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2007年12月01日 09:02

VOL 7

1 食のゆくえを考える(1)

 先月号までは「食卓にせまる危機」について論じ、多くの方々から、様々なご意見や知見をお寄せいただいた。逼迫した食卓事情が静かなうねりとなって、人々の間に広がりつつある実感を捉える羽目になった。
 さて今月号からは、数回にわたり「食のゆくえ」について考えてみたい。論題は以下の項目である。

     1、日本の食卓のゆくえ
     2、日本人の食性のゆくえ
     3、凄まじき民族の食戦略のゆくえ
     4、踊る健康食材情報のゆくえ
     5、間違いだらけの健康情報のゆくえ
     6、癖になる食べのものゆくえ
     7、学食のゆくえ
     8、和食のゆくえ
     9、食料自給率のゆくえ
     10、その他

1、日本の食卓のゆくえ

スローフード、ロハス、ホールフード、スローライフ、ユニバーサルデザインなどの流行り用語が現代社会に飛び交っている。これらの目指すところは多少の差異はあるものの、ほぼ同じである。殊に食にかかわることに限定すれば、これからの「食のゆくえ」がどうなってゆくのか、またはどうあるべきかを見極めることに運動の本質がみられる。
今回はそれらに関する論を、以下の2つの視点から考えていきたい。
   <その1>、人々の食に対する意識構造について
   <その2>、食卓のゆくえについて
まず現代人の食にたいする意識についてである。これには驚くべきデーターが公開されている。

食の安全性と購買意識に関する調査>

グループ名 割合(%) 特性
積極型消費者 5.5 「食と農」の連鎖をよく理解しており、安全なものならば少々高くても買う。
援農活動にもよく参加する
健康志向型消費者 16.6 家族の健康や安全性を守るために食生活を注意し、生協や青空市場などをよく利用する層。
無関心型消費者 23.0 食への関心はなく、安ければなんでもいい層。
分裂型消費者 52.4 食の安全性を問いながら、店頭では安い農産物に群がり、特別なことをやっていない層。

*「福岡市民の食生活に関するアンケート」

 このデーターから読み取れるのは、無関心層と分裂層を併せた75,4%くらいの人々が安全や食に対して、無関心あるいは諦めが強いということだ。逆の見方をすれば、4人に3人は農薬や添加物、はては環境問題にも関心が薄いということになる。なんとなく感じていた現状の認識だが、データーを突きつけられると薄ら寒さえ感じられる。
 とくに分裂型層が半数を占めるのは無惨である。食の風評に右往左往する層だからである。しかも無関心層を加えたこの75,4%は、今後増えることはあっても減る可能性はないと思われている。もちろんこのデーターだけで、すべてを語ることはできないが、この現実を踏まえての「食のゆくえ」を俯瞰しなければ、近未来のすがたがみえてこない。

 かたやスローフードとかロハスだとか言いながら行動を起こしているのは、積極層と健康志向層を併せた22,1%の人々である。しかもこの22,1%の内訳は高齢者が多く占めることを考えると、若い人やヤングママの間では、さらにこの意識は低いことになる。スローフード運動がやや低迷している背景がこの分布でみてとれる。我が「スローフード・にいがた」への参加比率が、ヤングママ層においては極めて低い背景がこれからも理解できる。
 以上の現実を理解しておくと、食や食卓の事情、家族の姿、さらには将来の予測がおぼろげながら俯瞰できる。
 さて次は、これからの「食のゆくえ」について考えてみよう。思考の軸は私たち個人の視点で眺めるテレスコープ方式である。(以下の図表が概念図)。
 自分(家族)にとって何が大切なのか。自分の自己実現を達成するためのライフスタイルは何なのか。この個人のエゴからみた食のあり方から、21世紀の食卓の姿を俯瞰してみよう。

(論の根拠となる背景や環境)
   <地球規模の環境>
○人口問題―2050年には世界人口が90億人を超える。南北問題が深刻化する。
      ○環境問題―温暖化、BSE、砂漠化、海洋汚染、森林破壊
      ○遺伝子組み替え農業問題、ケミカルリスク
      ○循環資源の枯渇
      ○資源の争奪激化
   <日本の環境>
○高齢社会、少子化社会、団塊の世代の定年
      ○食料安保問題―食料自給率の低下(39%)
      ○伝統料理の消失、日本食の洋風化、
      ○生ごみ問題(食の20%が破棄されている)
      ○生活習慣病の増加
      ○農業後継者の大幅な不足
      ○FTA(自由貿易協定)による農業問題の多発
      ○食育基本法の施行
   <地域の環境>
      ○過疎の増加、人口の流失
      ○地域格差の増大、土建の帰農
      ○地産地硝、身土不二の再認識
      ○アーバンビレッジ、6次農業公園
      ○地域経済システムー直販、農業市、トラスト制
      ○グリーンライフが教科に指定
   <家族の環境>
      ○中食の容認、据え膳志向の主婦の増加、
      ○所得格差の増大、下層階級の出現
      ○バラバラ食、個食・弧食・飽食、食卓の崩壊
      ○ジェンダ(社会的性別)格差が徐々に解消
      ○さびしき孤老家族の増加、食事の外部依存は当たり前に
      ○シングル層の増加
   <私の環境>
○前述の4つのグループに分かれて、考え方、実際の行動、諦め感などが多様化する
○エコ、スロー、ユニバーサルなどの選択肢は、なんとなく重く感じられて参加したくない、自分自身の問題とは捉えない
○食の快楽、食と健康、食とコミュニティ、食と環境などに関心はあるが、あえてそれを追い求めることはしない
○高齢者には健康意識が先鋭化する
など言い尽くされたそれぞれの環境がある。
このような環境をテレスコープして、近未来の「食のゆくえ」を予測すると次のような近未来が見えてくる。もちろんこの作業は、無間方程式を解くようなもので、答えも様々で正解というのはない。企業にとっては、すぐのビジネスに効かない作業となる。
では以下、予測してみよう。

<食の近未来をさぐる>
(1)、食卓の風景がシングルの友人同士の場になる
    ⇒独居の人々が集いあう「シン食をともにする」形が生まれてくる。
     コレクティブハウス(共同住宅)の「共食」が増加する。
(2)、茶の間の機能が変化する
    ⇒「茶の間」→「つかの間」→「メディアの間」と変化する。メールしながら食事するのは当たり前になる。
(3)、子どもの孤食がさらにすすむ
    ⇒家族とは別に個室で、好きなテレビを見ながら1人で食べる子が増える。
      食が家族の中心に位置することが希薄になり、食卓文化の断絶がすすむ。
(4)、高齢者家庭への食事宅配サービスが増える
    ⇒宅配型の日本食(おふくろの味)が一般化する。「一汁一采とご飯」+「不足するタンパクと脂」+「サプリメント」の日本型食生活の定着。
(5)、男子厨房に入るべし
    ⇒妻に先立たれた人が必然的に厨房に入る。趣味としての厨房も盛んになる。
     男子の厨房の役割が変化する。
(6)、安価・安全・安定プラス新鮮さが食品業界にとっての大きな課題になる
    ⇒特に食の不安を解消する手だては食料の生産・加工にかんする情報公開と、食の新鮮さをネットで発信することが必然化する。
    ⇒小さな農の楽しみを求めて、市民農園、農業公園などで人々が農を楽しむ行為も増える。
(7)、自己の優位性を求める人々がふえる
    ⇒「味覚の分かる私」や「環境問題に敏感な私」といった他者と対照し、自己の意識の優位性を大切にする人々が出現する。ロハスピープルにはこの種の傾向が高くでる。
    ⇒貧食階級と富食階級の二極化がおこる。

(8)、遺伝子情報に基づく食処力を養う時代になる
    ⇒遺伝子情報による「食と健康」の関連が個別に蓄積され、人々は健康を維持するためのプログラムの実践や、病気にならないための食事力を身につけるようになる。生活習慣病との戦いが最大の課題になる。
(9)、グリーンな食事が食の近未来像となるが、実際はほんの一握りの人しか楽しめない贅沢な食が出現する。スローフードは本来、天皇家やヨーロッパ貴族の食体系。この食体系の大衆化が企業のビジネスチャンスになる。
    ⇒21世紀の食は4つの志向のバランスから成り立つことになる。この4つを満たすのが「グリーンな食事」といわれる未来食。
①快楽志向―味や香りに高い品質を求めつつ、安さと手間の削減を突き詰める

  1. 安全志向―食中毒や疾病などの危険を回避したいとする
  2. 健康志向―自己改造にあくなき取り組みを続ける
  3. 環境志向―汚染と廃棄物への懸念を示し、動物愛護を主張する

     この4つの志向のどれを優先するかに、人々は自己問答することになる。
    ⇒多くの人口を養うためには、ハイテク有機農業がひとつのスタンダードとなり、企業の参入が盛んになる。エコロジカル・フットプリントをどう増やすかが問題になる。
(10)、団塊の世代が「ウチめし」を加速させる
    ⇒2010年には団塊の世代がすべて定年を迎える。結果外食の回数が減り、いわゆる「ウチめし」の機会が増える。
     そして2020年あたりから、逆に厖大な数の独居老人が出現し、今度は外食、中食、弧食者がふえる。非婚や離婚の増加による単身生活者も増えると、さらにこの傾向は加速する。
21世紀は食の外部依存の時代となる。
(11)、趣味としての手づくりが盛んになる
    ⇒非手づくりが提供する合理性に慣れ、舌がそれになれてしまった層が、昔の手づくりを取り戻すには難しくなる。
      しかしながら、もてなしのための手づくりは返って趣味として復活する。
(12)、人々には食を作るよりも選ぶ力が重要になる
    ⇒1億・総食選力の時代になる。何を、どう選び、どう組み合わせて、どう食べると言ったノウハウが食育の重要課題になる。
    ⇒食の売り場は素材別売り場から、食卓・食事別の売り場へとかわる。家庭版POSも開発され、食卓と売り場が直結する。
(13)、人々は禁欲と快楽のハザマで揺れ動くことになる
    ⇒「生きるためにたべるのか(禁欲)」、「食べるためにいきるのか(快楽)」のバランスに悩むのが、近未来の食卓風景である。
(完)、民族本来の食文化が実は一番理に適い、格好いいのだという運動が起こる。肉食が富の象徴の時代はもはや終わる。食のナショナリズムが台頭する。
以上が多くの文献から読み取れる、これからの日本の食の未来予測である。スローフード運動の彼方には、このような予測の未来が見え隠れする。
しかもスローフードを推進するのであれば、これらの「食のゆくえ」を俯瞰して論じておくことはきわめて大切なこととなる。さらに未来の日本の食卓事情は、スローフード運動の概念や規模をはるかに超えた世界へと広がると予測される。
豊葦原瑞穂の国の日本の食卓は、「味の箱舟」に伝統の和の種を乗せながら、民族の生き残りをかけたパラダイムへとシフトしていくことになるだろう。正直言って、心地よい食の近未来ではなさそうである。

2 スローでウオッチング(7)

1、食品の偽装問題で明け暮れた2007年が過ぎ去ろうとしている。とくに著名な老舗の偽装には、多くの人々がショックを受けた。

こうなるとブランドという品証が信じられなくなってくる。しかも発覚すれば100年かけて築いてきた企業価値が一夜にして崩れる。記者会見でお詫びの頭を垂れても、もはやあとの祭である。
偽装に手を染めた人々の気持ちは、僕等でも切ないほどわかる。しかし「小事が大事を凌駕する」恐ろしさは、当事者でないと分からないものだ。これを機に企業姿勢を見直し、手直しや改善に取り組んで欲しいものだ。
偽装はファストモード(効率、利益重視)な経営思想から生まれる。願わくば数字に追われる日々の経営活動のなかで、ややしばし「スロー」な時間を持ち合わせることが、激戦の勇士には必要と言えまいか。

2、食品の値上げが相次いでいる。食パン、めん、油、調味料、加工品、飲料、菓子、マヨネーズなど続々と上がる。こうなると家庭の主婦のやりくり術が見直される。

その術を覗いてみた。
   ①、こだわらないものは安いメーカーに変える
   ②、チラシを見比べて安く買う
   ③、買う量を減らす。使う量を減らす。
   ④、買物はカートを使わずに、手かごで買う
   ⑤、地場の旬の野菜や果物を買う
   ⑥、冷蔵庫の中身をいつもチェックしておく
   ⑦、週1回は買物に行かず、冷蔵庫のもので賄う
   ⑧、油は再利用する
要は無駄を省き、ゴミを減らすことに尽きる。
そういえば内のかみさん、最近は冷蔵庫をよく整理している。納得。

3、新潟には彼岸花がほとんど生息していない。太平洋側のあぜ道などには、春と秋の彼岸のころには、必ず群れて咲く不思議な花である。死人花、幽霊花、曼珠沙華とも呼ばれている。

その花を新潟県庁の右側の林の小路で出会った。意図して植えられたものであろう。ちなみに神社仏閣が一番多いのは、新潟県である。彼岸信仰が盛んなお国柄だが、彼岸花が稀有なのが不思議な気がする。

4、機会があって小学校の給食を食べた。この給食はセントラル方式で、市の業者が一括して学校に納めている。一食300円くらいだと言う。

「ご飯は残さずに食べよ」などと子ども達に食育を話す手前、完食しなければと意気込んだ。一口食べると、子ども達の視線が僕に飛んできた。
何とか残さずに食べ終えて、子ども達に、「美味しいかい」と声をかけようとしたがためらった。「食べ残すなよ」と言えるような献立内容ではないからだ。よくもまあ、こんなメニューを食べさせているもんだ、と汗が止まらなかった。
校長先生にこのことをお話すると、悲しい顔をして「そのことを言わないでください」と言われた。この学校の残飯率は、40%を超えていると聞く。スローフードの活動のテーマが浮かび上がってきた。