2008年07月01日 09:30
スローという冠は魔法の言葉である。たとえばこんな「スロー」の使い方がある。
1、スローなレストラン、スローなお宿
2、スローなハンバーガー、スローなラブホテル
など、スローを付けると、それ相応のコンセプトが出来上がる。もう少し例題をあげてみよう。
3、スロータウン、スロートラベル、スローカルチャー
4、スロー教育、スローラブ、スロースポーツ、スローウエアー
5、スロープロダクツ、スローバンク、スロー留学
いずれも「スロー イズ マネー」を彷彿させる戦略的なキーワードとなる。
このスローを俯瞰すると、次のようなワールドが見えてくる。スロー談義は次世代のビジネスやライフスタイルを作り上げるエンジンとなる。

このスローを機軸にした新たな挑戦が様々な分野で始まっている。その代表的な題目は以下の通りである。
○スローマップ、グリーンマップ、バイオリージョン(生命地域)、横文字ばかり並んでいるが、どこかで聞いたような、あるいは目にした言葉ばかりである。以下、様々なスロー談義に論をすすめよう。
ここ新潟の沼垂は、今日も明け方に寺の鐘がなる。365日、6時に、「ゴーン」と6回鳴り続ける。海岸縁のぼた山にも、時報をつげる鐘跡が保存されている。新潟には時報を告げる鐘時計の風習が古くからあったのだろう。
たとえ二日酔いの枕辺でも、その鐘の音には、きっちりと反応して目覚め、一日が始まる。近頃は鐘の音よりも早く起きて、鐘の音を迎え撃つこともある。鐘の音を「ゴーンー・・ヨヨヨーヨン・・・・」と聴くと、何故か心が和み、瞬間、自分自身に立ちかえきがするから不思議だ。
この鐘の時報は江戸時代に盛んに、庶民に向けて報じられた。和時計を所有しているのは、一部の武士や寺院、商人たちで、庶民はもっぽら鐘の音を目安に暮らしていた。鐘の音があらわす一刻は約2時間で、おまけに「不定時法」と言って、季節や昼夜によって一刻の長さが変化していた。まあ、かなり大雑把でスローな時間感覚だったのだろう。
「腹時計」なども庶民の時刻感覚としては、かなり幅を利かせていたようだ。だから江戸時代には、まず「時刻」という発想はなかった。和時計も針が一本で、漠然とした時刻しか示しようがなかったからだ。
で、当然のことながら「遅刻やダラダラ仕事」の常習犯の日本人。今でも地方には、その土地の時間感覚、たとえば「佐渡時間」(1時間くらいの遅刻は当たり前)などが残っている。それが明治からは時計が普及して、「時間の正確さ」を重んじる意識が広がり、やがて能率・効率を得意とする日本人社会に変貌を遂げていく。「これじゃあ、いかん!」と、時の政府がルールを決めたのだ。
そして「タイム イズ マネー」等と、時はマネーを増殖する伝導体、ファストなビジネスの武器として、ボク達の生態時間の7倍もの速さで、地球を駆け巡るようになった。「現代人、疲れるよな!」と人々が嘆くのは、7倍もの負荷がかかっているわけだから、当然のことである。しかしファスト生態系は、それを許すことはない。許すことは、企業の淘汰に繋がるからだ。
となると、スロータイムなどは、所詮、われ等の「大人の童話」になる。とまあ、時をめぐる思索は、時空を超えて駆け巡り始めるので、この辺で「時間よ、止まれ!」と、論脈を変えることにする。

ボクは職を辞して1年が過ぎた。毎日が日曜日の「売れないマーケッター」の自由業である。しかし最近、実感することがある。
それは1日はもとより1ヶ月も1年も、あっという間に過ぎ去ってしまうことである。10代の1年と60代の1年では時のたつ速さがまるで違うと言うことを実感している。10歳の子どもの1日24時間は、ボクにとっては4時間くらいにしか感じられない。朝6時の鐘の音に目覚めても、夕暮れはあっという間にくる。釣瓶落しという時刻の表現があるが、まさにその通りなのだ。
ではなぜ60代の時間は、短くなるのだろうか。その答えは、時間には
があるということからおよそ理解できる。
同じ1日24時間でも、変化や感動があるかないかによって、1日は長くも短くも感じられる。この「感じる時間」というのは、時計や暦の時間とは次元のちがう時間であることが分かってきたのだ。
○10代の時間が長く感じられるのは
つまり、子ども達の時間が長いというよりは、時間が深いと言ったほうが、そのニアンスが説明しやすい。長い時間と言うのは、直線の1日24時間が、曲線で深く垂れ下がっている時間だと言える。となれば60代は直線の24時間を、曲線で垂れるようにすればいい訳である。
貝原益軒は「養生訓」の中で
と、時間哲学を述べている。1日を10日分くらいに楽しみ、暮らせと言っている。
さて、曲線を描ける変化や感動の時間を、いかに創っていけばいいのだろうか。老後時間を有意義にする大きなテーマである。
言葉を変えていえば、この曲線の時間こそ、実は我らが追い求めている、究極の「スロータイム」だと言える。それは個々人にある属人的な時間感覚だとも言える。
読書や音楽、映画や観劇で我を忘れた時間、未知の旅路で触れた新鮮な刺激の時間、あるいはボランティア活動で人々に感謝された時間など、時間そのものは時間を忘れさせて、あっという間に過ぎ去るが、結果として、深深な時間がボクらの内に蓄えられて積み重なるのである。スローな自分だけの時間として、積雪のように積み重なる。
スローな時間を楽しむ。これこそが人生最大の至福なのだと、われ等は実感したいのである。
新潟は中越地震で散々に痛めつけられた。電気やガスのインフラもずたずたに引き裂かれて、寒さに震える日々が続いた。現代のエネルギーインフラが、自然の猛威にいかに無力で弱いかが身にしみた。
しかし被災地の風景をテレビで見るとき、焚火が出てくると、ほっとする。せめてもの救いが、焚火にはある。
かたや日本全体を見ると、今、竈の火をめぐるシェアー争いが激化している。電力対ガスの熱き戦いだ。ほったんは自由化が拡大する業務用電力に加え、一般家庭でも料金の値下げに電力勢が攻勢をかけているからだ。
この動きに「電力が料金面でも家庭市場の攻略に出てきた」と、ガス勢は守勢に立たされている。厨房や浴室はガスが当たり前と言った、従来の棲み分けの常識が崩れかけている。そして全電化住宅のコマーシャルも頻繁に、目に飛び込んでくるようになった。竈の火に異変が起こりつつあるのだ。
ここらで我らは。普段なにげなく使っている、竈の火について思いをめぐらすことにしよう。人類の食は竈の火によって発達をとげてきた、いわば人類進化の象徴だからである。
さて、竈の火の歴史は以下のようにまとめることができる。

竈の火とキッチンの10万年の変遷は以上通りになる。
言うまでもなく、人類は「火」を発見し、敬い、恐れながら、「火」を囲むコミュニティを中心に進化してきた。「ファミリー」とは、ひとつの火を囲む小集団を語源にしている。この火はやがて調理にも暖房にも利用され、地炉から竈となり、家族が集まる場所となった。まさにスローフード運動の想いは、竈の火にすべてが凝縮されている。
ここで本題に入ろう。「スローな竈の火」とは、一体どんな炎をさすのだろうか。独断と偏見からざっくりと説明すると、以下のように俯瞰できる。

最大で、最強な「ファスト・エネルギー」としては、もちろん電力(電磁波も含む)が上げられる。
もちろんこれがないと、生活ができないインフラの中心エネルギーだ。ただし電磁波調理器の安全問題論議に於いてまだ不安を残し、LCA(ライフ・サイクル・アセスメント)的視点で見ると、CO2などでガス体エネルギーより、環境負荷が大きいとの指摘がなされている。キッチン文化をファスト化したエネルギー源である。
次はガス体燃料の炎についてである。
これは「LOHAS」な炎といえるだろう。完全な非環境負荷型の熱源ではないが、地球を少しでも長持ちさせる燃料と言われている。次世代のエネルギーである、海底に眠るメタンハイドレードもこの仲間だ。
最後は炭火や薪火の炎がある。これらはバイオマスと言われ、地球上のCO2の増加に加担しないクリーンな熱源として歓迎されている。ただし限られた用途でしか利用できず、閉鎖的な炎のエネルギーと言われている。まさに超スローな「竈の火」の代表である。
以上にように、竈の火は3者3様の特徴を有していることが分かる。あとは我らがTPOによって、3つの炎をいかに使い分けるかになる。しかも炭火だから「スローな竈の火」だと断定してはいけない。電力の火でも人によっては「スローな竈の火」になるからだ。
要は、火と向き合うわれ等の五感や考え方の違いから、スローに思えたり、ファストになったりする。これを「我が心の内なるスローな火」と捉えれば、人生のおける喜怒哀楽な「竈の火」が見えてくる。
その「我が心の内なるスローな竈の火」の心象風景をご紹介しよう。
<スローな竈の火>
などなど、貧しくても幸せだったあの頃の「竈の火」が、時空を越えて甦ってくる。
あなたの心の内なる「竈の火」をお聞かせください。

