、雪解けの匂い、焚き火の匂い、川床の匂い
金木犀、梅の花、菜の花、沈丁花、ライラック、柚子の花、えごの花、百合、薔薇、銀杏の実の匂い、藤棚、ニッキの木、青みかん、青りんご、菊人形の匂い、枯れ菊の匂い
など、我々は生まれてから死ぬまで、意識無意識のうちに様々な匂いに囲まれて生活していることが伺える。
しかもその匂いの記憶は、「個人の脳細胞にインプットされた匂い⇒家中の匂い⇒家外の匂い⇒村の匂い⇒街の匂い⇒日本の匂い⇒アジアの匂い⇒地球の匂い⇒宇宙の匂い」へと、あたかも「匂いの紐」(センサー)で結ばれ、連鎖しているように感じる。

先人の言を借りれば「人間は母親の胎内の羊水に浮かび、その匂いを帯びて生まれてくる」という。羊水は海水と同じ成分だ。しかも赤子の生命は、母親と「臍の緒(紐)」で結ばれている。母親が海水を擁した「生命の宇宙」だとすれば、我らはすでに宇宙と繋がりながら、生を受けてきたことになるのだ。母親が我々の人類にとって、永遠に愛しき存在なのは、この辺の真理によるものだと思われる。
このように「匂いの記憶」の正体を見ていくと、かけがえのない人間の生命の神秘さにたどりつくことになる。人間の脳は小宇宙であるとは、よく言われるが、その小宇宙が、森羅万象の大宇宙と繋がっているのだと理解すれば、「匂いの記憶帖」に刻まれた情報の正体が少しは見えてくる気がしてくる。
さて、独断論はこれくらいにして、「我が内なる匂いの4点」を挙げておこう。
<その1>「鉄路の草いきれ」は、果てしなく続く人生のはじまりの匂い
⇒夏の盛り、東海道線の鉄路を歩いて行った小さな「家出の旅路」。 むんむんとする「草いきれ」の匂いが、恐ろしさと哀しさの心を襲う。 誰も知らない、ボクだけの門出の儀式だった。 そのボクは、今、都会の「人いきれ」の中で、喜怒哀楽している。
<その2>「桜はフェロモンの固まり」と知った18歳の春
⇒サクラは微香や匂いで人を誘うことはない。なのにあれだけの人間を「ハラハラ、ドキドキ、ウラウラ、ワクワク」とさて、誘惑させるのには、何か自然界の仕掛けがあるに違いない。
受験に失敗した18の春に、根尾村の薄墨桜に誘い出されるように桜を見に行った。半日ほどの観桜だったが、桜はまるでフェロモンを放つ異性の人だった。
それが畏れ敬う永遠の恋人に出会った瞬間である。
その後、フェロモンの匂いに誘われるように、弘前の桜、吉野の桜、祇園の桜と、あちらこちらの恋人を訪ねる日々が始まる。西行のように、花の下で死ねれば最高だと想いつつ。
<その3>「干し布団は太陽の匂い」がすると知った6歳の冬
⇒日向ぼこ、縁側、洗濯物などは日向の匂いがする。とくに「干し布団」に寝るときは、まるでお日様に抱かれるような匂いと温さがある。
干し布団を部屋に取り込んで、その上にダンピングする「布団の海」の心地よさは、無常の楽しみだった。この日向の匂いが故郷の原風景。
<その4>「かつおを削る厨の匂い」は、最後の晩餐の匂い
⇒「カタコト・コトコト」とかつおを削る音がする。雑煮に使う花かつおだ。この音と匂いが立ち込めると、正月の朝が始まる。
雑煮に花かつおをふりかけると、湯気でゆらゆらと揺れ、匂いを撒き散らす。脳奥がパッチリと目覚める匂いだ。
最後の晩餐には、この削りかつおの味噌汁と雑煮を是非、所望したいと決めた定年の朝。
その他、鎮守の森の「うち湿りたる匂い」や、シャネルの5番なる「初体験の香水」や、かってはどこの田んぼに撒かれた「田舎の香水」なども、「匂いの記録帖」にはきっちりと保存されている。さてスローフーダーの諸兄にとっての「永遠の匂いの記憶」とは、どのような匂いだろうか。
また「匂いの故郷」がある人は幸せだという。それは味噌汁の出汁の匂いかも知れないし、あるいはちらし寿司の匂いだと言う人もいるだろう。回行業の断食修行の僧には、はるか遠い谷川の水の匂いがしてくるとも聞く。とにもかくにも、ここ一番「この匂いがボクの故郷だ、最後に帰るところだ」と、断言できる人は、幸せな「匂いの旅人」なのである。
鮭は母なる川の匂い(アミノ酸)を頼りに、数千キロの旅路を終えて戻ってくる。その帰還する確立は1000分の3とも言われている。千三つという言葉はここからきている。
新潟の村上の三面川には、今年も海の旅人が遡上している。そして種を残して生涯を終える。まさに「匂いの旅人」そのものだ。我らもまた「匂いの旅人」であり、その染み付いた匂いを大いに楽しむことこそ、スローフードの真髄に触れることになるだろう。
