2007年07月01日 08:13
新潟は2003年の1月に、発足のためのプロジェクトを立ちあげた。資金もスポンサーも何もない無垢な環境の中で、数人のリーダーが「知恵の仕掛け」とマーケティングで「スローフード・にいがた」の立ち上げに動いた。 発起大会にはマスコミや行政、教育関係、企業、一般市民など400人が駆けつけて大騒ぎになった。問い合わせの電話も鳴りっぱなしである。資金も何もない状態でも、立ち上げることができたのだ。このノウハウはその後の部会活動に生かされて、新潟全体を巻き込むことになる。 運動の基本はイタリア協会の精神を尊ぶが、やはり新潟独自のビジョンと運動体系を掲げているのが特徴だ。しかも政治と宗教活動は一切やらないことを会の基本方針にしている。 かかげた初心の全体像は以下である
「スローフード・にいがた」の活動の特徴は、スローフードを広義に捉えて、町おこしやスロービジネスの回路を構築することを狙いとしていることにある。このスローフード起点による町おこしや地域おこしは、後述する「なつかしき未来」プロジェクトへと連動発展していくことになる。
とりあえず新潟の地もとの食資源を見直して、それをとことん楽しみ、地域の活性化の糧にしようという欲張りな活動を旨としている。年間のワークショップや研究会、講演会、食育活動はおよそ20回を超えている。毎月どこかで、何かを開催していることになる。
会員同士の新しいスロービジネスの連帯も活発である。すでに数点のスローブランドの共同開発が進行している。農家グループらによる朝市も立ち上がり、生き生きとした声が路地に響きわたる。まだそれらのブランドは、首都圏までは波及していないが、いずれ「負けない競争」のビジネスモデルとしての、スロービジネスにしようと意気込んでいる。
このような活動を可能にしているのが、多くの有識者の存在である。支援者あるいはサポーターという形で参加して、様々な調査や提言、料理教室の開催などを担当している。運動の資金は参加者の受益者負担を原則として、一部は良質なスポンサーの寄付金で賄っている。
ここでスローフード運動の現場の実情をお話しておこう。


など現場を預かる者として、スローフード運動の光と影の部分をお話したが、相槌を打たれる人が多いのではないか。
以上のように「スローフード・にいがた」の現状や課題は、おおかたの他の支部のそれと同じである。しかもイタリアから広がったスローフード運動の虚実が、やっとこの頃見えてきた感じである。あとは如何に、各支部がいかに独自性を出せるかで、この運動の成否は決まることになるだろう。
日本にイタリアのスローフードを詳細に紹介したのは、ライターの島村菜津氏や金丸弘美氏であるのは周知の通りだ。もう数年前のことになる。それ以前に「アンナマンマ」というコンセプトで、大手企業がキャンペーンをはったが、商標の関係などでたち切れになっている。
しかしそれらよりも前から、すでに日本でスローフード運動のハシリを立ち上げた人々がいる。しかもなお、今も活動している。そのことに触れておきたい。
それは「良い食品づくりの会」(会長は新潟・加島屋の加島長作氏)である。昭和50年に発足した。もちろんその当時は、スローフードなんていう言葉もない。大量生産・大量消費のファストフードな風潮の中で、良心的な食品業界を守り育てようと活動を開始した先覚者たちだ。
会員は全国各地の50社あまりの食品生産者と、60あまりの百貨店やスーパーなどが参加して、かたくなまでの品質基準を定めて活動している。いわば「品質ブランド」を守り育てる運動である。
この会では「良い食品」の基準を4点定めている。
この基準はどれも各業界が定める自主基準よりかなり厳しいのが特徴だ。
たとえば食品添加物は豆腐のニガリや、ワインの亜硝酸など、伝統的に使用されてきたものを除いて一切認めない。うまみ調理料として、アミノ酸や酵母も使わない。さらに基準に合っていうかどうかは、会員が相互にチェックし合い、合否の採点には業種を問わず全員参加できる。
そうやってこれまでに認定された商品は数百点にのぼる。販売サイドも参加しているから、製販自信を持って顧客に届けられる。
こうした食品をつくるためには、良い原料と清潔な工場、優秀な技術、そして経営者の良心が大切だと言い切っている。さらに何よりも重視するのは、様々な会員が情報を共有できるネットワークのあることだ。
しかしファーストに反旗を翻すことは容易ではない。ホンモノの味にこだわり続けることは、経営を圧迫することもあるからだ。何分にも材料の吟味から調味料は納得できるものしか使わないから、コスト高になる。いい加減なやり方をするほど利益が出て、良心的な生産者がつぶれていく食品業界の歪をまのあたりにして、会員同士は切磋琢磨を続けながら、気持ちと襟を引き締める毎日である。

その辺の胸の内を会のリーダーが語ってくれた。
「スローフード、食育、結構なことじゃないですか。だけど、そんな言葉が出てこない世の中だったら、もっといい。良い食べ物が当たり前に流通していて、みんながちゃんとした食生活を送っている。そうしたら、そんな言葉は必要ない」である。
考えてみれば「良い食品」の4条件も、スローフードが掲げる理念も根幹は同じである。なぜ、こんな当たり前のことを、わざわざ運動を起こしてまで訴えなければならないハメになったのだろうか。耳が痛い言葉である。
しかも高価なブランドもので身を飾り、平気でファストフードを食べている我が日本民族の不可解な生活意識。これらの意識は、今まで、そしてこれからも残念ながら変わることはないだろうと思われるのだ。
「あぁ、うまい」と加島屋の鮭茶漬けに舌鼓を打ちながら、やりきれない歯がゆさを覚えているのは、筆者だけではないだろう。日本にはスローフードの先輩たちがいたことはうれしいかぎりである。
食べものを「農業」と捉えるか、または「工業」と捉えるかで、ものの考え方が大きく変わってくるものだ。市場経済のあり様や国の形すら変わってくる。 たとえば米菓、ビール、味噌醤油、清酒、ワイン、緑茶、豆腐などを農業製品と捉えるとどうなるか。または工業製品として捉えるとどうなるか。おそらく全く次元の異なる製品に位置づけられるはずだ。 このちょっとした視点の違いは、21世紀の食べもの界を大きく塗り替える可能性がある。スローフードとファストフードの違いもこれですっきり整理できるからだ。 まず農業と工業の根幹的な違いを列挙してみよう。
「農」としての食べもの |
「工」としての食べもの |
アグリカルチャー・マーケティング |
インダーストリアル・マーケティング |
以上が「農」と「工」の概念の差異である。
ざっとこの違いを表せば、スローとファストの違いということになる。以上の違いを頭に入れて、それぞれの足元を俯瞰すれば、新たな希望に満ちたビジネスモデルが見えてくるはずだ。
20世紀のファストモードの成功の方程式は、もはや環境や安全性の問題などで破綻しかかっている。急速に希望を失いつつある。そうなると「農」を視点にした食べ物つくりに、軸足をシフトすることはきわめて戦略的になる。この戦略シフトは、企業や関与者にとって新たな地域価値をもたらすからだ。
さらに20世紀を謳歌した「×○△食品工業」なる会社名から、「工業」という文字を取り去るべきだろう。これは時代の趨勢だ。すでに多くの企業がそうしているが、まだまだ薄利多売の「古き良き時代」の完成システムから抜け出せないでいる。
さてここで、諸兄に問いたい。
以上の断定的な問いから、諸兄は何を連想しますか。
「ビールは、実は、農業そのものなのだ!」と視点を変えれば、新しいビールブランドの姿が見えてきませんか。
さらに「おせんべい(米菓)は農業だ!」という視点で考える企業や人々が出てきたら、おもしろいことになる。ファストなおせんべいとは一線を画す顧客を相手に、新しいビジネスが誕生する可能性がある。
たとえば、おせんべい工場を持った農業生産法人が直販に売って出ることは、もはや現実化している。「農」の6次産業化である。
また、問いかけの「農業である・・だからどうする」という視点の中には、実は、農業の自然のエネルギーをそのまま生かしきる、「1食全体」なる思想が隠されていることに気づかされる。
「1食全体」とは、ひとつの食べ物を通して、食の流れの全体を把握することだ。「誰が、どのようにして、何処で、何時、どれくらい」関与したかを「自然環境⇔栽培⇔流通⇔加工⇔調理⇔販売⇔食卓」の一連の俯瞰で理解することを意味する言葉だ。ブランドとはこのような流れのドラマを、商品として具現化することである。

さらに現代の食の不安は、この「1食全体」の流れが、ぶつぶつに切り離されたことから起こっている。この全体の流れを、少しでも我らの手に取り戻せれば、随分食の見方は変わるのだ。そんな食の回路を正そうとしているのが、スローフードなのである。
しかも日本の農業は、政策や関与者が大きな様変わりの最中にあり、企業の資本参加もいずれ可能になる。「工」に携わった多くの人も、定年を迎えて「農」に帰ろうとしている。
団塊の世代と呼ばれる900万人の人々である。彼等の数%が「農」に携わることになれば、地方の「農」の形も大きく変わる可能性がでてくる。いわば「農」が「工」の経済・社会システムを変えていく時代がきているともみていいだろう。
ただしこのシステムの変貌の根幹には、「農」と「工」のバランスを、うまく取ろうとする人々の知恵が必要となる。しかもこれは「第3の道」といわれる融合の知恵である。ファストとスローの最適な融合である。バイオ燃料などは、この流れに沿った人類が生きのびるための知恵の一例とも言えるだろう。
21世紀のパラダイムは、この穏やかな「第3の道」を中心に再編成される可能性が極めて高い。しかもスローフード運動には、これらを可能にするエネルギーが感じられる。このことが時代のキーワードとして、人々の心を捉えているのである。
スローなビジネスでは利益が出ないと嘆く前に、「農」と「工」の戦略的融合について、想いを馳せてみよう。かたやファストなビジネスだけでは、企業の存続には限りがあることを理解しよう。「農」の生命体系ブランドを模索するのも、また、企業存続の必須の次世代の鍵と言えるのではないだろうか。