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2008年08月01日 08:58

VOL 14

○なつかしき未来食(DFF)教室(連載5)

 6回目の料理研究会のメニューフォルダのデータの公開です。
研究テーマは以下のコンセプトを中心に、郷土料理の新たな味わいを楽しむものです。


(17) いかの塩辛と刺身
(18)なすの即席からし漬け

○村中が歌舞(かぶ)く 野浦の芸能を訪ねて

 今年また佐渡の有機栽培の棚田と、野浦の伝承芸能を訪ねた。この時期になると、どうしても訪れたくなる毎年の行事があるのだ。今回で9回目を迎えた「野浦の芸能の里フェスティバル」だ。7月20日の梅雨明けの午後である。
 野浦は約40戸、155人の区民が住む半農半漁の村である。阿新丸(くまわかまる)伝説や朱鷺の最後の生息地として、知られている静かなところである。
 その静かな村が一年に一度、燃え上がり、大騒ぎするお祭が開催される。伝承芸能を中心にした言わば村芝居の「野浦の芸能の里フェスティバル」である。
 会場は舞台となる伝承館と、その前の芝生にテントを張り、青い茣蓙を敷き詰めた簡素な場所である。200人くらいが観劇できる広さだ。
 会場には屋台が並び、海の幸が格安の値段で売られている。烏賊やサザエの焼く匂いが鼻をつき、ビールや地酒が飛ぶように売れる。村人はそれを買い込んで、テントの中の茣蓙に収まるのだ。
 開演は正午からであるが、すでに茣蓙の上はお酒で盛り上がっている。今年の出し物は以下の通りである。

や がて若者の男女が司会するマイクで開演である。会長の挨拶、政治家先生数人の挨拶の後、目出度い春駒の舞が始まる。可愛い子どもの達の春駒も登場して、五穀豊穣を祈るのだ。村の子ども達は全員、この舞ができるという。

 次の出し物は文弥人形である。野浦の人々が大切に代々伝承してきた芸能である。原作は近松門左衛門の流れを組むとされている。その台本が50種類ほど受け継がれているのだ。毎週火曜日、必ず練習して、今日に備えたというから恐れ入る。若者への芸の伝承が最大の役目だと長老はいう。
 さて本日の演目は「義経千本桜椎の木の段」である。演じるのは全て村人である。農家や漁師だから皆日焼けしている。そのミスマッチが村芝居らしく、さらに人形の衣装も素朴である。その人形を操りながら、舞台を所せましと黒子が動き回る。
 時折、舞台裏から人が覗いたり、準備の道具が見えたりするところがこれまた微笑ましい。会場からは「いいぞ、うまい」と声がかかる。まさに観客と一体化した文弥人形である。

 次は青柳会の民謡踊りである。元お姐さん達(平均年齢60歳?)が、揃いの衣装で優雅な舞と歌を聞かせてくれる。それも佐渡おけさとなると、一気に会場も盛り上がる。佐渡おけさとは、何時聞いても哀調のあるメロディーである。

 この後、若い衆のダンシングや、文弥人形の2本目の出し物「太平記誉の仇討阿新丸船出の場」が演じられ、午後4時に村芝居はお開きになった。
 わずか4時間の芸能のために、1年間練習してきた村人の心根を思う時、ふと一抹の寂しさが胸を過ぎる。
しかも今日のこの4時間は村人が輝いていた。老いも若きも子ども達も、まるで過疎の日頃の苦しみや悲しみを楽しんでいるかのように見えた。もしかすると村人は皆、歌舞いているのでないか。村は歌舞伎者の集まりなのではないか。だからこそまた前向きに過疎を笑いながら、生きぬいて行けるのではないか。そんな気がする。
 最後にこのフェステバルの打ち上げに招待されたお話しをしようと思う。会場は公民館である。村の全ての大人(100人ほど)が参加する慰労会である。先ほどの役者も踊りの先生も全て勢ぞろいするのだ。
 酒も寄付の酒があり、ご馳走は岩牡蠣、さざえ、鯛や鯵の刺身などが食べきれないほど並ぶ。フェスティバルを無事に終えた村人の安堵の顔がやがて、真っ赤に酔っていく。
お酒を勧めにきてくれた村の長老に、このフェスティバルの運営方法と長く続いている秘けつを聞いてみた。スローフードの事務局を務める者にとっては、強い関心ごとだからだ。長老の答えは、以下の通りである。

1、フェスティバルの運営は、すべて自前でやる。資金、労役、食べものなどは自給自足が原則である。 2、屋台の物販の利益と寄付金があれば、あとは赤字にならなければいい。まして行政などからの補助金などはあてにしてはならない。 3、出演者の衣装などは、全て自前である。出演料もゼロである。なぜなら出演者は、自分の発表の場であり、見ていただくことにやり甲斐があるからだ。これが村芝居の真髄であり、命である。村全体は歌舞くことが誇りであり、活力を生む。 4、会長職は1年交代の輪番制として、村人全員が企画運営できる能力を養うことが、長続きできる組織をつくる。 5、若者への芸の伝承は村全体の課題として掲げており、島外に出て行った若者も祭りや練習には、必ず参加するような意識付けを行っている。 6、村人はフェスティバルが終わった翌日から、来年の演じる自分の姿を描き始めて、準備に取り掛かる。伝承芸能とは永遠の生き甲斐である。 7、フェスティバルに来てくれた島外の人と、村の産物(魚、米、加工品)などのビジネスのチャンスが生まれればありがたい。 8、この慰労会は村人への感謝のために開かれる。飲み放題、食べ放題を通して、今年の労をねぎらうのである。村が負担するのは、この会の費用だけである。それだけで出演者や村人達は納得する。

などである。
 この芸能の里が育んでいるのは、自給自足経済と助け合いの結いの経済、そしてその彼方にある貨幣経済という生活の知恵である。村人は強かに歌舞きながら、実は生活の糧を狙っているのである。
 さらに野浦は、「芸能の里」をブランドとするコミュニティであるとして捉えれば、もう立派なスロービジネス体である。総合生協支援の有機米の栽培も実りつつある。
 しかも貨幣経済の規模は極小であるが、村人全員が芸能を楽しみながら、「負けない競争」システムをめざしているから恐れ入る。スローフードが目指している「地域」とは、このような形である。
 今年の9月25日には、念願の朱鷺の自然放鳥が始まる。そのためのビオトープも村全体で作ろうとしている。棚田の冬場の水貯めもやろうとしている。放たれた朱鷺がこの野浦に飛んでこないとも限らない期待が膨らんでいるからだ。
 今年の野浦訪問からは多くを学んだ。来年はスローフードの仲間30人ほどと、朱鷺が舞うかもしれない野浦の「芸能の里フェスティバル」に、参加しようと画策している。一生に一度は必見の、なつかしき未来がそこにあるからだ。


<新作 朱鷺の舞う日>